仁美に「今日はちょっと用事がある」と軽く断りを入れ、まどかとさやかは駅前の小さな喫茶店でマミと合流した。
平日とは思えないほど混み合う店内の片隅。カップの音と小さな笑い声が混じる穏やかな空間の中で、二人の胸だけが、少しずつ高鳴っていた。
マミが静かに席へやってくる。
制服の上から薄いカーディガンを羽織り、肩にはキュゥべえが乗っている。
どこか普段より“日常”に溶け込んでいるような姿だったけど、それでも彼女の纏う雰囲気は、どこか現実から一歩だけ浮いて見えた。
「それじゃあ、魔法少女体験コース第一弾。行きましょうか」
紅茶の香りを残してマミが立ち上がった瞬間、まどかとさやかの背筋は、ピンと無意識に伸びた。お喋りしていた学生の笑い声が遠ざかっていく。世界が切り替わったように感じた。
「二人とも、心の準備はいいかしら?」
「準備って程でもないけど、私はこれ、持ってきました!」
さやかは満面の笑みで、勢いよくカバンを開けると、中から木製バットをドンとテーブルに置いた。一瞬、カップを運んでいた店員がぎょっとして足を止め、周囲の客も好奇の視線を向ける。まどかが「あっ……」と小さく声を漏らし、縮こまるように身を小さくした。
「そういう覚悟でいてくれるのはこちらとしてもありがたいわ」
マミは少し困ったように笑いながらも、真剣さに対しては真っ直ぐに頷いた。視線はやさしく、それでいて“戦い”の空気を知っている者のものだった。
「まどかは何か持ってきた?」
「え?えっと、私は……」
もじもじしながらバッグを開くまどかの手は、緊張で少しだけ震えていた。それでも意を決して取り出したのは、ピンクの表紙にリボンがあしらわれた、ふわふわとした装丁のノートだった。ページをめくると、フリルやリボン、ティアラやマントのデザインが丁寧に描かれている。色鉛筆の柔らかい色合いと、線のたどたどしさがどこかまどからしい。
「衣装だけでも考えておこうかと思って……」
その言葉に、マミはほんの少しだけ目を見開いてから、ふっと微笑んだ。
「うん。意気込みとしては十分ね」
「こりゃまいった!あんたには負けるわ!」
さやかは肩をすくめ、バットを小脇に抱え直して笑う。
まどかも、それにつられるように頬を赤らめながら微笑んだ。
その瞬間だけ、時が緩やかにほどけたようだった。カップの中で紅茶が揺れ、外の光が窓越しに差し込む。まるで、これから踏み入れる“非日常”がほんの少しだけ遠ざかっていくような、そんな錯覚さえ覚える穏やかな時間だった。
日が沈みかけた夕暮れの街を、三人の影が無言で伸びていく。喫茶店での和やかさはすっかり消え、歩く足取りには、目に見えない緊張が滲んでいた。まどかとさやかの手の中には、それぞれの“覚悟”が握られている。
ひとつは、無骨な木製バット。
もうひとつは、可愛らしいノート。
どちらも魔女に対抗するには心許ない。だけど、それでも今の二人にできる限りの準備だった。
マミは前を歩きながら、振り返る。
「魔女探しは基本、足頼みよ。魔女が残していった痕跡を辿っていくことになるわ」
空気は澄んでいるのに、どこか重たい。
ビルの隙間から差し込む光が、コンクリートに長い影を落とす。
マミの言葉に、さやかが気負いを隠すように笑いかける。
「意外と地味なんですね」
さやかが冗談めかして言うが、その手はしっかりとバットのグリップを握りしめていた。まどかも隣で小さく笑ってはみせたものの、落ち着かない視線が宙を泳いでいる。
「私は探知能力のほうも鍛えてるから、昨日の魔女の魔力波形を記憶して、大まかな位置は割り出せているわ。
でも最初の頃は、何も手がかりがなくて……中々魔女に辿りつけなかったのよ」
マミの言葉は、経験者としての余裕と、自分に課してきた孤独な努力の重みが混ざっていた。
