ハリーポッターと灰色の貴族   作:ヨシフ書記長

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フランス編はこれで終わり


メフィストの領地

預言者の神託新報(Das Propheten-Orakel)より

 

特報:メフィストフェレス、母国へ帰還!

 

ドイツ魔法省は本日、長らく収監と仮釈放を繰り返していたアントワーヌ・ド・ポッター氏が、突如としてフランス本国へ帰還したことを発表した。グリンデルバルドの「黒の副官」として悪名を馳せた同氏の移動は、ドイツ魔法界に大きな衝撃を与えている。

 

フリッツ・シュトローブル魔法大臣は、フランス魔法省に対し厳重な抗議を行うと共に、隣国との国境線の封鎖も示唆する強硬な姿勢を示した。これは、かつて「魔導公爵」と呼ばれたアントワーヌ氏の存在が、未だドイツ魔法界に与える影響の大きさを物語るものだろう。

 

本紙記者が辛うじて入手した一枚の写真には、フランス魔法省の厳重な警戒態勢の中、口元に薄い笑みを浮かべながら悠然とフランス魔法省庁舎を後にするアントワーヌ氏の姿が捉えられている。その瞳は、まさに「メフィストフェレス」の異名にふさわしく、見る者全てを嘲笑うかのような光を宿していた。

 

(写真:ニヒルに笑いながらフランス魔法省を出るアントワーヌ・ド・ポッターの盗撮魔法写真)

 

緊急提言:ヌルメンガードの警備を増強せよ!

 

アントワーヌ・ド・ポッター氏の帰還を受け、ヌルメンガード城の警備体制に対する懸念の声が日に日に高まっている。同氏は過去にグリンデルバルドの側近として、この魔法城の設計にも深く関与していたとされており、その知識が外部に流出することを危惧する声が上がっている。

早急な警備強化が求められている。

 

ダームストラング校長、アントワーヌ卿を糾弾!

 

ダームストラング魔法学校のイゴール・カルカロフ校長は、アントワーヌ・ド・ポッター氏のフランス帰還の報を受け、激しい怒りを露わにした。

「我が校とアントワーヌ卿は無関係だ!彼は過去の遺物であり、我が校の名前に泥を塗った犯罪者である!」

と、興奮気味に語るカルカロフ校長の発言は、同校がアントワーヌ氏の過去の行動に責任を負うことを強く否定する意図があるものと見られる。

 

周辺諸国、国境警備を強化!

 

アントワーヌ・ド・ポッター氏のフランス帰還を受け、隣国のベルギー魔法省およびオランダ魔法省は、相次いでフランスとの国境線の警備を強化すると発表した。各国とも厳戒態勢を敷き、アントワーヌ氏の影響が自国に及ぶことを警戒している模様だ。

 


 

「ちくしょう、アントワーヌめ!」

 

ドイツ魔法大臣フリッツ・シュトローブルは、怒りに震える手でデスクを叩きつけた。目の前には、『預言者の神託新報(Das Propheten-Orakel)』の一面記事が広げられている。一面を飾るアントワーヌ・ド・ポッターの動く写真は、大臣の怒りを一層煽った。ニヒルな笑み、見る者を嘲弄するような瞳。あの男が自由の身でフランスにいるという事実が、堪らなく不愉快だった。

 

「奴の帰還が、これほどの動揺を招くとはな…」

 

大臣は深いため息をついた。グリンデルバルドの失脚から半世紀近く経ってもなお、「メフィストフェレス」の悪名はドイツ魔法界に深く刻み込まれている。特にヌルメンガードの警備に関する懸念は、もっともだった。あの男は、あの城の秘密を多く知りすぎている。

 

フランス魔法省への抗議文はすでに送付した。しかし、あの古めかしい貴族主義者どもが、まともに取り合うとは到底思えない。今回の国境封鎖の示唆は、脅し以上の意味合いを持つだろう。ベルギーやオランダが追随したのも当然だ。誰もが、あの「魔導公爵」の次なる行動を警戒している。

 

「クソッタレめ!」

 

フリッツ大臣は拳を机に強く叩きつけるのだった

 


 

一方、パリ中心部の高級ホテルの一室では、アントワーヌ・ド・ポッターが、暖炉の前でゆっくりとティーカップを傾けていた。

その日の午後、ハリーと共に凱旋門の荘厳な姿を眺め、ルーブル美術館の膨大なコレクションに目を凝らした後だった。

傍らには、広げられた『預言者の神託新報(Das Propheten-Orakel)』が置かれている。一面を飾る自身の写真に、彼は小さく笑みをこぼした。

 

「相変わらず騒々しい連中だ。あのシュトローブルという大臣は、もう少し落ち着きを覚えるべきだね」

 

彼はカップをソーサーに戻し、優雅な仕草でパイプに火をつけた。紫煙がゆったりと立ち上る。

 

「ダームストラングのカルカロフか…。キモの小さな小男だ…口先だけならどうとでも言えるだろう。それに私が彼らに泥を塗ったねぇ…。 ふむ、私は彼らの事(ヴォルデモート)は殆ど知らないのだがね…。だが、その『遺物』が何をするか、じっくりとご覧頂こうか…」

 

アントワーヌの目は、暖炉の炎の揺らめきの中で、わずかにその色を変えるように見えた。

彼は新聞から顔を上げ、窓の外、夜のパリのきらめく街並みに目を向けた。彼の知的好奇心が、次なる「問題」を紡ぎ始める準備をしていた。

 

