ハリーポッターと灰色の貴族   作:ヨシフ書記長

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日本編始まります


遥かなる極東

ウラジオストクの海岸沿い、かつてKGB将校の保養地として使われていたダーチャの一室で、アントワーヌとハリーはつかの間の休息を取っていた。

外は凍てつく海風が吹き荒れているが、ダーチャの中は暖炉の火が心地よく燃え、古い木造の壁が温もりを閉じ込めている。

ロシアでの過酷な訓練を終え、ハリーは深く眠りこけていた。アントワーヌは窓辺に立ち、凍てついたウラジオストクの港を眺めている。彼の指先には、いつものようにシガレットが挟まれている。

 

デミトリとの会談後、アントワーヌはコルドフストリーツの膨大な情報網を活用し、オブスキュラスを使った魔導反応爆弾の行方を追っていた。

そして、ようやく一つの手掛かりを掴んだのだ。

 

ハリーが身じろぎ、薄く目を開けた。まだ眠気が残る瞳で、窓辺のアントワーヌを見上げる。

 

「おじさん、また何かあったの?」

 

アントワーヌは振り返り、ハリーの顔に優しい笑みを向けた。

 

「ああ、少しばかりね。君が寝ている間に、デミトリから興味深い情報が届いたよ」

 

ハリーは体を起こし、アントワーヌの隣に座った。彼の口調から、それがただ事ではないと察したのだ。

 

「魔導反応爆弾の一つが、世界魔法大戦終結の手前、ウラジオストクから日本へ運び出されたらしい」

 

アントワーヌの言葉に、ハリーは目を見開いた。日本。ハリーが知る事といえば、ダドリーがよく自慢してたファミコンが生まれたところ。

そんな遠い場所に、あの恐ろしい兵器が隠されている可能性があるという事実に、背筋が凍る思いがした。

 

「日本に……どうして?」ハリーの声が震えた。

 

「詳細は不明だ。だが、当時の混乱に乗じて、グリンデルバルド派の残党か、あるいはそれに協力する者が関わっていた可能性が高い。デミトリの情報では、当時日本の魔法使いの一部が、グリンデルバルドの思想に共鳴していた時期があったという」

 

アントワーヌは、シガレットの煙をゆっくりと吐き出した。彼の表情は険しく、思考の海に沈んでいるようだった。

 

「日本は、長い間鎖国してたからね。外部の魔法界との交流が深まる中で、新たな思想や情報が入り込みやすかった。そして、マグル界の大戦が魔法界にも波及し、混乱が極まっていた。そういう時期に、彼らは巧妙に紛れ込んだのだろう」

 

ハリーは、魔法界の歴史が、彼の知るマグル界の歴史と密接に絡み合っていることを改めて実感した。そして、その歴史の裏には、彼が想像もしなかったような闇が潜んでいることも。

 

「じゃあ、次は日本に行くの?」

 

ハリーは少し興奮した声で尋ねた。新しい場所への好奇心と、任務の重大さが入り混じっていた。

 

アントワーヌはハリーの頭を軽く撫でると、遠い目をして言った。

 

「ああ、そのつもりだ。だが、日本は一筋縄ではいかない。特に、マホウトコロはね」

「マホウトコロ?」

 

「ああ。君に届いた招待状の中にあっただろう? 日本の魔法学校だ。あそこは独自の文化と魔法体系を持つ。彼らの魔法は、自然との調和を重んじ、外部の干渉を極端に嫌う傾向がある。特に、外の人間が『危険な魔法』を持ち込むことには、非常に敏感だ」

 

アントワーヌは、再び窓の外の荒れた海に目を向けた。

 

「だが、爆弾の回収には、彼らの協力が不可欠になるだろう。あるいは……彼らを説得する、別の方法を見つけなければならない」

 

アントワーヌの言葉には、決意と同時に、困難な道のりへの覚悟がにじんでいた。ハリーは、アントワーヌの隣で、日本の地で繰り広げられるであろう新たな冒険と、彼らの使命の重さを感じていた。

 

「よし、ハリー。休んでばかりもいられない。日本へ向かう準備をしよう」

 

アントワーヌはそう言って、立ち上がった。ハリーも、新たな冒険への期待に胸を膨らませながら、アントワーヌの後を追った。ウラジオストクのダーチャを後にし、彼らは再び、未知の旅へと足を踏み出すのだった。