その歩調は次第に早まり、口調もわずかに緊張を帯びていく。
まどかとさやかも無意識に足を速め、同じ速度で後を追った。
「意外と遠くまで行っちゃったんですね」
さやかの声に、マミはほんの少しだけ頷く。
まどかは俯いたまま、ぽつりとつぶやいた。
「あの時、すぐに追いかけていたら――」
その声には、かすかな罪悪感が混じっていた。
助けられなかった誰かの姿が、頭の中で形を持ち始める。
「取り逃がしてから一晩経っちゃってるからね……」
「ごめんなさい」
まどかがそう言った瞬間、マミはピタリと足を止めて、振り返った。
やさしい目で、はっきりと言う。
「いいのよ。あなた達を放っておいてまで優先することじゃなかったわ」
その言葉には慰めだけでなく、“選び取った責任”の確かさがあった。
重くて、優しい。
「やっぱりマミさんは優しいし強いし、最高の魔法少女ですね!」
さやかが照れもなく言うと、マミは少しだけ肩をすくめ、はにかんだ笑みを見せる。
「ねえマミさん。魔女がよくいるところって何かあったりするんですか?」
まどかの問いに、マミは表情を切り替える。
話しながらも、どこか耳を澄ませるように周囲に注意を向けていた。
「そうね……魔女の呪いで割と多いのは交通事故、傷害事件とか」
足音だけがコンクリートの道に響く。
通りすがりの人々の会話が、まるで遠い国の言語みたいに聞こえてくる。
「だから大きな道路や喧嘩の起きそうな歓楽街とかは優先的にチェックしてるわ。
あとは……自殺に向いてそうな人気のない場所。
それから、病室とかに憑りつかれると最悪ね。
ただでさえ弱っている人たちから生命エネルギーを吸い上げられるから、目も当てられないことになるわ」
説明される“現場”の一つひとつが、まどかたちの想像よりはるかに暗くて、重たい。 マミの言葉の端々から、彼女が見てきた修羅場の気配が滲んでいた。
「……かなり魔力が濃くなってきた。近いわよ」
マミが立ち止まった瞬間、空気が変わる。街のざわめきが一枚、膜を挟んだように遠ざかっていく。風の流れも変わった気がする。肌を撫でる空気がひんやりと冷たくなった。
「間違いない。ここに魔女がいるわ」
「マミさん、あれ!」
さやかが突然、指を差して叫んだ。
視線の先――くすんだビル群の合間に佇む、古びた廃ホテルの屋上。
柵の向こうで、スーツ姿の女性がバランスを崩し、今にも飛び降りようとしていた。
「うそ……やだ、落ちる――!」
まどかの声が上ずる。
まどかの叫びが空に裂けるより早く、マミの身体が光をまとって変化していく。一瞬で衣装が変わり、空中を駆け抜けた金のリボンが、空からまっすぐ落ちてくる女性の身体を、しっかりと受け止めた。
ふわり、と。
まるで落ちること自体が幻だったかのように、リボンが彼女を抱え、地面すれすれで宙に浮かせる。
「助かった……!」
まどかが胸に手を当てる。しかし、すぐに言葉を失う。
女性の首元――そこに、まるで焼印のような、不気味な痣が浮かんでいた。
「マミさん、この人は……」
「魔女の口付け……」
マミが低く呟く。
その表情からは、笑みも余裕も消えていた。
「魔女は人を自身の結界内に誘導するとき、魔力の刻印を植え付けるのよ。それが“魔女の口付け”。
この人は、魔女の被害者ね」
まどかの目が、その痣に釘付けになる。
模様は歪で、禍々しく、不気味に脈打っているように見えた。
ただの“悪意”じゃない。もっと深くて、冷たい、底なしの呪い。
まどかの指が、ぎゅっと胸元の制服を握りしめる。
その手は、気づかぬうちに震えていた。
「行くわよ」
マミが一言そう告げた瞬間、空気がビリ、と音を立てて揺らぐ。
目には見えない魔力の波が波紋のように広がり、世界の縫い目がきしむ。
ビルの壁面に“亀裂”が浮かび上がる。
まどかとさやかが思わず息を呑む。