「さて、まずは何から始めようか…」

 

彼は独りごち、再びニヒルな笑みを浮かべた。パリの煌めく夜景を背に、アントワーヌは懐から金色の懐中時計を取り出す。

そして、時刻を確認すると、彼は満足げに頷き、ゆっくりと椅子に体を休めるのだった。

 

翌朝早く、パリ郊外の私有ガレージには、一台の荘厳な車が佇んでいた。まばゆいばかりのクロームメッキと、ため息が出るほどに流麗なボディライン。

それは、マグル界の自動車の歴史において、まさに「王」と称される芸術品、ブガッティ・タイプ41 ロワイヤルだった。

アントワーヌは、まるで年代物のワインを慈しむかのように、軽くボンネットを撫でた。この車もまた…彼が築き上げた財力と、彼自身の類稀な審美眼の象徴だった。

 

ハリーは助手席に乗り込み、まだ眠たげな目を擦っていた。

 

「おじさん、こんなに朝早くから、どこに行くの?」

「旧領さ、ハリー。我がド・ポッター家が、ブルボン王朝時代から代々護ってきた土地だよ。この騒々しい新聞記事の後では…しばらくは静かに過ごしたいからね」

 

アントワーヌはハンドルを握り、ゆっくりとエンジンを始動させた。

唸りを上げるブガッティのエンジン音は、まるで目覚めの雄叫びのようだった。

車はパリの街並みを滑るように走り抜け、やがて北東へと針路を取った。目指すは、シャンパーニュ地方のランス近郊に位置するド・ポッター本邸だった。

 


 

新緑が眩しいフランスの田園風景の中を、ブガッティ・ロワイヤルは悠然と進む。その威厳ある姿は、道行くマグルたちの視線を釘付けにした。数時間後、車は見慣れた風景の中に差し掛かった。点在するブドウ畑、古びた石造りの家々、そして遠くに見える教会。

 

領地の入り口を示す石門をくぐると、道の両脇には、色とりどりの花を手に、笑顔で並び立つ村人たちの姿があった。

 

彼らはアントワーヌの姿を認めると、一斉に歓声を上げ、手を取り合って駆け寄ってきた。

 

「アントワーヌ様! おかえりなさいませ!」

「ご無事で何より!」

「お勤めご苦労様でした」

 

皆の顔には、心からの敬愛と安堵の表情が浮かんでいる。

 

そんな彼らの手には、この土地で育まれたばかりの新鮮なチーズや、収穫されたばかりの瑞々しい作物、そしてド・ポッター家のセラーで熟成された極上のワインが抱えられている。

彼らがこれらの品々を「献上」しようとするのは、2つの世界大戦をアントワーヌのおかげで、助けられた恩義があったからだった。 特に第二次世界大戦中には、戦火や空爆から村を守り、さらにはナチスによる村人(ユダヤ系住民)の連行を阻止したという…彼らの記憶に深く刻まれた出来事があった。

 

アントワーヌは車をゆっくりと止め、窓を開けた。領民たちの温かい歓迎に、彼の口元にいつもの皮肉めいた笑みとは違う、わずかに柔らかな表情が浮かんだ。

 

「皆、元気だったかね? 無事で何よりだ」

 

彼の言葉に、領民たちはさらに歓喜の声を上げた。ハリーは、この光景に目を丸くした。新聞では犯罪者のように書かれていたアントワーヌが、ここではまるで守護神のように慕われている。

そのコントラストに、魔法界のニュースの持つ偏りを改めて肌で感じていた。

 

その時、門の外で一際腰の曲がった、しかし矍鑠とした老婦人が、手に包みを抱えてゆっくりとブガッティに近づいてきた。彼女は村長の祖母にあたる人物で、アントワーヌがまだ若かった頃から、この領地で暮らしている。

 

「アントワーヌ様、お久しゅうございます。まさか…またこの地に戻ってくださるとは……」

 

アントワーヌは、その老婦人の手を優しく取り、そっと口付けた。

 

「おや? マドモアゼル、久しぶりだ…今日も美しいね」

 

アントワーヌは、その老婦人の手を優しく取り、そっと口付けた。老婦人は、感激に目を潤ませながらこう答えた。

 

「アントワーヌ様…貴方は何時までもお美しい…。あの頃のまま…」

 

アントワーヌは、その言葉に小さく首を振った。彼の瞳は、一瞬、複雑な光を宿したように見えた。

 

「いいや、お嬢さん…君の方が私よりも美しい。私のように怪物になり損ねた者よりも何倍もね」

 

その言葉には、彼自身の「不老」に対する諦念と、老いていく領民たちへの、どこか羨望にも似た感情が込められているようだった。老婦人は、アントワーヌの言葉の真意を悟ったかのように、ただ優しく微笑んだ。老婦人の手を握りながら、アントワーヌはこう言った。

 

「それに、君は…お亡くなりになられた祖母様に似てきたね」

 

老婦人ははにかむように照れながら、しかし嬉しそうに言った。

 

「私の祖母は、アントワーヌ様に命を救われたと、生涯言っておりました。あの戦の夜、納屋に隠れていた赤子を見つけて、魔法で火を遠ざけてくれたって……」

 

