ハリーポッターと灰色の貴族   作:ヨシフ書記長

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なんと書けました。
メリークリスマス!ミスターローレンス!メリークリスマス!ミスターローレンス!


静寂なる反逆

ハリーが大広間に足を踏み入れると、一瞬の静寂の後、朝食時を遥かに上回るざわめきが押し寄せた。

マグル学の授業を受けていた五年生と一年生が、それぞれ自分の寮のテーブルで、狂ったように身振り手振りを交えて話し込んでいたからだ。

 

「……ハリー! あれは、あれは一体何だったんだ!?」

 

席に着く間もなく、近くにいたシェーマスが身を乗り出してきた。

 

「あの音! 教室全体が吹き飛ぶかと思ったぞ。それに、あの映像……マグルは本当に、月まであんな巨大な火薬で飛んでいったのか?」

 

ハリーが答えを考える暇もなく、今度は別の方向から上級生の質問が飛ぶ。

 

「ポッター、あのおじさんは……アントワーヌ教授は、次は俺たちに何を見せるつもりだ? さっき…マルフォイが幽霊みたいな顔で廊下を歩いてるのを見たぞ」

 

ハリーは、おじさんから譲り受けたあの「落ち着き」を必死に手繰り寄せながら、皿に手を伸ばした。

 

「おじさんは……ただ、事実を見せただけだよ。マグルが本当にやってのけたことをね」

 

その時、教職員席の方で鋭い声が響いた。

 

「アントワーヌ先生! 一体何事ですか!あの爆発音は!」

 

マクゴナガル先生が、杖を握りしめそうな勢いでアントワーヌに詰め寄っていた。彼女の結び目がさらに固くなっている。城全体に響き渡ったあのロケットの轟音は、教職員たちにとっても「緊急事態」に等しかったのだ。

 

アントワーヌは、まるで羽虫を追い払うような所作で、手元のナプキンを膝に広げた。

 

「……ただの映像資料を見せただけですが? マクゴナガル先生。非魔法族が重力を振り切る際の音を、正確に再現したまでです。Mais oui(ええ、もちろん)、何か問題でも?」

「大問題です! 廊下の肖像画たちが驚いて他の額縁に逃げ込み、ピーブズですら震えてシャンデリアに隠れたんですよ!」

「それはとても喜ばしい。あの騒々しいポルターガイストを静める方法が、物理学の副産物にあると証明されたわけだ。C'est bien(それは重畳だね)

 

アントワーヌは平然と答え、目の前に置かれた特別な一皿に視線を落とした。

 

そこには、昨日の「イギリス料理」への不満を察したハウスエルフたちが心血を注いだであろう、『鴨のコンフィとトリュフのソース』が並んでいた。アントワーヌはそれらをじっと見つめ、不機嫌そうに眉を細めた。

 

「……アルバス。この城のハウスエルフたちは、主人の好みを推測して媚を売るように教育されているのか? 私はただの『食事』を求めたのであって、郷愁を誘うような小細工を求めたのではないが…」

「まぁまぁ…アントワーヌ。彼らなりの歓迎じゃよ。味は保証するぞい」

 

アントワーヌはそれを検品でもするかのような冷めた手つきで切り分け、一口食べると、ゆっくりと咀嚼してからナプキンで唇を拭った。

 

「……だが、実に惜しい。実に dommage(残念)だ。火の通し方が、十秒ほど長すぎる。素材の魂が逃げ出してしまっているよ」

 

しかし、それ以外の不満が出なかったことで、ダンブルドアは楽しそうに目を細めた。それを面白くないのかアントワーヌはさらに続けた。

 

「確かに…昨日の『泥の塊』に比べれば、幾分かマシな部類ではあるがね?おや…?マクゴナガル先生…まだ何か? そんなに怖い顔をしては…せっかくの食事が台無しだ」

「生徒たちの動揺をどう責任取るつもりかと聞いているんです!」

Mais non(とんでもない)、マクゴナガル先生。あれは『動揺』などではないですとも。真実を知ったことによる興味の芽が芽吹いただけです。それにぃ…()()()()()に驚いて腰を抜かすほど、英国の魔法族はひ弱なのですかな?お可哀想に…」

