五つ星の奇跡   作:高丸

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第一話 記録:全滅。異常なし。

――風が、止まっていた。

 

 空は焦げつき、街は沈黙していた。

 瓦礫は山をなし、逆さになった観覧車が、音もなく崩れ落ちていく。

 それは、爆撃の跡ではなかった。

 時間と空間そのものが、誰かの“意志”によって狂わされたような痕跡だった。

 

 歪んだ重力。反転した空。

 瓦礫の山の中に、崩れた病院の屋上が突き刺さっていた。

 

 あの夜、

 たったひとつの存在が世界を飲み込んだ。

 

 魔女。

 すべての絶望の象徴。

 ――ワルプルギスの夜。

 

 そして、それに挑んだ魔法少女のうち

 ――生き残ったのは、わたしだけだった。

 

 ほむらは瓦礫を踏みしめる。

 片足を引きずりながら、焼け跡を歩いていく。

 

 誰もいない。

 音もない。

 まるで世界が息を止めたような静けさ。

 

 マミのリボンは、もうどこにもなかった。

 杏子の槍も、さやかの剣も。

 そして――まどかの姿も。

 

 焼け焦げた地面に、黒く砕けたソウルジェムが落ちていた。

 

 拾い上げると、まだ少し温かかった。

 触れた指が微かに焼けるような、残り火のような感覚。

 

 ほむらは、その宝石の欠片を見つめたまま、

 その場にしゃがみ込む。

 

「……間に合わなかった……」

 

 誰に言うでもない独り言が、乾いた空気に吸い込まれていく。

 

 泣き声も、叫び声も、もう何も出てこなかった。

 

 “最後の魔法少女”は、何も守れなかった。

 

 この世界の終焉をただ見ていただけの存在。

 ただ、あの子の願いに手を伸ばし続けた“失敗作”。

 

「また、ダメだった……」

 

 指先が震える。

 盾に触れる右手が、思うように動かない。

 

 それでも――

 

 「……まだ、“終わらせない”」

 

 ほむらは立ち上がる。

 足元がぐらつき、視界が歪む。

 

 それでも、盾を手に取る。

 

 この時間軸は、失敗だった。

 全滅。壊滅。崩壊。

 世界は舞台装置にされ、彼女は幕の裏へ消えていった。

 

 盾が、カチリと音を鳴らした。

 時が巻き戻る――その寸前、ほむらは静かに目を閉じた。

 

(まどかだけじゃない。

 巴さんも、杏子も、さやかも――)

 

(“全員で”生きて帰る)

 

 そう誓って、ほむらは時の流れに身を投じた。

 

 夢の中で、何かが砕ける音がする。

 遠くで誰かが泣いているような、嗚咽まじりの声がこだまする。

 それが、いつのループだったのかも、もう思い出せない。

 

 けれど、わかる。

 また、ここから始まる。

 何度も繰り返してきた、同じ時間の地獄が。

 

 ――ガタン。

 病院のベッドが微かに軋んだ音で、ほむらは目を覚ました。

 瞬き一つの間に、すべての記憶が押し寄せてくる。

 崩れたビル。血に染まった制服。砕け散ったソウルジェム。

 それらは“過去”ではなく、“未来”だった。

 

 「……また、この天井……」

 

 小さく息を吐きながら上体を起こす。

 周囲には白いカーテン、薬品の匂い、心電図の音。

 彼女にとってこの病室は、敗北の象徴であった。

 

 カレンダーはあの日のまま。

 見滝原中学校に私が転校する、その数日前。

 

 鏡を見る。

 細く整えられた黒髪。感情の色を削ぎ落としたような顔。

 光を失った瞳。

 どれも見慣れてしまった。

 だけどその奥には、ただひとつ――燃えるような想いがある。

 

 (今度こそ、誰も死なせない)

 

 この言葉も、何度目になるだろう。

 

 それでも、もう、誰も死なせたくない。

 これ以上、大切な人が壊れるのを見たくない。

 

 武器の補充に、グリーフシードの貯蓄、エイミーの救出、キュゥべえにも目を光らせないといけない。

 

(やることは山積みね……)

 

 ほむらは入院着の袖を整え、病室のドアを静かに開いた。

 

 退院手続きを済ませ、ヤクザの事務所を襲撃。

 拳銃や刀などを奪い、帰りがけに魔女を狩る。

 

 翌日は車に引かれそうになっていた黒猫、エイミーを助け出し、まどか達を付け狙うキュゥべえを撃ち殺し、活動を妨害。

 

 夜には爆弾作りに精を出す。

 

 ほむらのループ最初のルーティーンだ。

 

 (ここからが勝負よ)

 

 心の中で誰にも聞こえない合図を送る。

 

 外に出てキュゥべえを狩っていると、まだ出会っていないまどかとさやかが、楽しげに友達と話していた。

 あの笑顔。あの無邪気さ。

 このあと、彼女達は世界の絶望に触れていく。

 その未来を、知っているのは自分だけ。

 

 だが、近づくことはできない。

 感情は邪魔だ。焦りは隙になる。

 最初にすべきは、情報の確保と戦力の再構築。

 

 魔女が潜む影は、すでに街のどこかに広がっている。

 

 自宅に戻ると、ほむらはソウルジェムから手帳を具現化した。

 

 この時間軸では初めて開かれる、戦略の再スタート。

 

 魔法のメモには、日付ごとの魔女の出現地点や、そのときの状況がびっしりと書かれていた。

 

 開いたページには、こう記されている。

 

 【〇月〇日】

 ・この日、芸術家の魔女が出現(夕方、駅前から見滝原ビル方面の路地裏)

 

 ・巴マミが現場に現れる(午後6時ごろ)

 →この段階でマミと接触可能。

 

 ペンを取り出し、赤字で追記する。

 

 「今回は巴マミと同盟を結ぶ」

 

(感情で動かない。けど、信頼は得る)

 

 時計を見ると、すでに放課後の時間が近づいていた。

 

 

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