人類は異形への対抗手段として、魔法という特異なエネルギー体を開発。
各国政府は適性の高い少女を魔法少女として養成し、異形と生存圏をかけて日々闘いを繰り返していた。
その中、政府の管轄下を離れて魔法少女として活動する者も現れる。
政府は彼女らを"魔女"と呼び忌み嫌うよう民衆を煽動。
魔女の活動圏は徐々に社会から追いやられ始めていた。
しかし、魔女の中でも一際有名かつ人気を集める魔女がいる。
名を、語り手の魔女。
子どもたちと物語を愛する、一人の少女であった。
「っていや、もう少女っていう歳ではないでしょ?」
「今日は花を持ってきたよ」
綺麗でしょう?
呟くような女の声に、返答はなかった。
肌寒い風が吹き抜ける。
静寂、いやな静寂だった。
ほんと、皆んな悲しいほどに無口になってしまった。少しくらい返事してくれても良いのに。
女は眼前の鈍色の前にしゃがみ込み、ふと、それに触れた。ひんやりと、嫌な冷たさをしていた。
「何度来ても、ここは寂しいね」
見渡す限りの鈍色。灰、一色。
なんと寂しい景色だろうか。
花、もっといっぱい持ってくればよかったな。
さて。
「さぁ、みんなおいで。今日はシャルル・ぺローより、マザーグースから三編だ。一緒に歌おう」
いつものように本を取り出す。
童話、童謡。
この子達と私とをつなぐ大切なもの。
私は今日もいつものように読み聞かせようとして…ふと、気配を感じる。
ん?ああ、
「結界近くまで来たか」
無礼者め。
全くもって空気の読めない闖入者だ。いつもタイミングが悪い上に、大切なものを奪っていく塵芥どもめ。
「じゃあ、皆んな。良い子で待っていてね。帰ってきたらお話の続きといこう」
おもむろに小さな鍵を取り出す。
すると、何もないはずの空間に鍵穴が開く。
不可視の扉を開く。
瞬間、景色が変わる。
廃墟の街、その郊外。
周囲を覆う薄霧の中に、ソレはいた。
異形。
その一言に尽きる。どろりとしたインクのような黒い影。
一見して人型を崩したようなソレは、その実そのような生優しいものではない。
肉塊。
ありとあらゆる動物を喰らい、文字通り自らの血と肉とする怪物。絵に描いたような天敵、それこそが実態である。これまで存在した多くの生物を屠った元凶であり、現存する人類を今なお脅かす天敵。そして、
あの子たちを奪い去ったクソども。
それだけでは飽き足らず、安楽な眠りさえも邪魔しようとしているのだから見下げたものである。
ゆえに死ね。疾く死ね。
女が手をかざす。
当然そこには何もない。しかし、それは来たる。持ち主の元へ。光を伴い、語り手の手へと。読まれてこその物語であるがゆえに。今日も自身を紡げと。たとえそれが空白であろうとも。
緑色の閃光。
眼前に現れたるは、一冊の本。
「禁書閲覧」
女は本へと問う。
「メルヒェン」
『…』
「何人殺してる?」
『⬛︎』
「あー、そう。じゃあそこまで強いのは出せないか」
本の名はメルヒェン。
空白の童話であり、未完成の詩そのもの。
そして、これは魔女の語る童話だ。
さあ、さあ、とくとご清聴。
「紡錘」
『⬛︎』
静寂に声無き声が響く。
そして、それは今、紡ぎ直される。
私は、読点を打つ。
「始めよう。」
『さあ、今日も皆んなのために、本を開こう。』
「紡錘車がカラカラと音を立てる。これより紡ぐはひとりの少女の哀れな悲劇。寒い寒い冬の夜に、少女はひとり、マッチを売りに出かけます。」
「さあさあ、皆さまご照覧。」
『はじまり、はじまり。』
私が持つのは一冊の本。そう、ただの本だ。
害はないと感じたのだろう。異形が嗤う。
ぬるりと動く。
急襲。
私が物語に登場する幼気な少女であれば、あと数俊と待たず体を引き裂かれているだろう。
そう、普通であれば。
だが私は、魔女である。
私は大銀貨を1枚取り出す。
換算して5000円程度のそれは、哀れで健気なひとりの少女に対する対価であった。
眼前の少女は微笑むと、カゴからひとつの箱を手渡してくれた。それを受け取ったことを確認すると、少女はどこかへと去ってしまったが、箱の中身は寒い寒い冬の夜でも一時の温もりを与えてくれることだろう。
私は箱の中の一本に火を点ける。
オレンジ色をした、キレイな炎だった。
うん、とても暖かいよ。
ゆえに、
「お前には必要ないね。」
魔女は物語を紡ぎ出す。
