見てみたら新作日刊が12位(二次限定なら10位)でした
癖を詰め込んだだけの作品を読んでくださってありがとうございます!
家入さんに弁当を渡して数日。
私はいつもの場所で術式の練習に励んでいた。
構えて、撃つ。
その繰り返し。
今日で何回目だろう。
数えたことなんて、一度もない。意味があると思ったこともない。ただ、できないことを、できるようにしたかった。それだけ。
呪力を練る。
足元から静かに、冷たい感覚が上がってくる。恐怖じゃない、でも似てる何か。皮膚の下でぐるぐると渦巻くそれは、重くて、でも自分のものではないような感覚。
構え、意識を一点に集中させる。
一瞬、視界がかすんだ。
呼吸を整えたつもりだったのに、心臓の鼓動が早すぎる。耳の奥で、自分の血の音が響く。
(大丈夫。ゆっくりでいい。落ち着いて──)
そう唱えながらも、どこかで焦っていた。
上手くなりたい。早く、まともに撃てるようになりたい。そうじゃなければ、ここにいる意味がない。そう思えば思うほど、指先が強張り、呪力の流れがぶれる。
───次の瞬間、指先からほとばしった水刃は、収束されぬまま空気を裂き、暴発した。
ばきり、と何かが折れる音。
狙っていた的から大きく逸れた軌道のまま、鋭い水の奔流は、近くの木の幹に叩きつけられ、裂け目を刻んだ。
その破片がぱらぱらと落ちる。
「っ……く……」
身体の中を走る呪力の波が、今度は逆流するように暴れた。
膝ががくんと崩れる。支えきれずに片手を地面につくと、そこで初めて、手の甲から血が滲んでいることに気づいた。
跳ね返った破片か、それとも自分の術式の残滓か。
わからない。ただ、痛い。浅くて、ちくりとした痛み。
でも、それ以上に、胸の奥が重かった。
(また……ダメだった)
肩が震える。
手を見つめる。その先端から滴る赤いものが、落ち葉の上に静かに染み込んでいく。
無性に、自分が“場違い”だと思った。
───私なんかが、呪術師になれるはずがない。
誰かに言われたわけじゃない。
でも、わかる。これが“向いてない”ということなんだ、と。
五条君に言われた言葉が、耳の奥で鈍く反響する。
『君、呪術師向いてないよ』
その言葉は優しさではなかった。ただの事実だった。だからこそ、突き刺さる。
足元には、砕けた枝と、散った水刃の跡。
呪力の残滓が空気にまだ漂っていて、かすかに湿った匂いを感じる。
「……もう一回」
誰に言うでもなく、小さく呟いた。
震える指先を、無理やり持ち上げる。
まだうまく動かない。けれど、それでも構える。
もう一回。
今度は、少しでもまっすぐ飛ばせるように。
もう一回。
私がここにいる理由を、確かめるために。
構えて、撃つ。
それだけを、私は繰り返す。
あれから、どれくらいの時間がたったんだろうか。
何度も何度も術式を使って、何度も何度も失敗した。
その繰り返し。
成長は微塵もしない。指先はもう動かなくなっていた。呪力を練ろうとしても、体の奥でそれが渦を巻くだけで、うまく流れてくれない。
額に汗が滲む。視界も霞んできた。
でも、止まれなかった。
止まったら、そこで全部が終わる気がして。
足を引きずるようにして立ち上がり、また構える。震える手で、何とか形だけでも整えて───
「ストップ、今日はもう終わり」
唐突な声に、心臓が跳ね上がった。
振り返ると、そこにいたのは家入さんだった。
いつからいたのか、まるでわからなかった。