そこに現れたのは、現実とは違う世界の“入り口”。
色のついていない傷口のような、歪んだ闇の扉だった。
――魔女の結界が開いた。
「今日こそ、逃がさないわよ」
マミはくるりと振り返り、さやかの持っていた木製バットにそっと手を伸ばす。
その手がバットに触れた瞬間、ふつふつと光がにじみ出し、表面に魔力が走る。
ゴウン……と音を立てて形が変わり始め、木の質感がやわらかく溶けていく。そのまま数秒、まるで意志を持つかのようにねじれ、ファンシーでありながら異質な魔具へと変貌を遂げた。
「う、うわ……!?」
さやかがのけぞり、驚きに声を上げる。
「すごーい!」
まどかの声は、興奮と尊敬の入り混じった音だった。
魔法少女にとって“エンチャント”とは、ただ武器に魔力を纏わせるもの。だがマミのそれは別格だった。物質そのものの性質を変え、武器として再構築する――
それは、強化の範疇すら超えた、鍛え抜かれた魔力の技巧だった。
「気休め程度だけど、身を守る役には立つはずよ」
そう言って、マミは二人の目を見て、しっかりと頷いた。
「絶対に、私のそばを離れないでね」
まどかもさやかも、息を飲んでうなずく。
「「はいっ!」」
そして――三人は、魔女の結界へと足を踏み入れた。
視界がねじれる。音が歪む。世界が、ゆっくりと反転していく感覚。
空気はぬるりと重たく、まるでゼリーの中に押し込められたような息苦しさ。耳の奥がじんじんと痛み、喉の奥にひっかかるような違和感がまとわりつく。
世界が変わった。
ここはもう、現実ではない。
周囲に広がるのは、廃墟とおとぎ話が融合したような、狂気の箱庭。壁には蝶の羽が張りつき、空には逆さまの街並みが浮かび、地面にはたんぽぽの綿毛に目と髭をつけたような、意味不明な生き物たちが蠢いている。
「うわっ、くんな!こっちくんなーっ!」
さやかが悲鳴をあげながら、変化したバットを振り回す。
その一撃で、ぬるぬると近づいてきた使い魔が吹き飛ぶ。
音もなく崩れるその姿に、まどかが思わず声を詰まらせた。
「どう? 怖い? 二人とも」
マミの声が、背後から落ち着いて届く。その余裕が、かえって現実味を感じさせる。
「な、なんてことねぇって!」
さやかが大声で返すが、手首がほんの少しだけ震えているのを、まどかは見逃さなかった。
まどか自身も、マミのすぐ後ろをついていきながら、口を結び、視線を泳がせていた。視界の端に何かが動くたび、喉元が締め付けられるような緊張が走る。
それでも、足は止めない。
怖い。でも――それでも。
誰かの命を救ったその延長に、この戦いがある。あの時、見てしまったから。知ってしまったから。この恐ろしい世界と、無関係ではいられないと感じている。
「頑張って!もうすぐ結界の最深部だ!」
まどかの腕の中にいるキュゥべえが、前方を見つめながら告げる。
その声に押されるように、三人の足がさらに速くなる。
リボンが舞い、銃声が弾ける。
マミの戦いは、まるで舞踏のようだった。
無数のリボンが空を編み、空間そのものを操るように使い魔を次々と締め上げていく。
その隣で、さやかのバットが、見事な弧を描いて使い魔の頭を叩き割る。
「た、倒せる……!」
さやかが思わず声を上げる。
それは、希望の予感だった。
そして――
使い魔たちを蹴散らした先に、空間がわずかに開けていく。
そこに現れたのは、巨大な二枚扉。
教会の祭壇のような荘厳な造りで、けれど表面には異様な模様が這いまわり、そこから漏れる魔力はまるで生き物のように蠢いている。
息をのむほどの威圧感。
この奥に、魔女がいる――誰もが確信する。
この歪んだ世界の主が棲む、結界の最深部への扉だった。
「ここが……」
まどかが無意識に呟くと、マミが静かにうなずいた。
「ええ。結界の核――魔女の居場所よ」
マミの声にはもう笑みも余裕もなかった。