 

プリムス・ロードランナーの唸るようなエンジン音が、荒れ狂う日本海の空に響き渡る。

アントワーヌはハンドルを握り、ハリーは助手席で日本の地図を広げていた。ロシアの凍てつく大地から飛び立ち、数時間のフライトを経て、彼らは日本の空域へと入ろうとしていた。

眼下には、緑豊かな山々と、複雑な海岸線が織りなす島々が見える。ロシアの荒々しい自然とは対照的に…日本はどこか繊細で、しかし同時に秘めたる力強さを感じさせる景色だった。

 

「どこで降りるの?おじさん?」

 

ハリーが地図から顔を上げて尋ねた。

 

「東京の…とある神社(テンプル)だ。デミトリのコネを使って、マグルの目を気にせず着陸できる場所を手配してもらった」

 

アントワーヌはそう言って、わずかに微笑んだ。その表情には、長年の経験からくる余裕が感じられた。

 

プリムス・ロードランナーは、夜陰に紛れて東京の郊外にある古びた神社の境内に着陸した。

車体は魔法で幻影をかけられ、マグルの目にはただの朽ちた社殿に見えるだろう。冷たいロシアの風とは異なる、湿気を帯びた日本の空気が肌を撫でる。あたりには独特の線香の香りが漂い、遠くからは虫の音が聞こえてきた。

 

「これが日本……」ハリーは周囲を見回し、その場の空気にゆっくりと馴染もうとしていた。

ロシアの重厚な石造りの建物や、無骨なデザインとは全く異なる、洗練された木造建築や、苔むした庭園。すべてが新鮮で、異国情緒に溢れていた。

 

アントワーヌは車から降りると、大きく伸びをした。彼もまた、この国の持つ独特な雰囲気に少なからず感銘を受けているようだった。

 

「さあ、まずは情報収集だ。日本魔法省に挨拶をして、手掛かりを探るとしよう」

 

夜の繁華街 東京は、彼らの想像をはるかに超えていた。東京駅に降り立つと、ハリーは思わず息をのんだ。高層ビルがギラギラと光り、ネオンサインが瞬き、まるで不夜城と化したかのように街全体が輝いている。ビルの巨大なテレビスクリーンで流れていく映像を見て2人は呆然としつつ、ハリーは感嘆した様に呟いた。

 

「うわぁ…! こんなに発展してるなんて!」

 

ハリーの故郷、イギリスも発展していたが、日本の都市が放つ未来的な輝きは、彼にとって全く新しいものだった。行き交う人々は皆、洗練された服装に身を包み、街はとても活気があった。

 

アントワーヌもまた、驚きを隠せずにいた。彼が日本に来たことがあるのは数えるほどしかなく、最後に来たのは大正末期だった。

 

「私が、最後に日本を訪れたのは…随分と昔の事だった。あの長い懲役に入る前だから……まさかこれほどまでに変わっているとは。まるで、時間に取り残されたような気分だよ」

 

彼の記憶にある日本は、震災の影響もあり、軍靴の音が聞こえてくるような国で、現在の高層ビル群が立ち並ぶ現在の姿とはかけ離れていた。

日本がバブル景気ですごいことになっているぐらいは知っていたが、目の当たりにするその目覚ましい発展は、彼の想像をはるかに超えていたのだ。

 

アントワーヌ達は発展した東京に圧倒されながらも、日本の魔法省へ向かうことにした。日本の魔法省への行き方は東京駅から特別な切符を買うことからだった。そこで切符を買い、それを使うことで…旧新橋駅のホームに行くことが出来るのだった。

 

幻のホームに降り立つと、そこには日本の魔法省へと続く隠された入り口があった。

タイル造りの壁に巧妙に紛れたその扉は、近代的な鉄道遺構と不気味なほど調和しており、それだけで既に一種の結界のような威圧感があった。

 

アントワーヌが扉にそっと触れると、まるで生き物のようにわずかに脈打ち、音もなく開いた。

 

中へ足を踏み入れた瞬間、ハリーは思わず息を呑んだ。

 

そこは、まるで深い森の中に忽然と現れた古の社だった。

 

