無限ループの果てに   作:無名戦士

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第3話 : 入学

 正門の前で、足が止まった。

 誰に見られているわけでもない。誰かが待っているわけでもない。

 けれど、鈴葉鈴葉はしばらくそこから動けなかった。

 

 灰色の石畳。桜の花びらが、風に追われて舞い上がる。

 数か月と同じ風景。季節の違いで多少は変わっているけれど、体験入学のときに一度だけ歩いたこの道は、何も変わっていないはずだった。

 なのに、空気の重さが違って感じられるのは、きっと自分のせいだ。

 

 ───本当に、来たんだ。

 

 深く息を吸い込む。木々の香りとふわりと漂う花の香りが肺を満たし、胸の奥に静かに沈んでいく。

 制服の襟に指をかけ、そっと整える。黒に近い濃紺の詰襟。新しく仕立てられたその衣服は、まだ身体に馴染まない。カバンの中には、事前に配られた教本やノート。筆記用具も揃えた。

 形だけは「生徒」になった。けれど、実感はどこにもなかった。

 

 誰も、自分の入学を祝わなかった。唯一両親だけが祝ってくれたけれど、それだけだ。

 歓迎もされていない。

 誰にも期待されていない。

 頼れる人もいない。

 

 懐に入れていた学生証を見た。

 証明写真の隅に重なるように記載された四の数字。

 

 四級呪術師

 

 呪術高専に入学するにあたって与えられた私の等級。

 はっきり言って分不相応だと思う。

 術式をまともに使いこなす事ができず、呪力の操作もままならない。それが今の私の現状。

 体験入学の時、夜蛾先生も同じことを言っていた。

 

『はっきり言おう。お前に呪術師としての才能はない。入学する際、4級呪術師の資格が与えられるが、それはお前の術式が評価されたからだ。この事を肝に銘じておけ』

 

 夜蛾先生は多分、いや確実に私の入学に賛成の立場ではないと思う。

 恐らく入学は特例中の特例。私の術式が特殊なだけで、私自身は何一つ評価はされていない。

 

 ……分かってる。

 あの言葉は、突き放すためじゃない。希望を与えるためでもない。

 ただ、現実をそのまま突きつけたに過ぎない。

 それでも私は、この場所に足を踏み入れた。

 無謀だとわかっていても、それでも、ここでしか得られない何かがあると信じたかった。

 

 門をくぐる。

 風が吹き抜けるたび、舞い上がる桜の花びらが制服に当たり、すぐに地面へと落ちていく。

 それを見ていたら、まるで自分がこの場所に拒まれているような気がして、思わず立ち止まりそうになる。

 

 だけど──止まらない。

 一歩ずつでいいから、前へ進む。

 

 石畳の道をゆっくりと歩いていくと、校舎の白い壁が見えてくる。

 窓はまだ閉ざされ、春の陽光に反射して淡く光っていた。

 誰の声もしない。生徒の気配もない。静かすぎる朝。

 

 カバンの中で、筆箱が小さく転がった音がした。

 その音に自分でも驚いて、鈴葉はふと立ち止まる。

 

 (こんなに……静かなんだ)

 

 心臓の音ばかりが耳に残る。

 前にもここを歩いた。でも、あのときとは全く違う。

 「いつでも帰っていい」立場だった自分が、「戻れない場所」に変わったのだから。

 ほんの少しだけ、怖かった。

 

 ──けれど。

 

 前を見据え、もう一度、制服の裾を整える。

 私は、生徒だ。

 呪術高専に、正式に入学を許可された、生徒なのだ。

 

 たとえ誰にも期待されていなくても。

 たとえ誰にも歓迎されていなくても。

 

 ここで、始めなければならない。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 校舎へと向かう道中、グラウンドのほうから、何か──音がした気がした。

 風のせいかとも思ったが、違った。乾いた空気の中に、わずかな振動のようなものが混ざっていた。

 小高い位置から見下ろすかたちで、鈴葉はグラウンドの方へ視線を向けた。

 

 ──そこに、二人の人影がいた。

 

 一人は白髪に丸いサングラスをした高身長の少年。

 もう一人は、長い黒髪をひとつに結んだ穏やかな顔立ちの少年。

 

 (……模擬戦?)

