最後の課題
ザ・ジェネシスと雷門の試合の直後、エイリア学園の研究所は突如起こった爆発事故によって崩落し、一連の破壊活動は終焉を迎えた。
雷門の監督を務めていた吉良瞳子と別れ、雷門イレブンは修理を終えたイナズマキャラバンに乗って、雷門中への帰路についた。
しかし、連戦に継ぐ連戦と、エイリア学園を倒した喜びだけでは到底塗りつぶせない、ショックな出来事の積み重ねによって雷門イレブンは疲弊している。
雷門中に戻って染岡たちに勝利の報告をするのは明日でも遅くない。そう考えた古株と響木の提案によって、雷門は帰路の途中にある温泉施設に宿泊することになった。
「なあ塔子」
温泉でリフレッシュした後、塔子の髪を丁寧にとかしながら不意にリカが口を開いた。
「なんだよリカ、辛気臭い顔しちゃってさ。あんたらしくもない」
「…あいつら、あの後どないするんやろな」
「あいつらって、エイリア学園のこと?まあ…普通に考えて、施設に戻るとかだと思うけど」
「それはそうやねんけど、あんたも見たやろ?あいつらのやりきれなそうな顔。親もいなくて、その上破壊活動の兵士として使われて、しかも慕ってた父親まで…」
口籠もったリカの手が止まる。
いつもは綱海以上にノリノリで話をしているだけに、塔子には鏡に映ったリカの表情がより一層暗く見えた。
研究所から脱出した後、その場に立って全ての終わりを見届けていた雷門とは反対に、行き場も、気持ちのやり場も失ったジェネシスのメンバーはその場にうずくまったまま、ただ空虚な重圧に押し潰されるように呆然としていた。
特に、父親に尽くそうと必死だったウルビダ──恐らくグランのように、人間としての名前があるのだろうが──彼女の喪失感は、想像を絶するものだっただろう。
塔子も最近分かったことだが、そういう親子周りの話題になると、急にリカは人が変わったように暗くなってしまう。今こうして思い詰めているリカの姿がまさにそうだ。
「うち、ああいうの放っておけへんねん。なあ塔子、今度お日さま園一緒に行こ?あいつら、絶対ええ奴らやから。一緒にサッカーしてお好み焼き食べて、そうすればみんな元気になれるで」
「リカ…」
そう言ったリカの手は震えており、化粧台にうつった彼女の目には涙が滲んでいた。
塔子はその手を握ると、鏡越しに親友の目を見て頷いた。
「……うん。風丸たちに報告したら、行こう。円堂たちは学校やチームの立て直しで忙しいだろうし、あたしたちが一番動きやすいもんな」
………
「っちゅうわけで、うちらCCCウィズ塔子でお日さま園に遊びに行きたいんや!監督、許可してくれますよね!?バーベキュー用お好み焼きセットもつけるで!」
「あたしからもお願いします」
後日、雷門イレブンはダーク・エンペラーズとの試合を終え、仲間たちと別れを惜しみながらもそれぞれの場所へと帰っていった…と響木から報告があったのだが、それから数日としないうちに瞳子のところへ連絡する塔子とリカの姿があった。
この2人はすっかり仲良しになってしまったようで、今はリカが塔子の家に遊びに来ており、そこからビデオ通話で瞳子のところに相談が来た、という状況である。
瞳子自身も、まさかこの2人が真っ先にお日さま園に来たいと言うとは予想だにしておらず、男勝りの行動力に内心面食らっていた。
『そう、それなら是非とも来てほしいのだけれど…』
ビデオ通話越しのくぐもった音声から、瞳子の声が聞こえてくる。心なしか、肩の荷が降りたような、穏やかな声色をしている。
「ほんまに!?なら早速…」
『ごめんなさい、来るのはもうちょっと後にして』
「えっ」
「そんな…」
『気持ちは嬉しいし、あなたたちのそういうところは、きっとあの子たちの助けにもなると思うわ。でも、今じゃない。もう少し、あの子たちの気持ちの整理がつくまで待ってほしいの』
「そうですか。それならもう少し…」
「なら、なおさらやろ。1人でいたって気持ちは整理できへん。誰かが隣にいてやらんとあかん」