こちらを見ているのでも、咎めるようでもない。
ただ、木陰にもたれるようにして、煙草も吸わず、じっとこちらを眺めていた。
「……あの、い、いつから……?」
震える声で尋ねると、彼女は曖昧に肩をすくめた。
「30分まえからかな。邪魔だと思って声はかけなかった」
「──っ」
全身が一瞬で冷える。
あの失敗も、この醜態も、全部見られていた。
どうして。どうして、よりによって家入さんに。
頭が真っ白になりかけたそのとき、家入さんがふいに歩み寄ってきた。
「手、見せて」
その声音は淡々としていて、優しさも怒りもなかった。
けれど拒めなかった。いや、拒む理由ももう、持ち合わせていなかった。
黙って差し出すと、硝子は小さく息をつきながら、傷口を覗き込んだ。
そして、指先に呪力を纏わせ、ほんの数秒だけ、私の手に触れた。
温かかった。
体の奥で張り詰めていた何かが、静かに、ゆっくりとほどけていく。
治療の呪力はほんの一瞬。けれどその温度は、傷よりも深いところにまで染み込んできた気がした。
家入さんは、何も言わずに私の手を離すと、いつも通りの手つきでポケットを探り、煙草の箱に指をかけた。けれど、蓋を開ける前にそれをやめ、わずかに顔を背けて空を見上げる。落ち葉の匂いと湿った空気。午後の陽はもう傾きかけていて、倉庫裏のこの場所にも、淡く長い影が差し込んでいた。
その横顔を見つめているだけで、胸の奥がきゅうと縮む。
今にも泣きそうだった。
けれど泣くわけにはいかない。ただ、痛みに似た何かを噛み殺すようにして、私は口を閉じた。
そんな私を、家入さんは横目でちらりと見た。
「……あんたさ、自分なりに頑張ってんのは、まあわかるよ。でも今のやり方、ただの無茶だって」
声はあくまで平坦だった。優しくもなく、突き放すでもなく。ただ事実だけを静かに突きつけてくるような言葉。けれど、それが逆に深く刺さる。
私の胸の奥にずっとあった痛み──自分でもうすうす気づいていたものが、彼女の言葉で輪郭を得て、はっきりと姿を現した。
「壊れかけのエンジン、むりくり回しても煙しか出ねぇの。そのまま動かし続けりゃ、いつか爆発すんの、当たり前でしょ」
そう言って、家入さんはポケットに煙草をしまいながら、肩をすくめる。
「別にあんたが鈍いってわけじゃない。ただ、“止まり方”を知らないだけ。追い詰めりゃ何とかなるっての、あれ錯覚だから」
私は、言葉を失っていた。
言い返す気力もなかった。いや、それ以前に、家入さんの言葉が的確すぎて、反論の余地すらなかった。
視線が、自然と地面へと落ちていく。まだ乾ききっていない水刃の痕が、土の上に無様に残っていた。何度も繰り返した失敗の痕跡。自分の無力さが、そこに刻まれているようで、見ていられなかった。
だから、せめて言葉にしようとした。
「向いてないって、言われたんです。五条君に。でも、私、呪霊を集める体質のせいで……私のせいで他の人を傷つけたくなくて……」
言いながら、自分でも何を訴えたいのかわからなかった。言い訳なのか、悲鳴なのか、ただの弱音なのか。それでも、どれか一つでも届けばいいと思った。
家入さんは、返事をしなかった。
ただ、黙ったまま私の方へと視線を向けていた。その瞳には、怒りも、呆れも、同情すらも浮かんでいなかった。ただただ、静かな沈黙が宿っていた。
それが怖かった。
拒絶よりも、否定よりも、何も返ってこないことのほうが、ずっとずっと痛かった。
私の言葉は、やっぱり──間違ってた?
