ヘルマン・ヨームの率いる首都防衛隊所属のモビルスーツ小隊は、端的に言ってしまえば使いづらい戦力をいざという時までプールしておくための部隊だった。
隊長であるヘルマンを筆頭に、小隊の大半はルウムで一定の戦果を上げているが素行不良や何らかの理由により軍上層部から問題ありとされた兵士である。
当然ながら隊員の士気も低く、予算やモビルスーツの配備数も防衛隊を名乗るのに最低限のものしか与えられていない。
隊員の乗機もほとんどが旧型の
ルウムで連邦軍艦隊が壊滅した以上、もはや敵の侵攻は当分あり得ない。そして、ジオン公国は常に資源の不足に悩まされている。
そんな状況では首都コロニーであるズム・シティの防衛という、本来ならば重視されるはずの任務を担う首都防衛隊が、余り物の旧型を回される
今日、このときまでは。
「……それで、現在の状況は?」
ヘルマンは被っている軍帽のツバを触りながら、首都防衛隊本部に隣接しているモビルスーツ格納庫へと向かっていた。
先ほど衝撃的な報告を行った女性士官がその後に続き、さらにその後ろをベルク・ファラウェイが歩いている。
「かねてよりダイクン派との繋がりが疑われていた将校が一名、侵入者が現地に乗り捨てたトラックの荷台から死体で発見されました。総帥府は現在、粛正を逃れた公国軍内部のダイクン派残党によるクーデターと見て警戒を……」
「蜂起の前に、自分たちの計画を知っているその将校を口封じ……。あまりにも
女性士官の報告を遮り、ノーマルスーツのヘルメットを脇に抱えたベルクが言う。
「同感だがな、ベルク少尉。人の話は最後まで聞くものだ。……それで総帥府は我々、
嫌味ったらしく尋ねるヘルマンに、女性士官は不快そうに眉を顰めながらも答えた。
「現在、ギレン閣下直属の親衛隊がコロニーの周辺宙域を哨戒中ですが、ソロモンなどの艦隊に比べて小規模なため発見できない可能性があります。そのためヘルマン大尉の部隊には、念のためにズム・シティのコロニー外殻部で敵の侵入に備えていただきたく」
「なるほど。敵が強奪したモビルスーツに見当はついているのか?」
「はい。地球降下作戦に向けて開発されていた
イフリート・レーヴェ。
ヘルマンやベルクには聞き覚えのない機体名であった。
ヘルマンは後ろから差し出された数枚の紙を受け取り、そこに書かれていた二機の機体データに歩きながらもざっと目を通す。
「……おいおい、なんだこの化け物みたいな推力は。うちの
「運動性能はザクの比ではありません。ただしジェネレーターに問題があり、稼働時間はザクのおよそ半分ほど。また、無重力空間での戦闘を想定した機体ではありません」
「短期戦向き、ということか。……おい、出撃だ! 次にまともに働くのは
格納庫に入ったヘルマンはデータを見るのを止めて、緊急招集に応じた防衛隊のパイロットや整備兵たちに号令をかける。
敬礼もそこそこに、彼らは慌ただしく動き始めた。
「……それでは大尉、ご武運を。機体データに関しては、あくまで機密情報ですので扱いにはお気をつけて」
「あぁ、分かっている」
あまりこういった現場が好きではないのだろう、女性士官は早く立ち去りたいと言わんばかりに話を切り上げようとしていた。
ヘルマンもこれ以上総帥府の人間と話すことはないと思い、不愛想に返事をした。
「ギレン総帥に刃を向ける謀反人どもに死を。……ジーク・ジオン!」
「…………ジーク・ジオン」
女性士官が力強く叫ぶ。
ヘルマンは渋々ながら応じたが、彼の横に立っていたベルクは先ほど渡された機体データに目を落としたまま何も言わなかった。
そしてベルクは女性士官が去っていくのを横目で確認すると、こみ上げる嫌悪感を滲ませた言葉を零す。
「……ジーク・ジオン、便利な言葉ですよ。これを唱えておけば、何かのために戦っている気になれる」
「ハッキリ言うねぇ、お前さんは。この国だと長生きできんぞ。まぁ、否定はせんがね」
