ハリーポッターと灰色の貴族   作:ヨシフ書記長

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自由の名のもとに

【ニューヨーク上空/夜】

 

 

雲を裂いて滑空する赤いマスタングは、摩天楼の間を縫うようにして高度を落としていく。マンハッタンのビル群はきらめく電光を纏い、夜空を仰ぐその背に、光と影の迷宮を築いていた。

ハリーは助手席で、目を丸くしていた。

「これ…僕らのこと…ほんとに皆には見えてないの?」

「もちろん。もしも見えてしまっても、彼らはUFOだと言うだけさ」

 

そう軽やかに言って、アントワーヌはアクセルを踏み込んだ。

 

やがて――赤いマスタングは、ウォール街近辺の一角、地味なグレイのビルディングの屋上に着地する。建物の名前はない。

 

だが、それこそがMACUSA本部――ウールワースビル。

 

マスタングから降りた瞬間

 

「そこまでだ、アントワーヌ・ド・ポッター!」

 

突然、空間が歪む。

風が逆流するような奇妙な気圧とともに、黒いローブを纏った十数名の人物たちが、屋上を取り囲んでいた。その一人一人の手には、銀に光る細身の杖。構えは一分の隙もなく、完全なる包囲網を形成している。

 

「わっ……!?」

 

思わず身を縮めるハリーの前に、アントワーヌがすっと手を広げる。

 

「安心なさい。これは…彼らなりの歓迎の儀式だよ」

「黙れ、フランス人! MACUSAへの予告なき飛行物体の進入は、外交規定第81条違反に該当する!」

「どうやら、英国から独立した時の我が国の助力が足りなかった様だ」

 

アントワーヌの皮肉に対して鋭い声を放ったのは、前列の中央に立つ女官。栗色の髪をまとめ、燕尾服のようなマントを着た彼女は、冷ややかに二人を見下ろす。

 

「あなたの身柄は、特例により拘束されずに済んでいるだけ。だが、同行者の身元は未登録。ましてや…その子がハリー・ポッターであるならば、イギリス魔法界との協定に抵触する可能性がある」

 

アントワーヌは少し肩を竦めた。

 

「君たち…いつからそんなに固くなったのかね? 昔はもっと“魔法の自由”を信じていたじゃないか」

 

女官は表情を動かさない。

 

「言葉を選ぶことだ。ここはイギリスではないし、フランスでもない。ましてや、あなたの流儀が通る国でもない」

「ほう…ならば…」

 

アントワーヌは軽くステッキを床に鳴らした。

 

「貴国のやり方で…我々を“歓迎”してくれたまえ…」

 

女官は一拍の沈黙の後、軽く手を振る。

 

「魔法議会本部に同行を願います。抵抗すれば、こちらも魔法による制圧を行使します」

 

アントワーヌは怯えたハリーにウィンクする。

 

「落ち着きなさい。ただの“お役所仕事”だ」

 

ハリーは唾を飲み込みながら、頷いた。しかし、アントワーヌの余裕ある態度と、MACUSAの厳格な「規則」との対比に、ハリーは戸惑いを覚えていた。英国も規則が多かったが、ここまでではない。漠然と、ここでの滞在が自分にとって何か大きな意味を持つ予感があった。

 

【MACUSA本部・審問階層】

 

天井の高い石造りの回廊を進むごとに、空気が変わっていく。まるで…重罪人が監獄へ移送される様に。

案内されたのは、魔法識別処理室と刻まれた部屋。中には、魔法的な装置が所狭しと並び、空中にホログラムのような魔法陣が浮かんでいる。

 

「そこに立ち止まって。ボディチェックの為、両手を挙げなさい」

 

銀と銅のローブを着た検査官が、事務的な口調で告げた。アントワーヌは片眉を上げたが、従順に手を挙げる。

 

「この歳になると…“挙手”は懐かしいね。最後は魔法学校の罰則室だったかな」

「黙って」

 

識別官が杖を振ると、アントワーヌの身体を覆うように淡い緑の光の幕が広がる。彼の全身をスキャンするように、光が周囲を周回するたび、仄かにベルような音が鳴った。

 

