五つ星の奇跡   作:高丸

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第三話 その女、地雷まみれ

朝の空気が、静かに肌を撫でていた。

 曇りでも晴れでもない、ただぼんやりと明るいだけの空。

 この時間に見滝原の駅前を歩くのは、何度目になるだろう。

 ほむらは制服のスカートを整えながら、静かに街を見渡した。

 

 見覚えのある通学路。通りすがる制服姿の学生たち。

 そのすべてが、まるで作り物のように薄く見える。

 

 小さく息を吐いて、ほむらは歩き出す。

 ホームルームが始まる直前。

 見滝原中学校の2年B組には、すでにざわめきが広がっていた。

 

 新しい転校生が来る。

 しかも、入院していたらしい。

 どこかのお嬢様? それとも不登校だった子?

 

 誰もがそんな想像を巡らせながら、落ち着きなく机を揺らしていた。

 

 そして、担任の一声が教室の空気を切り替える。

 

「はい、それじゃあ今日からこのクラスに転校してくる生徒を紹介します。入ってきてー」

 

 カツ、カツ――

 床を叩く、規則的な靴音。

 少女が静かに教室へ足を踏み入れる。

 黒いストレートの髪。細い体。背筋の通った姿勢。

 まるで時間ごと切り取られたような、完成された立ち姿だった。

 

「暁美ほむらさんです。今日からみなさんのクラスメイトになります」

 

 少女は一礼し、小さく言った。

 

「……暁美ほむらです。よろしくお願いします」

 

 生徒のざわめきも、教師の紹介のセリフも、

 すべて、既視感の海の中だった。

 

 まどかが最初に反応した。

 その顔が驚愕の表情に変わる。

 その転校生は、今日まどかの夢に現れた人物と全く同じだったのだ。

 未だ驚きを顔に浮かべながら、拍手を始める。

 

 それに続くように、さやかも元気よく手を叩き、

 クラス全体がそれにならった。

 けれど、ほむらの目はまどかを見ていた。

 他の誰でもなく、彼女を。

 ただ一度、その笑顔を見て、心の中で、確かに思った。

 

(この子が……笑っていられるように。

 そして、みんながその隣にいられるように)

 

 先生に促されて、ほむらは空いていた席へと向かう。

 机に向かうその短い時間の中、ほむらは強く祈った。

 席に着くと同時に、そっと声がかけられた。

 

「暁美さん……だよね? えっと、よろしく!」

 

「あの、私、このクラスの保険係だから、具合が悪くなったらいつでも頼ってね?」

 

 笑顔で話しかけてきたのは、さやかとまどかだった。

 その顔は明るく、無邪気で、少しだけおせっかいで――

 この子達が、あと少しの選択を間違えただけで、絶望に沈む未来を知っている。

 

 でも、今は。

 

「……こちらこそ、よろしく」

 

 ほむらは静かに返した。

 

 新たな転校生はまさに最強だった。

 授業では呪文のように長い数式をスラスラと書き連ね、英語のリスニングも古文の読み取りも完璧。

 社会では長ったらしい偉人の名前と年号、事件の名称まで即座に答え、理科の実験では先生が驚く程のスピードで調合を終え、レポートまでも書き終えている始末。

 体育の授業では足で男子の陸上部を追い抜き、高跳びで県内記録まで更新してしまった。

 まさに文武両道で才色兼備の天才美少女。

 とんでもない転校生が来たと他クラスまで様子を見に来る騒ぎになった程だ。

 まあ学校でも恐れられている頑固教師の一括で蜘蛛の子散らすように消えてしまったが……

 

 だがそんな転校生にも一つだけ欠点があるようだ。

 それはコミュニケーション能力。

 どうやら転校生は、人と話すのがあまり好きではないようだった。

 熱心に話しかけても、いつの間にか会話は打ち切られ、無言に耐え切れず一人ひとり席に戻っていく。

 そんな光景が散見された。

 でも大多数はそんなところもクールで格好いいとプラス評価だ。

 大きな光の前では、多少の影なんかは目にも入らないということだろう。

 世界は不公平であるとさやかとまどかは実感したのであった。

 