 

 ただ立っているだけのようにも見えた。

 会話もなければ、叫び声も、地面を蹴る音も、何もない。

 けれど、ふたりの周囲だけ、まるで空気の層がねじれているように感じられた。

 呪力の気配は、鈴葉にはわからない。

 けれど、風の流れがおかしかった。桜の花びらが、そこだけ不自然に弾かれていた。

 

 見えない何かが動いている。

 わからないものが、交差している。

 

 次の瞬間。

 まったく何の予備動作もなく、白髪の少年がその場から消えた。

 

「……ッ」

 

 どこへ行ったのか、私の目でとらえることはかなわない。

 見失ったというより、突然いなくなった。

 と、次には黒髪の少年の背後に現れ、何かを放った。風が裂ける音。

 同時に、砂塵が舞い上がった。

 けれど、黒髪の少年は、すでに一歩横にずれていた。まるでその動きを最初から読んでいたかのように。

 

 二人は距離を取り、何か話していた。

 会話の内容は分からない。ただ唯一分かるのは、白髪の少年が挑発するような仕草で何かを話している事だけ。

 

 攻撃も、防御も、技も、鈴葉の目には見えなかった。

 次元があまりにも違いすぎる。

 一目見ただけで理解させられた。あの二人は、天才だという事を。

 自分では到底到達できない場所にいる彼らの姿はとても、眩しく見えた。

 何十回も人生をやり直した。その分だけ、鈴葉は死んだ。それでも、彼女が強くなることはなかった。

 

 それでも、自分にはできない動きをする二人を見て、鈴葉は不思議と嫉妬の感情を抱かなかった。代わりに抱いたのは己の不甲斐なさと失望。

 どれだけ自分という存在が無能で存在価値の無い人間だという事を、鈴葉は改めて実感した。

 

 掌を前に出し、指先がゆるやかに結印を組む。

 その仕草に、派手な動きはない。ただ、静かで、禍々しいまでに無駄がなかった。

 

 すると、次の瞬間。

 彼の背後。何も無いはずの空間に、ひびが入った。

 目に見えない幕が破れるように、そのひびから無数の呪霊が這い出てくる。

 その内の数体が、ジッとこちらを見ていた。

 まるで、獲物を見るような目で。

 ここには居られないと言わんばかりに、鈴葉は歩くのを再開した。

 

 ───呪霊操術

 

 その言葉が、脳裏に浮かんだのは、どこかで聞いた記憶が残っていたからかもしれない。

 けれど、今そこに現れている“それ”を前にした鈴葉は、そんな理屈よりも先に、肌で理解していた。

 彼の術式を目の当たりにした上で、彼女はこの場から離れることにしたのだ。

 単純に呪霊がこちらを見ていたという事もある。

 さながら獲物を見つけた狩人の目。

 気味が悪かった。黒髪の少年ではない。呼び出された際、白髪の少年を無視しじっとこちらを見ていた呪霊が気味悪くて仕方がなかった。

 

 それだけだ。

 もしあの呪霊がこちらの存在に気が付いていなければ、そのままあの二人の戦いを見ているつもりだった。後学のために見ておきたかったけれど、気味が悪く逃げ出した。

 

■■■

 

 誰もいない教室。

 四つの席が生徒の少なさを物語っていた。

 黒板には大きく「好きな席に座れ」と書かれており、私は少しでも早く出ていけるように、廊下側の席に座った。

 

(あと三人──誰が来るんだろう)

 

 高専に所属する生徒は少ないと聞いていた。けれど、まさか自分を含めて四人とは思っていなかった。そもそも、四人という数字が多いのか少ないのかも、鈴葉には判断がつかない。参考になるものも、情報も与えられていない。

 

(私だけ……落ちこぼれだったらどうしよう)

 