かわりに宿っていたのは、刃のように研がれた決意だった。
「ここから先は、少しも気を抜けないわ。
この結界は、魔女が自分のためだけに作り上げた世界。
空間そのものが、あいつの身体の一部みたいなものなの」
さやかが、バットを持ち直す音が響く。
「……ボス戦ってわけね。わっかりやすい」
言葉とは裏腹に、その顔には緊張がにじんでいた。でもその手は、もう震えていなかった。まどかも、少しだけ顎を引いた。
扉の向こうに何が待っているのかなんて、全然わからない。だけど、ここまで来たからには、逃げない。心臓の奥で、何かが静かに鳴っていた。
魔女がいる。
この世界の主。
狂気の根源。
人を呪い、人を喰らい、人を破滅に誘う存在。
その気配が、扉の向こうで脈打っている。
そして――
マミが、手を伸ばした。
中央に鎮座するのは、異形だった。
その頭部は腐った汚泥のようにぐずぐずと蠢き、肉腫のような赤い薔薇が幾つもこびりついている。
蝶の羽根と生肉が癒着したような胴体は、まるで腐敗と再生が同居するキメラ。
下半身は、鳥の足にも似た黒い脚が幾重にも交差し、巨大な玉座に腰かけている。
床には悪趣味な程に赤い薔薇が敷き詰められ、魔女はそれを眺めて嗤う。
結界の主、薔薇園の魔女。
この庭園の管理者だ。
「……っ、これが……魔女……?」
まどかが息を呑んだ。
「うわ……ぐっろ……」
さやかが思わず顔を顰める。
マミが、静かに一歩踏み出した。
軽く手を掲げ、その指先から、金糸のリボンが伸びていく。
リボンで防御結界を構築し、二人を守る。
「ふたりとも、後ろにいて。すぐ終わらせるわ」
マミの身体が宙を舞った。
リボンがくるりと宙を描き、スカートと髪が華麗に翻る。
空中でターン。
右手に召喚された黄金のマスケット銃が、バレエの一拍のように構えられる。
銃声。
空気が振動するような、乾いた破裂音が静寂を割く。
魔女はすかさず反応する。
マミの身の丈の数倍はある、巨大な椅子を引き寄せ――
ズシン、と地鳴りのような音とともに、それを盾にして防ぎきる。
そして次の瞬間、そのまま椅子を“投げた”。
まるでビルの一部がもぎ取られて飛んできたかのような質量と速度。
それが空を裂いて、マミめがけて落ちてくる。
しかしマミは余裕を持って対処した。
即座にリボンを一列に展開。
束ねて、回転の勢いを乗せて、高速で叩き付ける。
それだけで椅子が粉々に砕け散り、跳ね返された。
粉塵が空に舞い上がる。
割れた木片が宙を飛び、視界が一瞬白く霞む。
その白煙の向こう、マミは回転しながら再び銃を構え、連射。
けれど魔女は、その巨体に似合わぬ機動力で空を舞い始める。
不規則に、縦横無尽に飛び跳ねながら、銃弾を避ける。
魔女の頭部――その中心から、紙でできた蝶の大群が一斉に吐き出された。
どれもが笑顔を貼りつけ、羽音ではなく“カサカサ”という紙のすれ音で空を満たす。
蝶の羽から幻覚作用と毒性のある鱗粉がまき散らされ、視界をスモッグのように覆う。
「うわっ、うわっ……気持ち悪ッ……!」
地面の腐った茎から黒い蔓が無数に這い上がり、鞭のようにしなりながら襲いかかる。
背後からは、巨大な裁ち鋏が静かに、殺意だけを滲ませて迫る。
鱗粉で視界を奪い、前方の蔓で視線を引き付け、背後からの即死攻撃――
完璧な連携。
この結界の空間すべてが、魔女の武器だ。
だが――
マミの身体が、ひらりと揺れる。
「――そこ」
声が落ちた瞬間、リボンが鋭く変化する。
その一部は、神経とリンクされており、空間の“わずかな揺らぎ”すら感知する。
音も匂いも関係ない。
彼女の直感が、殺気を捉えていた。
リボンが裁ち鋏の刃先を絡め取り、力の流れを受け流すように変形。
跳びながら蔓の攻撃も同時に斬り払い、逆にその反動で着地――
が、その瞬間。
バチンッ!