「確認。魔法杖一本、黒い樫材、銀の芯。異国由来の錬金術的付与構造並びに古代呪文の紋様を含む」

「特注品でね、多少手を加えてある」

 

続いてハリーの番。彼は不安そうにステップに乗り、アントワーヌの真似をして両手を挙げる。識別官が口元を歪めた。

 

「魔力パターン、間違いない。少年は“ハリー・ポッター”本人。 ただし、魔法的な遮断構造が体内に存在。…これは――」

 

アントワーヌがその言葉を遮るように前へ出た。

 

「"古の魔法"さ。ホグワーツ等で見られるものとは違うものだよ。それに、今の彼に近づき過ぎるのはお勧めしない。私の渡した魔導具が有るからね、悪意があるものが近づくと…何が起こるかは保証しないよ?」

 

ざわつく識別官たち。数名が、わずかに後ずさった。

 

「私の可愛い子に傷一つつけられたくないからね?」

 

そのとき、室内の重い扉が音を立てて開いた。

 

【MACUSA・議会幹部 キャスリーン・グレイウッド】

 

「もう十分だ、検査官。彼らを“謁見の間”に通しなさい」

 

堂々とした足取りで入室したのは、MACUSA議会の幹部――グレイウッド女史。理知的な顔立ちに、冷ややかな瞳。アメリカ魔法界の秩序を体現する存在である。ハリーは思わずアントワーヌの袖を掴むが、彼は苦笑を浮かべた。

 

「やれやれ、もう“裁判ごっこ”かい?」

 

アントワーヌは肩をすぼめる。グレイウッド女史は冷ややかに言った

 

「これはごっこではありません。あなたが不法入国者として非公式に行動している事実は国際法上、極めて問題なのです」

「ほう…それは済まないね。一々の許可取りが面倒でね…。それに英国魔法省が、彼を戦争の象徴ヒーローに仕立て上げた件についても、“国際法”とやらは裁いてくれるのかね?」

 

グレイウッドは眉を動かさない。

 

「その件に関しては…適切な外交ルートを通じて英国に抗議中だ。だがあなたは――自らの立場を意図的に不明瞭にした上で、この国へ“選ばれし少年”を連れ込み、MACUSAの情報網に引っ掛からずに不法に入国した。これは明確な“挑発”と見なすこともできる」

 

アントワーヌは一歩、前へ出た。杖はまだ下げたまま、だが目が笑っていない。

 

「不法入国については謝罪しよう。かつてはそうやってしか入国した事がなくてね。しかし…未だに君たちは、“選ばれし者”というレッテルを信じているのかい?この少年が選ばれたのではない。ならされたんだ。だから私は彼を連れて来た。使われるのではなく、自由に選べるという事を知らせる為に」

 

しばしの沈黙…。 やがて、グレイウッド女史は目を細める。

 

「……滞在は72時間までとする。期間中の魔法行使には、MACUSA認可官の立会いが必要。少年も例外ではない」

 

アントワーヌは微笑みながら、一礼した。

 

「ありがたい。十分だよ。アメリカ魔法界の見識が、ただの規則と罰則だけで構成されていないことを…願っている」

「それを決めるのは、あなた方の振る舞い次第です」

 

ふっと息をついたハリーの肩を、アントワーヌが軽く叩いた。

 

「さて、“観光”の時間だ」

 

二人の背に、MACUSAの職員たちが監視として従う中―― 彼らは、“もう一つの魔法界”を知るための短い旅を始めるのだった。

 

【ニューヨーク市内・魔法コミュニティ区画】

 

舗道に埋め込まれたルーン文字が時折うっすらと光り、空に浮かぶ広告魔法が英語とルーン文字で交互に踊っている。そこは、MACUSAの直接統制下ではない、“住民主体”の自治魔法街区だった。

