オペレーション・ヴァルキリー①
一年戦争における最大にして最後の決戦、ルウム戦役において地球連邦宇宙軍の艦隊司令官であるレビル将軍が捕虜となり、数日が経過した頃。
ジオン公国を名乗るサイド3の14バンチコロニー、そこにあるジオン公国軍の兵器実験場に停めたトラックから、数名の男たちが降車した。
コロニーの人工的な夜に些かの不気味さを感じつつ、彼らは躊躇うことなく施設内部へと入っていく。
「────キシリア派の
先頭を歩く隊長と思しき無精ひげを生やした壮年の男が、誰もいない通路を歩きながら呟いた。
彼の名は、クラウス・パック。
クラウスたちは尉官クラスの階級章を襟につけたジオン公国軍の制服を着ているが、重々しい表情や哨戒する歩兵のように周囲を頻繁に見回すその動きから、
彼らは、地球連邦軍の特殊部隊だった。
「トラックのなかに、
「はい、問題なく。……しかし、ジオンも一枚岩ではないようですな。まさかザビ家の人間が、我々のような者をここまで丁重に案内してくれるとは」
「それはこちらとて同じだ。ジャブローにいるもぐら共の大半は、コロニー落としとルウムの大敗ですっかり怯えてしまっている。このままではジオン主導で講和条約がまとまるのは時間の問題だ」
施設内のとある場所に向かって、迷いなく進み続ける一行。
事前にキシリア派の諜報員から受け取った見取り図に狂いはなく、罠ではないかと疑いたくなるほど順調であった。
警邏中のジオン兵と何度か出会うことはあっても気づかれることはなく、クラウスたちは目的のとある場所へと到着する。
そこは、陸戦用に設計された試作型モビルスーツの格納庫だった。
「早期における連邦との講和が実現不可能となったとき、ジオン共は地球に降下してくるともっぱらの噂だったが……。こんなものを地球で暴れさせる計画だったわけか」
クラウスたちの前にはいま、十機ほどのモビルスーツが立っている。
その多くは
「いくら任務とはいえ、こんな
頭頂高およそ18メートル、ディープグリーンを基調とした巨兵を前にして、やれやれと肩をすくめながらぼやく部下にクラウスは笑う。
「なら、お言葉に甘えさせてもらおう」
格納庫を見回し、自らが搭乗する機体を吟味するクラウス。
そして彼は、並べられた陸戦型ザクⅡのなかで異彩を放つ一機を見つける。
「……ほう。こいつは、
興味を惹かれたクラウスが近寄ったその機体は、ザクⅡとはかなり異なる形状のモビルスーツであった。
ライトグレーに塗装されたその機体は、両肩のスパイクアーマーやカブト虫を彷彿とさせる頭部から、勇ましい印象を見る者に与えている。
頭頂高はザクⅡとほぼ同じでおよそ17メートル。
しかし、量産機であるザクⅡにあった没個性的なイメージがこの機体にはなかった。
格納庫に数多く並べられた陸戦型ザクⅡのイメージが戦場の歩兵であるならば、いまクラウスが見上げているこの機体は単身で敵陣深くに斬り込む戦士。
これからジオン公国の首都、ズム・シティで何の援護もなく暴れようとする彼にはまさにお似合いの機体であった。
「気に入った。俺はこの機体に乗るとしよう」
機体の横に設置された搭乗用リフトを使い、クラウスはその機体のコクピットハッチを開けて内部に乗り込む。
彼は任務前に暗記したジオン製モビルスーツの操縦マニュアルを頭のなかで開き、まるで熟練パイロットのような動きでモビルスーツを起動させる。
すると、決して座り心地が良いとは言えないコクピットシートの正面にあるコンソールのモニターに、クラウスが乗り込んだモビルスーツのデータが表示された。
「……イフリート。
いかにもジオンらしい無駄に気取った名前だと思いながら、クラウスは機体に備わっていた通信用のヘッドセットを頭につける。
陸戦型ザクⅡに搭乗した部下たちとの通信が可能であることを確認した彼は、準備万端と言わんばかりに一歩前へと踏み出したザクⅡをモニター越しに見ながら宣言する。
「それでは紳士諸君。現時刻よりレビル将軍奪還作戦、オペレーション・ヴァルキリーを開始する」
クラウスは出撃前のブリーフィングで上官の口から出た言葉を、脳内で反芻していた。
────もしかしたら貴官らは、
間違いなくそうなるだろう、という確信がクラウスにはあった。
ルウム戦役での勝利後、連邦軍の残存兵力が逃げ込んだルナツーに対する備えや月面都市の占領に戦力を分散させているとはいえ、流石に首都をガラ空きにするほどジオン側も愚かではない。
また、キシリア派のもたらした情報によると、ジオン公国の首都コロニーであるズム・シティにはコロニーの周辺宙域を防衛するためのモビルスーツ部隊が存在するという。
人類史上で初となるモビルスーツ同士の戦闘。
戦いのなかで生きる者として、この言葉にクラウスの胸が躍らぬわけがなかった。
「……ルウムで暴れまわったこのブリキ人形に乗るのは些か癪だが、せいぜいやり返してやろう。まずは用意されている例の船まで移動する」
イフリート・レーヴェが、動く。
クラウス・パックは己の操縦によって、頭頂高18メートル近い金属の巨兵が動く感覚に一抹の戸惑いと、それが搔き消されるほどの高揚感を覚えていた。