 

 

アントワーヌの皮肉にマクゴナガル先生は顔を真っ赤になりかける。そのやり取りを見た生徒達は、ポカンとそれを見つめていた。

アントワーヌは、遠くから自分を見つめていたハリー達に気づくと、ワインの代わりに注がれたスパークリングウォーターのグラスを軽く掲げてみせた。

 

「……しっかり食べたまえよ、生徒諸君。グリフィンドールの午後の授業は『変身術』だったかな? 想像力を使い果たす前に、しっかりとエネルギーを蓄えておくことだ。さてと…アルバス。この鴨肉に免じて…肖像画たちへの苦情は私が後で処理しておこうか?」

 

 

アントワーヌの言葉に固まる教師陣を尻目に、ハリー達は自分の皿のパイを口に運んだ。

アントワーヌの優雅な所作と、それとは裏腹に吐き出される毒の強さ。ハリーは、おじさんがこの学校の「平穏」という名の停滞を、容赦なく切り裂こうとしているのを肌で感じていた。

 


 

大広間を後にしたハリー、ロン、ハーマイオニーが移動の階段へ向かおうとしたその時、向こうからスリザリンの一団がやってきた。先頭にいるのはドラコ・マルフォイだ。

 

いつもなら、ハリーを見つけた瞬間に「ポッター、おじさんに甘やかされて随分と満足げだな」といった嫌味の一つも飛ばすはずだが、今日のドラコは明らかに様子が違っていた。

 

「……ッ」

 

ハリーと目が合った瞬間、ドラコはビクリと肩を揺らした。その顔はまだ青白く、まるで今でも足元がロケットの轟音で揺れているのではないかと疑っているかのようだ。

 

「なんだよ、マルフォイ。何か言いたいことでもあるのか?」

 

ロンがここぞとばかりに身構えたが、ドラコは言い返すどころか、ハリーの背後にあの銀髪の「死神」が立っているのではないかと怯えるように視線を泳がせた。

 

「……どけよ、ウィーズリー」

 

その声にはいつもの鋭さはなく、どこか力なく掠れていた。彼はハリーを睨みつけようとしたが、結局は視線を逸らし、取り巻きを急かすようにして逃げるように去っていった。

 

「見たかよ? あのマルフォイが、尻尾を巻いて逃げてったぞ!」

 

ロンが愉快そうに笑ったが、ハリーはおじさんが提示した「魔法を凌駕する現実」が、純血主義の少年からどれほどの自信を奪い去ったのかを思い、少しだけ背筋が寒くなった。

 

生徒たちが午後の授業へと向かった頃、校長室ではアルバス・ダンブルドアが、机の上に山積みになった吠えメールを前に、半月形の眼鏡を指で押し上げていた。

 

「おやおや?アルバス。そんなに情けない顔をしては、先代の校長たちに笑われてしまうぞ?」

 

扉をノックもせずに開けて入ってきたのは、アントワーヌだった。どう校長室の合言葉を解いたのかは知らないが、入ってこれていた。彼はシガレットパイプを燻らせながら、各地の純血貴族や魔法省からの猛烈な抗議文の山を眺めて、楽しげに口角を上げた。

 

「おや、アントワーヌ。わざわざ…わしの好物を届けに来てくれたわけではなさそうじゃのぅ」

「誰が貴様に陣中見舞いを贈るとでも?」

 

アントワーヌはシガレットパイプを持ちながら、バカにしたように肩を落とした。ダンブルドアは穏やかに微笑み、指先を合わせた。

 

「君が『少しばかり』刺激を与えてくれるとは期待しておったが、初日からこれほどの郵便物が届くとはのぅ…。おかげで、今朝頼んでおいたレモン・キャンディが手紙の山に埋もれてしまったよ。魔法省からは、君の講義が『国際秘密保持法を軽視している』という、実にかた苦しい照会が届いておる」

