呪霊が、
まるで赤子が飯を玩具にするかのように、ぐちゃぐちゃと、興味本位で私の身体を掻き乱す。
腕が、足が、指が、臓腑が──教室という名の檻の中で散乱し、血の匂いと悲鳴が無人の校舎に響き渡っていた。
───早く、死にたい。
死にたくない。けれど、もうこの痛みから解放されたい。
痛みが意識を切り裂くたびに、“生”に縋りたくなるのに、“死”がただただ優しく見えた。
誰か、助けて。
そう叫びたかった。でも──わかってる。
私に助けが来るはずなんて、ない。
頼れる同級生はいる。強い、優れた人たちだ。でも、私は彼らの“誰でもない”。
形式的に交換した連絡先。履歴には、ただの一度の送信も受信もない。
私の名前なんて、彼らの頭の片隅にすらない。
「っ……あ、が……ぎっ……ごろ、じ……でぇ……」
喉の奥から漏れる音は、もはや言葉ですらなかった。
叫びは濁り、血に濡れ、床を這うように広がっていく。
助けなんて来ない。わかってるのに、まだ声が出る。
痛い。
痛い。
痛い。
どうして、早く殺してくれないの?
戦う意思なんて、とっくに折れてる。
もう、ただ“終わり”を待っているだけなのに──こいつは、笑いながら私を嬲り喰らっている。
ああ、こういうタイプ。
弱者を嬲るのが趣味のタイプ。何度も遭ってきた。
どうせ殺すなら、スパッとやってくれればいいのに。
こんなふうに、じわじわと。何の意味があるんだろう。
嫌だ。もう嫌だ。
次が来てほしい。
いつだって思う。“次”のほうが、まだマシかもしれないって。
何度もこの状態になっているのに、慣れない。
慣れたらきっと、私は壊れてしまう。
痛みは、現実の証だ。
だからこそ嫌いだった。
ここが夢じゃないと、絶望が教えてくるから。
「……ひ、ぁ──」
呪霊の巨大な顎が、私の頭に迫る。
その口は、私の意識がまだあることを楽しむように、ゆっくりと、確実に開かれていく。
次の瞬間、もっとも容易く、脆く、壊れる部位が──噛み砕かれた。
意識が闇に引きずり込まれていく。
──終わった。
と、思った。
全身を喰われ、頭蓋を砕かれ、意識がぷつりと途切れたその先。
世界のすべてが色も音も持たない“無”に還った先で、
私はまた、この静けさを迎える。
ここはどこだろう。
名前も、形も、匂いもないこの空間。
私が私であることだけが、ただ淡く漂っている。
痛みも、声も、体もない。
けれど確かに、“まだ終わっていない”という感覚だけが残っている。
今回も駄目だったのか。
……惜しかったのかな。
そんな言葉が浮かびかけるが、誰にも返してはもらえない。
ただ、静寂のなかに──終わりでも始まりでもない、
“何か”がそっと漂っている。
そして、次の瞬間。
ドクン、と世界が鳴った。
水の中のような圧力。
粘膜を通るような感触。
そのすべてが、かつて感じた“初期”の記憶と一致する。
また、生まれるのだ。
また、最初から始まるのだ。
私は、自分が握っていたはずのものを、思い出せないまま。
けれど“何かを取り戻すために”もう一度、産声を上げる。
冷たい空気。
眩しい光。
全身に走る痛覚と感覚の奔流。
そして──
「おぎゃあ……っ、あ……あぁぁ……!」
それは、痛みでも、悲しみでもない。
ただ、抗うように、この世界に爪を立てるように。
白鷺鈴葉はまた、命の音を響かせた。
⬛︎⬛︎⬛︎
一番最初の私は絵に描いたようなクズだった。
24にもなっても親の脛を齧り、バイトもせずただ部屋に籠る日々。外に出たと思えば親の財布から抜き取った数百円を片手にコンビニで菓子を買い、部屋でコソコソと貪り食う。
豚以下の存在、それが最初の私だった。
キッカケは、なんだったか。
呪術廻戦の海賊版を一気見して余韻に浸かってたのが最後の記憶だ。
そして気づいたら呪術の世界に赤子として生まれ変わっていた。
性別は男から女に変わり、
呑気に異世界ファンタジーじゃないのかよと落胆していた。どこの世界に生まれたとしても結果は変わらないはずなのに、転生特典で無双したかったらしい。
今思えば、ずいぶんと楽観的だったと思う。
ニートで、親を泣かせるだけの存在が無条件でチヤホヤさせると本気で思っていた。愚かで、どこまで行っても浅ましい存在、それが最初の私だ。
最初に異変を感じたのは生まれて間もない頃だった。
深夜、転生したばかりの私はふと気配を感じ取り、目が覚めた。そして、ソレと目が合った。
人とは明らかに姿かたちが事なる異形の姿に、私は恐怖したのだ。
