この人を仮に「A美さん」とします。 作:あり
いつも通り、シャーレに来た。
シャーレに来ても、先生とほとんど会話せずに帰るというのは他の生徒からすれば信じられない行為らしく、編集長は古臭いギャグマンガの様な驚き方をしていた。
取材をしに来たのだから取材だけして帰ってくることの何がいけないんだ。
シャーレのオフィスには、今現在私しかいない。
先生はさっきまでいたのだが、何やらトラブルがあったらしく呼び出されてどこかへ行ってしまったのだ。
いつものようにここで取材をしていていいけど、その代わり当番の生徒が来たら「しばらく留守にするから待っていてほしい」と伝えてほしいとのこと。
というわけで、その間特にすることもない私は、紅茶を自分で淹れて、暇を潰すことにした。
──シミコが淹れてくれた紅茶の方が、美味しかったなぁ。
後で紅茶の淹れ方でも訊ねてみようか。
私がそんなことを考えていると、オフィスの外が騒がしくなってきた。ようやく当番の生徒が来たのだろう。
「先生!来たよーッ!……あれ?」
「お姉ちゃんはしゃぎすぎ……って、先生居ないね」
「アリスは第一村人を発見しました!早速情報収集です!」
入ってきた3人組は、本当に騒がしかった。
「なるほど!先生は緊急のクエストに出発してしまったのですね!だったらアリスたちはここで先生の帰還を待つことにします!」
今日の当番は、ミレニアムのゲーム開発部の才羽モモイ、才羽ミドリ、天童アリスの3人。そして遅れてもう1人来るらしい。
どこかで聞き覚えのある名前だと思ったら、ゲーム雑誌担当の同僚がこきおろしていたゲームの作者たちだった。
ただ、目の前でキラキラと目を輝かせている彼女たちにそれを伝える気分にはなれなかったので、初めましてという体で話す。
「じゃあさ、先生が戻ってくるまで、あなたたちにいろいろ聞いてもいいかな」
「……!もしかしてアリスたちの冒険譚が聞きたいのですか!?」
「いや、それも興味あるけど……今回は違うんだ。私はクロノスの生徒なんだけどさ、雑誌に『怖い話』を載せたいから色々取材して回っててね、今日シャーレに来てるのもその一環」
「へぇー……」
『クロノス』という名前を出した瞬間、花岡ユズが一瞬固まったのを私は見逃さなかった。あれは『警戒』に感情のスイッチが切り替わった顔だ。ユズは部長であるから、当然クロノスのゲーム雑誌で自作ゲームが酷評されていたことも知っているのだろう。
──私はただの『ライター』なんだけどなぁ
まったく、『風評被害』には困ったものだ。
「……怖い話、かぁ」
「はい!アリスには怖い話のセーブデータが一つあります!」
ただ、アリスを始めとした他の3人はそんなこと気にせずにきゃいきゃいと話し合っている。
「へぇ、じゃあ聞かせてほしいな」
「そう、あれはアリスが……」
私は、アリスの話を聞きながら、メモを取り始めた。
あれはアリスがお風呂に入った後のことです。
アリスは、ドライヤーで髪を乾かしていました。
私たちがいつも使っているドライヤーはエンジニア部に改造されてフローラルな香りが漂うようになっているんです!
……でも、その時は違いました。
なんだか、嗅いだことのない匂いがしたんです。
何かが焦げているような、そんな感じでした。
もしかして、壊れてしまったのでしょうか?
アリスは心配してドライヤーを確認しました。
「そこにはなんと!ゴキ「載せられないな、うん。申し訳ないけど」
「……フローラルな香りが引き寄せちゃってたんだよね」
確かに、怖い話だった。
でも、『怪談』ではない。
「怖いには怖いんだけど、求めてる怖いのベクトルが違うというか……」
「……アリスでは、力になれないのですか?」
「大丈夫!ゲーム開発部のシナリオ担当才羽モモイがとっておきの怖い話で挽回するから!」
シュンとしてしまったアリスを慰めるように、今度はモモイが前に出てきた。
「これは20年前の……」
「……一応聞くけど、今度作る予定のホラーゲームのシナリオとは別なんだよね?」
胸を張って話し出そうとしていたモモイを、ミドリが制止する。
「……………………うん」
モモイは、思いっきり目をそらしていた。
「じゃあ、私に先に教えて」
「ごめんなさい。怖い話のストックありません」
モモイが頭を下げてくる。まぁいい。誰もが怖い話を持っているわけではないのだ。
こうなったら適当に自分で創作して……
「あ、じゃあ私が話しますね」
シャーレのオフィスに入ってきてから私をジッと見つめていた花岡ユズが、挙手してからそう宣言した。その瞳は、力強く、まっすぐ私を見つめてきている。
──相当自信がありそうだな。
私は、ユズの話を一字一句聞き逃すことがないように、メモを取り始めた。
これは、少し昔の話です。
『もっと強くなりたい』
その信念の下、とあるミレニアムの生徒が過激な人体実験を繰り返していました。
そんなある日、彼女は一人の生徒に目を付けました。
生まれつき体が頑丈で、それでいて何を考えているか分からない生徒。
周囲から避けられていました。
──じゃあ、実験台にぴったりだな!