「軽視? Mais non(とんでもない)。私はただ、彼らが閉じこもっている温室のガラスを少し割って、外の冷たい空気を入れてやっただけさ。それに私の監視名目に、教授職を任命させたのは魔法省と君だろう?」

「わかっておるとも、アントワーヌ。こうなる事はわかっておったとも…。しかし、じゃ…城の肖像画たちと同じく、君の言う『物理学の副産物』を世間はあまり歓迎していないのじゃよ」

 

ダンブルドアは、壁の肖像画たちがアントワーヌから露骨に顔を背けるのを眺めて、楽しそうに目を細めた。

 

「困ったことに、マルフォイ氏をはじめとする理事会は、私ほど君の教育方針に寛容ではないようじゃのぅ。君を即刻解雇しなければ、学校理事会を動かすという圧力が強まっておる。……さて、どうしたものかな?」

 

アントワーヌは懐中時計を取り出し、カチリと蓋を閉じた。その瞳には、政治的な圧力など微塵も気にかけていない、傲慢なまでの余裕が宿っていた。

 

「……解雇? C'est ridicule(馬鹿げている)。彼らが私を追い出そうとするなら、私は喜んでこの城の空気を熱狂に変えて差し上げよう。だが、まあ…安心したまえ、アルバス。私はまだ、ハリーの成長を特等席で見守るつもりだ。あの子には…魔法というのは甘い嘘ではなく、真実の苦味もあるというのを知る必要がある」

 

アントワーヌは立ち上がり、去り際に一言付け加えた。

 

「さて、私は次の授業の準備があるので失礼する。次は『死の工学』だ。アルバス、耳栓の予備を多めに用意しておくことをお勧めするよ。PTSDを発症しないことを祈るよ」

 

アントワーヌが去った後、ダンブルドアは再び山積みの手紙に視線を戻し、小さく笑いながら呟いた。

 

「耳栓…か。フォークス、わしらだけでも用意しておくかのぅ?」

 


 

午後の変身術の教室は、いつも通り厳格な静寂に包まれていた。教壇の上では、一匹のトラ猫が石像のように動かず、生徒たちが席に着くのを監視している。ハリー、ロン、ハーマイオニーが席に着くと、猫はしなやかに飛び降り、一瞬にしてマクゴナガル先生の姿へと戻った。

 

だが、いつもならマクゴナガル先生が姿を現した瞬間に驚く新入生徒たちが、今日はどこか上の空だった。

 

「さて、今日は……」

 

マクゴナガル先生が口を開いたが、生徒たちの視線は彼女ではなく、午前中にアントワーヌが「1969」と刻んだ黒板の幻影を追っているかのようだった。

 

「今日はマッチを針に変える実習を行います。周知の通り、変身術はホグワーツで教える魔法の中でも最も複雑で危険なものです。真剣に取り組まない者は、即座に教室から出て行ってもらいます」

 

先生は杖を一振りし、生徒たちの前に一本ずつマッチを配った。

 

「まずは、針というものの構造を明確にイメージしなさい。細さ、鋭さ、そして金属の質感……。では、始めなさい」

 

ハリーは目の前のマッチを見つめた。だが、どうしても午前中に見たあの「映像」が頭から離れない。あんな巨大なロケットを空へ打ち上げ、月面を歩く人々にとって、木のマッチを金属の針に変えるという行為は、一体どんな意味を持つのだろうか。

 

「……あの、マクゴナガル先生」

 

沈黙を破ったのは、シェーマス・フィネガンだった。

 

「何ですか、フィネガン。今は実習の時間ですよ」

「すみません。でも、どうしても気になって……。その、ポッター教授が午前中の授業で言ってたんです。マグルは魔法を使わずに、機械で一分間に数千本もの針を、正確に作ってしまうって。……僕たちがこうして一生懸命、一本の針を作ろうとしている間に、外の世界では山のような針が生産されている。それって……魔法は、マグルに効率で負けているってことでしょうか?」

 

教室が水を打ったように静まり返った。マクゴナガル先生の唇が、かつてないほど薄く結ばれた。

 

