無限ループの果てに   作:無名戦士

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そろそろネタがなくなってきた…。
いやありますけど。このまま次の展開に行ったら結構話の流れが速くなってしまう。
どうしよう…。
あと恋愛描写入れるかどうかのアンケート始めました。
書くとしてもおまけ程度、後日談的な内容になりますが見たい人、見たくない人は是非。


第5話:夢と現実

 何の前触れもなく、視界が開けた。

 

 錆びた鉄骨と、剥がれた壁紙の残骸。砕けた窓から差し込むわずかな光が、埃を浮かび上がらせている。

 誰もいない、廃工場のような空間。機械の残骸が静かに眠り、外界の音すら届かない。まるで、時が止まってしまったような場所。

 その中心に───「私」が立っていた。

 

 静かに、ぶれず、ただ真っすぐに。

 

 足元には、崩れ落ちた呪霊の骸。

 断ち切られ、砕かれ、蒸発し──その痕跡すら、既に消えかけていた。

 まるで、初めから“そこにいなかった”かのように。

 

 右腕が静かに動き指先がわずかに空をなぞる。

 水が、刃となって走る。

 透明で、鋭く、ためらいなく。

 梁の影にいた呪霊が、切り裂かれ、二度と形を成すことなく崩れ落ちた。

 

 再び右手が開かれる。

 扇状に散る細かな水刃が、空間そのものを塗り替えるように敵を消す。

 音はなく、血も飛ばない。あらゆるものが正確すぎて、まるで機械の動作のようだった。

 

 その「私」は、微動だにせず、ただ敵を視界に捉えては、淡々と斬り捨てていく。

 そこにあるのは、感情ではなかった。

 怒りも、恐怖も、焦りも──ひとかけらもない。

 ただ“排除”という機能が、彼女を突き動かしているように見えた。

 

 完璧だった。

 強く、速く、正確で、無駄がなく、美しくすらある。

 誰の助けもいらず、誰かの目を気にすることもなく、ただ一人で、戦いを終わらせていく。

 

 ───そして、それは間違いなく、「私の姿」をしていた。

 

 けれど。

 これは、私じゃない。

 そう思った。そうしか、思えなかった。

 こんなふうに戦えるはずがない。

 あんなふうに、迷いもなく、正確に術式を使いこなせるはずがない。

 

 私は、いつも術式を逸らしてしまう。

 狙った場所に届かない。呪力が安定しない。怖くて、震えて、的の前に立つだけで手が汗ばむ。

 この夢の中の「私」は、まるで誰かの空想の産物だ。

 別人のように、完成されている。

 

 ───これは、ただの夢だ。

 私が見るわけのない、無意味で、手の届かない夢。

 たまたま頭の中に浮かんだ、どこにも存在しない幻。

 

 そう、これは───どうせ、すぐに目が覚める。

 

 

 

 瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

───ぱちり、と音を立てるように、まぶたが開いた。

 

 冷えた空気が鼻腔を抜け、肺の奥に沈んでいく。

 天井にある染みが目に入った。どこかの雨の日にできたのか、それともずっと昔からそこにあったのか──そんなことを考える余裕が、自分でも不思議だった。

 枕の感触が妙に重い。毛布のぬくもりはあるのに、体の芯が冷え切っている。

 

 夢だった。

 

 頭の中でそう言葉にしてみても、あの光景は鮮明だった。

 剥き出しの鉄骨、粉塵に濁る空気、響かない戦闘音、そして刃のように鋭利な水の軌道。

 術式の感触すら、現実より現実味を帯びていた気がする。

 ──そして、そこにいた「私」。

 

 いや、違う。

 違う、違う。

 あんなふうになれるはずがない。

 そう心の中で何度も否定する。

 あれは、どこかの誰かが想像した、別人の姿だ。私じゃない。

 

 頭を振ろうとした、その時だった。

 

 ───昨日の声が、蘇った。

 

 『君、呪術師向いてないよ』

 

 五条悟の声。

 淡々と、静かに、事実だけを伝えるような、絶対的な響き。

 

 心臓が軋む音が、耳の奥で反響するようだった。

 

 あの後、誰にも見つからないように自分の部屋に駆け込んで、ベッドに潜り、誰にも気づかれないように泣いた。

 声なんて出せなかった。泣くことすら、罪悪のように思えたから。

 それでも涙は止まらなくて、枕がひどく湿っていた。

 

 ──わかっていたのに。

 自分に才能がないことなんて、とっくに、ずっと前から。

 