アントワーヌは懐かしそうに目を細めた。その目には、遠い過去の情景が映っているようだった。

 

「その礼には及ばんよ。君の祖母様が私にしてくれたことの方が、ずっと大きいのだ。あの時、飢えていた私にパンをくれた。まだ少年の頃だったが……忘れはしない」

 

老婦人は涙ぐみながら、手に抱えていた包みを差し出した。

 

「これは……家の庭でとれたリンゴと、今朝絞ったばかりのミルク。それに……私の娘が作った山羊のチーズです。お納めくださいませ」

 

アントワーヌは包みを丁重に受け取り、優しく微笑んだ。

 

「ありがたく頂こう。私の“魂”が喜んでいるよ。君たちがいてくれることが、私の救いだ」

 

その言葉は、彼の本心から出たもののように聞こえた。

 

門のそばには、子供たちが集まり、ブガッティとアントワーヌをじっと見つめている。

彼らは、世間で言われている「ナチス戦犯」としての悪名と、目の前にいる優しい「アントワーヌ様」の姿との間に、戸惑いと好奇心を隠せないでいた。

 

一人の少年が、小さく呟いた。

 

「ほんとうに……あの“公爵”なのかよ?」

 

隣にいた少女が、囁くように答えた。

 

「でもお母さんが言ってたよ、アントワーヌ様は“夜に灯りをくれる人”だったって」

 

アントワーヌは、そんな子供たちの視線に気づくと、そっと笑みを浮かべて手を振った。その姿は、もはや魔法界が報じるような“罪人”ではなく、永きにわたりこの土地を護り続けてきた“守人”のようだった。

 

アントワーヌは、献上される品々を丁重に受け取ると、再び静かに車を走らせた。領民たちは、車が見えなくなるまで手を振り続けた。そしてブガッティは、小高い丘の頂にそびえ立つ、威厳あるド・ポッター本邸へと向かっていった。

 

ハリーの目から見ても、ド・ポッター本邸はただならぬ雰囲気を持っていた。

パリの瀟洒な建築物とは一線を画す、堅牢でありながらも優雅さを失わない石造りの建物は、まさに歴史そのものを体現しているかのようだった。

元々はブルボン王朝時代に築かれた城塞だったとアントワーヌは言っていたが、その名残は今も邸宅の随所に見て取れた。

深く掘られた堀の名残、分厚い石壁には蔦が這い、時折風に揺れる古びた風見鶏が軋んだ音を立てる。広大な敷地は完璧に手入れされており、噴水からは清らかな水が流れ、色とりどりの花々が咲き乱れている。

 

時間が止まったかのような、しかし生き生きとした魔法が息づく空間に、ハリーは圧倒された。

 

アントワーヌが長らく不在だったにもかかわらず、主無きド・ポッター邸は、領民たちの手によって完璧に手入れされ、管理され続けていたのだ。

そこは、パリのホテルとは比べ物にならないほど、歴史と魔法の重みが息づく場所だった。

アントワーヌは、深く息を吸い込んだ。

 

ここが、彼の真の「居場所」だった。

 

邸宅の中もまた、外観に劣らず壮麗だった。重厚な家具、壁一面に飾られた肖像画、そして何世紀もの時を刻んできたであろう調度品の数々。

しかし、そこに埃一つなく、全てが完璧に磨き上げられている。

 

書斎に通されたアントワーヌは、ハリーに軽食を勧めてから、デスクに腰を下ろした。

彼が指を鳴らすと、音もなく二体の屋敷しもべ妖精が現れた。セバスチャンとウォルターだった。

彼らは古びたが清潔なリネン製のティーセットをテキパキと並べ、部屋を整えた。

 

「セバスチャン、ウォルター、ご苦労だった。私が不在の間、全て滞りなく進んでいたかね?」

 

アントワーヌが問いかけると、セバスチャンが深々と頭を下げた。

 

「はい、アントワーヌ様。全てつつがなく。ご指示の通り、マグル界の事業の報告書をまとめさせて頂きました」

 

セバスチャンは分厚いファイルを手渡し、アントワーヌはそれを開いた。ウォルターは、そわそわとしながらも、アントワーヌの紅茶の準備を始めた。

 

アントワーヌは、資料に目を通しながら、時折、二体の屋敷しもべ妖精に質問を投げかける。

それは、彼がマグル社会で営む多岐にわたる事業、株や貴金属、宝石、外貨といった莫大な資産に関する報告だった。

彼は屋敷しもべ妖精たちを、単なる召使いとしてではなく、優秀な執事であり、信頼できるビジネスパートナーとして扱っているようだった。

 

ハリーは、その光景に驚きを隠せなかった。

屋敷しもべ妖精が、これほどまでに人間的な言葉で、しかもビジネスの報告をしているのを見て驚いた。彼らは魔法界の新聞が報じるような「犯罪者(黒い魔法使い)」の副官としてではなく、アントワーヌが「実業家」としての一面を持つことを、まざまざと示していた。

アントワーヌが、いかに複雑で多面的な人物であるかを、ハリーは改めて知ることになった。

 

アントワーヌは、資料を一枚めくり、指先でモノクルを押し上げた。

その表情は、まるで古文書を読み解く学者のようでもあった。

 

「セバスチャン、ウォルター。ルノー社の株はそろそろ売るか…」

 

彼はそう呟き、ペンを手に資料に何かを書き込んだ。

 

