スペースコロニー群、サイド3。その1バンチコロニーであり、ジオン公国の首都として定められているズム・シティ。
いま、そのズム・シティ内部の宇宙港前にある貨物集積場にモビルスーツ三機が、ザク・マシンガンを構えて立っていた。
うち一機は隊長機であるザク・カラビナ。赤褐色に塗装されたこの
「……あんなことを言っていたけど、大尉のようにだらしない人間があの総帥府に何か
自分にこの隊長機を押し付け、総帥府を探ると言って何処かに行ってしまった上官のヘルマン・ヨームの愚痴をコクピット内で零していた。
「ふぁ──っ……。少尉ぃ、自分らはいつまでここに立っていればいいんですかね」
ザク・カラビナの両脇に控えている二機の
「ズム・シティの周辺宙域を哨戒している親衛隊から、モビルスーツの強奪犯を撃墜したと報告されるまでだ。そんなに退屈なら、外壁側の警備に回してやってもいいんだぞ」
「へいへい……。ヘルマン大尉と違って、やりづらいったらねぇや」
規律など微塵も感じられない態度だったが、ベルクはそれを叱る気になれなかった。
ベルク自身がこの任務には不審な点しか感じられず、納得など毛ほどもしていなかったからである。
「そもそも、首都の防備がここまで手薄なのも、公国内の派閥争いが原因じゃないか。ギレン総帥は身内ですら信用していない。
こういった反抗的態度は、ギレン・ザビに忠誠を誓う騎士を気取っている親衛隊連中に見つかれば間違いなくジオン軍人の恥だと叱責を受けるだろうが、ベルクはそんなことなど最早どうでもよくなっていた。
守るべきスペースノイドが暮らすコロニーに毒ガスを散布して挙句の果てにはそのコロニーすら地球に落とし、数十億人とも言われる人間を殺しているジオン軍人に、今さら恥も何もないだろう。
ベルクはそう思ったが、ヘルマンからこの機体を託された以上は相応の務めを果たさねばならないと、腹の底からこみ上げる憤りを鎮めるべくコロニー内の街並みに目を向けた。
「……スペースコロニー、僕らにとっての大地。棄民だなんだと言われても僕たちはここで生まれて、ここで育ったんだ。それを守らないで、どうするんだよ」
ザク・カラビナのメインカメラ越しに映る街並みを見ながら、ベルクは独り言を呟く。
巨大な、とても巨大な筒の内部に作られた人工の大地。
このなかでスペースノイドと呼ばれる人々は生まれて、育って、死んでいく。
登下校のときに見た懐かしい景色も。
通勤電車の窓から眺めた景色も。
最期、目を瞑る前にみる景色も。
そのすべてが、このコロニーのなかで完結している。
大学の教授などは、地球連邦政府による宇宙移民政策がつまるところ増えすぎた人口を宇宙に放逐するための、
現に、宇宙移民が本格的なものになってから地球連邦政府が宇宙移民、スペースノイドのためにしてくれたことなど無いに等しい。
空気税に代表されるような宇宙での生存に不可欠のものにすら税を課され、隔壁を挟んだ向こうには真空の宇宙が無限に広がっている。
人が宇宙にその生存圏を広げたといっても、現時点でそれは宇宙空間に適応したのではなく、地球に近い環境を無理やり宇宙に持ち込んだという表現の方が適切だ。
だが、それでもこの場所こそがベルク・ファラウェイの生まれた場所だ。
このコロニーにある街も木も、空気や水、土さえもが人の作り出したものだ。
月面に存在するマスドライバーを用いて資材の輸送を行い、宇宙移民者が一から作り出したものなのだ。
「……でもこの戦争を始めたのも、コロニーに住んでいる僕らだ。だから、始めたものは終わらせないといけない」
ヘルマンの言葉を、ベルクは心のなかで反芻する。
────戦争の終わり方を決められるのは、勝者だけだ。
「考えるのはやめだ。まず、この戦争を終わらせる」
ベルクは両手で自らの頬を叩き、改めて操縦桿を握る。
そのとき、彼の乗機であるザク・カラビナの通常回線に、ズム・シティ周辺宙域を哨戒していた親衛隊の艦船から通信が入った。
ギレンに絶対の忠誠を誓う者たちの集まりである親衛隊からの通信に、ベルクは不快そうに眉をひそめるが、出ないわけにもいかず渋々ながら応答する。
「……ジオン公国軍首都防衛隊、第一モビルスーツ小隊所属のベルク・ファラウェイ少尉です。どうぞ」
「こちらはジオン公国総帥府、親衛隊直属艦隊の旗艦である
グワデンということは、いま艦隊の指揮を執っているのはエギーユ・デラーズかと思うベルク。
エギーユ・デラーズといえば筋金入りのギレン信奉者であり、彼と彼の部下の忠誠心の強さは例えジオンが滅んだとしても残党として最後の一兵まで戦い続けるだろうと言われるほどだ。
会話が通じないタイプの連中か、とベルクは心のなかで吐き捨てつつグワデンの通信士からの報告に耳を傾ける。
「現在、我が艦隊指揮下の巡洋艦が例のパプア級を発見。これより投降勧告を行ったあと、モビルスーツを発進させます」
パプア級に搭載されているであろう
端的にいえば、
対する親衛隊のザクはF型であり、当然ながら空間戦闘を行える。
いくらイフリート・レーヴェが高性能機といえども、戦えばどうなるかは火を見るよりも明らかだった。
「……結局、僕らの出番はなしか。まぁ、そっちの方が良いけれど」
