トレーニング用の自律人形に転生して裏ボスみたいな扱いされる奴 作:一般ロボ
どれだけ丈夫な体を持ったとしても他者から暴力をぶつけられるのは苦行だろう。趣味でもなければ。
「……なんか、イマイチ」
目の前で真っ二つにされた同胞を眺めているとそう思う。
「後一体だけ斬ったら帰ろっかな」
そんでもって次は俺の番らしい。人生とは理不尽なものだ。まあ、今俺が送っているのは人生というより、人形生であるのだが。
四角い部屋に2人きり。何も起きない訳もない。目の前の彼女は身の丈程ある刀の峰を肩に乗せ、こちらの様子を伺っていた。
「じゃあ、始めるよ」
彼女の半開きの瞳が閉じて開くまでの刹那に──俺の首と身体は泣き別れていた。
「……終わり」
(ああ、またこの展開だ)
身体から離れた頭部へ魔力の供給が途絶え、俺の意識も間もなく闇に沈んだ。
──トレーニングルーム。
そこは初心者からベテランまで、あらゆる冒険者が利用する施設である。そこには訓練用の金属製ゴーレムが常駐しており、冒険者カードを提示すれは利用が可能となっている。
「……全く、またS級冒険者が無茶苦茶していったみたいだな」
今しがた意識を取り戻した俺の近くで愚痴をこぼす中年男性は、ここのゴーレムの整備士である。破壊されたゴーレムを毎度毎度直すのはこの人だ。24時間働けますかが冗談でなくなる人智を逸した労働環境の中、何十年もここで働いて来たという大ベテラン……Sランク冒険者より凄い整備士である。俺の恩人でもある。彼は俺の事を知らないだろうが。彼は俺達を直すとトレーニングルームから出て行った。疲れた様子だから、仮眠でも取りたいんだろう。
さて、俺の事については特に大した事はない。単なる転生者だ。気付いたらここで、それ以来殆どサンドバッグ役になっている。別に痛みは無いが、黙って殴られるのも楽ではない。トレーニングルームとは利用中はかなりプライベートな空間になる。外から人が入る事は無いし、監視の目も殆ど無い。強いて言えば定期的に室内を確認する巡回が居るだけ。
トレーニングルームにはストレス発散に来ている連中も居るので、そういうのに当たると大抵は酷い目に遭う。それでも必要な時以外ゴーレムが動く事はない。俺もそれに倣ってはいるが、黙って殴られるのも楽じゃない。おまけにトレーニングルームに休日は無い。ブラックを超えたダークマター労働だ。
そんな環境なら逃げ出してしまえば良いと思うこともない訳じゃない。ただ、出先で身体のどこかが壊れる様な事があれば、俺は自分を修理できない為、そうなって詰むよりはまだここで整備を受けられる様にしていた方がマシと思っただけである。
と、また誰か来そうな気配。俺はゴーレムの待機場所に急いで戻り、直立不動の姿勢を取った。
「……ここか、噂のトレーニングルームは」
「思ったより普通ね。何が特別なのかしら」
「そういう噂ってのは尾ひれが付いて出回るモンよ」
「にゃはは、でも偶にホンモノがあるから面白いじゃにぁい?」
入って来たのは4人組。別にここは1人用じゃないから良いんだが。ある程度集団になってくるとトレーニングルームより実戦で経験を積む様になってくるのでこれは珍しい。
前を歩く青年は剣士、隣は魔法使いの少女、一歩後ろで辺りを見回している獣人の女は歩法からして斥候か、その後ろに居るのは銃士。それぞれ剣、杖、槍、銃……全射程が揃っており中々バランスが良ざけな面子だ。
そう観察していると青年が懐に手を入れ、何かを取り出そうとする。
「ねえ、あの受付の言葉って本当なの? どんな魔物よりも強い
「……ああ、多分」
「挑戦権まで買ったからには、ホンモノだと良いにゃぁ」
「詐欺じゃない事を祈りたくもあるが、マジならマジで面倒臭えよなあ」
青年が取り出した挑戦権……というのはただの紙切れだ。魔法も何も掛かっていない。だが、挑戦権の意味を知っているという事が重要なのだ。
俺はある命令を受けている。俺はその命令を無視する事も出来るが、ここに居る為にそれに従っている。
『挑戦権を得た物が現れたのならば、
だが解せない。別に金払ってまで戦わなくても外に居るだろうに、歴戦の何たらやら伝説の何たらみたいな強い魔物とか。ダンジョンなり何なり探しに行けば良いだろう。
まあ愚痴るばかりでは埒が空かない。仕方ないので俺は待機場所をひとり離れる。
「待って、命令もなく動き出したんだけど!?」
「にゃっ?! って事はアレがそうなのかにゃ!」
さて、武器置き場で適当な武器を見繕おう。隅っこに置かれた樽には幾つか武器が入っている。トレーニングルームに入って来た人も使えるが、大体は自前の武器を持ってるので、もっぱらゴーレム専用の様になっている。