「ポルシェやメルセデス・ベンツに比べると…ね、悲しいが手放すかな」

 

アントワーヌの声には、僅かながら感傷的な響きが混じっていた。

それは、単なる投資判断ではなく、彼自身が長年見守ってきたマグル社会の産業動向、そして、そこから感じ取る時代の流れへの、ある種の感慨のようにも聞こえた。

彼の言葉を聞きながら、ハリーは、アントワーヌが魔法界とマグル界の双方に深く根ざし、それぞれの世界の「流れ」を的確に捉えていることを改めて感じた。その複雑な存在が、ハリーにはまだ掴みきれない、途方もない深みを持っているように思えた。

 

その日の午後、アントワーヌはハリーに言った。

 

「ハリー、君は少し退屈しているようだね。この屋敷には、君が興味を持つようなものはあまりないだろう。どうだい、村へ行って、領地の農民たちと遊んでくるのは? 彼らは皆、親切な者たちだ。きっと、君にとって良い経験になるだろう」

 

ハリーは、退屈していたことを言い当てられ、少し驚いた。しかし、アントワーヌの提案は魅力的だった。彼は頷き、セバスチャンに案内されて村へと向かった。

 

村は、ド・ポッター本邸とはまた違う、素朴で温かい空気に満ちていた。石畳の小道、花に囲まれた小さな家々、そしてどこからか聞こえてくる家畜の鳴き声。領民たちは、皆がハリーを見つけると、屈託のない笑顔で迎え入れてくれた。

その顔には、都会の住人には見られない、土と自然と共に生きる人々のたくましさと穏やかさが宿っている。彼らはハリーを、まるで古くからの友人のように、何の隔たりもなく受け入れた。

 

「アントワーヌ様のお連れ子様、ようこそいらっしゃいました! よろしければ、共に葡萄の収穫をしませんか? 今年も良い出来ですよ!」

 

屈強な農夫が、朗らかな声でハリーに呼びかけた。ハリーは、躊躇いなくその誘いに乗った。生まれて初めての経験だった。

たわわに実ったブドウの房を丁寧に摘み取り、籠に詰める。陽の光を浴びながらの作業は、思ったよりも大変だったが、村人たちと共に働く喜びを感じた。

 

その後、ハリーは畑で採れたばかりの作物の収穫を手伝ったり、牛舎で乳搾りを体験したりと、都会では決して味わえない、新鮮な経験を次々と積んでいった。彼らはハリーに、土の匂い、動物の温もり、そして自然の恵みの大切さを、言葉ではなく肌で教えてくれた。

 

作業の合間には、村人たちとお茶会が開かれた。焼きたてのパンと、自家製のジャム、そして温かいハーブティーが振る舞われる。

ハリーは、彼らの飾らない人柄と、アントワーヌへの深い敬愛の念を、改めて肌で感じることができた。

 

その時、朝、アントワーヌを出迎えた腰の曲がったお婆さんが、ハリーの隣にそっと座った。彼女の温かい手が、ハリーの腕を優しく撫でる。

 

「アントワーヌ様は、本当にあの方のようなお方はおられません」

 

お婆さんは、遠い目をして語り始めた。

 

「あの方はね、私の母親の頃から、この地を…我らを護り続けてくださっているんじゃ。第一次世界大戦の時も、第二次世界大戦の時も…。誰もが諦めかけたあの戦火の中、誰よりも危険な前線に立って…この村と、村の者たちを守ってくださった。お優しい方だ、何も対価を求めず、あの時から変わらず…」

 

お婆さんは、少し間を置いて続けた。

 

「疫病…そう、百年前に世界中で大流行した『スペイン風邪』の時もね、村中に病が蔓延して、多くの者が死にかけた。身分も関係なく、皆が絶望していた時に…あの方は自ら命の危険を顧みず、治療薬を調合して、村の者たちを救ってくださったんじゃよ。あの時の恩は、決して忘れられん。私らは、あの方に生かされておるんじゃから」

 

ハリーは、お婆さんの言葉に息を呑んだ。

新聞で見る「メフィストフェレス」という犯罪者の異名を持つアントワーヌと、領民たちが語る「守護神」のようなアントワーヌ。

そのあまりにも大きな隔たりに、ハリーは改めて、物事の表面だけでは何も判断できないことを痛感した。アントワーヌが、いかにこの領民たちから深く尊敬されている理由を、彼はこの日の体験で、肌で理解することができた。

 


 

ハリーが村へと向かった後の夜、ド・ポッター本邸の重厚な玄関の扉がノックされた。セバスチャンが扉を開けると、そこに立っていたのは、三人の女性だった。彼女たちは皆、外見上は30代半ばから後半に見えるが、その瞳の奥には、60年以上の時を生きてきた者の深みが宿っていた。

戦時中、彼女らは「アントワーヌのカーミラ」あるいは「ゴルゴン三姉妹」という異名で恐れられていた。

 

一人目は、長く艶やかな黒髪を美しく編み込み、鋭い眼光を放つベアトリス・リュサン。彼女はかつて、アントワーヌを監視するグリンデルバルドの元諜報員であり、不老の術の被験者だった。つい先日、フランス魔法省でアントワーヌと顔を合わせたばかりのはずだが、彼女もまたこの邸宅を訪れた。その細身の体躯には、諜報活動で培われた研ぎ澄まされた感覚が宿っている。