ベルクはそう呟きながら握っていた操縦桿から手を離したあと、グワデンからの通信をラジオ代わりにしてノーマルスーツのヘルメットを脱ぐ。
「パプア級からの応答なし。これよりモビルスーツを出して
無力化というが、パプア級には船体各所に対空機関砲が幾つか装備されているだけで、モビルスーツに接近されればひとたまりもない。
投降勧告を受け入れないのは、言ってしまえば自殺行為に等しかった。
こうなってしまえばもはや、行われるのは戦闘ではなくほとんど一方的な虐殺だ。
そんなものを聞く趣味はないと、ベルクは意識を通信から移して待機中の部下たちを撤収させようとしていた。
しかし。
「……ッ、パプア級の積荷がありません! パプア級自体は自動操縦で動かされており
驚くべき事実がグワデンの通信士より伝えられる。
そしてベルクが事態を把握しようと、通信士に何が起こっているのかを尋ねようとしたとき。
首都コロニー、ズム・シティ内部で爆発が発生した。
コロニーという巨大な閉鎖空間で巻き起こった爆発は、瞬く間にその轟音と衝撃を全体に伝播させる。
非常事態発生を告げる警報がベルクの警備していた宇宙港、次にコロニー内部の全体に鳴り響き、ある方角から黒煙が上がる。
見上げられる空も、陸と陸を隔てる海もないコロニーではその黒い煙がもくもくと上がっていく場所の見当をつけるのは簡単だった。
「総帥府からだ! ……ヘルマン大尉が!」
総帥府での爆発。
咄嗟に自らが口にした言葉でその事実を認識したベルクは、ノーマルスーツのヘルメットを着用することすら忘れて操縦桿を握り、フットペダルに足を掛ける。
「しょ、少尉! これぁ一体、どういう状況ですかい!」
「お前たちはこのまま貨物集積場を警戒しろ! おそらく
「て、敵⁉ 敵ってのは……」
狼狽する部下。それを落ち着かせようと、ベルクはザク・カラビナを操縦して僚機である
その瞬間に宇宙港の貨物搬入口から二つ、────否。
その巨大な影の正体がモビルスーツ、
「……ッ、やはりか!」
ベルクの乗機であるザク・カラビナが背部と脚部のスラスターを噴射させ、咄嗟に後方へと飛び退く。
彼が行ったこの回避運動はほとんど脊髄反射に等しいものであったが、ザク・カラビナは大きく姿勢を崩すことなく二機の陸戦型ザクⅡから数メートルほど間合いをとることに成功。
そしてザク・カラビナのメインカメラが二機を捉えた瞬間に、装備していたザク・マシンガンを右前方にいる陸戦型ザクⅡ一機に向けて撃った。
極めて遅い発射レートと初速が特徴的なザク・マシンガン特有のダン、ダン、ダンという発射音と共に120ミリの徹甲弾が銃口から射出。
息絶えたザクⅠを盾にしようとした陸戦型ザクⅡのコクピットを、諸共に撃ち抜いた。
しかし、その間にもう一方の陸戦型ザクⅡは味方がやられたことに動揺することなく、ザク・カラビナとの距離を詰める。
「間に合わない!」
銃口を向けても、発砲するまでにヒートホークで斬られるとベルクは判断した。
そこでザク・カラビナはマシンガンを瞬時に手放し、右腰部に装備していたヒートホークを右腕部で掴むと、そのまま斬り上げるように抜き放つ。
人類史上で初となる、モビルスーツ同士の鍔迫り合いが発生した。
陸戦型ザクⅡの振り上げたヒートホークと、ザク・カラビナが抜き放ったヒートホークがかち合う。
その鍔迫り合いによって二機の周囲では、地上近くで花火が炸裂したかのように閃光と火花が巻き散らされ、飛散した火花は集積場に置かれていたコンテナを焼いた。
「ぐうっ……!」
ザク・カラビナのコクピットに、強烈な振動が奔る。
ベルクもヘルマン同様に、ルウム戦役では連邦軍の戦艦や巡洋艦を撃沈させた腕利きのパイロットである。
だが、メインカメラに映る頭頂高およそ18メートルの巨兵と死合うのは、これが初めてであった。
味方であるはずのザクが、これまで彼が乗りこなしていたものとほぼ同じ見た目をしているザクが、いまは彼を殺そうとしている。
これが、モビルスーツ同士の戦闘か。
「舐めるなぁッ!」
モノアイが放つ妖しい光に敵の殺意を感じ取ったベルクはそう叫ぶと、ザク・カラビナの左腕部で陸戦型ザクⅡの頭部を殴りつけた。
殴られた陸戦型ザクⅡは上体を大きく仰け反らせ、その姿勢が崩れて鍔迫り合いの状態が解除される。
好機。
ベルクが歯を食いしばって親の仇のようにフットペダルを踏み込むと、ザク・カラビナは右脚部で陸戦型ザクⅡの腰部中央を思い切り蹴り飛ばした。
たまらず倒れ込む陸戦型ザクⅡ。
そこに躊躇なく、ザク・カラビナがヒートホークを叩き込んだ。
振り下ろされたヒートホークはコクピットを直撃。
勝負はこれで決した。
「ハァッ……、ハァッ……!」
乱れた呼吸をどうにか整えるベルクは、機体の損傷具合をコンソールで確認する。
先ほど敵を殴った左腕部のマニピュレーターが僅かながらに損傷しているものの、それ以外はまったく問題ない。
先ほどの戦いで落としたマシンガンをザク・カラビナに拾わせると、ひと息つく間もなくベルクは操縦桿を握り直す。
「大尉を、大尉を迎えに行かないと……」
半ばうわ言のようにベルクはそう繰り返しながら、ザク・カラビナは総帥府の方へと歩み始めた。