朱色の鳥居が延々と並び、その先には薄暗い木造の回廊が迷宮のように張り巡らされている。

壁や柱には精緻な組木細工や、龍や狐の彫刻がびっしりと刻まれており、所々に据えられた和蝋燭が淡い橙色の光を揺らめかせていた。

白檀と墨のような香りが漂い、外の東京の喧噪が嘘のように消え去っている。

 

回廊の天井はところどころ開け、そこからは苔むした岩や樹木が顔を覗かせていた。

それらは人の手で植えられたものというより、まるで最初からこの建物と一緒だったかのように自然に入り込んでいた。

 

さらに驚いたのは、人々の姿だった。

 

廊下を静かに歩く役人たちの多くは洋装――紺のスリーピースや灰色の事務服姿で書類を抱えていたが、その中には狩衣や直衣、あるいは黒ずくめの修験者装束のような者も混じっていた。

手には陰陽師のように白木の板や太刀、儀式用の鏡を携え、時に小声で祝詞とも呪文ともつかぬ言葉を唱えていた。

 

さらに、その中には、耳の先がわずかに尖っていたり、あるいは背広の背中から鳥の羽のようなものが覗いている者もいた。現代的な様相と伝統的な様相、そして人ならざる血が混じり合う光景は、日本の魔法界の独特な成り立ちを雄弁に物語っていた。

 

また、廊下の角を曲がるたびに、背後からふとした視線を感じる。

振り返っても人の姿はなく、代わりに木の根や柱の影から狐や鴉のような小さな動物の瞳がこちらをじっと覗いていた。

 

「……どこか、森の中に迷い込んだみたいだね」

 

ハリーがか細く呟くと、アントワーヌは小さく頷いた。

 

「そうとも、これが日本の魔法省――自然そのものを結界として取り込み、外界との隔絶を保っているのさ。ある意味、英国の魔法省よりずっと閉鎖的だよ」

 

そんなアントワーヌの言葉を聞いていた時、ハリーはふと後ろからの視線を感じ振り返った。後ろを振り返り、ハリーはゾッとした。

 

彼らが歩みを進めるごとに、廊下の両脇に並ぶ障子や襖に、人の顔が浮かび上がったのだ。

 

 

障子紙の中に、ぼんやりと血の気のない白い顔が現れ、ギョロリと大きな黒い瞳で二人を追った。

別の襖の模様の間からは、幾重にも重なる眼だけが現れ、じっとこちらを見据えている。

誰かが囁くような、笑うような、しかし意味を成さない声が遠くで響いた気がした。

 

ハリーは思わず肩をすくめ、アントワーヌの袖を掴んだ。

 

「お、おじさん……今の見た?」

 

「気にする事はない…。異邦からの訪問者が珍しいのだろう。それに…あれはこの場所の“守り”だ。侵入者を監視し、脅かし、試すためのものなのさ」

 

アントワーヌは平然とした様子で言ったが、その目は決して油断していなかった。瞳は警戒心を孕んでいた。

 

回廊の奥に進むほどに、障子の数は増え、そこに浮かぶ瞳の数も増えていった。

やがて二人が通り過ぎると、それらの瞳はフッと消え去り、何事もなかったようにただの襖へと戻っていく。

 

――この空間(日本魔法省)そのものが、意志を持っている。

 

そんな錯覚をハリーは覚えた。

 

やがて二人は、回廊の奥深くにある襖の前へと通された。

障子を開けると、その先は重厚な木の机と畳敷きの床が広がる、格式ある執務室だった。

 

そこに座っていたのは、細身で切れ長の目をした眼鏡をかけた初老の男。

黒地に金糸を散らした直垂(ひたたれ)を纏い、机上には硯と筆、そして古い紙束が整然と並べられていた。

 

男はゆっくりと顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「遠路、遥々ようこそお越しくださいました。英国…そしてロシアの魔法界よりのお客様……さて――本日はどのようなご用件で?」

 

アントワーヌは軽く頭を下げ、ハリーを隣に控えさせてから口を開いた。

 

「実は我々…ある極めて危険な魔導兵器――魔導反応爆弾の行方を追っております。終戦間際、ウラジオストクから日本へと密かに移送された可能性が高く……貴省の記録や、何らかの痕跡をお伺いできればと…」

 

 

男はにこやかな笑みを崩さぬまま、長い指で机上の筆をくるりと回した。

 