***

 

 昼休み。教室のすみっこ。

 ほむらは窓際でひとり、手早くサンドイッチを食べていた。

 その表情はいつものように無表情。でも、どこか…ほんの少しだけ、緩んで見える気がした。

 そこに、まどかとさやかが、恐る恐る近づく。

 

「あの……ここ、座ってもいい?」

 

 ほむらは顔を上げる。

 

「……構わないわ」

 

 まどかとさやかは、ちょっと安心したように、お弁当を広げる。

 しばらくの沈黙。

 勇んできたものの話題がない。

 まどかが苦し紛れに口を開く。

 

「……ねえ、暁美さん。運動も勉強もすごいね!」

 

 続けてさやかが言った。

 

「めちゃかっこよかったよ!」

 

 ほむらは、驚いたようにほんの一瞬だけ目を見開く。

 その目に映る笑顔は、真っ直ぐで、まぶしかった。

 

 そして――

 

「……“ほむら”でいいわ」

 

 2人が一瞬、ぽかんとする。

 

「……え?」

 

「名前で呼んでほしいの。……“暁美さん”じゃなくて」

 

「う、うん……! じゃあ……ほむらちゃん!」

 

「おっ、いいねぇ。じゃああたしも、ほむらで」

 

 それにさやかも乗っかる。

 

「……ありがとう」

 

 その瞬間だけ、

 風が、窓からふわりと入り込んで、

 三人の髪を、そっと揺らした。

 

 そして、

 ほむらの目の奥にあった硬い膜が――

 ほんのすこし、ゆるんだ。

 

 

***

 

 放課後、下駄箱の前。

 まどかがカバンを肩にかけながら、ほむらにそっと声をかける。

 

「ねえ、ほむらちゃん……よかったら、一緒に帰らない?」

 

 少しだけ、緊張したような顔。

 それはきっと、“友達”としての第一歩。

 

「いいじゃん!一緒に帰ろうよほむら!」

 

「さやかちゃんと私のもう一人の友達も一緒にさ、仁美ちゃんって言うんだけどね。

ちょっと個性的だけど、すごく優しくて、面白いんだよ!」

 

 ほむらは、くるりと振り返る。

 その瞳には、一瞬だけ――何か迷いのような影がよぎった。

 

「……ごめんなさい。今日は、外せない用事があるの」

 

 さやかは大袈裟にガッカリしてみせる。

 

「えっ、そっか~。そりゃ残念」

 

 ほむらは少しだけ笑って――それでも、目の奥は静かだった。

 

「ほら、越してきたばかりだから。いろいろと、片付けなくちゃいけなくて」

 

「あ……うん。そっか……」

 

 一瞬だけしょんぼりしたように俯いたまどかに、

 ほむらはふわりと、優しく言葉を重ねる。

 

「――また、誘ってちょうだい」

 

 まどかが顔を上げる。

 目に映るのは、少しだけ、やわらかくなったほむらの笑み。

 

「うんっ、もちろん!」

 

 その返事に、

 ほむらはほんの少しだけ、安心したように目を閉じた。

 

 見滝原の街は、今日も静かだった。

 

 放課後の夕焼けがガラス窓に染み込み、校舎に影を落とす。

 制服の裾を揺らして帰っていく生徒たちの笑い声が、風に混じって聞こえてくる。

 

 ――それは、ほんの数時間だけの平和。

 

***

 

 放課後のフードコートは、主婦や学校帰りの学生たちでそこそこ賑わっていた。

 

 まどか、さやか、仁美の仲良し三人組は端っこのテーブルを確保して、三人だけの時間をゆるやかに楽しんでいた。

 

 紙のトレーに乗ったそれぞれのランチ。

 まどかはホットサンド、さやかは山盛りポテト、仁美はきっちり整った紅茶セット。

 見事に三者三様で、でもそれが逆に、いつもの風景だった。

 