 でも、人の口から言われるのは、違った。

 しかもそれが、最強の呪術師の口からだったのなら──。

 まぶたが重い。喉が焼けるように詰まっている。

 動きたくない。起きたくない。今日なんて、来なければよかった。

 

 ……そう思ってしまったことが、何よりも情けなかった。

 

 毛布を握る指先に力が入る。

 ギュッと握って、引きはがすように布団をめくった。

 寒い空気が肌に触れる。でも、構わない。起きなきゃ。

 

 今日もやらなきゃ。

 やらなきゃ。少しでも、何かを掴まなきゃ。

 そうしなないと、きっと私は……本当に、壊れてしまう。

 

■■■

 

 また、この場所にいた。

 

 本校舎の裏手にある、使われなくなった倉庫の影。

 誰にも使われず、誰にも見られず、空気も光もよどんでいる。

 けれど、白鷺鈴葉にとっては、ここが“いつもの場所”だった。

 

 昨日、五条に「呪術師向いてない」と言われた。

 でも、それは驚きでも新発見でもなかった。

 自分には才能がない──そんなこと、とうの昔に、死ぬほど、嫌というほど、知っていた。

 

 術式に潰されて、呪力に焼かれて、幾度となく死にかけてきた。

 あるいは、自分で自分の術式に、殺された。

 それでも目を覚まして、またやり直して、そしてここに立っている。

 

 でも昨日は、それでも痛かった。

 人の口から、しかも“あの人”の口から、改めて言葉にされた瞬間、心が動いた。

 今さらだと思った。けれど、動いてしまった。

 足元に、以前の失敗の名残が転がっている。砕けた石。削れた地面。

 そこに新しく、今日の記録を重ねるだけだ。

 

 呼吸を整える。

 右手を構え、呪力を溜める。

 イメージする。刃の形、収束の密度、放つ角度。何度も何度も繰り返してきた、手順。

 だけど、それは決して“慣れ”にはならなかった。

 恐怖は、今も変わらずそこにある。

 

───暴れるかもしれない。

 

 そう思っても、止められなかった。

 やるしかなかった。ここまできて、やめる理由の方がもう思いつかなかった。

 指先に呪力が満ちる。

 空気が張りつめるような感触。術式が、起動する。

 刃を走らせる。その瞬間───

 

───爆ぜた。

 

 収束しきれなかった水が、狙いとはまるで違う方向に弾け飛ぶ。

 軌道を外れた水刃が、鋭く、狂った角度で弾道を描き────

 

 「っ──!」

 

 左腕に、何かが走った。

 細く、鋭く、焼けるような痛み。

 反射的に腕を抱える。

 目をやれば、制服の袖が裂け、赤い線がじわりとにじんでいる。

 

───まただ。

 

 深呼吸も、安定した動作も、何一つ意味をなさなかった。

 ほんの少し、呪力の収束が甘かった。それだけで、このざまだ。

 的に当たったかどうかなんて、もう見ていない。

 確認するまでもなかった。たぶん、逸れてすらいない。

 

 自分の術式が、自分を傷つけた。

 それがすべてだった。

 袖の奥で、傷口がじんわりと熱を持つ。

 まだ冷え切っていた空気の中に、確かに血の温もりだけが滲んでいた。

 

───また死ぬかもしれない。

 

 そんな感覚が、一瞬だけ脳裏をかすめた。

 かつて何度も経験した、呪力の暴走。それに比べれば、今のこれは軽い。

 でも、何度軽くても、重さは増えていく。

 

 立ち尽くしていた時間が、どれほどだったのかはわからない。

 けれどやがて、鈴葉はゆっくりと歩き出す。

 誰にも見られたくない。けれど、自分ではどうしようもない。

 だから、医務室へ行くしかなかった。

 血に染まった袖を握りしめながら、倉庫の裏を離れていく。

 風が通り抜けるたび、傷口が少しずつ疼いた。

 

 その痛みが、今の自分の──何よりも確かな“現実”だった。

 

■■■

 

 医務室へと続く渡り廊下は、午後の光すら遮られたように薄暗く、まるで陰影そのものが空気となったような冷たさが漂っていた。

 白鷺鈴葉は、誰にも会いたくないと願いながら、それと同時に、誰かに見つけてほしいと願うような矛盾を抱えながら歩いていた。自分でも、その感情の名前が分からなかった。ただ、重たい空気を吸い込むたびに、肺の奥がざらつくような感覚が残る。

 