ハリーは戸惑いながらも目を見開く。ローブ姿の魔法使いとジーンズ姿の非魔法族(ノーマジ)が当たり前のように同じ通りを歩いている。魔法の使い方もどこか…英国の魔法界とは違う。壁に浮かぶ招き猫、ブリキのロケットに詰めた魔法薬、音符が踊るように動く看板。

 

「これ、本当に魔法使いの街…?普通のアメリカの街にしか見えない」

 

アントワーヌは、彼の反応に小さく頷いた。

 

「そうだろう。ここでは、“魔法”は社会制度の頂点にあるのではなく、文化の土壌に根を張っている。魔法を隠すために押し込めるのではなく、人間の営みに寄り添う形で調和しているんだ」

 

ハリーは、道行く人々の活気や、何の気なしに使われる生活に溶け込んだ魔法に、驚きと同時に一種の解放感を感じていた。イギリスでは、魔法は秘密であり、ノーマジ(非魔法族)から隠すものだった。しかし、ここではまるで、魔法が彼らの日常を豊かにするツールとして、ごく自然に存在しているように見えた。彼は壁に浮かぶ招き猫を不思議そうに見上げ、小さな子どもが魔法で飛ばす風船を追って笑っている姿に、心が温まるのを感じた。

その後、アントワーヌが連れてきたのは、一軒の古びたベーカリーだった。

 

Kowalski Quality Baked Goods(コワルスキー クオリティ ベイクド グッズ)

 

「ここだよ。見た目は凡庸だが…アメリカ魔法界の“魂の味”が残ってる数少ない場所の一つだ」

 

ハリーが扉を開けると、温かなシナモンとバターの匂いが押し寄せてくる。小ぶりな店内には、木製のショーケースと、魔法で軽やかに浮かび上がったドーナツやベーグルたち。初代店主のジャコブ・コワルスキーの写真が、レジ横に今も飾られていた。

 

「すごい…。ここって魔法使いじゃない人が店主だったんだよね、たしか。グリンデルバルドの頃の……」

「うむ。彼のように…“魔力を持たない者”が魔法を愛す事もある。それを認めたのがアメリカ魔法界の一部であり、拒んだのが今の英国魔法界の本流だ。どちらが“進んでいる”と思う?」 「……進んでるっていうか……あったかい気がする」

 

ハリーの…その言葉にアントワーヌは満足げに微笑む。

 

【その後/店外のベンチ】

 

購入したベーカリーの甘いドーナツとコーヒーを手に、三人は歩道のベンチに腰掛けていた。アントワーヌは手にした紙コップの蓋を開けると、香りを嗅ぐと眉をしかめた。

 

「新大陸に来たら…最近は特に中々口に合うものが少なくてね。カラフルなケーキだの、硬いステーキだの――胃が抗議を起こすよ。せめて、この店で古き良きアメリカの味を楽しめると思ったのだが……」

 

彼は、紙コップの液体をひと口啜り――ぴたりと動きを止めた。

 

「全く台無しだよ、このコーヒーのせいで。私ははっきり言ったはずだ。“ノンシュガーのブラック”と。なのに…なんなのだこの甘さは?」

 

彼はカップを持ったまま、監視役のMACUSA職員――やけに真面目そうな中年の魔法官を睨んだ。

「ブラックと言えば、無糖だろう? 甘いブラックなど、ブラックとは呼ばない。君は“珈琲”という神聖な嗜好品に対して、あまりにも無知で軽薄ではないか?」

「だが、その店の“ブラック”は、“ハニー・ダークロースト”のことでして……」

「その店の事は知らんよ。私は珈琲に甘味は求めていないよ」

 

監視官は困惑しつつも「次は…もう少し苦いやつにします」と小声で呟いた。ハリーはドーナツを頬張りながら、くすりと笑った。

 

「アントワーヌって、ホントはわがままなんだね」

 

彼の声に、アントワーヌは肩をすくめた。

 

「わがままとは、“自分の足で立とうとする意思”のことだ。そういう君も、そろそろわがままになっていい頃だろう?」

 

ハリーは、少し照れたように視線を逸らした。そして彼の胸の奥に、ほんの少しの熱が灯る。

魔法とは、人を支配するものではなく、寄り添うものかもしれない。

 