「フィネガン、マグル学の授業が君たちに刺激を与えたのは分かります。しかし、変身術の目的は単なる『生産』ではありません。無機物を別の形へと再構築する、知性と意志の訓練です。効率の良し悪しで魔法の価値を測るのは、あまりに短絡的です」

「でも先生!」

 

ラベンダー・ブラウンがおずおずと手を挙げた。

 

「あのロケットの音を聞いたら……なんだか、針一本を作るのが、すごく……小さなことに思えてしまって」

 

マクゴナガル先生は、持っていた杖を一度固く握りしめた。彼女の脳裏には、昼食時に「た・だ・の・映・像」と自分を煽ったアントワーヌの顔が浮かんでいたに違いない。

 

「……よろしい。諸君が今日、集中力を欠いている理由は理解しました」

 

先生は厳格な視線で教室全体を見渡した。

 

「アントワーヌ教授は、確かにマグルの『力』を見せつけたのでしょう。しかし、覚えておきなさい。魔法とは、個人の意志によって世界を直接書き換える力です。機械という道具に頼らずとも、自らの内に宇宙を持つ。その誇りこそが、魔法使いを魔法使い足らしめるのです。……実習に戻りなさい! 針一本も作れぬ者に、世界の真実を語る資格はありません!」

 

その一言で、教室は再びカチカチという杖の音に包まれた。

ハリーはマッチを見つめ、集中しようとした。だが、横でハーマイオニーがいつになく激しい手つきでマッチを突き、ロンが「君のおじさんのせいだよ、やる気が無くなっちゃうよ…」と小声でぼやいているのを聞いて、ハリーはおじさんの「再起動」が、この学校の根底から揺さぶり始めていることを悟った。

 


 

次の魔法薬学の授業を受けに行くため、地下教室へ続く階段を降りるにつれ、ロンの足取りは目に見えて重くなっていった。

 

「マクゴナガル先生であんなに怒ってたんだ。スネイプなんて、今頃鼻から火を噴いてるんじゃないか? ただでさえ、スリザリン贔屓ってジョージ達から聞いてるのに…。昨日のおじさんの態度を考えたら……僕なら病欠しちゃうよ」

「どうせ、逃げても無駄よ、ロン」

「なんでだよ、ハーマイオニー」

「魔法薬学は必修科目よ…絶対受けなきゃいけないの」

 

ハーマイオニーが冷淡に指摘する。ハリーは黙って階段を降りて行ったが、心臓はいつもより速く打つ。おじさんの「教育」は、ハリーに勇気を与えているが、同時に周囲の大人たちとの摩擦をもたらすことも理解していた。

 

地下教室の扉を開けると、そこには既にスネイプが、影に溶け込むような佇まいで教壇に立っていた。彼の周りの空気だけが、数度低いのではないかと錯覚するほどの寒気をかもし出しながら。

 

「……着席しろ」

 

スネイプの声は、いつになく低く、剃刀のように研ぎ澄まされていた。生徒たちが音を立てないよう席に着くと、スネイプはゆっくりと教室を見渡した。その視線がハリーに留まった瞬間、憎悪と屈辱が混じった黒い炎が宿るのをハリーは見逃さなかった。

 

「諸君の中には、午前中の……滑稽極まりない『見世物』に浮かれ、自分たちが特別な存在であるという自覚を失った愚か者がいるようだ」

 

スネイプは教卓に両手をつき、ハリーに向かって、ズイっと身を乗り出しました。

 

「これはこれは…ハリー・ポッター。君の叔父上は、非魔法族の不格好な鉄の塊を賛美し、我々の伝統を嘲笑った。……だが、忘れるな。マグルがどれほど空を飛び回ろうと、彼らには一滴の魔法薬を調合することも、一筋の毒を中和することもできん。……そうだろう?」

「いいえ。マグルには『化学』があります」

 

ハリーの口から、無意識におじさんの言葉が飛び出した。教室内が凍りついたように静まり返る。

 

「今…何と言った、ポッター?」

「おじさんは言っていました。マグルは魔法を使わず、物質の性質を解き明かして、病を治す薬も、毒も、全て自力で作り上げていると。それは魔法薬学と同じか、それ以上に緻密な計算に基づいているそうです」