とはいえ、それ以降特に何かあったというわけでもく私は無事に退院し、白鷺鈴葉として新たな人生を歩み始めた。とはいえ、転生したばかりの私はまだ前世のクズニートだった頃の人格が色濃く残っていた時期だ。そう簡単に性格が変わるという訳でもなく、まあ自分なりに頑張っていたのだと思う。
4歳になった時、2度目の異変が起きた。
雨が降る日の事だった。
母が入れてくれたコップの水を、私は何気なく手に取った。
どこにでもあるようなプラスチックのコップ。手にしたコップの中で冷たい水がゆらゆらと揺れていた。
それだけのはずだった。なのに、水面がこちらを覗き返すように、ぐらりと揺れた。
風は吹いていない。それは、蛇のようにくねりながら、宙を舞い───
次の瞬間、鋭く伸びて、目の前のティッシュの角を切り裂いた。
すぱっ、と音を立てて。
それが、私にとってすべての始まりだった。
転生した時、私はただの日本人として生まれたと思っていた。二次創作によくあるような転生特典のようなものは持っていないと思っていた。
始めは落胆し、現実を受け入れて今度の人生はうまくやろうと息巻いていた時、常人が持ちえない力を手にしたとき、それは喜んだ。
この力を使えば人生バラ色だとも思った。この力を使って自分しか見ることのできない悪霊を退治できると思っていた。
その夢は、早くも崩れ去ることになる。
雨が止んだ次の日、私は意気揚々と外に出かけ、実験と称して悪霊退治に赴き───
惨たらしく食い殺された。
■■■
これが私にとって最初のループ。
私は死ぬ度に、白鷺鈴葉として生まれたあの日を起点にループするという特異体質を持っていることを知った。
地獄の始まりだ。
何度も死んだ。
能力の練習を重ね、使いこなせる様に努力したが結果は変わらず最後は悪霊に殺されるという結末に終わる。
才能の無さを、痛感した。初めて能力が発現した時の状況を何とか再現しようと何度も試みたが何十、何百回こなしても再現することは叶わない。
4回目のループの時、私は能力を使いこなす事を諦めることにした。悪霊に関わらなければ殺されないと思ったからだ。
そして10歳の誕生日を迎えた翌週───
私はまた悪霊に食い殺された。
次のループも、また次のループも、そのまた次のループも結末は変わらない。
どう動いても、どう生き方を変えても悪霊は執心に私を殺してくる。どうやら私は、不運にも悪霊を寄せ付けやすいタイプのようだ。
強くなることを余儀なくされた。
死なないために、自分の身を守るために鍛えることにした。
死なないために、能力を使う。
失敗する。
また使う。
失敗する。
水は、動かない。
動いたと思ったら暴れ出す。
切りたくないものを切り、切りたいものは切れない。
──死ぬ。
指が斬れる。
足が斬れる。
喉が斬れる。
血を吐いても、言葉にならない。
痛みに叫んでも、誰もいない。
また、生まれる。
使う。
指先を濡らして、水面に意識を込める。
「斬れ」と命じる。
斬れない。
もう一度。
斬れ。
斬れ。
斬れ。
ティッシュすら切れない。
風すら起きない。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
拳を握った瞬間、水が跳ねる。
制御できずに頬を裂いた。
痛い。
けど、生きてる。
使う。
動いた。
首が飛んだ。
──死ぬ。
生まれる。
使う。
祈るように、手を合わせて。
「お願い、守って」
水が伸びる。
斜めに飛んで、窓を割る。
破片が跳ねて、目に刺さる。
──死ぬ。
生まれる。
今度は怒鳴る。
叫びながら、水を睨みつける。
「お前は私のモノだ、言うこと聞け!!!」
水は、爆ぜる。
床を裂き、柱を切り裂き、鈴葉の胸を貫いた。
──死ぬ。
生まれる。
悪霊に殺される。
使う。
使う。
使う。
失敗。
失敗。
失敗。
悪霊に殺される。
時々、成功。
けれどそれは、「狙った結果」じゃない。
“たまたま”動いた水が、“たまたま”敵を斬っただけ。
再現はできない。
その形、その速さ、その感触、何一つ記憶に残らない。
また失敗。
また暴走。
また死ぬ。
また殺される。
誰も知らない。
誰も助けない。
私の存在なんて、どの時代の誰にとっても、取るに足らない。
だけど、死ぬのは嫌だ。
死なないために、使う。
また使う。
失敗する。
また使う。
暴走する。
殺される。
死なないために
感想、評価よろしくお願いします。
随分さきになるけど恋愛描写いる?
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いる
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いらない