そんな予感が――やがて、“選ぶ力”となっていくのだった。

 

【ニューヨーク・セントラルパーク 】

 

市街の喧騒から離れたセントラルパークの中でも、とりわけ人目を避けられる“結界付き”の一角に彼らは腰を下ろしていた。

ベンチに施された人避け呪文が…鳥のさえずりすら遮ることなく、通行人の視線だけを滑らかに逸らしていく。アントワーヌは、ジャケットの内ポケットから小さな黒革のケースを取り出した。

 

「この都市の空気はどうだい? 少しは楽しんでくれてるかい?」

 

そう言って彼は、無造作にケースの蓋を開く。

中に収められていたのは、銀の台座に淡く琥珀色の宝石があしらわれた古風な指輪だった。その中には、ひと房の赤毛が繊細に収められている。

 

「それは…?」

 

ハリーが思わず声を漏らす。指輪から感じる微かだが懐かしいぬくもりに気づいたのだ。

 

「君が…襲われたあの日…。燃え上がるゴドリックの谷で、拾った“最後のかけら”さ。リリー・エヴァンス……。君の母上の“生命の残り火”だよ」

 

アントワーヌの指は…指輪の表面を愛おしげになぞる。

 

「愛の護りという魔法は、“死”と同様に絶対的なものだ。だが同時に…“絶対的なもの”ほど扱いを間違えると…代償は計り知れない」

 

彼は、指輪をそのまま手の中で転がしながら、視線だけをハリーへと移した。

 

「これを君に渡そうとは思うが、まだ完全では無くてね…。完成したら君に渡そうと思っている」

 

ハリーは指輪を凝視しながら…小さく頷いた。胸の奥が不思議な安堵と緊張に満たされていくのを感じていた。安堵は、まだ見ぬ母の「愛」が確かに存在し、自分を守ってくれていたという事実に。緊張は、その「愛」が持つ「代償」と、それが自分に何を求めるのかという、漠然とした未来への問いに。

 

そこに近づいてきた監視官のチャックがそれを見てこう言った。

 

「へぇ…お母さんの遺髪ですか。こいつぁ…重いですねぇ」

 

意外な声がすぐそばから飛んできて、ハリーは少し驚く。

アントワーヌと彼に付き添っていたMACUSA監視官のひとり、チャックだ。年はアラフォー、神経質そうな顔立ちで、ずっと仏頂面をしていた男だったが――今は珍しく、柔らかな口調だった。

 

「コーヒー事件の人だ」

 

ハリーがぼそっと呟くと…アントワーヌが少し吹き出した。

 

「そうとも正しく彼だ。昨日、私の朝を破壊した張本人だよ」

 

チャックは苦笑いしながら、ポケットから自前の水筒を取り出す。

 

「朝の一件以来…コーヒーは自分で淹れることにしました。ハンドドリップです、ちゃんと…甘くないやつ」

「ふむ、早速進歩とは素晴らしい。流石は新大陸の住民といったところかな?」

 

アントワーヌはコーヒーの匂いを嗅ぐと満足げに頷き、彼に軽く敬礼のような仕草をした。

一方、チャックは水筒を傾けながら、ハリーに向き直る。

 

「……俺にも、娘が一人いましてね。まだ7歳。メリーって名前です。俺の嫁さんが子供頃見た映画の魔法使いに憧れたらしいんですよ…子どもながらに」

「メリーって…メリーポピンズ?」

 

ハリーはしばらく言葉を探してそう言うと、アントワーヌは吹き出した。

 

「ハッハッハ!嵐の日に傘を持って飛び出さない事を祈るよ」

 

チャックは笑うアントワーヌ見ながら、優しげな目で言った。

 

「メリーポピンズのような…幸せになれる魔法だけなら良いが…。現実の魔法ってやつは、たまに恐ろしい“力”に見える時があるのも事実です。でも、人を守るために使われる時――それは…愛になる。俺は、あんたがそういう魔法使いになると信じたい」

 