 

その隣には、短く切り揃えられたプラチナブロンドの髪と、射抜くようなヘーゼル色の瞳が印象的なクロエ・デュボアが立っていた。彼女もまた、不老の術の恩恵を受けているが、その引き締まった体格と全身から放たれる刃のような雰囲気は、元グリンデルバルド親衛隊の中尉として実働部隊を率いていた過去を雄弁に物語っていた。彼女は貧民窟出身で、その口調には洗練された貴族のそれとは異なる、荒々しいまでの生気が宿っていた。

 

そして最後の一人、控えめながらも知的な眼差しを向けるのは、長く艶やかな栗色の髪を持つエマニエル・ルソーだった。彼女もまた不老の術の被験者で、元審問官としての明晰な頭脳を持ち、戦時中には真実薬を用いた尋問を数多く行い、さらには魔法薬を使った要人暗殺にも深く関与していたという暗い過去を持つ。普段はアントワーヌの前ではお淑やかだが、尋問の際にはその口調が豹変すると言われていた。

 

三人の女性は、それぞれに複雑な表情を浮かべていたが、その手には、折られたばかりの『預言者の神託新報(Das Propheten-Orakel)』が握られているのが見えた。新聞の一面を飾る「メフィストフェレス」の帰還の報が、彼女たちをここまで導いたのだろう。

 

「おや、これはこれは…」

 

アントワーヌは書斎から出てくると、三人の姿を認め、口元に薄い笑みを浮かべた。彼の瞳が、見る角度によって微妙に色を変える。その視線は、彼ら全員が共有する「不老」という秘密、そして長く複雑な歴史を物語っていた。

 

「まさか、君たちがこんなに早く訪ねてくるとはね。ベアトリス、君は先ほどぶりだが…」

 

アントワーヌは、ベアトリスに軽く視線を向け、再び他の二人へと目を戻した。

 

「セバスチャン、ウォルター、来客だ。最高のコニャックと、そうだな…アブサンを用意してくれ。久方の再会を祝して、乾杯でもするかい?」

 

アントワーヌは、三人の女性を広間へと招き入れた。広間の暖炉には、パチパチと音を立てて炎が燃え盛っている。アブサンは、アントワーヌが特別な日にしか飲まないと決めている酒だった。

それは…彼らが共に過ごした激動の時代。そして、その後の長い空白の時間を埋めるかのような、深い意味合いを持つ選択だった。

 

ベアトリスは、アントワーヌの言葉に僅かに口角を上げた。彼女の菫色の瞳は、アントワーヌの瞳の奥を探るように向けられている。

 

「ええ、アントワーヌ様。喜んで」

 

クロエは片腕を組み、不遜な視線でアントワーヌを見据えた。そのヘーゼル色の瞳には、依然として警戒と探求の光が宿っていた。その口元には、どこか挑戦的な笑みが浮かんでいるようだった。

 

「アンタも懲りねぇな、ポッター。新聞の一面飾って、今度は何やらかすつもりだ?」

 

アントワーヌはニコリと微笑み、口元にいつもの皮肉めいた笑みを浮かべた。彼の瞳が、見る角度によって微妙に色を変える。

 

「何かをやらかす気は何もないさ、今は。……だが」

 

そこで言葉を区切り、彼は三人の女性の顔を順に見渡した。その視線の奥には、彼らの過去、そしてこれからへの含みがあるようだった。

 

エマニエルは僅かに顔を伏せ、その青い瞳には、過去への複雑な感情が揺れているようだった。かつての「黒の副官」と、彼を監視し、共に活動し、その隣で多くを見てきた女性副官たち。再会は、単なる旧友との再会ではなかった。そこには、過去の因縁と、それぞれの思惑が複雑に絡み合っていた。アブサンの緑色の液体がグラスに注がれると、広間には甘く、そしてどこか危険な香りが満ちた。

 

その頃、ド・ポッター本邸の堅牢な石門の前に、不穏な影が忍び寄っていた。そこには、数台の質素なバンが止まり、中から黒い服をまとった男たちが降り立つ。彼らは魔法使いだけではなかった。

 

先頭に立つのは、死喰人の残党の一人、アルビオン・セルウィンだ。

彼の顔には、ヴォルデモートの没落以来、地下に潜伏し続けてきた者の疲労と、しかし憎悪に満ちた執念が刻まれている。彼は、血眼になってハリー・ポッターの居場所を探し、ついにこのフランスの領地へと辿り着いたのだ。

 

セルウィンは、隣に立つ男に冷たい視線を向けた。

その男は、粗野な服装に身を包み、革製のジャケットから無数の武器が覗いている。彼らは、フランス共産党の過激派組織、"「ドミニコの騎士団」"のメンバーだった。彼らは古くから続く魔女狩りの思想を信奉し、魔法使いを絶対的な悪と見なす狂信者集団だ。

フレンチ・コネクションを介して手に入れたのであろう、アサルトライフルやマシンピストルで重武装し、その手には爆発物まで抱えている。

 

ドミニコの騎士団のリーダーは、セルウィンがその手に隠し持つ杖に気づくことなく、疑わしげな表情で問うた。彼らはセルウィンのことを、単なるアントワーヌを憎む協力者としか見ていなかった。

 

「本当に、この奥に目的の『ナチス戦犯』がいるんだな? あいつは悪魔と契約し、この世に災いをもたらす化け物だと聞いているが?」

 