 想像すると、息が詰まりそうだった。初日から同級生に軽蔑されたら、無視されたら、攻撃されたら。いや、そんな大袈裟なことにはならないだろう。でも、自分が「戦えない」ことだけは、すぐにバレる。

 手のひらをじっと見る。昨日も、術式は思うように発動しなかった。手首を少し切ったが、操作を誤って袖が濡れただけで終わった。

 

 水刃操術。名ばかりの刃。まともに扱えた試しなどない。

 窓の外を見るふりをして、視線を横にずらす。誰かが来る気配はまだなかった。

 

 (静かだな……)

 

 教室の奥に差し込む朝の光。柔らかいはずのそれが、なぜか冷たい。自分が座っているこの席だけ、空気が濁っているような錯覚さえあった。

 

 ──ここで、やっていけるのだろうか。

 

 それが最初に浮かんだ問いであり、どうしても心から消えてくれない疑念だった。

 ガタン、と突然廊下の奥から音が聞こえた。 鈴葉は咄嗟に背筋を伸ばし、視線を下げる。息を殺す。喉が鳴りそうになるのを必死にこらえた。

 

 ──足音が、近づいてくる。

 

 廊下を通る声が聞こえる。「いてて。あの脳筋ゴリラ、加減しろよ…」「はいはい、怪我しても自業自得」「悟がやりすぎなんだよ」記憶の彼方、旧い旧いがこの声を知っていると訴えかけていた。けれど、どこか、音の立て方に迷いがない、自信がある者の歩き方だった。

 

 ──声が、近づいてくる。

 

 肩をすくめるようにして俯いたまま、鈴葉は指先に力を込めた。目を合わせたらいけない、視線を向けたらきっと、何かが壊れてしまう。そんな気がした。

 

 「……おー、ここか?」

 「教室、間違ってないだろうな? また別棟とか言い出したら俺帰るぞ」

 「大丈夫だと思うよ、ほら、表札もあってる」

 

 がらりと、教室の引き戸が開いた。

 瞬間、空気が変わった。

 視線を上げられないままでも、わかる。室内に入り込んだ三つの気配。そのうちの二つは、先ほどまでグラウンドで対峙していた彼らのものだとすぐに察せられた。目に焼き付いたあの“強さ”が、まるで温度のように肌を撫でていく。

 

 そして、三人目。

 

「……あれ? 一人もう来てたんだ」

 

 その声は、柔らかくて、気だるげで──けれど不思議と耳に残る。

 顔を上げられなかった。

 けれど、その声だけで、わかった。

 

 ずいぶん昔の記憶だ。

 けれど、忘れられるわけがない。

 この声で、この口調で、この距離感で。

 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 

───同じ世代だったんだ。

 

 よりにもよって同じ世代。

 

 五条悟。

 夏油傑。

 家入硝子。

 

 名前を聞かなくとも分かった。

 現代最強と最悪の呪詛師、そして他人に反転術式を施せる貴重な人材……。

 そんな天才たちと私が、同級生?

 

(笑える。笑えないけど……)

 

 ほんの数時間前まで、不安だった。

 どんな人たちと同級生になるんだろうって。でも、それすら甘かったんだ。

 想像も、警戒も、全部──浅すぎた。

 よりにもよって、あの三人。

 

 漫画過去編の主要メンバーと同じ世代になるなんて、いったい誰が想像できただろうか。

 いや分からない。

 それだけ同級生になる確率は低かった、はずだった。

 息が詰まる。

 心の奥が、強くひきつれる。

 「同級生」という肩書が、こんなにも重いなんて思わなかった。

 

 私の力じゃ、彼らと肩を並べることはできない。

 何年、何十年鍛えたって、きっと追いつけない。

 そんなこと、もう何度も何度も、何十回も繰り返したループの中で、嫌というほど知っている。

 

 だけど、それでも──

 呪術高専に決めたのは、誰でもない私自身だ。

 

 死ぬのは怖い。

 けれど、諦めたら、すべてが終わってしまう。

 今までの努力が、全部水の泡になってしまうから。

 

 がんばれ、私。

 




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随分さきになるけど恋愛描写いる?

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