後悔の波が押し寄せる前に、ぽつりと彼女の口が開いた。
「───あんたのせいじゃないよ、それ」
声は低く、静かで、まっすぐだった。
「呪霊を集める体質とか、術式の暴走とか……そういうの、あんたが選んだわけじゃないでしょ。誰かを傷つけたくないって思うの、ちゃんと人間してる証拠だし」
息を飲む。
胸の奥で何かが、ぴくりと動いた気がした。固くなっていたはずの感情の膜に、小さなひびが入ったような感覚。
「でもさ」
続いた声は、少しだけ強くなっていた。
「誰かを守りたくて無理して、自分が壊れたら本末転倒なんだよ。高専に来る前から、そういうの山ほど見てきた」
その言葉には、静かな重みがあった。優しい響きなのに、内側には確かな現実が詰まっている。たくさんの命を見てきた人間だけが持つ、言葉の芯だった。
「壊れたら、直せるもんも直せなくなる。わたしの反転術式だって、万能じゃないんだよ」
言葉が、うまく出てこなかった。
喉の奥が固く、声にならない。指先はじんじんと痺れていて、呪力ももう練れない。けれど──それでも、家入さんの前で泣きたくはなかった。
言い訳にもならない言葉を並べて、傷つくのは自分だけでいいと、ずっと思ってきたのに。
それを、家入さんは黙って受け止めていた。
長い沈黙のあと、彼女はふっと視線を外して、落ち葉を蹴るように一歩踏み出した。足元の土を軽く擦る音が、空気の底に溶けていく。風が吹いた。小さな葉が空に舞う。午後の光に透けて、ひらりと踊るように落ちていった。
「……そっか」
そのひとことは、返答というにはあまりにもあっさりしていて、けれど不思議と、それで十分な気がした。
それから彼女は、懐から煙草を取り出した。一本だけ抜いて、けれど火はつけずに、くるくると指の間で転がす。それは癖のようにも、時間稼ぎのようにも見えた。
「無理してんだな、あんた」
ぽつりと、呟くようにそう言って、家入さんはようやく私の方を見た。
「言わないでおこうかと思ったけどさ。あんた、結構バレバレだよ。無理してるの」
目は笑っていなかった。けれど、怒ってもいなかった。ただ静かで、どこか遠くを見ているようなまなざしだった。
「怪我くらいしていいんだよ。ちゃんと治せるから、私」
その言葉に、目を見開く。
家入さんは、煙草を指で弾くようにして、また視線を落とした。まだ火をつけようとしない。言葉のかわりに、ほんの少しだけ、息を吐く音がした。
「限界超えてから来られるのが、一番困るんだよ」
その声には、誰かを責めるような響きはなかった。ただ、そういうことが何度もあったんだと、そういう日々を知っている人だけが持つ、やわらかい疲労の色が混じっていた。
「だから、遠慮すんな。壊れそうなら、ちゃんと来て。無茶してもいいよ。ちゃんと、治すから」
優しさというより、それは覚悟のようだった。
聞き慣れたはずの言葉なのに、どうしてだろう。胸の奥にそっと差し込まれて、ふいに目の奥が熱くなる。
「……でも、私、いつも怪我ばっかりで」
情けない言葉だった。自分で言いながら、ひどく惨めで、恥ずかしかった。
だけど、家入さんはすぐに「だから何?」と返した。
声には、少しだけ笑みがあった気がした。
「私がいる意味って、そういうことでしょ」
それだけ言って、彼女はようやく煙草に火をつけた。ぱちりと音がして、小さな炎が弾けたあと、煙が立ちのぼる。
青い煙の向こうで、家入さんが小さく笑っていた。
「安心して転べる場所くらい、ここにはあるってこと。ちゃんと覚えといて」
私は、何も言えなかった。
ただ、静かにこくりと頷いた。
こみ上げてくる涙をごまかすように、下を向いて、袖口をぎゅっと握った。
ありがとう。そう言いたかった。でも、喉が詰まって、言葉が出なかった。
だけどきっと、伝わった気がした。家入さんは、もうそれ以上何も言わなかったから。
煙草の先で揺れる火が、午後の風に揺れていた。
どれくらいの時間が経ったのか、わからなかった。
もう何も出てこない身体を引きずるようにして座り込んでいると、いつの間にか近づいてきていた家入さんが、無言で小さな包みを差し出してきた。
手渡されたのは、数日前に渡した弁当箱だった。
巾着の布はきれいに畳まれ、口元も丁寧に結ばれている。ほんのりと温もりが残っていて、たしかに誰かの手で包まれていたことが伝わってくる。
「ありがと。ごちそうさま」
静かな声に、思わず顔を上げた。
「……どう、でしたか」
聞かずにいられなかった。声が少し震えていたかもしれない。
家入さんは、煙草に火をつけるでもなく、くるくると指の間で転がしながら、ぽつりと一言だけ呟いた。
「美味しかったよ」
言い終えると、ふっと視線をそらす。
その何気ない口調が、かえって胸に沁みた。思わず息を詰めてしまう。言葉にしようとして、でも何も出てこなくて、ただ黙って弁当箱を抱きしめるように胸元で受け取った。
そのまま少しの沈黙が落ちる。
やがて、家入さんが片手をポケットに突っ込みながら、何気ないように言った。
「……硝子でいいよ、呼び方」
風が吹いた。
乾いた葉が一枚、ふわりと舞って、二人のあいだを静かに通り過ぎていった。
感想、評価よろしくお願いします。
随分さきになるけど恋愛描写いる?
-
いる
-
いらない