その言葉に、ハリーはほんの少しだけ目を伏せ、頷いた。

 

「僕も…そうなりたいです」

 

【夜/帰路】

MACUSAの黒塗りの車が再び迎賓宿へと戻る。車内の窓から見えたのは、遠く光る自由の女神のシルエット。

それを見つめながら、ハリーはポツリと呟いた。

 

「魔法は自由なのかな……」

 

アントワーヌは言葉を返さず、ただ窓の外に視線を投げたまま、薄く微笑んだ。その微笑みには、ハリーがこれから自身の「選択」によって、真の「自由」を見つけることへの確信と、彼自身の過去の経験が重なるような、深い眼差しが込められているようだった。

 

一陣の風とともに、3人は姿を現した。

 

「イルヴァーモーニー魔法魔術学校、正門前に着いたぞ」

 

MACUSA監視官のチャックが無表情に言った。アントワーヌと、少しふらついたハリーが姿を現す。

 

ハリーは思わず目を見開いた。

 

目の前に広がっていたのは、山の中腹にそびえ立つ荘厳で巨大な校舎――その建築様式はネイティブ・アメリカンとニューイングランド様式が融合し、どこか精霊的な佇まいを持っていた。

 

校門には校章――ホーンド・サーペント(角蛇)、サンダーバード、パクワジ、ウァンプスの四つの動物をあしらった紋章が輝いている。

 

「これが…イルヴァーモーニー」

 

ハリーは、校舎を見て確かな“魔法の魂”を感じたのだ。それを見てアントワーヌが微笑む。

 

「ここがアメリカ魔法界の誇りさ。“軍事”ではなく、“調和”のために築かれた、理想の牙城だよ」

 

校舎内・大広間

イルヴァーモーニーの生徒たちは、ハリーの到着に驚きながらも温かく迎え入れた。制服はそれほど厳格ではなく、それぞれの寮の象徴をアクセントにした自由な装いだ。

 

中でも、サンダーバード寮の上級生の一人が近づいてくる。

 

「君がイギリスから来たハリー・ポッター?」

 

ハリーは緊張しながらも頷く。

 

「うん。はじめまして」

 

少年は手を差し出した。

 

「僕、エイブラム。ようこそ、イルヴァーモーニーへ。何でも気軽に聞いてくれよ!」

 

寮ごとの講堂にて

生徒たちが見守る中、客人のハリーは質問を受ける。

 

「ねえ、ハリー。君の国では“魔法”って、どう扱われてるの?」

 

ハリーは少し考えてから、慎重に言葉を選んだ。

 

「僕は…魔法使いと一緒に今まで住んでいたわけじゃないんだ…。えっと、非魔法族(ノーマジ)だっけ?彼らと住んでたから…」

 

その言葉に生徒たちの空気が変わる。教師陣もまた、どこか目を細めてそれを聞いていた。

 

休憩時間/中庭にて

 

MACUSA監視官のチャックが、カラスに報告書を手渡し、ベンチに座る。

アントワーヌがその隣に腰を下ろす。

 

「報告ご苦労」

 

チャックは肩をすくめた。

 

「全く…アンタもあの子が置かれてた環境のことを…こっちにもっと言ってくれたらいいのによぉ…。イルヴァーモーニーの校長があの子の話聞いて、うちの大臣に亡命を認めさせようとしてきたぞ」

「それはそれはお優しい事だ」

 

アントワーヌは小さく笑い、ポケットから例の指輪のケースを取り出す。

 

「しかし、ここを選ぶのか決めるのはハリーあの子だ。ここはまだ選択肢の1つだよ」

 

アントワーヌの言葉にチャックが眉をひそめながら、指輪を見てこう言った。

 

「それは、昨日の指輪か」

「愛の護りというのは、とても古く強力な呪文だ…。呪い…いや、祝福だとも言える…。彼女がハリーのために払った自己犠牲の副産物だからね」

 

しばし沈黙が流れた後、チャックがぽつりと呟いた。

 

「お前、ホントにあの少年の“親戚”か? なんか、教師と詩人の合いの子みたいじゃねえか」

 