『あなたの言いたいことは分かるわ、浦部さん。でも、今は少し引いて』
「大丈夫や!うち、悩み事の相談とか、励ますのは得意やねんで!なあ、監督!お願いや」
一歩引こうとした塔子とは正反対に、リカは瞳子に食い下がった。
何か、変だ。リカの様子に、塔子は目を細める。
『駄目よ。今事を急いでも、きっと何も変わらないわ。不用意にあの子たちに会いに行っても、傷つけてしまう可能性が高い』
「何やねんそれ!友達を放っておけっちゅうんか!?」
「リカ…?」
そう言ったリカの眉間には、深い皺が寄っていた。
やっぱり、何かがおかしい。一之瀬に猛アタックしていたように、気に入ったものややりたいことには積極的に関わろうとするのがリカという人間だが、それとは別に塔子は違和感を感じていた。
塔子自身もあまり言葉にできないが、リカらしくない。いつものさっぱりとした裏表のないリカとは違い、今のリカはどこか焦っているような、強迫観念にとらわれているようにも見える。
「ちょっと待てよ、リカ。いくらお前でも強引…というか、何か変だよ」
塔子はパソコンの画面から目を離すと、リカの両肩に手を置いた。
「別に。いつものうちやけど」
リカはむすっとした横顔のまま、鬱陶しそうに言葉を返した。リカが変に焦っているのは、今の態度からしても火を見るより明らかだった。
瞳子も察しているようで、「そうね…」と言って少しの間を置いた。どう言葉をかけたものか、考えているのだろう。
『いつだって、誰にでも何かできることはある…。あなたのそういった姿勢には、私も助けられてきたわ』
瞳子は椅子に座り直すと、マイクの音量を少し上げた。
「だったら、それをやらせて欲しいんや!そこまで言ってくれるなら、なんで」
『サッカーに対しては人一倍真面目だからこそ、何かしようと焦ってしまうのもやぶさかではないわ』
「藪から棒に何の話を…」
『フォワードとして、雷門に思うように貢献できなかったのが悔しかった。そうよね?だから、少しでもチームのために、みんなのために出来ることをしようとしている』
「……!!」
『でも、あなた自身が熱心だったとしても、今のあの子たちには……眩しすぎるのよ。きっと、隣にいることはできない。そのくらい、あの子たちは傷ついてる。…そうやって焦った結果どうなるのか、分からないあなたではないはずよ』
瞳子に考えを見透かされたのを悟ると、リカは諦めたように肩を落として部屋の天井を仰いだ。
監督の言う通りだ。焦っている自分に初めて気がついた。
そして、焦るあまり他人のためと思ってやったことが何を引き起こすのか、リカ自身もエイリア学園との戦いの中で良く分かっていた。
「…うち、雷門であんまり試合出られへんかったし。ほとんど点も取ってへんし。だからせめて、そのくらいのことはやっときたいやんか。でないと、雷門に入った意味があらへんのや」
もう、何を言っても瞳子の答えは変わらないだろう。
それでも、リカは心の内を吐露せずにはいられなかった。
「リカ、お前…」
「今のうちに出来ることなんて、そんなもんやろ。豪炎寺や吹雪、アフロディ以上のプレーなんて出来ひんのやから。決定力不足とかうちの力じゃ破れへんとか…フォワードからしたら屈辱以外の何でもないけど、事実やからな。でも、だからって出来ることが無くなったわけやない…。そう思ってたんやけどな」
リカの本心を聞いて、瞳子はゆっくりと首を縦に振った。
うちかて雷門の一員や。
そう言った彼女の姿を、忘れることはないだろう。この浦部リカという少女は決して、恋愛が全ての女の子ではない。本来は誰よりも友情に熱く、プレーヤーとしての矜持を持った、紛れもない雷門の一員だ。
『確かに、それは全て私の判断です。でも、あなたをチームに入れたことを間違いだとは思っていないわ。特にカオスの試合の時、アフロディくんに代わろうとして交代を申し出てきた。それだけじゃない、声出しやみんなとの会話、応援も。そうやってチームを支えようとしてたことは、私が一番良く知ってるわ。その姿勢は誰が見ても立派だったし、これからもそうであってほしい』