「魔導反応爆弾…でございますか…。大変恐縮ながら…そのような危険な代物が、我が国に持ち込まれたという事実はございません」

 

そこから先は、先ほどまでの神秘的な空間が嘘のように、一気に冷たいやり取りへ変わっていった。

 

アントワーヌが何度質問を重ねても、男は「国際魔法機密保持法」や「日本国の平和と秩序」を盾に、あらゆる情報を開示することを頑として拒んだ。

その微笑は決して崩れないが、逆にそれが底知れぬ薄気味悪さを際立たせていた。

 

やがて面談の場を辞すと、障子が音もなく閉じられ、またあの回廊の静寂が二人を包み込んだ。

 

廊下に戻ったハリーは、先ほどの執務室の息が詰まるような空気を思い出し、思わず小さく肩をすくめる。

 

「彼らは、爆弾の存在を知らないのか……それとも隠しているのか……」

 

魔法省の敷地を出る頃、アントワーヌがぽつりと呟いたその声は、いつになく重く沈んでいた。

 

「僕たちを信用してないみたいだね。あれがどれだけ危険か、おじさんがあれだけ言ったのに…少しは協力してくれてもいいのにさ」

 

ハリーは苛立ちを隠せずに唇を噛んだ。

 

アントワーヌは小さく息を吐き、ハリーの頭を軽く撫でる。

 

「日本の魔法界は、歴史的に閉鎖的なんだ。彼らは独自の文化と伝統を誇りにし、それを守るためなら外部を欺くことすら厭わない。

国際的な問題や、危険な魔法が絡むとなれば……特にね。ダイ・リュウザキの一件もあるから、尚更だとも」

 

その瞳は遠い過去の何かを思い返しているようだった。

 

ハリーは少し黙り込み、やがて歩調を合わせるようにアントワーヌの隣に並んだ。

 

そうして二人は、夜の帳が下りはじめた東京の街へと出ていった。

 

赤く灯る提灯やネオンサインが、先ほどまでいた日本魔法省の神秘的で冷ややかな空間とは対照的に、どこか生々しく、むしろ安っぽい雰囲気を漂わせていた。

 

アントワーヌは肩の力を抜くように大きく息をつき、ハリーに視線をやる。

 

「……さて、今日はもう遅い。とりあえず帝国ホテルに引き上げよう。情報は出なかったが、まだ手は残っている」

「うん……」

 

ハリーは少し安心したように頷く。

 

二人は街を抜け、タクシーに乗り込むと、ネオンが流れる窓外をぼんやりと見つめながら、それぞれ思案に沈んでいた。

 

やがて車が発進し、帝国ホテルへと向かっていく。

 

その途中、ハリーは再びさっきの魔法省の障子に浮かんだ無数の眼を思い出し、背筋をひやりとさせるのだった。

しばらくして車は歴史ある帝国ホテルの車寄せに停まり、制服のドアマンが恭しく頭を下げる。

 

スイートルームに入ると、ようやく張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。

 

煌びやかなシャンデリアの下で、アントワーヌはジャケットを脱ぎ、ソファの脇に置かれた低い腰掛け椅子へとゆったり腰を下ろした。

テーブルにはルームサービスで頼んだウィスキーと氷が置かれており、彼は小さな音を立ててグラスを揺らすと、琥珀色の液体を舌の上で転がすように味わった。

 

「……この国(ニホン)はとても不思議だよ。誇り高く、古いものを守るためには平然とよそ者を煙に巻く。それでいて、こうしてマグルの街は目も眩むほど派手だ。」

 

窓辺から見える銀座の夜景をぼんやり見つめながら、アントワーヌが呟いた。

 

一方、ハリーは畳敷きのスペースに腰を下ろし、広げた資料の地図をじっと見つめていた。

どこか墨絵のようなタッチで描かれた日本列島。その端に小さく黒点で示された島が目に留まる。

 

「これが……マホウトコロ?」

 

小さく呟くと、アントワーヌはゆっくりと視線を落とし、薄く笑みを浮かべた。

 

「ああ、正式には『魔法処(マホウトコロ)』。国際魔法使い連盟の教育省に登録されている名門校さ。ホグワーツやボーバトンと同じく歴史ある魔法学校だからね、最古に近い魔法学校とも言われているよ」