セルウィンは、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ああ、間違いない。奴は最も危険な生ける悪魔だ。そして、奴の屋敷には、我らが憎むべき存在も匿われている。さあ、今こそ神の審判を下す時だ。奴らに鉄槌を!」

 

ドミニコの騎士団のメンバーは雄叫びを上げ、石門へと殺到した。彼らは魔法使いの存在を公にすることなど気にせず、暴力と破壊を至上とするテロリストだった。

 

その頃、邸宅の広間で女性たちと再会していたアントワーヌは、ふと、懐から金色の懐中時計を取り出した。懐中時計の蓋を開け、中の文字盤に目をやると、彼の口元に薄い笑みが浮かんだ。

 

「ふむ、どうやら招かざる客が来たようだね」

 

それを聞いたクロエは、腕を組みながら呆れたように吐き捨てた。

 

「ほら、言わんこっちゃねぇ…大々的にアンタが動いたらこうなるくらいわかってたろ?」

 

アントワーヌはクロエの言葉に肩を竦め、懐中時計の蓋を閉じた。その瞳の奥に、かつての「メフィストフェレス」の冷徹な光が宿った。

 

「10人のマグルと1人魔法使いが来たようだ…。それにしても…たった11人とは舐められたものだよ」

 

アントワーヌがそう呟いた、まさにその瞬間だった。広間の窓から屋敷の周囲に広がる広大な庭園の方で、けたたましい叫び声と銃声が響き始めた。アントワーヌは騒がしくなる庭の方をチラリと見やると、口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「あの戦争の頃…私を殺そうとこの本邸に来るなんてザラだったしね…。何も対策されてないとでも思ってるのかな? 私はあのヌルメンガード城を作ったんだ、この屋敷をそうすることぐらい簡単だとも」

 

クロエは鼻を鳴らして応じた。

 

「へっ!そのせいでこの屋敷は殆ど要塞みたいなもんだけどな!」

 

アントワーヌは茶目っ気たっぷりに付け加えた。

 

「そうそう。ジェイミー・リンドールがかつて我が庭園で逃がした噛み噛み白菜が野生化していたりするがね」

 

その言葉が現実となるかのように、石門を無理やりこじ開け敷地に足を踏み入れた「ドミニコの騎士団」の男たちの足元から、見る間に緑色の粘りつくような蔓が、まるで意思を持つ蛇のようににょろにょろと這い上がった。彼らの足首を瞬時に絡め取り、ギチギチと締め上げていく。不意を突かれた男たちは、たちまち身動きが取れなくなり、その強靭な締め付けに悲鳴を上げた。「な、なんだこれ…!?」地面に引きずり倒されながら、彼らは叫んだ。

 

だが、恐怖はそれだけでは終わらない。庭の奥から、「ガブリガブリ」という、骨を砕くような生々しい音が聞こえ始めたかと思うと、肥大化したキャベツのような異様な植物が、その葉をムチのように振り回しながら、罠にかかった男たちに襲い掛かった。

それは、アントワーヌが「噛み噛み白菜」と呼んだ、野生化した危険な植物だった。彼らの衣服を、皮膚を、肉を、まるで意思を持つ刃のように抉り取っていく。

 

「なんだこいつは!」

 

マグルたちは混乱の極みに達し、アサルトライフルやマシンピストルを闇雲に乱射するが、不気味に蠢く植物の生命力と狂暴な動きを止めることはできない。その混乱に乗じて、庭の茂みから素早い影が飛び出した。体毛の無い小型のテリアに似た姿だが、尾がフォークのように二又に分かれている。魔法生物のクラップだ。鋭い牙を剥き出しにして、侵入者たちに容赦なく襲い掛かる。クラップは、その尻尾でマグルたちを容赦なく鞭打ったり、飛びかかっては彼らの銃や衣服を噛みちぎり始めた。

 

「ぎゃあああ!」

 

銃声とマグルたちの悲鳴が、静かな夜の庭園に木霊した。

アルビオン・セルウィンは、魔法で辛うじて植物の拘束から逃れていたが、クラップの予測不能な動きと、マグルたちの混乱ぶりに苛立ちを隠せない。

 

彼は杖を構え、騒乱の向こうにある、漆黒の闇に包まれた邸宅を睨みつけた。この邸宅には、彼が想像していた以上に、深く、そして強力な防御が隠されていることを、彼は本能的に察知していた。

 

 

ドミニコの騎士団の隊員たちが、魔法生物と魔法植物の餌食となる中、セルウィンは邸宅への侵入を強行した。石造りの重厚な扉を「アロホモラ」の呪文でこじ開け、内部へと足を踏み入れる。

しかし、そこは単なる古い屋敷ではなかった。

 

彼が足を踏み入れた瞬間、広々とした玄関ホールは、見る間に歪み始めた。壁が捻じれ、天井が遠ざかり、まるで無限に続くかのような廊下が出現した。

何歩進んでも、その奥が見えない。左右の壁には、まるで意識を持つかのように、不気味な鎧の像が立ち並んでいる。それらは、武装した魔導人形、すなわち、いかなる侵入者をも排除するためにアントワーヌが仕込んだ防衛機構だった。

 