「しかし、少女の生きる時代のマッチはとてもとても高価なもので、路行く人は少女に目もくれません。寒い寒い冬の夜、少女は手がかじかみ、足は震え、耳も痛みます。そこで、少女は自分のために商品のマッチを一本だけ、点けることにしました。ひとえに暖をとるために。」
瞬間、一陣の風が吹き、春の暖かな陽気が消え失せる。
寒い寒い真冬の風だ。
周囲一体の温度が奪われる。
「しかし、所詮はマッチ一本。冬の寒さには対抗しようがありません。冬の風は少女の命を刻々と削り取っていきます。ああ、なんと悲しいことでしょう。」
魔女の周囲は徐々に凍りつき、次第に異形も凍りはじめる。やがてその魂までも凍てつこう。
「寒いだろう、冬は。」
魔女の言葉は言霊となる。
マッチ一本。
たかだかそれだけでも、暖かいものだ。
故に与えてやる必要はない。
真冬の寒さを思い知るが良い。
私は氷を砕くと、マッチの灯を静かに消した。
「少女には一時の夢をくれてやるが、お前には必要なかろう。消え失せろ。」
うん、アンデルセンに殴られそうなアレンジだな。
今回はなぞっただけだし、粗末なアレンジだが、まあ…私が語った物語だ。いかな駄文といえ塵を払うには十分すぎる。
「さあ、ハツカネズミがやってきた。」
『今日はおしまい、おしまい。』
よーし、終わり終わり。
私は本を閉じて──「あ、あの!」
「え?」
そこで気づく。
振り返る。
目の先には1人の少女。
当たり前だが少し青白い顔をしていて、今にも凍えそうである。
あ、まずい。
「た、助けていただき、あ、ありがとうございました!」
そう腕をさすりながらも元気よく頭を下げた彼女は…どう見ても、うん。一般人…ですね。
やらかした。巻き込んじゃった。
あー、あぁ…ええっとどうしようかコレ。
「あ、えっと…ごめんなさい。ブランケット要りますか?」
「だ、大丈夫です、お気遣いなく!助けていただいた身ですから!」
うーん良い子すぎる…
ソレに比べて私ときたら…結界を張るの忘れていました、テヘってか。いや何してるんだよ、今年で何年目だお前。どうするんだよ、記憶処理とかダルいぞ。報告したくねー、始末書モンじゃん。
ん?
あ、そうだ。もうあそこ所属ではなくなったんだった。なら良いか。
……………良いか?
良いわけないだろ、このクソボケ。
「ええっと、忘れてほしい。今見たことは全部」
「む、無茶ですよ!?それに、助けていただいた恩を忘れるなんて出来ません!」
「…まぁ、そうなるよね」
ため息をつく。
はぁ、しょうがない。しょうがないよなー。あんまりやりたくはないんだけど。
私は少女の頭にそっと右手を置く。
唱える。一小節。
「紡錘針。」
『忘却。⬛︎。』
「良い感じに…その、忘れてね?お願い」
……
少女はキョトンとしている。
?
「あの、何がですか?」
??
???
ん?
あれ?おかしいな。
え、効いてないな!?
なんで!?
「これ結構高度な魔法だよ!?」
「わ!やっぱり魔法なんですね!」
「え、あぁ…うん」
あ、おわったぁあ…
この子絶対に潜在適性高いじゃん。
んー、見なかったことにするか……いや、ダメだよなぁ。
それにこの子は絶対に私以外にも目をつけられる。
………………やだなぁ。
"この子を魔法少女にするわけにはいかない"
「あのね、お姉さん悪ーいことは言わないから、今から言うことは絶対に守ってね?」
「?」
「返事は?」
「あ、はい!!」
「よろしい」
おっとやってしまった。
ついあの子たちと同じ扱いを…
……この子も同じくらいの歳だよな。
うん。絶対に守ろう。
だからこそ教えなければ。
"絶対に、魔法少女にはなってはいけない。
そのためには、アイツを回避しなければならない。"
「これくらいの白と黄色の小動物を見かけても、絶対に近寄らないでくれる?そいつは一見すると可愛らしい見た目をしているし、耳障りの良い言葉を並べてくると思うけど、悪いやつなの。だから…いいね?約束だよ」
「?」
アイツこそが地獄の入り口である、と。
既に擦り切れてる魔法少女ものを書いてみたかったんです。
tips:魔法
人類が生み出した異形への対抗手段。
兵器の類の一切が通用しない異形には、現状これ以外に有効打がないため、魔法への適正が高い10代の少女に縋るしかないという実情がある。
しかし、魔法少女にはさらなる秘密があるようで………
──魔法少女とは、いずれ何かを失う者たちである。