「そんな、チームを支えるのは当たり前のことやし、それはみんなやってたことや。だから、うちにしか出来ないことでみんなを支えたい。何より、サッカーで分かり合えた仲間が苦しんでるのに放ってなんかおかれへん」
『そんなあなただから、よ。今は冷静になって、下がることを覚えて』
「…うち、は」
『浦部さんは友達思いだから、辛い時は誰かが隣にいるべきだって思うのも頷ける。でも、みんながみんなそうじゃない。1人の時間が必要な人っていうのもたくさんいるのよ。…円堂くんもそうだったように』
「リカ。ここは監督を信じよう。あたしたちが向こうに行くのは、それからだって遅くない」
プライドと、仲間思いの心と、理性と。自分の中にある感情全てがせめぎ合って悩んでいるリカに、塔子は優しく言葉をかけた。
分かっている。塔子の言葉にそう返す代わりに、リカは唇を噛み締めた。
『その代わり、2人に頼みたいことがあるの』
「頼みごと?」
だが、そういった姿勢を生殺しにしてしまうのは、彼女らを指導した者としてやってはならない。
こんな時だからこそ、ちょうど頼めることがある。いずれ依頼しようかと迷っていたところだったが、ここまでの熱を聞かされては頼むしかない。
塔子の言葉でリカが落ち着いたのを確認すると、瞳子は改めて話し始めた。
『ええ。厳密には、私というより響木さんからの頼みなのだけれど、話してもらいたい選手が1人いるわ。浦部さんがチームに入る前に、真・帝国学園っていうチームと戦ったことがあって』
真・帝国学園。
言うなれば、影山が設立したエイリア学園の協力者のようなチームだ。お日さま園からではなく、不動明王がスカウトした有望なサッカー選手を集めたチームだ。
何よりも異質だったのは、異常なまでの力への執着だ。不動や佐久間、源田の危険なプレーが目立ったチームだったが、そのほかのメンバーも底知れない憎悪や渇望に満ちていた。
その試合を経験した塔子も、今でもあのチームの不気味さを思い出すだけで身の毛がよだちそうになる。
『イプシロンやジェミニストームと同じように、そこの選手たちもみんな保護したわ。でも、1人だけ保護の目処が立っていない。あなたたちと同じ、女子選手がね。その捜査と、説得に協力して欲しいの。鬼瓦刑事とSPフィクサーズの角住さん、館野さんにも話を通してあるわ』
「……あいつですか」
「あいつ?」
真・帝国学園を話でしか聞いていないリカは首をかしげた。
塔子は、すぐに誰なのか思い当たった。あの異様なチームにいた女子選手は1人だけだ。
『そう。選手の名前は…小鳥遊忍』
「あの…変な髪型のミッドフィルダーですよね。めちゃくちゃ上手かった」
『そう、あの子が小鳥遊忍よ。一応行方は明らかになっているのだけど、どうにも…その、あまり良くない状況らしくて。鬼瓦刑事と一緒に、あなたたちが説得して仲間にしてほしいの」
「ちょ、ちょい待ち。さっきから髪型とか小鳥遊とか、全然話が見えてこんのやけど。そもそも何でうちらが説得なんてせなあかんねん。てか、それのどこが代わりなんや」
自分が雷門にいない時の話なのは理解したが、それはそうと明後日の方向に進み始めた瞳子の話に、リカが痺れを切らした。
『…そうね。これから話すことは、外部にはあまり話せないのだけれど、良い?しっかり秘密は守って。特に浦部さん』
「え」
いきなり名指しで警告され、リカはさらに戸惑った。
「それは大丈夫です。あたしが黙らせとくので」
「なんやねん腹立つな!?」
「だってそうじゃんか。お前こういうの全部周りにべらべら喋っちゃうだろ?ほんとあたしがブレーキ踏んでおかないとダメだもんな」
「塔子に言われたくないわ!あんたもうちがおらんとダメやないか!しれっと男子と一緒に風呂入ろうとすんの何回止めたと思っとんねん!」