セルウィンは、神経をすり減らしながら廊下を進む。時折、鎧の像が動いて行く手を阻んだり、武器を振るって襲い掛かったりするが、彼は持ち前の魔法でどうにか切り抜けていく。この屋敷そのものが、巨大な迷宮にして要塞と化しているのだ。

 

どれほどの時間が経っただろうか。ようやく廊下の呪文が解け、視界が開けた先に、数多の客室が並ぶフロアが見えてきた。

アントワーヌの魔力が、特定の部屋から微かに漏れている。ハリー・ポッターは、その部屋のどこかにいる。確信を得たセルウィンは、最も強く魔力を感じる客室のドアノブに手をかける。

 

固く閉じられたドアノブを回そうと、力を込めたその時――

 

「済まんね、今ハリーは夢の中に居るんだ、起こしてくれるなよ」

 

背後から聞こえてきた声に、アルビオンはぎょっとした。

 

いつの間にか傍にアントワーヌが立っていたのだ。

アントワーヌは、アルビオンが手をかけているドアノブを回させないように、その手の上から自らの手を優しく、だが確かな力で被せるように添えていた。彼の指先からは、冷たい魔力が伝わってくる。

 

アルビオンは驚愕に目を見開き、慌てて杖をアントワーヌに向けた。

しかし、その刹那、目の前にいたはずのアントワーヌの姿は掻き消える。背後から、呆れたような声が聞こえてきた。

 

「死喰人…だったかな? ダメじゃないか、杖を抜いていたのなら、すぐに魔法を放たないと…。大戦の頃だと判断が遅すぎるね」

 

その言葉に、アルビオンは怒りを覚えて慌てて後ろを振り向いた。怒りに駆られ、彼は呪文を叫びかける。

 

「アバタケダ…!」

 

だが、その殺意のこもった言葉が終わる前に、またしてもアントワーヌの姿が、今度は完全に消え失せた。

 

次の瞬間、廊下の暗闇から、びゅう、と一陣の風が吹いた。

同時に、鈍い骨が砕けるような音が響き渡る。アルビオンは、突然の衝撃に「ぐっ!」と呻き、視線を下げた。そこにあったのは、奇妙な方向にぐにゃりと曲がった自身の杖腕だった。激痛が走り、彼は悲鳴を上げてその場に蹲る。

 

「あああああ!!!」

 

アルビオンが苦痛に顔を歪めながら蹲るその傍らに、黒革の手袋を填めた両手をニギニギと握りながら、クロエが立っていた。彼女のヘーゼル色の瞳が、アルビオンを見下ろす。

 

「おっかしいなぁ…手を砕いたと思ったんだけどなぁ! やっぱり…訛ったかな?」

 

クロエが残念そうに呟く。アルビオンは、震える手で、かろうじて無事だった左手に杖を移動させようとした。だが、その動きをクロエは見逃さない。

 

「おっと、あぶねぇ!」

 

クロエは、アルビオンの無事だった手を素早く足で踏み付けると、その手から杖を奪い取った。

 

「御苦労、クロエ」

 

突如、空間が金色にまばゆく光り輝いたかと思うと、その光の中から、眩い光を迸る金色の懐中時計を掌に乗せたアントワーヌが立っていた。

彼は、いかにも何事もなかったかのようにそこに存在している。

 

「また"時飛ばし"機能使ったのかよ…」

 

クロエは呆れたように眉をひそめた。アントワーヌは懐中時計を仕舞いながら、ふわりと笑う。

 

「まぁ、せっかく付けた機能だからさ、使わないと勿体だろう?」

 

彼の顔には、微塵の悪意も罪悪感も浮かんでいなかった。

ただ、無邪気に自身の能力を披露した、そんな風にしか見えなかった。

 

アントワーヌは、蹲るアルビオンを見下ろした。その表情は、まるで道端のゴミでも見るかのような、冷淡なものだった。

 

「さぁて、招かざる客よ…。一体我が邸宅になんの用かな? 訪問するのならば、もう少し早くに来て欲しいものだが」

 

アントワーヌの問いかけに、アルビオンは砕かれた腕の痛みと、屈辱で息も絶え絶えになりながらも、憎悪に満ちた言葉を絞り出した。

 

「ハリー・ポッターを…殺す為だ! 目的は…ヴォルデモート卿(あの方)の為…! あの方が…死ぬはずがない…!」

 

苦痛と狂気と妄信が混じり合った…罵詈雑言にも近いその言葉が、邸宅の廊下に響く。アントワーヌの表情から、わずかな笑みが消え去った。

彼の瞳の色が、氷のように冷たい青に変わる。その場の空気が、一気に数度下がったかのように感じられた。

 

「ほう…。闇の帝王という御大層なレッテルを持っただけの若造のために、我が愛し子を殺したいと? ほう…」

 

アントワーヌの声には、はっきりと不機嫌な響きが宿っていた。

それは、気分を害した時の彼特有の、底知れない怒りの兆候だった。

ゴミを見るかのようにアルビオンを見下ろすアントワーヌの様子を見て、クロエはニヤリと、そのギザギザした歯を見せて笑った。

 

アントワーヌは静かに、しかし有無を言わせぬ響きで名を呼んだ。

 

「セバスチャン、ウォルター」

 

廊下の奥から、影のように滑らかに二人の執事(屋敷しもべ妖精)が現れ、深々と頭を下げた。

 

「はい旦那様、こちらにおります」

 