「ほむらちゃんって、なんかすごいよね……転校初日で、もう学校の話題ぜんぶ持ってっちゃった感じ」

 

 まどかがぽつりと呟くと、ポテトを一本くわえたまま、さやかが即座に乗っかる。

 

「ほんとそれ!運動も勉強も完璧って、あれズルくない?体育で男子抜かすとか、完全にアニメの世界じゃん!」

 

「加えてあのクールさ……まさに“氷の才女”って感じですわね。ああいうの、男子が放っておかないですわ」

 

 仁美がそう言って、フッと紅茶に口をつける。

 その口調はいつもどおり優雅だった。

 

「それなー!にしても、ちょーっと話しかけづらい雰囲気あるよね。返事はするけど、それ以上は……みたいな?」

 

 さやかはストローでアイスココアをかき混ぜながら、微妙な空気を思い返すように眉を寄せる。

 

「そうですわね。でも、何か理由があるのかもしれませんわ。転校生ですもの、新しい環境に慣れるのも大変でしょうし」

 

「うーん……でも、私達には話しかけてくれたよね。『名前で呼んで』ってさ!」

 

 さやかがぽそっと言ったその言葉に、一瞬、会話が止まった。

 

 思い出すのは――教室で、目をまっすぐ見つめながら言ったあのセリフ。

 表情は硬いままだったのに、どこか“なにかを託すような”雰囲気を感じたのは気のせいだったのだろうか。

 

「えっ、う、うん。なんか……あのときは、こっちがドキドキしちゃったよ」

 

 まどかが少しだけうつむいて、照れたように笑う。

 その顔を見て、さやかがすかさずツッコんだ。

 

「やだー、まどかったら、ちょっと赤くなってるし!」

 

「な、なってないよっ!」

 

 慌てて言い返すまどか。

 そのやりとりに、仁美まで「ふふっ」と微笑む。

 

 笑い声がテーブルの上でふわっと弾けて、

 気づけば、さっきまでの「ほむら=ちょっと怖い」イメージは、どこか遠くに霞んでいた。

 

 くすくすと笑い声がこぼれる。ほんのりあたたかくて、落ち着く時間。

 

 しばらく楽しく話したあと、仁美がティーカップに口をつけながら、ふっと立ち上がった。

 

「申し訳ありません。この後お茶のお稽古があるので、これにて失礼しますわ」

 

「あっ、そっか。じゃあまた明日ね!」

 

「気をつけてね~」

 

「それではごきげんよう、おふたりとも♪」

 

 優雅な足取りで去っていく仁美を見送りながら、さやかがカップをぐいっと飲み干し、トレーを片付けに立ち上がる。

 

 店内のBGMはゆるやかなポップス。まどかはストローをくるくると回しながら、さやかの背中をぼんやりと目で追っていた。

 

 平和だった。

 ふつうに学校があって、ふつうに友達とおしゃべりして、帰りにどこかに寄って帰る、ただの放課後。

 でも、その「ふつう」が、どれだけ貴重なものなのか――

 この時のまどかは、まだ知らなかった。

 

 さやかが戻ってくると、少しだけ声を落として言う。

 

「ねえまどか、帰りにCD屋寄っても良い?」

 

 まどかは顔を上げて、すぐに察したように微笑んだ。

 

「うん。また上条君の?」

 

 さやかは一瞬だけ照れたように笑って、指で頬をかいた。

 

「えへへ、まあね~。新しい録音音源出たらしいんだよ。どうせなら今のうちにチェックしとかないと!」

 

 その声はどこか嬉しそうで、ちょっとだけ不安げでもあった。

 

 まどかはうんうんと頷きながら、立ち上がる。

 

「じゃあ、行こっか。上条君、早く良くなるといいね!」

 

「うん!」

 

 二人はフードコートを出て、店内の通路を並んで歩き出す。

 天井から流れる音楽に耳を傾けながら、さやかは足取り軽く前を行く。

 