 

ハリーはさらに資料をめくった。

そこには霧に沈む火山島に、白磁の塔のような校舎がそびえ、幾重にも朱の鳥居が取り巻く幻想的な挿絵が描かれていた。

 

「南硫黄島って……ここ、本当に日本なの?」

 

「日本の小笠原諸島の一つだ。東京(ここ)から南へおよそ千二百九十キロ――まさに海の果てだ。人間界ではほとんど無人島として扱われているが、魔法界ではそうじゃない」

 

そう言いながらアントワーヌは指で塔の頂をそっと叩く。

 

「ただでさえ閉鎖的な日本魔法界の、さらに奥の奥だ。そこなら、魔導反応爆弾の行方について、古い記録や伝承が残っているかもしれない。魔法処には陰陽師の末裔や古の仙人、果ては妖族の血を引く賢者たちも籍を置いていると聞く。」

 

「でも……行けるの? こんな遠い島まで」

 

ハリーが不安げに言うと、アントワーヌはふっと唇の端を持ち上げた。

 

「心配はいらない。東京から直接向かう手立てはある。魔法処の生徒は、巨大なウミツバメに乗って島へ通うんだ。その渡航路を逆に辿る“門”が、この都内のどこかに必ずあるはずだ」

 

「ウミツバメ……?」

 

鳥の名前が出てきたことに驚いたハリーは、

 

「普通の鳥じゃないとも。強力な魔法がかけられていて、重力や風圧から搭乗者を守る術式が施されているし、とても巨大だよ。じゃなきゃ、南硫黄島まで飛んだら身体が持たないよ」

 

アントワーヌは灰皿に煙草を押し付けると立ち上がり、ウィスキーの残りを一気に飲み干した。

 

「朝早くに支度をしよう。おそらくマホウトコロに行けば、本当の意味で核心に触れることになる」

 

 


 

 

 

翌朝、夜明け前の静寂に包まれた東京の街を、アントワーヌとハリーは移動していた。デミトリの協力者から得た情報によれば…マホウトコロへ通じる「門」は、マグルの目には見えない形で、とある歴史ある庭園の中に隠されているという。

 

鬱蒼とした木々に囲まれた、ひっそりとした庭園の一角。

石灯籠が並ぶ小道の先に、苔むした古い祠が佇んでいた。一見するとただの古びた祠だが、アントワーヌはその前に立ち止まり、杖を構えることなく、掌をかざして静かに呪文を唱え始めた。彼の指先から微かな光が放たれ、祠の表面に複雑な紋様が浮かび上がる。紋様が光を放ちきると、祠はきしみながら左右に開き、その奥に暗い洞窟のような空間が現れた。

 

「ここが…?」ハリーは思わず声を上げた。

 

洞窟の中は、地面が不思議なほど滑らかで、足元には薄く光る苔が敷き詰められていた。

奥へ進むと、次第に洞窟は広がり、やがて巨大な空間へと出た。そこは、まるで飛行機格納庫(ブンカー)のような巨大な洞窟で、天井には薄明かりが差し込み、巨大な影がいくつも蠢いていた。

 

その影の正体は、彼らが探し求めていたウミツバメだった。

 

想像をはるかに超える大きさに、ハリーは再び息をのんだ。翼を広げれば小型飛行機ほどもあるだろうか。羽毛は深い青色をしており、わずかに真珠のような光沢を放っている。いくつかのウミツバメは既に体を起こし、出立の準備をしているようだった。

 

「さあ、あれに乗ろうか」

 

アントワーヌは最も近くにいた一羽のウミツバメを指差した。

そのウミツバメの背には、簡素な鞍が取り付けられており、数人のマホウトコロの生徒らしき子供たちが既に乗り込んでいた。彼らは皆、淡いピンク色のローブをまとっている。

 

アントワーヌとハリーもそのウミツバメの背へと乗り込んだ。

子供たちは不思議そうな顔で二人を見ていたが、特に何も言わなかった。ウミツバメは巨大な体をゆっくりと持ち上げ、その翼を大きく広げた。

 

「しっかり掴まっておきなさい、ハリー」

 

アントワーヌの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ウミツバメは巨大な推進力を生み出し、洞窟の開口部へと向かって飛び出した。

 