 

スネイプの顔から、一瞬にして血の気が失せる。それは怒りを超えた、純粋な殺意に近い色だった。

 

「ポッター」

 

授業が始まって間もなく、スネイプの鋭い声が飛んだ。

 

「アスフォデルの根の粉末にニガヨモギを注入すると何になる?」

 

ロンが隣でぎょっとした顔をし、ハーマイオニーの手がいつものように勢いよく上がった。しかし、スネイプは彼女を無視し、ハリーを獲物のように見据えている。ハリーは落ち着いた動作で持っていた羽ペンを置き、スネイプの目をまっすぐに見つめた。そこには、無意味な反抗心もなかった。

 

「『生ける死の薬』になります。非常に強力な眠り薬です、先生」

 

スネイプの細い目が、わずかに見開かれた。彼は鼻を鳴らすと、間髪入れずに次の問いを畳み掛ける。

 

「では…もし、私が君に『ベゾアール石』を持ってこいと言ったら、どこを探す?」

 

ハーマイオニーの手はさらに高く上がったが、ハリーは呼吸を乱すことなく答えた。

 

「山羊の胃の中です、先生。大抵の毒に対する解毒剤になります」

 

スネイプの眉間の皺が、より深く、不快そうに刻まれた。教室全体に困惑と驚きが広がる。スリザリンの生徒たちは「なぜあんなことを知っているんだ」という顔でハリーを睨み、ドラコに至っては動揺を隠せない様子だ。

 

「……モンクスフッドとウルフスベーンの違いは何だ?」

「同じ植物です。アコナイト……和名ではトリカブトと呼ばれます。非魔法族の世界では、その毒性を利用して古くから暗殺や薬用に使われてきた歴史があります」

 

ハリーの答えは正確で、何より「生意気さ」がなかった。ただの事実を、淡々と述べるその態度は、アントワーヌ・ド・ポッターそのものだった。

スネイプは言葉を失ったように立ち尽くした。彼が最も期待していたのは、ハリーが答えに窮し、それを「名声に胡坐をかいている」と嘲笑う機会だったからだ。

 

「…なぜ手を挙げているのに答えないのかね?グレンジャー?グリフィンドール15点減点…」

 

スネイプは八つ当たり気味に、手を挙げていない生徒にでも言うような口調で…ようやくハーマイオニーを睨みつけた。

 

「それにしても、諸君は何故…今の内容を書き起こさないのかね?手に持っている羽ペンは飾りですかな?ポッター…君の叔父から聞き齧った知識で満足しているようだが…実際に調合ができるかは別の話ですな。グリフィンドール、10点減点。…指示に従わなかったからだ」

「はい、先生」

 

ハリーは静かに頷き、ノートにペンを走らせた。

理不尽な減点。以前のハリーなら怒りに震えていたはずなのだが、今のアントワーヌの教え子にとっては、スネイプの行為は「論理を欠いた、ただの感情的な排泄」にしか見えなかった。

 

スネイプは翻ると黒板に激しく書き殴りながら、背中で怒りを表現していた。

彼にとって、ハリーが「無知な子供」ではなく「自分の知らない領域からやってきた冷静な観測者」に見えることが、何より耐え難い屈辱だったのだ。スネイプは黒板をバンッと叩きこう言った。

 

「今日は『忘却薬』だ。マグル学の妄想に脳を焼かれた諸君には、ぴったりの課題だろう。……始めろ!」

 

その後の授業は、地獄のような時間だった。スネイプはハリーの鍋の横に立ち、一挙手一投足を監視し、ハリーが少しでも「合理的な手つき」を見せるたびに、皮肉な罵声を浴びせた。

しかし、ハリーは冷静に作業を続けた。スネイプがどれほど声を荒らげても、午前中に見た「地球の外側」の映像に比べれば、この地下教室の悪意など、ちっぽけなものに感じられた。

 


 