 外の日差しがガラス越しに差し込んできて、まどかの髪をやわらかく照らす。

 

 雑貨屋と本屋の間を抜けたその一角に、薄い仕切りの向こう側――

 ポスターと試聴機が並ぶ、小さな音楽コーナーが見えてきた。

 

 店内のBGMが、ほんの少し静かになる。音の密度が下がって、かわりにイヤホンから漏れる微かなメロディが、静かに空気を染めていた。

 

 まどかはふと、試聴機のひとつの前で足を止めた。さやかはすぐ横で別の棚を物色している。

 まどかがヘッドホンを耳に当てて、流れてくるクラシックの旋律に目を細めた、そのとき――

 音楽とはまったく違う、別の“声”が聞こえた。

 

 『たすけて……』

 

 その声は、空気を伝って届いたんじゃなかった。

 

 ――なに?今の声……誰?

 

 耳じゃない。頭の中でもない。

 なのに、はっきり聞こえた。

 心に直接、何かが触れたみたいで――

 さやかの笑い声が、遠くに聞こえる。

 店内のBGMも、まるで水の中から聞いてるみたいにぼやけていた。

 心臓が、ドクンと跳ねる。

 冷たいものが背筋をなぞっていく感覚。

 

「……聞こえた……?」

 

「え? なにが?」

 

 ぽつりと呟いたまどかに、さやかは首をかしげる。

 

『たすけて……はやく……』

 

 さっきよりも、もっとか細く、苦しげに。

 胸の奥を爪でひっかかれるような感覚。

 まどかは返事をしなかった。

 言葉が、喉につかえて出てこない。

 代わりに、足が勝手に動き出していた。

 ただ声のする方へ。わけもわからず。

 何かが、奥で呼んでる。

 早くしなきゃ。助けなきゃ。

 理由なんてなかった。ただ、放っておけなかった。

 

「あっ、まどか!? ちょっと、どこ行くのよ!」

 

 慌ててさやかが後を追う。

 ショッピングモールの裏通路。

 従業員用の非常階段の先に、うす暗くて誰もいない空間が広がっていた。

 そこで見つけたのは――

 

「なに、これ……」

 

 白くて、小さくて、丸っこい……でも、全身血まみれでぐったりと倒れている生き物。

 目だけが、助けを求めてるようにこちらを見ていた。

 とっさに駆け寄ろうとしたその時。

 闇の中から、誰かの足音がした。

 

「そいつから離れて」

 

 ひとりの少女が現れた。

 黒い髪。

 制服を改造したような衣装を纏い、無表情のまま静かに銃を構えていた。

 

「……ほむら…ちゃん…?」

 

 その子――今日、転校してきたばかりのあの子が、まっすぐキュゥべえに銃を向けていた。

 

「だめだよ…!この子、怪我してる…!」

 

 勇気を振り絞りまどかはその謎の小動物を抱きしめた。

 ほむらが眉間に皺を寄せるのが見える。

 

 追いついたさやかは、その光景に驚愕した。

 そして咄嗟に近くにあった消火器を掴み、勢いよく振り上げた。

 

「ほむら、何やってるんだ!」

 

 白い粉が爆発するように、ほむらの顔へとぶちまけられた。

 

「今のうちに!まどか、はやく!!」

 

「何なんだあいつっ!用事って、友達に銃向けることかよっ……!」

 

 私は、もう何も考えられなかった。

 小さなその子を抱えたまま、現実から逃げるように、ただ――走った。

 

 空間が、ねじれていく。

 音が、遠くなる。

 壁が紙になり、文字が浮かび、世界が壊れていく。

 

「うそ……なにこれ……?」

 

 視界を埋め尽くすのは、ぐにゃぐにゃした化け物たち。

 紙の蝶が空を舞い、たんぽぽの綿毛に目と髭を付けたような異形が生えてくる。

 天井にも壁にも床にも、笑ってる顔と怒ってる顔と泣いてる顔。

 私たちはもう、現実の外側にいるんだ。

 