アントワーヌはにやりと笑った。

 

「教師は嫌いじゃない。だが、詩人を名乗るにはまだ人生が足りないな」

 

帰路・イルヴァーモーニーの校門前

見送りの教師が微笑みながら言った。

 

「ハリー、君は選ばれた子ではない。自由に生きてもいいんだ。道を選ぶということは、決して責任を背負うことではない。自由の始まりなのだよ」

 

その言葉に、ハリーは深く頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

深夜・MACUSA迎賓施設 屋上テラス

 

ニューヨークの街灯りが滲む空の下、アントワーヌはワイングラスを片手に、鉄製の手すりに寄りかかっていた。

背後から足音――チャックがスーツのまま姿を現す。

 

「こんな時間に、一人で何をしているんだ?」

「眠れなくてね。どうやら、時差ボケのようだ。だから、こうして満月を見ているのさ」

 

アントワーヌは振り返らずに答える。チャックはため息をつき、アントワーヌの隣に腰を下ろす。しばし無言が流れた。

 

「お前は、知ってるか?」

「何のことだね?」

「このビルの地下……“第七保管層”がある。誰も口にしねえが、あそこには“未処理の記憶”が保管されてるんだ。名前も付かないような“あの日の記録”がな…そう、“オブスキュラス事件”のな」

「ほう…」

 

アントワーヌの目がわずかに細くなる。

 

「アメリカ魔法界最大のタブーだな。何百人もの非魔法族と魔法使いが、ニューヨークの真ん中で消し飛んだ――あの夜」

「“オブスキュラスによる事故”だと公表された。いや、あれが嘘だってことは、今じゃ誰も疑わない。しかし、裏にグリンデンバルドが居たのは確実。だが……証明する術もない。俺の親父は現場にいたよ。MACUSAの初動部隊だった」

「それで、お父上は?」

 

チャックは煙草に火をつける。火先の赤が、一瞬だけ彼の瞳を照らした。

 

「遺体すら見つからなかった。最後に残ってたのは、焼け焦げた杖とハット帽の破片だけ。“英雄の死”ってやつさ。だが…英雄なんて誰も欲しちゃいなかったんだ。欲しかったのは、“犯人”と“幕引き”だ」

 

アントワーヌは静かに頷く。

 

「だから、君は今でもどこか…この国の魔法体制を“護る”ことに、どこか空しさを感じているのだろう?」

「お前が言うな。元グリンデンバルド()の副官が」

「"副官"ね…。よくあの頃も呼ばれていたが、ゲラートも私も共に利用しあっただけに過ぎんよ」

「そうか…」

 

気まずい雰囲気が流れた。だがその裏には、確かに共通した苦味があった。

 

その翌日…MACUSA中央区・喫茶室

 

「私はブラックだと言ったはずだよ、チャック。これは“コーヒー味の糖蜜”だ。見てみたまえ、上澄みが光を反射してるじゃないか…。何だいこれは?糖蜜を飲む文化はフランスやイギリスにもないよ」

「知らねぇよ、店員が“こっちが人気だ”って言ったんだ」

「人気など知らんよ…。私は昔ながらの“タールのようなブラック”が飲みたいのだ!」

「お前、コーヒーに対してだけ語彙量が3倍になるな、本当に」

 

アントワーヌはわざとらしく肩をすくめ、マフィンの皿に手を伸ばす。

 

「まぁ、マフィンはうまい。これだけは認めよう」

 

チャックは笑いを堪えながら、ポケットから紙を取り出す。

 

「それと…これ。アンタ宛てだ…“ハリー・ポッターの法的身柄に関する協議案”。イギリス魔法省が正式にMACUSAに問い合わせてきた」

「予想より一日早かったな」

 

アントワーヌは紙を一瞥し、ため息を吐く。

 

「彼はようやく、自由に興味を持ち始めたところなんだ。政治に振り回されるのは…まだ早い」

「あんた…何を考えてるんだ?なにか企んでるんだろう? あの指輪のことも。あれ、ただのメモリアルじゃないよな」

 