「少々、躾のなっていない野良犬がどうやら、我が邸宅に入ってきたようだ…。地下の特別部屋に入れてやりなさい」

 

アントワーヌは冷たく言い放った。その横には、いつの間にかエマニエルが立っている。

彼女は、アントワーヌの表情を見て、普段のお淑やかさとは裏腹に、その目に仄暗い光を宿していた。

 

「エマニエル…君の魔法薬で少々躾を頼むとしよう」

 

「かしこまりました、アントワーヌ卿…御注文は?」

 

エマニエルは、その声にわずかな期待を滲ませながら尋ねた。アントワーヌは、アルビオンから視線を外さずに答える。

 

「そうだね、決して殺さず、壊れないように丁寧頼むよ。記憶障害になっては裁判で扱えんだろうからね、その点は注意して死は救いだと思えるくらいには躾をしておいてくれ」

 

アントワーヌの言葉の端々に、冷徹な響きが宿る。

それは、彼の領民に対する深い愛情と、それを傷つけようとする者への容赦ない怒りの現れだった。エマニエルの表情に、一層の喜びの色が浮かび上がった。

 

「かしこまりました…。さぁ! 行くわよォ!」

 

急にテンションが上がったエマニエルは、軽やかな浮遊呪文でアルビオンを宙に浮き上がらせた。

アルビオンの虚ろな目が、クロエとアントワーヌを捉えるが、もはや抗う力は残っていなかった。ウォルターとセバスチャンがアルビオンの脇を固めると、三人は同時に姿くらまし、地下へと消えていった。

 

「おーおー、珍しくバチ切れしてんじゃん。ポッターさんよぉ!」

 

クロエは、その様子に面白そうに笑った。アントワーヌは、まだ怒りの色が残る瞳で、窓の外に広がる夜の庭園を見やった。

 

「それはそうとも…大事な宝物をまたあの様なしょうもない奴らに傷つけられたくないからな」

 

アントワーヌの右目のモノクルが、月の光を受けてギラリと、鋭い光を放った。彼の「宝物」がハリー・ポッターを指していることは、クロエには明白だった。

 

アルビオン達が邸宅の庭と内部で惨めな敗北を喫したその夜。

ハリーは部屋の外の騒動に全く気づかずに、ぐっすりと眠っていた。アントワーヌが客室に厳重に施した防音呪文が、全ての喧騒を遮断し、彼を夢の世界から呼び覚ますことを防いでいたのだ。

 

ハリーは安らかな寝息を立て、穏やかな夜を過ごしていた。

 

そして、夜が明け、朝の陽がピレネーの尾根を黄金色に照らし始めた頃。彼女らが帰って、静寂に包まれたアントワーヌの書斎に一羽の大型フクロウが舞い降りてきた。

その脚には、堅固な巻き軸が結び付けられている。フクロウは机の上にそれを置くと、一瞥もせずに窓から飛び去っていった。

 

アントワーヌは、フクロウ便が置かれた場所へと向かった。巻き軸には彼の名、すなわち『アントワーヌ・ド・ポッター殿』と、そして鮮やかな赤い封蝋には、見慣れた紋章が刻印されていた。それは、かつてゲラート・グリンデルバルドたちの敵対組織として名を馳せた、国際魔法使い連盟の紋章だった。

 

アントワーヌは、ゆっくりと封蝋を破り、巻き軸を開いた。その内容は、簡潔にして、有無を言わせぬものだった。

 

《アントワーヌ・ド・ポッター殿

 

貴殿は以下の罪状に基づき、国際魔法法廷への出頭を命じる。

 

・未成年魔法使いの国外連れ出し(誘拐容疑はイギリス魔法省からの訴え)

・複数国家に対する外交秩序破壊行為(各国欧州魔法省からの訴え)

・禁忌魔術に関する研究および潜在的実行計画(ドイツ魔法省からの訴えも加味)

 

期日:二週間後

場所:ジュネーヴ・国際魔法評議会本部

 

出頭拒否時は“執行官による強制執行”を行うものとする》

 

アントワーヌは、巻き軸を静かに閉じ、片手に持ったまま、窓の外の柔らかな朝日に目を向けた。

 

書斎の片隅に置かれた年代物のサイドボードには、デキャンタに入った深紅の液体が静かに輝いている。彼はゆっくりとそこへ歩み寄り、グラスにその液体を注いだ。濃密な赤ワインが、琥珀色の光を反射する。

 

アントワーヌはグラスを傾け、その芳醇な香りを深く吸い込んだ。

そして、ゆったりと口に含んだ。その表情には、苛立ちとも、諦めともつかない、どこか達観したようなものが浮かんでいた。

 

「大層なことだ…」

 

彼はそう呟いた。その声には、皮肉とそして…これから始まるであろう新たな騒動への隠しきれない愉悦の響きが混じっていた。

 

 

グラスの縁に残る赤ワインの滴が、朝日にきらりと光った。

 

 

 




ジェイミー・リンドールは(ホグワーツ・レガシー主人公)です。

アントワーヌ・ド・ポッターとは好敵手だった。世界魔法大戦中、何度も交戦。グリンデルバルドとダンブルドアの最終決戦時、ジェイミーをグリンデルバルドの元に行かせない為に陽動を行う。ペーネミュンデで最終決戦を行い、アントワーヌは敗北。

ジェイミー・リンドールはその戦いの後、事故により行方不明になる。


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