「なんだよ、やんのか〜!?」
「なんや!やったるわコラ!」
「ぐぬぬぬ…」とうなりながらメンチを切り始めた塔子とリカに、瞳子はビシリと『聞いて!』と言い放った。
「はい!」という元気な返事と共に、2人は画面に向き直る。
『もう一度聞くけれど、良いかしら?きっと今起ころうとしていることは、想像よりも遥かに大きいことよ。でも、あなたたちほど熱心ならきっとやれるわ』
「あたしにできることなら、迷いません」
「うちもや」
塔子もリカも、迷いなくそう答えた。
『今年から、少年サッカー世界一を決める大会、フットボールフロンティア・インターナショナル。通称、FFIが開催されるわ。でも、その大会は規定上男子選手しか出場が許されていない。そこで、それとは別にWFFIの開催準備も進められているそうよ』
「WFFI…監督、それってもしかして!」
塔子の顔が一気に明るくなった。
『ええ。ウィメンズ・フットボールフロンティア・インターナショナル…つまり、女子サッカーの世界大会よ。いつになるかは分からないけど、ほぼ開催は内定しているらしいわ。雷門理事長からの伝言でね』
衝撃的な瞳子の発言に、思わず塔子はリカと顔を見合わせて笑った。
まさか、そんなものが動き始めているとは。
根っからのサッカー好きとして、驚きと嬉しさが同時に湧き上がってくる。
「じゃあ、小鳥遊を仲間にしろっていうのは」
『そう。その大会に向けての有望な女子選手の発掘を進めたいっていう、サッカー協会の意向があるのよ。だから捜索と説得というのはもちろんだけど、本当の理由としては彼女のスカウトが目的ね。それをあなたたちに頼みたい。地上最強のチームの中でも女子選手として最後まで戦った、他でもないあなたたち2人に』
「な、るほど…そう来たかぁ…」
あまりの話の大きさに、リカは笑顔から一転して苦笑いを浮かべた。
でも、他でもない自分たちという言葉は気に入った。ようやく何かやれそうな気がしたから。
『女子サッカーは、まだ男子サッカー以上に発展途上の未開の地よ。あなたたちもよく知るあの人が引退を表明して、時代は移り変わろうとしてる。そして、2人なら新しい世代の女子サッカーの中心になれるだけの力があると、私は信じてるわ』
唐突につきつけられた、衝撃的すぎる事実と使命。だが、塔子とリカはそれを疑問に思うことはなかった。
女子サッカーの世界大会といえば、自分たちのようなサッカー少女誰もが憧れる夢の舞台だ。疑う理由がない。
『ごめんなさい、話のスケールが大きくなりすぎたかもしれないけれど、頼めるかしら』
「んなもん決まってるやろ!ここで引いたらサッカープレーヤーのプライドが廃るわ!」
「あたしもです!瞳子監督に教えてもらったこと、絶対無駄にしません!」
先ほどの悩める子羊ぶりはどこへ行ったのやら、リカは椅子を立ってポーズを決め、塔子もそれに同調した。
そして、そんな大会があるということはつまり。
塔子とリカの目端には、とある確信からくる涙が浮かんでいた。
「あと…監督!WFFIには小鳥遊だけじゃない、あいつらの力も必要になりますよね!?」
塔子の言う「あいつら」が誰のことなのか、瞳子にはすぐに分かった。
他ならぬ雷門の女子選手に、これを頼めて良かった。きっとこの2人なら、あの子たちすらも仲間にして、まだ見ぬ世界へと辿り着ける。
『ええ。お日さま園の女の子たちも、また立ち上がってあなたたちと一緒に世界と戦えると思うわ。だから、その時が来るまで少しの間耐えて。いずれ2人の力が必ず必要になる。今はまず、そのための第一歩を踏み出してきて、そして…塔子さん、浦部さん。いずれはあなたたちが女子サッカーを引っ張っていく存在になるのよ。それが雷門の監督として2人に出す、最後の課題です』
「「はい!!」」
ああ、ここに私たちの走っていける道がある。
これから待っている頼もしい仲間と、夢の舞台。
塔子とリカは、涙を流しながら大きな返事を返した。