そう考えて、その子を拉致して実験を開始しました。
結論から言えば、失敗です。
その子が生まれつき体が頑丈だったとはいえ、実験に耐えられるほどのものではありませんでした。
その子の身体が、どんどん崩壊してしまったんです。
ああ、まずい。
でも、失敗したことを悔やんでいるわけではありません。
隠さなければ、私は牢獄行きだ。こいつを捨てなければ。
そこで、遠い遠い誰も来ないような雪山に、その子は捨てられました。
捨てられた生徒は、ドロドロに溶けながら、『焼けるような激痛』を感じながら息絶え、そして雪に混じって……消えてしまいました。
やがて、春が来ます。
ドロドロに溶けた生徒は、雪解け水と共に川へ流れ込みました。
その水は、取水場、浄水場を経て、やがて私たちの生活用水となります。
水道を流れている水が、様々な仕組みによって綺麗にされていることはご存じですよね?
当然、ドロドロに溶けた生徒の成分なんてろ過されていますし、そもそも川に流れ込んだ時点で限りなく薄まっています。
でも、『恨み』は違います。
人の想いに形が無いように、怨念にも形はありません。故に、どんなに高性能な浄化装置でも、取り除くことはできません。
こうして長い年月をかけて、キヴォトス中に拡散していきました。
ある時は噴水の一部となり
ある時は再び雪となって降り注ぎ……
限りなく存在が薄くなっても、その怨念が薄まることはありません。
各地に広まった怨念は、時折生前の彼女を思い出させるように形となることがありました。
もしかしたら、あなたが集めている怖い話の中にも、あの子が混ざっているのかもしれませんね。
彼女は、『集めている』んです。
一種の信仰と言いますかね、薄くなった存在を人々に思い込ませることで再び戻ってこようとしているんです。
彼女の姿で各地に出没し、人々の記憶に挟み込み、この世界に再び自身の存在を記録させていく。
そして、回収する。痕跡を、記憶を。
世界に刻んだ記録を回収して自身の『信仰』としているんです。
集めているのは、『記録』だけではありません。
武器や装備も集めています。
彼女は『復讐』しようとしているんです。
こんなことになった『元凶の生徒』に、自分を見捨てたミレニアムに。
武器や装備を整えて、その準備は……もう完了しているのかもしれませんね。
どうですか?面白かったですか?
まぁ、ここまでの話は全部嘘なんですけど。
でも、それを本当にするのがあなたの役目ですよね?
なるほど、面白い話だ。
これはA美の正体の核心に……
──ちょっと待て、なんでまだ未発表の
「す、すみません遅刻しましたぁ……あ、あれ?先生は?」
オフィスのドアが、開いた。
エアコンで冷やされていた空気と入れ替わるように、外の生ぬるい空気が流れ込んでくる。
「あー大丈夫、先生ちょっと用事があって席外してるみたいだし、一応連絡しておいたから」
「ユズはもう大丈夫ですか?」
「う、うん!しばらくコンビニで涼んできたからもう大丈夫だよ」
──入ってきたのは、ゲーム開発部部長の花岡ユズだった。
「へぇー……すごくいい話書くじゃん!さっすがクロノスで連載を持ってる生徒ってカンジ!ねぇねぇ!一回ゲームのシナリオライターやってみない!?」
私の取材メモを勝手に覗き込んでいたモモイが、元気よく提案してきた。
「いやぁ、いきなり一心不乱に何か書き始めたからびっくりしたけど、集中して何も聞こえなくなることあるよね!私もゲームしてる時は……」
モモイが『私が書いた取材メモ』を褒めながら、自分語りをしている。
ただ、私の耳には何も入ってこなかった。
メモには、ドライヤーの中のゴキの話を斜線で消した後に、『先ほどの話』がびっしりと、確かに私の字で書かれている。
ありえない。
──このメモは『誰の何を取材したメモ』なんだ。