相手は4人程度、チームワークはあるんだろうとして、それならあまりデカい得物は攻撃の隙を突かれかねない。ここは基本に忠実に、ショートソードを一本。大体の場合これで事足りる。
「おいおい、あんな訓練用の剣でやり合うつもりなのかよ」
「……けど、雰囲気が普通のゴーレムとは違う」
「けど、アタシの目には普通のゴーレムと同じに見えるにゃ。関節も装甲も。何も特別には見えないかにゃあ?」
両腕ユニットの調子はいつもと変わらず、各部の魔力噴出口も同様。常々思ってるが、ゴーレムというには若干ロボっぽい感じだ。嫌いって訳じゃないが。
俺が使えるのは3つ、剣と両腕部のショットアンカーと魔力ブースター。相手が数で勝るのなら、こちらは各個撃破しか択は無い。
「……あのゴーレム、動かなくなったにゃ」
「多分、先手はどうぞ、ってこったな」
そう飄々とした男が言うと、勝気そうな少女は額に青筋を浮かべ、杖を突き出す。
「何よ、たかがゴーレムじゃない。なら私が──ウィンドボム!」
その先端に風が集まるとこちらへ間もなく放たれる。放たれた事象は差し詰め小型の指向性ダウンバースト。当たればただのゴーレムでしかない俺の身体は跡形もなく飛び散るだろう。
ただ大人しく受ける訳にはいかない。俺は目を凝らす。
ゴーレムの身体は大変に目が良い。本来、常人に目視出来ない魔法を構成する魔力の流れすらも見える程に。
──ほら、見えた。
迫る魔弾、その中に渦巻く魔力の流れ。
俺はそこに薄く魔力を纏わせた剣先を突き入れ、くるりと剣を滑らせて捻じ曲げられた流れをあるべき姿へと
「──えっ?」
そうして、魔弾は跡形も無く消え去る。一切の破壊を齎す事もなく。
「にゃ、にゃにが起きたにゃ……?」
「今のは、何だ……?」
「魔法を……切った?」
消えた魔法の先の視界には、怒りも忘れて呆けている少女と驚いた様子の3人が居た。
因みに今のは魔法を切った訳じゃなく解いただけである。そもそも魔法というものは、本来視認の出来ない魔力を捻じ曲げ作り出し視認し易くした結び目のようなものである。例えるなら、1本の髪の毛は視認し辛いが、それを繰り返し団子結びにすれば黒い点として認識し易くなる様な感じだろうか。
余談だが、捻じ曲げれば捻じ曲げるほど結び目は大きく複雑になり、強い魔法になる。
とにかく、魔法は結び目であり俺はその結び目を解いただけ。ゴーレムだけはあってこうした極短時間の超精密な作業は得意だ。
さて、先手は譲ったので次は俺だ。まずは面倒な魔法使いから。
「やらせるか!」
少女が狙われると察してか、俺と少女の間には青年が割り込んでくる。その他の2人は囲う様に両サイドへ。このままだと囲まれ袋叩きに遭う。
──少し集中しないとな。
「っ、ありがと!」
「下がって!」
俺は迷わず剣を構えた青年に突撃する。
片手で剣を振りかぶると、青年は受けの構えを取った。
ここまではお互いに予想通り。だが予想通りなら数の上で不利な俺が必ず負ける。だからここで俺も手札を切る。
背中を押され、ぐんと俺の身体が前に飛び出す。
「──速いっ!?」
各部に取り付けられた魔力によって推力を生み出すブースター。本来であれば自身より膂力の高い相手の攻撃を受け止める際に使用するこれまたサンドバッグになる為の装備だが、それだけの力を相殺するだけあって達人の抜き足の様に間合いを狂わせるのにも使う事が出来る。
そうして青年が避ける前に間合いを詰めた俺は、彼が構える剣の刃を空いている方の手で鷲掴みにし自分の腰の辺りへ引き寄せる。
剣を離し損ねた青年は、引っ張られるがまま上半身が倒れお辞儀の姿勢へ。それに合わせて俺は片膝を上に跳ね上げる。
「しまっ……ごっ?!」
俺の膝は、青年の顎にモロに刺さった。白目剥いて意識も飛ぶくらいに。どれだけ鍛えても脳は頑丈にはならないんだな、これが。
──まったく痛そうだな。俺はもう感じないんだが。
吹き飛ぶ事もなく、その場で崩れる様に倒れる青年の襟を掴み、優しく下ろしておく。一応、お金を払って来ている客だからな、俺としてはリピーターなんてなって欲しくはないが、必要以上に傷つける必要もないという考えだ。
──さて、次はお前だ。
「ひっ……!」
酷く怯えた様子の少女には気の毒だが、これも仕事だ。
「これ以上好き勝手にしてくれんなよ!」
と、俺の背目掛けて弾丸が飛んでくる。目が良いのとブースターのおかげで回避は難しくない。何なら勘が働いて避けられる事もある。ゴーレムの身体様々だ。
「く、来るんじゃないわよ!」
バックブーストで少女から離れるしかない。銃士の男の狙いは巧みで、身体を動かそうとしたその場所に的確に牽制が放たれ後退させられる。かと言って銃士を狙えば魔法使いの火力がフリーになる。斥候と銃士は機動力に優れ、追う側としては倒し辛い厄介な相手だ。