魔法薬学の授業という「戦場」から解放され、心身ともに疲れ果てた生徒たちが、吸い寄せられるように大広間へ集まってきた。

 天井に映し出された冬の星座は、魔法の力で音もなく瞬き、何千本もの浮遊する蝋燭が、石造りの壁を暖かく、しかしどこか幻想的に照らし出している。

 

 今夜のメインは、伝統的なローストビーフとヨークシャー・プディング。そして山盛りのマッシュポテトだ。

 

「はぁー、やっと…ご飯だ。頭使いすぎてお腹ペコペコだよ!」

 

 ロンは安堵の溜息を漏らし、プディングを自分の皿へ乱暴に放り込んだ。そして、興奮を抑えきれない様子で身を乗り出す。

 

「それにしてもハリー! 君ってサイコーだね!あのスネイプに完璧に応答してみせるなんて。あいつの顔…見た? まるで腐ったナメクジを無理やり飲み込まされたような面だったよ! 君のおじさんの言っていた『合理的思考』ってやつ、意外と効くんだね」

「言い返したわけじゃないよ。ただ、質問に正確に答えただけだよ」

「マーリンの髭だよ!それでも君はあのスネイプの鼻を明かしたんだ!」

 

 ハリーはおじさんの所作をなぞるように、ナプキンを膝の上で端正に整えた。その落ち着き払った態度は、以前の彼《ダーズリー家にいた頃》からは想像もつかないものだった。

 

「でも、本当に凄かったわ、ハリー」

 

 ハーマイオニーが、隠しきれない尊敬の眼差しを向ける。

 

「アコナイトに関するマグルの歴史まで網羅しているなんて。あれもおじ様から教わったことなの?」

「うん。おじさんは言っていた。『毒を扱うなら、それが歴史の中でどう使われ、どれだけの命を奪ってきたかを知れ。数多の犠牲の上に成り立っているのが、学問というものさ。ただ化学反応だけを追うのは三流の作業員だ』ってね」

 

 ハリーの視線が、自然と教職員席の端へと向いた。

 

 そこには、再びフランス料理の特別メニュー今夜は芳醇な香りを漂わせる『ブイヤベース・マルセイユ風』を前にしたアントワーヌが鎮座していた。

 

 隣のフリットウィック教授が何やら熱心に話しかけているが、アントワーヌはそれを聞き流しながら、優雅にグラスを傾けている。反対隣に座るスネイプからは、凍てつくような殺気が放射されていたが、彼はまるで春のそよ風でも浴びているかのように平然としていた。

 

「……でも、おじ様がこのままホグワーツに居続けたら、学校中の先生たちが敵になってしまいそうね」

 

 ハーマイオニーが不安げに呟いたその時、不意にアントワーヌが顔を上げ、生徒席のハリーを真っ直ぐに射抜いた。

 

 彼はワイングラスを口に運ぶ寸前、微かに片眉を上げてみせる。

 

 ――生き残れたかね?

 あるいは、

 ――悪くないね、及第点だ。

 

 言葉はなくとも、その沈黙の称賛こそが、ハリーにとってはどの報酬よりも価値のある勝利の証だった。

 

「……なあ、ハリー」

 

 ロンがマッシュポテトを頬張りながら、密やかな声で問いかけた。

「明日、金曜日のさ、おじさんの次の授業、『死の工学』だっけか。正直、怖くてたまらないけど、どこかで楽しみにしてる自分もいるんだ。僕たちは魔法界しか知らなくて、本当は何も知らなかったんだって、今日一日で思い知らされたからさ」

 

 ハリーは温かいパンを指でちぎりながら、目線を窓の外に広がる漆黒の闇を見つめた。

 

 空を舞う蝋燭の光が、どこかマグルの街の灯火のように、冷たく、そして鋭利な輝きを放っている。

 明日の授業が終わる頃には、自分たちが見ているこの「平和な魔法界」という景色は、さらに別の色に塗り替えられているのではないか。

 おじさんが持ち込んだ「真実」という名の劇薬は、ゆっくりと、しかし確実に、この場にいる全員の血管へと回り始めていた。

「さあ、食べよう。……明日は、長い一日になる」

 ハリーが静かに告げると、グリフィンドールのテーブルを一瞬だけ、奇妙な静寂が包み込んだ。

 宇宙の興奮。スネイプとの対峙。そして、明日に控える未知なる「死」の講義。

 生徒たちは、喉の奥に広がる名もなき予感と共に、静かに夜を迎えることとなった。

 