アントワーヌの笑みが、ほんのわずかに鋭さを帯びる。

 

「それは言えないな。チャック、だが安心したまえ…。私はゲラートとは違うとも。全てはハリー()の為だよ」

「お前、本気であの少年を“守る”気なのか」

 

アントワーヌは、久しぶりに真面目な声音で答えた。

 

「無論だとも…。だが、“愛”とは時に、魔法の基盤を超える。それを見せたいと思っているだけだ。ハリーに…そして、魔法界に」

 

MACUSA地下・第七保管層入口前

チャックが杖を振る。すると、扉が、低い音を立てて開く。

 

「お前に“見せたいもの”がある。オブスキュラス事件――俺がこの国を諦めかけた、あの場所の真実だ」

 

アントワーヌがゆっくりと歩みを進める。

 

「それをこの私に見せるとはね…。どういった風の吹き回しかな?」

「違う。俺は“この国の痛み”をお前に知って欲しかっただけだ」

 

――地下の部屋には、燃え尽きた羽根ペンと、何も書かれていない記録帳が転がっていた。床には崩れ落ちたステンドグラスの欠片が一面に散らばっていた。

 

チャックがそっと言った。

 

「ここにあった“全て”が消えた…。MACUSAは記憶を消す術は持っているが、真実を消す術は持っていないんだ」

 

アントワーヌは帽子を取り、黙って深くその現場に一礼した。

 

【ニューヨーク・MACUSA迎賓区画/夜の中庭】

 

マンハッタンのネオンがちらつく中、MACUSA本部の中庭にはほとんど人の気配がなかった。夜風が吹き抜け、コーヒーの香りがかすかに漂っていた。

 

その中央に、アントワーヌと監視官チャックは立っていた。

 

「君に、礼を言わねばなるまい。ニューヨークでの72時間は、存外悪くなかった」

 

アントワーヌは外套の内側から、封蝋で厳重に封じられた茶色の書類束をゆっくりと取り出した。

 

「それは……?」

 

「これは、かつてのMACUSAが“記録から抹消したはずの記録”に関する文書だよ」

 

アントワーヌは、軽く手のひらで書類の表紙を叩いた。

 

「ゲラート・グリンデンバルト。彼がアメリカで活動していた1920年代、魔法薬供給ルートや政治的接触先、そして彼に協力した”内部関係者”のリスト……すべてが記されている」

「なんでそんなものを?」

 

チャックは声を潜めながら、それでも眼差しを強くした。

 

「古書店、壁裏の古い備品棚、灰に埋もれた私文書……。探せば意外と残っているものさ。MACUSAは、この件をあまりにも急いで“忘れた”のだ。だから私は忘れさせまいと持ってきた」

 

アントワーヌは、封筒を差し出す。

 

「私なりの返礼だよ。君の“目と良識”を信じて、これを託す」

 

チャックは少し黙ってから、それを受け取った。表情は変わらないが、ほんの僅かに眉が緩んだ。

 

「君は厄介な男だな。もっと静かに世界を旅する術を学んではどうか」

「だが、世界は静かじゃない。動いている限り、見る者は動き続けねばならない」

 

アントワーヌはそう答えると、口元に一瞬笑みを浮かべた。

その時、手提げ袋から取り出されたのは、色味の美しい一切れのレモンパイだった。

 

「最後に、これは君の好みに合うといい。糖度は控えめ、レモンはシチリア産。新大陸のパイとは思えないほど“フランス寄り”の味だよ」

 

「なるほど。これが、“文化的侵略”というやつか?」

 

「侵略ではない。友愛(アミティエ)だ」

 

 

 

互いに笑いもせず、ただ風の中に言葉を置いて立ち尽くす。

 

やがて、アントワーヌは軽く礼をして背を向ける。

 

「オルボワール、チャック。再びどこかの夜に」

「次は君の方が、甘いコーヒーを買ってきてくれ」

 

 

 

そのやりとりの後、アントワーヌとハリーは、次なる地――フランスへと旅立っていく。

 




次はフランスに向かいます。

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