突如起こった爆発とモビルスーツの襲来は、ズム・シティというコロニーに恐怖と混沌をもたらしていた。
はじめに総帥府から上がった黒煙は次にジオン公国軍総司令部でも上がり、侵入したモビルスーツが暴れまわっているという知らせを聞いた市民たちは恐慌状態に陥った。
あちこちから聞こえる人々の悲鳴と警報が街から日常を掻き消し、逃げ惑う人々は他者を押しのけて我先にとシェルターや宇宙港へと向かう。
コロニーという人工の大地を区切るマス目のように張り巡らされた道路では事故が多発し、もはや警察だけでは収拾がつかない状況となっていた。
スラスターを噴射することで飛行しているザク・カラビナのコクピット内部から、ベルク・ファラウェイはそんなコロニーの現状を苦々しい表情で眺めている。
「ルウムとはまた違う光景……。
ルウム戦役でベルクが体験したものとはまた違った戦争の側面が、そこにはあった。
そうした光景が繰り広げられるコロニーの空を飛び、ベルクの搭乗するザク・カラビナは総帥府の前に到着する。
ザク・カラビナの脚部ショックアブソーバーが働き、本体重量56トンの機体は何らの支障なく着陸を果たした。
「これがあの、総帥府……?」
ベルクがザク・カラビナのモニター越しに見た総帥府の姿は、あまりにも無残に変わり果てたものだった。
モビルスーツのバズーカ砲が直撃したのか、二階より上の階層は建物の半分ほどが吹き飛んでおり、あれほどの威容を誇った総帥府はいまや廃墟同然といった有様である。
現時点では辛うじて大規模な火災や崩落は発生していないが、破壊された上層階はいつ何時崩れ落ちてもおかしくない有様であった。
あまりの惨状に、思わず自らの目を疑うベルク。
しかし彼が何度瞬きをしようとも、目の前にある大破壊の光景が変わることはない。
「とにかく、大尉を探さないと」
ベルクはどうにか平静を保とうと、自らの目的を呟きながらコクピットシート背面にある拳銃を手に取り、ザク・カラビナのコクピットハッチを開ける。
それから機体に備わっている昇降用ワイヤーを使用して降りた彼は、周囲を警戒しながら総帥府正面入口前の階段を駆け上がっていった。
「僕が一番乗りか……。軍の到着はまだなのか?」
足音を殺しながら拳銃を構え、ベルクはゆっくりと総帥府のエントランスホールへと足を踏み入れる。
そこに、
鼻につくほど華美な総帥府の制服を着た、無数の死体が横たわるエントランスホール。
血と硝煙の臭いが充満するその空間にある柱に背を預け、ぐったりと倒れ込んでいる。
胴体に五発の拳銃弾を撃ち込まれ、まだ息があること自体が奇跡だというのに。
「…………早かったな、少尉。オレの乗機は、役に立った、か?」
ヘルマン・ヨームは、ベルク・ファラウェイを待っていた。
「大尉……! ヘルマン大尉ッ!」
瀕死のヘルマンを見たベルクは、いまにも泣き出しそうな顔で彼のもとへと駆け寄る。
拳銃を仕舞ったベルクはどうにかしてヘルマンの応急処置を試みるが、彼に撃ち込まれた五発の拳銃弾はその半分ほどが胴体部のバイタルゾーンに命中していた。
むしろ、この状況でまだ喋れることが異常だといえるほどの負傷。
ベルクにはもはや、打つ手がなかった。
「すまんな、少尉。少し、ヘマをした。だがもう、オレは助からん。イフリート・レーヴェを倒して、レビル将軍を……」
「喋らないでください、大尉! まだ何か、できることが────」
「ないさ、もう……。それが分からん、お前さんじゃないだろう?」
狼狽するベルクを諭すように、ヘルマンは途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら話し続ける。
まっすぐに、ベルクの涙で潤んだ琥珀色をした瞳を見据えながら。
「よく、聞け、ベルク・ファラウェイ……。ここでレビル将軍が、脱出すれば、この戦争は長引く。そうなれば、もっと多くの人が死ぬ。死ななくてもいい人間が、生きられたはずの命が、この宇宙から、消えていく……」
若者に無理難題を押し付けている、とヘルマンは己の不甲斐なさを恥じる。
だがこうなってしまった以上、ヘルマン・ヨームが自らの果たせなかった意志を託せるのは、ベルク・ファラウェイをおいて他になかった。
「それを、阻止しろ。……言っただろう。戦争の終わり方を────」
いま自分は、ヘルマン・ヨームという男の遺志を託されようとしている。
それが分かったベルクは、ゆっくりと頷いて言葉を紡いだ。
「戦争の終わり方を決められるのは、勝者だけだ。ですよね、大尉」
本来なら、彼はまだ大学で学問と青春の日々を送っていたであろう青年だ。
そんな彼に何者かの死を背負わせることは、ヘルマンにとっても不本意だった。
しかし、彼はまたこうも思う。
────この綺麗な琥珀色の目に見送られるのなら、悪くはない最期だろう。
最後の力を振り絞り、ヘルマンは事の顛末とクラウス・パックから盗み聞きしたレビル将軍の脱出ルートをベルクに伝える。
ひと通りそれを話し終えると、彼は震える右手でベルクの頬を撫でた。
「……生き残れよ、ベルク。こんな、馬鹿げた戦争で、死ぬことはないんだ」
ベルクの頬を触るヘルマンの右手から、熱が急速に失われていく。
どうにかしてそれを繋ぎとめようと、ベルクはヘルマンの手を自らの両手で包み込むが、どうにもならない死という現実が二人を引き離していく。
そして。
「大丈夫、だ。お前なら、できるさ……」
ヘルマンは最期に微笑んだあと、まるで彼の身体から命が抜け出すように息を大きく吐き出して。
「あぁ……! ッ……!」
言葉にならない嗚咽を漏らして、ベルクは一切の力が抜けて重たくなったヘルマンの右手を、祈るように
死んでしまった。
ヘルマン・ヨームが、死んでしまった。
ベルクが人の死を経験するのは、これが初めてというわけではない。
ルウム戦役でモビルスーツに搭乗した彼の前には幾千、幾万の死が広がっていた。
鉄屑となった連邦軍艦隊と共に、数えきれないほどの
それでも、いま目の前にあるヘルマンの死はこれまでの何よりもベルクの心に深く、重くのしかかった。
堪えきれないほどの悲しみが彼の胸に圧迫感と痛みをもたらし、喪失感は彼の精神から気力や思考力を根こそぎ奪い取ろうとする。
「…………終わらせなければ」
だが、彼は託された。
ヘルマン・ヨームという一人の男からその遺志を、言葉を託されたのだ。
であれば、立ち止まるわけにはいかない。
「浄水場付近の、メンテナンス区画。そこで、
ヘルマンの手を離し、ベルクはゆっくりと立ち上がる。
それから踵を合わせて少し足を開き、右手を上げて敬礼を行う。
その行為にジーク・ジオンという言葉は不要だった。
「……乗機を、もう少しだけお借りします。ヘルマン大尉」
ザク・カラビナへと再び搭乗したベルクは、混乱する首都防衛隊の僚機へと無線通信を行う。
ミノフスキー粒子の散布こそなかったものの、総帥府に続きジオン公国軍総司令部までもが攻撃に晒されたことで情報は錯綜し、コロニー周辺に展開されていた部隊の大半は混乱。
辛うじて二機の
「間違いなく、イフリート・レーヴェが迎え撃ってくる」
ベルクはコクピット内でそう呟いて、望むところだと言わんばかりに操縦桿を持つ自らの手に力を込めた。