 

グリフィンドールの塔で、ハリーたちの寝息が静かに響き始めた深夜。

城内の喧騒は嘘のように消え失せ、冷ややかな月光だけが石造りの廊下を青白く切り取っていた。

 

レイブンクロー塔へと続く渡り廊下。そこを、夜の散歩と洒落込んだアントワーヌが、足音一つ立てずに歩いていた。

ふと、彼の行く手に、真珠色の透き通った影が揺らめいた。長い髪に、床まで届くローブを纏ったその姿は、幽玄でありながら、どこか痛々しいほどの悲哀を帯びている。

 

レイブンクロー寮憑きのゴースト、「灰色のレディ」―ヘレナ・レイブンクローだ。

 

「おや? これはこれは……。Bonsoir(今晩は)ヘレナ・レイブンクロー(灰色のレディ)。今夜は美しい夜だ」

 

アントワーヌは立ち止まり、まるで生きた貴婦人に対するかのように、優雅に一礼してみせた。ヘレナは足を止め、虚ろな瞳で彼をじっと見つめ返した。その表情には、ゴースト特有の無関心さの中に、僅かな動揺がさざ波のように広がっていた。

 

「……貴方、ポッター家の…フランス貴族の…」

 

彼女の声は、廃墟に吹く隙間風のように冷たく、寂しげだった。

 

「最後に見たのは……そう、1890年頃だったかしら?」

「うむ、それくらいになるかな。あの頃、僕はまだ血気盛んなティーンエイジャーだった」

 

アントワーヌは懐かしむように目を細め、シガレットケースの縁を指で撫でた。

 

「交換留学で一時的だったとはいえ、ホグワーツに来てよかったと心から思ったものだよ。もしかすると、僕は君という美しき謎に会うために、ドーバー海峡を越えたのかもしれない」

 

キザな台詞だったが、アントワーヌが口にすると、それは一種の演劇的な真実味を帯びた。しかし、ヘレナの表情は氷のように硬いままだ。

 

「……実にくだらない。男の言葉など、私はもう誰も信じない」

 

彼女の言葉には、アントワーヌと会った後に何かしら起きたことを記していた。

 

「おや? レディ……以前よりも、さらに心を閉ざしたのかね?」

 

アントワーヌが一歩踏み出そうとすると、ヘレナは彼を拒絶するようにフイと顔を背けた。

 

「……これ以上、私に関わらないで」

 

言い捨てると同時に、彼女の姿は霧が晴れるように薄れ、そのまま厚い石壁の中へと溶け込んで消え失せた。後には、冷え切った夜気だけが残される。

 

「……ふむ。傷ついた誇りは、時を経ても癒えんか」

 

アントワーヌは独りごちると、再び歩き出した。

 

遥か下の階からは、「待て! コラ! その鎧を落とすんじゃない!」というフィルチのしわがれた怒号と、それに重なるピーブズの下品な高笑い、そして何かが盛大に壊れる音が響いてくる。

 

「……相変わらず、賑やかな城だ」

 

アントワーヌはそれらの騒音をBGM代わりに、真夜中の校舎を悠然と進んでいく。

 

廊下の壁に掛けられた歴代の魔法使いたちの肖像画は、彼が近づくと「ヒッ」と息を呑み、慌てて額縁の奥へ隠れたり、寝たふりを決め込んだり、あるいは露骨に背中を向けて顔を背けたりしていた。

彼らは本能的に感じ取っているのだ。この銀髪の男の底知れない闇を…冷徹なメスで解体しかねない存在であることを。

 

アントワーヌは、そんな彼らの怯えを愉しむかのように、口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべ、闇に沈むホグワーツの奥深くへと消えていった。

 




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