──どうするべきか。
「無視しにゃいでよね!」
そう考えを巡らせた時、上空からもう1人奇襲を仕掛けて来た。斥候だ。
──まずはこっちか。
上空からの突きを躱し、ブースターで距離を詰めようと──した所にすかさず放たれた弾丸を剣で弾く。
斥候の女は目を見開いていたがすぐに気を取り直したようで、距離を離した。
「おいおいやりたい放題かよ……」
「助かったにゃ、あのまま斬られるかと。そっちは大丈夫にゃ?」
「え、えぇ……助かったわ」
各個撃破のチャンスだったが、ひと纏まりになってしまったのを見て俺は内心で頭を抱える。
俺の様な一般的なゴーレムが相手の油断無しに格上を倒すのはかなり難しい。サンドバッグの経験が全て蓄積してるおかげでそれなりに戦えはするが、人間なんかと違って気合いで強くなるなんて事も無い。だからこそ、さっきの一瞬で2人は落としておきたかった。
「もう分かったな? ありゃただのゴーレムじゃねえ。ドラゴンなんかよりよっぽど気合い入れなきゃなんねえ奴だ」
「にゃ、にゃんでこんなのがトレーニングルームに……?」
「今度こそ──」
──待て待て待て、流石に何度もやらせるか。
俺はもう一つの装備を使う。片手を突き出し、2人の背後で杖を掲げた少女に狙いを合わせる。
腕の下に取り付けられた箱型の機械からワイヤーを放ち、先端のアンカーを掲げられた杖に引っ掛ける。
「きゃっ!」
ワイヤーを巻き取り、俺は彼女の手から杖を奪い取った。
これがもう1つの装備、ショットアンカーである。こちらは予算の都合で矢やボルトを使用する弓やクロスボウを使用出来ない代わりに矢を避けるトレーニングを行う為に使用する物だ。
勿論客の私物なので折ったりはしない、床に置いておく。
「私の杖を……よくも」
すると彼女は懐から短い杖を取り出した。サブの杖を持つのは魔法使いにありがちな話らしい。だが、短い杖は携行性こそあれど威力や精度に劣る。少なくとも脅威度は下がった。
──さあ、次は誰だ。
槍を持った斥候が駆け出す。その背後から、銃士と魔法使いが援護を行う。1人が欠けても尚、パーティは崩れなかった。
騎士の鎧を模した姿のゴーレムは、向けられた弾丸と魔法をブースターによって回避していた。
状況はゴーレム防戦一方。しかし、相対する3人の表情は堅い。
攻撃は全て捌かれ、有効打を与えられない時間が続いていたからだ。
やがて、ゴーレムは自ら距離を取る。魔法と銃弾の雨に曝されるが、やはり当たらない。ゴーレムはショットアンカーを射出せず、中途半端な長さまで引き出すと、再び斥候目掛けて突撃した。
「にゃにゃっ!?」
繰り出されるのはショットアンカーを鞭とした剣との変則二刀流。直線と曲線の軌道、類を見ないスタイルに瞠目する斥候にゴーレムは畳み掛ける。
攻撃の回避に専念する斥候だが、剣を握る手からもショットアンカーを射出し3刀流ともなれば、最早脳の処理は追いつかない。
ブースターを交えた機動戦術により、魔法と銃弾を掻い潜りながら1人を責め立てる姿は、もはや殺気すら感じる程に執念深い。
「これ以上にゃ……っ!?」
斥候は悲鳴を上げる。彼女の足にはワイヤーが巻き付いていた。
ゴーレムはブースターを噴射しながらその場で回転。
ワイヤーの繋がった腕を振り回し、狙いを定められない男の元へワイヤーを根本から切り離しそれごと斥候を投げ飛ばす。
「っ! くそっ!」
悪態をつく男は避けるでもなく銃を捨て女を受け止めるが、勢いは殺せず壁に打ち付けられる。女は回転中に意識を失っており、男も壁に身体を打ち付けた痛みで動けない。よって残りは1人。
ただ、最早絶望的な状況であるのは言うまでもなかった。
煌々と兜の中に二つの光を輝かせたゴーレムの頭部が、ゆっくりと少女に向けられる。恐怖を煽るそんな光景に彼女の闘志は打ち砕かれた。
「そんな……ただのゴーレムに」
確かに、彼女の言葉は正しかった。
特別、硬くもなく。
特別、速くもなく。
特別、力もなく。
しかし膝を突き、少女は現実を突きつけられていた。
A級冒険者パーティは、こうして敗北を喫したのだ。
──人は言う。この世で最も平穏な村の冒険者ギルド、そのトレーニングルームに奴は居ると。
取るに足らない安物のゴーレムの中に1体、常識外れに際立って強いゴーレムが居るのだと。
その荒唐無稽な噂は魔王すら討ち果たされたこの世界で、有り余る強さの行き場を無くした強者たちを駆り立てた。
彼らは追い求める。金銀財宝よりも価値のある強者を……当人の意思とは裏腹に。
A級=ストーリークリアレベル
S級=エンドコンテンツレベル