足元の薔薇が破裂し、黒い香油が噴き出す。
床がぬめる。
摩擦係数が限りなくゼロに近づく。
「!? 足場が……」
バランスを崩しかけた彼女の身体に、我先にと使い魔達が一斉に群がる。
ぐじゅじゅと音を立てて融合すると、黒く太い一本の茎となり、何重にもマミを縛り上げる。
そして足元の油を次々と吸収し、蔦の内部に赤黒い蕾が出現。
大きく肥大化し、大量の油を溜め込んだその蕾は、少しの衝撃で破裂し爆発するだろう。
僅かな身じろぎすら許されない。
その隙を逃さず、魔女はその巨体で突進。
圧倒的な速度と質量で引き潰しにかかる。
さらに、砕かれた椅子の残骸が舞い上がる。
破片が空に浮かび、鋭利な刃のようにマミを狙う。
「マミさん!!」
さやかが思わず一歩踏み出し、まどかは恐怖で顔を覆う。
マミは動じない。
冷静にリボンを薄く鋭く硬化させ、蕾を傷つけぬよう寸分の誤差もなく茎を断ち切り、跳躍。
魔女の突進を闘牛士のようにひらりと躱す。
そのまま伸張したリボンが竜巻のように渦を巻く。
それは迫る破片を弾き飛ばすと同時に鱗粉すらも風に巻き込み、結界の毒を一掃。
空中。視界が開けた。
「見てて、って言ったでしょう?」
マミは宙で旋回しながら、リズムよく、優雅に、踊るように銃を連射する。
まどかはマミの背を目で追いながら、心臓が痛いほどに鳴っているのを感じていた。
――これが、魔法少女……?
こんなに、危なくて、美しくて――
次々と紙蝶が破裂する。
火花が咲くように、リボンがそれらを巻き取り、空間を絡めとり、魔女を捕縛。
「おしかったわね。」
マミの“とっておき”。
終焉の名を冠する魔弾を放つ為、魔力を集中。
発射体制に入る。
魔女がそれを“死”と理解したのは、本能だった。
拘束が解けない。
動けない。
――来る。
恐怖が脊髄を駆け抜ける。
即座に使い魔達に命令を下し、召集。
融合した使い魔が前方に巨大な肉壁を築く。
さらに足元の蔦を絡めて補強。
魔力を注ぎ込み、全霊で防御体制を整える。
しかし、全て“無駄”。
攻撃、速度、防御、判断、能力、そして使い魔の質。
マミから見れば、全てが二流。
マミは銃口をゆっくりと上げた。
その動きだけで、魔女の背筋が凍り、後悔が渦を巻く。
――ああ……間違えた…………
防ぐのではない。
足が捥げても、肉が裂けても、結界の維持を放棄してでも。
余力も魔力も使い魔達も、全てを使い捨ててでも、拘束を解き逃げるべきだったのだ。
そこまで恥を捨てて、ようやく命を拾えるかどうか。
受け止めようと考えた時点で、魔女の命運は決まっていた。
――いやだ。死にたくない。
逃げなきゃ。逃げたい。
でも、身体が動かない。間に合わない。
来る。光が。
私は、まだ――
「ティロ・フィナーレ!」
砲撃。
轟音。
黄金の魔弾が使い魔の防壁を軽々突き破り、魔女の中心に直撃した。薔薇の花弁が舞い、紙蝶が燃え、肉と羽が砕ける。
魔女は叫ばない。叫び声を上げる余力もない。顔の薔薇は黒く萎み、羽は燃え、体の肉はドロドロと溶け、ただ静かに、崩れ落ちた。
マミは崩れた魔女を見下ろすことなく、そっと背を向けた。空気に混じった薔薇の香りが、一瞬だけ甘くなって、すぐに腐臭に変わり、それも消えた。
しん、と音が止む。
現実の風が吹き戻る。
結界が、ひとつの夢のように破れて、終わった。
「すごい……」
まどかが息をはく。
「まるで……映画みたい……」
さやかは感嘆する。
マミは、何事もなかったように銃を消し、リボンを巻き直す。
「これが、私たちの“日常”よ。魔法少女のお仕事」
二人の瞳の奥には、尊敬と、憧れ。
だけど――どうしてだろう。
その姿が、ほんの少しだけ、悲しく見えた。