一瞬の眩い光の後、彼らは日本の南の空へと飛び立った。眼下には、雲海が広がり、その間から小さな島々が点々と見え隠れしている。ウミツバメの背は安定しており、魔法で施された術式のおかげか、風圧も重力もほとんど感じない。

 

数時間のフライトの後、ウミツバメはゆっくりと高度を下げ始めた。雲の切れ間から、ハリーの目に信じられない光景が飛び込んできた。

 

そこは、紺碧の海に浮かぶ火山島の頂点だった。そして、その頂には、墨絵のようなタッチで描かれた絵のような…いや、それ以上に壮麗な校舎がそびえ立っていた。

軟玉製の仏塔のような白磁の校舎が連なり、その周囲には幾重にも朱色の鳥居が取り巻いている。校舎の屋根は複雑な曲線を描き、瓦は陽光を受けてきらめいていた。

 

それが、日本の魔法学校、マホウトコロだった。

 

ウミツバメは、校舎の広大な庭園に設置された着陸場へと滑らかに着陸した。生徒たちが次々とウミツバメから降りていく。ハリーとアントワーヌは、彼らの後について校舎の中へと足を踏み入れた。

 

校舎内部は、外観とはまた異なる美しさだった。廊下は磨き上げられた木材と、繊細な螺鈿細工で飾られ、柔らかな光が差し込んでいた。壁には、四季折々の花鳥風月が描かれた襖絵が続き、歩くたびに異なる日本の自然が彼らの目に飛び込んでくる。生徒たちは皆、淡いピンク色のローブを身につけており、その中には所々、金色に輝くローブをまとった生徒もいた。

 

「すごい綺麗なローブ……」ハリーは感嘆の声を漏らした。

 

彼らが宮殿の奥へと進むと、一人の年老いた教師が彼らを出迎えた。その教師は、日本の伝統的な着物を思わせるローブを身につけ、顔には深い皺が刻まれていたが、その瞳は鋭い輝きを放っていた。

 

「ようこそ、マホウトコロへ。あなたが、国際魔法使い連盟からの使者と伺っております。私はマホウトコロの副校長、田中 清玄と申します」

 

田中副校長の声は穏やかだったが、その背後には、彼らが簡単に踏み込むことのできない、日本の魔法界の厳格な秩序と伝統が感じられた。アントワーヌは、田中副校長に丁重に挨拶を返した。

 

「アントワーヌ・デュボアと申します。こちらはハリー。私は、ある重要な情報をお伝えし、そして協力をお願いするために参りました。そして、ハリーの見学も兼ねて」

 

田中副校長は、二人の顔をじっと見つめた。その眼差しは、彼らの真意を探っているようだった。

 

「どのようなご用件でしょうか。我々…マホウトコロは、外部の事柄には関与せぬ方針でございますが……」

 

田中副校長がそう告げた時、ハリーは確信した。この学校こそが、爆弾の秘密を解き明かす鍵を握っていると。しかし、同時に、その鍵を開けるのがいかに困難な道のりであるかも悟ったのだった。

 

田中副校長との会話が始まった矢先、事態は予期せぬ方向へと急転した。

 

アントワーヌのはるか後方、生徒と教師で賑わう人混みの中を、一人の人物が左手で刀を構えたまま、信じられないほどの速さで近づいてくるのが見えた。アントワーヌは田中副校長との話に集中しており、その存在に全く気づいていなかった。

 

下手人は、アントワーヌに完全に接近すると、鞘走る音と共に刀を抜き放ち、甲高い猿叫をあげた。

 

「キエェェェイ! 祖父の仇ィィィ!」

 

その耳障りな叫び声に、アントワーヌは反射的に振り向いた。彼の目が捉えたのは、まさに振り下ろされようとしている鈍く光る刃だった。とっさにアントワーヌはハリーを庇うように、その小さな体の前に立ちふさがった。

 

閃光が走り、鋭い金属音が響く。

 

アントワーヌの左腕めがけて振り下ろされた刀は、彼のスーツを切り裂き、その下の皮膚に食い込んだ。鮮血がスーツに滲み、瞬く間に広がっていく。

 

周囲にいた生徒や教師たちは、突然の事態に息を呑み、一斉に静まり返った。田中副校長の顔からも、それまでの穏やかな笑みが消え去り、驚愕と怒りが入り混じった表情に変わっていた。