「宇宙で暮らしたこともない人間に、スペースノイドの暮らしが支配されているのはおかしいと思ったから、僕はこの戦争に参加したんです。ザビ家なんていう神輿を担ぐためじゃない」
聞いているこっちがひやひやすることを言うヤツだと、ヘルマンは苦笑いを浮かべながら話を続けた。
「…………それで。どう思うね、ベルク少尉。この一件、本当に総帥府の連中が言っていた通りのダイクン派が起こしたクーデターと思うか?」
「さっきも言ったでしょう。あからさますぎます。第一、いまのジオン公国でわざわざダイクンの名前を掲げてクーデターを起こそうとする義理堅い連中が、味方してくれる将校を口封じに殺すと思えない」
概ね、ヘルマンと同じ推理であった。
現在のジオン公国はルウムでの大勝によってかつてないほど湧き上がり、ギレン・ザビをはじめとしたザビ家による独裁政治を肯定する者が大半を占めている。
国力差およそ三十対一と呼ばれる戦争を勝利に導こうとしているギレンの手腕を、軍と民衆の多くが支持した。
宇宙移民独立の父と呼ばれるジオン・ズム・ダイクンが死去したときは、ザビ家による暗殺説すら囁かれていたというのに、いまのジオン公国にはザビ家に対する賞賛とジーク・ジオンという呪文のような言葉が叫ばれている。
そんな状況でダイクン派の残党がクーデターを起こそうとして、何になるのか。
考えれば考えるほど、ダイクン派残党のクーデターなどという線は消えていく。
「それにダイクン派といっても、担ぎ上げる神輿も担ぐ人もいないしな。ダイクン死去のときのゴタゴタで、ご子息のキャスバル様とアルテイシア様も行方不明。ダイクン派の筆頭だったラル家も失脚して、形だけ残った議会もいまやギレン一色だ」
総帥府は、何かを隠している。
それがベルクとヘルマンの辿りついた結論であった。
「……オレたちは軍人だ。このコロニーを守れ、と命じられればそれに従うのが職務だ。だが────」
横にいるベルクの方をちらりと見たヘルマンがにやりと笑う。
「同時に、オレたちは人間だ。どうしても腑に落ちないことは、納得できるまで調べられる脳みそと足がある。そうは思わんか、少尉?」
「……また何か、ロクでもないことを考えているみたいですね」
以前の上官と口論になり、危うく除隊されそうになっていたベルクを迎えに来たときも、ヘルマンはこんな悪戯を企む悪童のような笑みを浮かべていた。
「オレの乗機であるザク・カラビナだが、今回はお前さんに預けることにした。その間にオレは、総帥府を少しばかり探ってみることにする」
ザク・カラビナ。
名前こそ付けられているが、純粋な指揮官機仕様から大した変更はない。
頭頂高およそ18メートル、本体重量は56トン。
ジェネレーター出力は980kwで量産されている
違いは赤褐色の塗装と、頭部に搭載された二門のバルカン砲だけである。
「……大尉の機体に僕が? いいんですか、それ」
「細かいことは気にするな。オレがいいと言ったんだ、いいんだよ」
「それは、そうですけど……」
これまでベルクが搭乗した機体は、ルウム戦役時のザクⅡと現在の乗機であるザクⅠだけ。
エースパイロット用に不要なリミッターが解除され、サブ・スラスターの増設によって繊細な操作を要求される指揮官機仕様に自分のような経験の浅い者が搭乗できるのか。
ベルクは不安だった。
不安そうに一瞬だけ目を伏せた彼のそういった心境を感じ取ったのか、ヘルマンはその右手をベルクの頭に乗せると、わしわしと荒っぽく撫でた。
「大丈夫だ、お前ならできる」
ヘルマンからそう言われたベルクは、口をへの字に曲げながらも満更でもないという表情でザク・カラビナの前へと向かった。
「……死ぬなよ、少尉」
そんなベルクの後ろ姿を見ながら、ヘルマンはぼそりと呟く。
かつてコロニー公社に務め、事故で亡くなった自らの弟の面影をベルクの背中に感じながら、ヘルマンは己の役目を果たすためにとある場所へと連絡を入れた。
「よぉ、ランス。そうだ、この前のカードの負けを清算してもらおうと思ってな。……安心しろ、金じゃない。総帥府勤務のエリート様しか知らない、