春。新たな新生活の始まり。俺、
春らしい暖かな空気に包まれ、桜の花びらも空中を不規則な動きをして地面に落ちていく。これも春らしさを感じさせるものの一つだ。
春は新生活の始まり。とは言っても俺はただ進級しただけの高校生。特段と生活は変わらない。いつも通りの時間に家を出て、そしていつもの時間に、いつもの場所にいる。
「いってきます」
家のドアが開く。そして家の中から黒い髪のロングヘアを靡かせて、制服を着た1人の少女が家の中から出てくる。
「おはよう、七華」
俺はその少女の名前を呼ぶ。少女も俺を見つけるなり俺の名前を呼んだ。
「おはよう。愁夜」
彼女の名前は
俺と七華は小学校入学前、幼稚園の年中くらいの頃から仲が良かった。度々互いの家に来ては遊んだりマンガを読んだりしている。それは今でも部分的に続いていて、七華が俺の家に来てマンガを読んだり一緒にゲームをしたりしている。俺が七華の家に行くことは中学の時になくなり、一時期距離を感じることもあった。が、今ではその距離感もないものになってきている。
「始業式でも早く行ったりはしないんだな」
お互いに歩き始めると、俺が七華にそう話しかけた。
「まあね。だって、早く行っても仕方ないじゃない」
七華はいつもの調子で答える。口調から察することもできると思うが、七華はフレンドリーといえるほどではない。七華自身男子からの人気は計り知れないものだが、彼女に挑んだ男子は次々に玉砕。このことからつけられたあだ名は「氷の華」。クールでそれがたまらない男子もいるようだが、おそらく何度ぶつかっても砕けるだけだろう。
「……何?」
七華は立ち止まって俺をジトっとした目で見る。俺に対してもこういった態度であるが、少しベクトルが違う気がしている。
「いや、そうだなって思ってさ」
「そう、ならいい。……行くよ」
七華は冷たくそう言うと、俺より先に歩き始めた。だが、完全に置いていくような速さではなく、少しゆっくりとした速さだ。他の男子にはない、七華なりの優しさなのだろう。
「……可愛いやつめ」
俺は七華のあとをついていく。
学校の横道にさしかかると、グラウンドと校舎の間にあるネットに生徒が集まっているのが見えた。ネットには大きな紙が張り出されていた。
「あれ、新クラスかな」
俺がそう言うと、七華は即答した。
「でしょうね」
七華はあまり興味がなさそうに装った。だが、本心はわかっているつもりだ。
「……クラス別々になったら?」
七華はぴくっと体を震わせた。その後すぐに立ち止まり、俺の方を振り向いた。俺の両手を握り、上目遣いで俺をことをみつめる。
「嫌。話し相手がいなくなるじゃない」
「新しく作ればいいじゃないか」
「私ができないの、知ってるでしょ」
七華は俺のことを軽く睨む。
「そうだな。俺も七華と同じクラスじゃないと嫌だ」
俺がそう言うと、七華は笑みを浮かべて再び前を向き直した。艶のあるロングヘアが俺の前で靡く。
新クラスの名簿が載った紙の前に着くと、周りが少しどよめきに包まれた。やっぱり七華は人気があるのだろう。
新クラスの名簿を見ると、俺の名前と少し離れたところに七華の名前があった。年にもよるが、俺と七華の出席番号は隣になることもあった。だから同じクラスになると分かりやすい。もちろん今回も例に漏れず同じクラス。出席番号は珍しく5つほど離れていたが、七華も気づいたようだ。
「愁夜、同じクラスね」
「あぁ。よかった」
俺達は毎年これだけ話すと教室に向かう。外で話すほど仲のいい人は居ないからだ。
「み、水野さん!俺、同じクラスになった──」
今年も七華を狙う男子はいたらしい。1人の男子が七華に話しかけてきた。だが、七華は平常運転。いつも通りあしらった。
「知らない」
七華は俺と横並びで歩く。まるでさっき何も話しかけられなかったかのように。
「相変わらず、だな」
「だって愁夜がいればいいし。余計なのはいらない」
余計なの、は幾らなんでも辛辣なのではないか、と思ったりもするが、きっと七華にとってはそうでもないのだろう。
学校の中は新学期で新しいクラスメイトと話す人や反対に別々になってしまった人でにぎやかだった。これも春特有のものといったところだろうか。
クラスに入っても同じような空気だった。が、七華が入った瞬間に少し静まった気がした。
「あれ、水野さんだよな」
見れば分かるだろう。グラウンドにも書かれてたのだから。
「あれが氷の華……」
感心するんじゃない。そもそもそのあだ名不名誉だろ。
「やっぱかわいいな〜」
セクハラだ。本人に聞こえていないからって。
「俺、狙ってみようかな」
これもセクハラ。本人に聞こえてないからって──
「水野さん、少しいいかな」
話しかけたのはさっきの男子だ。狙ってみようと企んでいた男子。本当に話しかけに行ったのだ。
このあとの展開は誰もが予想できていた。いつも通り七華に突き放され、玉砕するのだ。去年1年間、いや、中学の頃からずっと見てきたのだ。考えなくても分かるだろう。
「何の用」
「先生に一緒に来るように言われてるんだ」
男子は職員室の方を指で示しながら言った。なら仕方ないだろう。いつもの展開とは違ったようだ。
七華はさっきの男子に連れられて教室から出て行った。俺もそこまで仲が良い友人がこのクラスにいるわけではない。教室に取り残されたような感情になった俺は自席に座って七華の帰りを待った。
結局戻ってくるのに気づかぬままホームルームが始まった。始業式の時に七華は列に並んでいたため、おそらく直前に戻ってきたのだろう。
放課後、いつもすぐに俺のところに来る七華だが、今日は来なかった。代わりに朝の男子が来て、「先に帰っててだって」と伝えてきた。何か先生の用がまだ終わっていないのだろう、と思い俺はそのまま帰ることにした。
学校からの帰りで七華が一緒でないのは久しぶりで、少なくとも高校に入ってからは無かった。
帰り道を1人で歩くのは何か物足りなく、寂しさもあった。
(何の用事なんだろう……何かやらかす奴でもないのに)
俺は学校から帰る途中、ずっと七華のことを考えていた。ずっと七華のことが頭から離れない。
(あの男子と何か……いや、そんなわけないか)
度々、七華とあの男子との関係を疑うような思考になることもあった。それも自分の中で「そんなわけない」と自己解決してしまっていた。
あの七華だ。少なくとも俺以外の男子と関係を持つはずがない。そもそも持ちたがらないだろう。
「無理やり、だったり……」
俺の足が何かに捕まったかのように止まった。信じたくない思考で、そんなわけない、と自己解決しようとしたが、これだけは離れてくれない。俺の頭からずっと消えてくれない。
(反発できないようにされていたら……)
俺はいつの間にか家まで走り出していた。現実から逃げるために、だろう。
翌日、学校に行くときも七華はいなかった。学校に着くと、目の前の光景に俺は心臓を締め付けられた。
「あの2人付き合ったんだろうね〜」
「そりゃそうだろ。だって肩組んでるぜ?」
その2人とは、間違えることがない2人だった。背の高めな男子とロングヘアの女子。
右側で女子の肩に腕を乗せて、抱き寄せるような感じにしていたのは昨日の男子。そして左側にいた女子は──