 

襲撃者は、黒い日本の伝統的な着物を身につけた若い男だった。彼の顔は憎悪と必死の決意で歪み、右手には未だ刀が不気味に光っていた。

 

「おじさん!」ハリーの叫び声が、静寂を破った。

 

アントワーヌは痛みに顔を歪めながらも、素早く杖を取り出し、腕から血が滴るのを気にすることなく、襲撃者に向かって鋭い視線を投げかけた。彼の周囲には、目に見えない防御の魔法が瞬時に展開されたのがハリーには感じられた。

 

襲撃者は、再び斬りかかろうと刀を構え直したが、その動きは田中副校長の一喝によって止められた。

 

「何をしている! 控えよ、影山!」

 

田中副校長は、普段の穏やかな様子からは想像もできないほどの威圧感を放ち、その声は広間に響き渡った。

影山と呼ばれた若者は、一瞬ひるんだように動きを止めた。しかし、その目にはまだ、アントワーヌへの憎悪が宿っていた。

 

「田中副校長、これは一体……?」

 

アントワーヌは腕を押さえながら、冷静な声で尋ねた。彼の表情に、一瞬の戸惑いが浮かんだ。遠い昔の記憶を辿るように、彼の目がかすかに揺れる。

 

「影山の祖父は戦中、ある作戦に従事し、その事が原因で死んでしまったそうで…。その際、他国から来た魔法使いがいたそうです…。確か…アントワーヌ殿と同じ名で、姪はド・ポッター……」

 

田中副校長の言葉に、アントワーヌは大きく目を見開いた。その凍り付いたような表情は、ハリーが今まで見たこともないものだった。

 

「本当に申し訳ございません、デュボア殿。これは、我々の学園内部の問題でございます。まさか、このような事態になるとは……」

 

影山は、田中副校長の言葉にも耳を貸さず、アントワーヌを睨みつけていた。彼の全身からは、微かに魔力が揺らめいているのが感じられた。

 

アントワーヌは腕の傷を見下ろしたが、魔法で応急処置を施したのか…出血は既に止まっていた。

しかし、深く斬りつけられた傷跡は、ローブの破れ目から見て取れた。

 

「その作戦とは一体?」

 

アントワーヌは敢えて影山に直接問いかけるように、田中副校長へと視線を戻した。田中副校長は沈痛な面持ちで答えた。

 

「それは分かりかねますが…。その作戦の結果…街が一つ灰燼に化したそうで」

「一体…どういう事だ?」

 

アントワーヌは困惑した表情を浮かべた。彼の顔には、まさか自分が関わったとは信じられないといった色が浮かんでいる。

 

( 私はその頃…日本には来ていない。大戦中はヨーロッパ戦線にいた。関東大震災後、支那事変前に訪れたのが最後だ。

その後に『アントワーヌ・ド・ポッター』(私の名前)を騙る者がいたというのか?)

 

アントワーヌの胸の内は、はっきりとした疑問の色が混じっていた。彼は、自分の過去が歪められ、予期せぬ因縁が持ち込まれたことに、強い不快感を示していた。

 

影山は、アントワーヌの困惑した表情にさらに怒りを燃やした。彼の口調は、故郷の訛り――薩摩の響きを帯びていた。

 

「たわけこくんな! お爺様の残した写真に映っちょるその顔! 忘れもはん! 厄災を我が故郷に持ち込み! 破滅へと導いた悪魔じゃ! アントワーヌ・ド・ポッター!」

 

影山の叫びに、アントワーヌの表情は硬直した。彼の脳裏に、かつてポリジュース薬を使った者たちの顔がフラッシュバックする。

彼自身が悪名を轟かせた頃、その「黒の副官」という存在になりすまそうとした輩が少なからずいたことをアントワーヌは知っていた。

だが…まさか、この遠い日本で、自らの悪名高い名がこんな形で利用され、悲劇を生んでいたとは。

 

魔導爆弾の手がかりを追う旅は…個人的な因縁の清算と、なりすまされた「アントワーヌ・ド・ポッター」の名を巡る謎という…予期せぬ側面を帯び始めたのだった。

 




感想をお待ちしております

少し荒いかも、薩摩ホグワーツネタも入れてみた
誤チェストにごわす
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