 ――逃げ場なんて、どこにもなかった。

 

 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 

 そのとき――

 

「もう大丈夫。安心して」

 

 やさしい声が、頭上から降ってきた。

 

 空間がぱっと明るくなったように感じた。

 金色のリボンが舞って、私たちの前に立つひとりの少女が、風のように銃を構えていた。

 

 フリルのついたスカート。堂々とした微笑み。

 その人は、使い魔たちを一瞬でまとめて撃ち抜いた。

 

 「キュゥべえを助けてくれてありがとう。その子は私の大切な友達なの。」

 

 少女――巴マミは、壊れかけた空間の中心に静かに立っていた。

 

 金色のリボンがふわりと舞い、その姿をよりいっそう鮮やかに映し出す。

 

 優しい声だった。

 でも、その声の奥には、戦いの経験と覚悟がにじんでいた。

 まどかは、胸の中で何かが震えるのを感じた。

 たった今、命の危機を前にして、それでも冷静に、堂々と戦い抜いた人。

 その人が、目の前で笑ってる。

 優しく、まるで何事もなかったかのように。

 

 「私は巴マミ。あなた達と同じ、見滝原中学の三年生。魔法少女よ」

 

 その一言が、まどかの世界を変えた。

 

 “魔法少女”――

 

 言葉だけなら、夢のように聞こえるその存在が、

 目の前で現実に、異形の敵をなぎ倒し、恐怖から自分たちを救ってくれた。

 

 私たちの前に立つその人は、怖がってなんかいなかった。

 笑っていた。自信に満ちて、余裕さえ感じるような――

 その姿は、まるで物語の世界から抜け出して来たかのように、キラキラして見えた。

 目の前で、戦っている。

 リボンが舞う。銃声が響く。

 化け物たちが、次々と消えていく。

 風みたいだった。光みたいだった。

 

「この子たちには指一本、触れさせないわよ!」

 

 くるっとターンして、もう一発。

 

 ――まるで……踊っているみたい。

 

 それでもその一撃ひとつひとつが、化け物たちを確実に撃ち抜いていく。

 この人が――“魔法少女”。

 

 どれくらい時間が経ったのかわからない。

 気がつけば、空間の歪みが少しずつおさまっていた。

 結界が完全に消え、空気が日常に戻った。

 あの異常な世界は、まるで幻だったみたいに形を失くしていく。

 

 そんな中で、彼女が現れた。

 遅れてやってきた黒い影。

 白い粉を浴びたはずなのに、制服はきれいで、髪も乱れていない。

 

 まどかの瞳が再び恐怖に染まる。

 さやかが、ほむらの顔を睨み付ける。

 そこに、数刻前の穏やかな空気はなかった。

 

 マミが失望したように呟く。

 

「……信じたかった。でも……無理みたい」

 

 ほむらの瞳が揺れる。

 

「あの時の返事、お断りするわ」

 

 マミは、銃を下ろしたまま目を逸らす。

 まるで信じかけた自分を叱るように、静かに眉を寄せた。

 ほんの一瞬だけ呼吸が乱れ、それを無理やり整える。

 

「魔女は逃げたわ。追いたいなら、好きにしなさい」

 

 空気が凍りつきそうなほど、ぴんと張り詰めていた。

 

「話がある……」

 

 ほむらが小さく言う。

 そんな中で、マミはひとつ、ため息をついた。

 

「呑み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの」

 

 無言のまま立ち尽くすほむらに、マミは背を向ける。

 沈黙が降りる。夕暮れの空気が、二人の間をひややかにすり抜けていく。

 スカートの裾がなびき、髪がゆるやかに揺れる。

 

 ほむらの肩が、ごくわずかに上下した。

 深く、静かな呼吸。言葉にならない何かを、押し殺すように。

 

 ほむらは背を向ける。

 

 そのまま無言で歩き出すと、一度だけ振り返り、音もなく、影だけを残して暗がりへと消えていった。

 

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