 左腕に巻いた応急処置の包帯は、制服の袖を押し広げ、少し目立っていた。動かすたびにうずくような痛みが走るが、それ以上に、誰かの目に映るかもしれないという不安が心を縛っていた。

 鈴葉は、俯いたまま廊下を曲がる。空気の密度が変わったと感じた瞬間、正面から誰かとぶつかりかけて、慌てて足を止めた。

 

 目の前に立っていたのは──家入硝子だった。

 

 眠たげでありながら妙に鋭い眼差し。

 同じクラスで、同じ教室に座っているはずなのに、彼女はいつも遠くにいるように思えた。手を伸ばせば届くのに、その先には届かないような距離感。

 そんな彼女が、今は目の前で立ち止まり、まっすぐに鈴葉を見ていた。

 

「……怪我?」

 

 簡潔な言葉だったが、言葉以上にまっすぐな視線が突き刺さる。

 鈴葉は、咄嗟に左腕を背中に隠すようにして、小さくうなずいた。

 

「あの……大丈夫です。少し擦っただけで……」

 

 声が震えていた。

 家入は、一瞬だけ目を細めたが、それ以上は何も言わず、ひょいと一歩前へ出た。

 

「ちょっと、見せて」

「い、いえ、本当に……大したことは──」

「いいから。見せて」

 

 柔らかな口調ではあったが、拒絶を許さない静かな力があった。

 言葉の奥にある、逃げ場のない真剣さに、鈴葉は押し黙ってしまう。

 そして観念したように、左腕をそっと差し出した。

 

 家入の指が、冷たくないのに冷たく感じられるほど、静かに、正確に袖を捲る。

 露わになった傷口は赤く腫れ、皮膚の奥まで届いた刃の痕がまだじわりと血を滲ませていた。

 

「……これくらいで済んでよかったね」

 

 そう言って、家入はそっと指をかざす。

 術式が起動する。反転術式──鈴葉はその感触を初めて味わった。

 ぬるいような、冷たいような、不思議なぬくもり。

 肌の表面から滲む痛みが、波のようにゆっくりと引いていく。傷口がふさがれ、熱も痛みも、まるで最初からなかったかのように消えていく。

 

 鈴葉は息を殺して、それを受けていた。

 感謝の言葉を言おうとしても、喉に何かが詰まって出てこなかった。

 ありがとう、と言えば、その瞬間に涙が溢れてしまいそうだった。

 それだけ、今の自分が、脆かった。

 

 治療が終わると、家入は無言で袖を元に戻す。

 手つきは事務的で、まるで自分の感情とは無関係であるかのように、淡々と動いていた。

 でも、だからこそ、それは鈴葉にとっては救いだった。

 慰めも、同情もなかった。ただそこに「行為」だけがあった。それが、彼女にとってどれほど有難かったか。

 

 立ち去ろうとした家入が、ふと足を止める。

 振り返らず、背中越しに問いかけてきた。

 

「……一人でやってたの?」

 

 その声に、鈴葉は少しだけうつむき、答えた。

 

「……はい」

 

 それだけしか言えなかった。

 何を、どこで、どれほど痛かったのかなんて、言葉にしたくなかった。

 言葉にした途端、それが現実として重くのしかかる気がしたから。

 

 家入は、短く息を吐いた。

 ポケットから取り出した煙草を、指の間でくるくると回す。けれど、火を点けることはなかった。

 目線は遠く、どこを見ているのか分からない。

 そして──ぽつり、と呟くように言った。

 

「……無理はしないで。壊れたら、直せるもんも直せない」

 

 その言葉は、重さも抑揚もなかった。ただ、静かに降る雨のように、鈴葉の心に沁みていった。

 意味がすぐに分かったわけじゃない。

 けれど、なぜか涙が込み上げそうになった。言葉の奥にある何かが、鈴葉の胸を震わせた。

 

 目を伏せて堪える。

 目の前の人は、きっとこちらを慰めるために言ったわけじゃない。

 ただ、そこにいたから、ただ見たから、だから伝えただけだ。

 

 家入は、それ以上何も言わずに歩き出す。

 制服の裾が、歩みに合わせて揺れ、廊下の向こうへと淡く消えていく。

 

 鈴葉は、その背中をしばらく見送っていた。

 腕の痛みは、もうなかった。けれど、その代わりに残された“なにか”が、自分の中で静かに、波紋のように広がっていた。




感想、評価よろしくお願いします!

随分さきになるけど恋愛描写いる?

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