この人を仮に「A美さん」とします。   作:あり

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『はじめに』裏

「……ってな感じなんですけど、どうでしょう」

「きみィ……なかなかやるねェ……」

 

 編集長に原稿を差し出すと、予想以上に好反応が返ってきた。

 

「やっぱり、『ピン』と来て任せたのが正解だったなァ」

「……怖いのが苦手だからって、押しつけたのとは違うのですか?」

「おい!適材適所と言え、適材適所と!」

 

 この調子だ。私と編集長は、軽口を叩き合える程度には信頼関係ができている。

 

「んじゃ、明日までに仕上げといてくれよッ」

 

 編集長は勢いよく私の背中をバシバシと叩きながら、「頑張れよ」と言い残して編集部を出ていった。昼飯の買い出しらしい。

 

 私はというと、今朝作ってきた弁当があるので、机の上に小さなランチクロスを敷いて、ふたを開ける。唐揚げの香ばしい匂いがふわりと立ち上り、鼻孔をくすぐった。衣はほんのり茶色く、端の部分がカリッと揚がっている。

 

 一つ摘まんで、口へ運ぶ。

 

「……うまっ」

 

 衣がサクッと砕けて、じゅわっとした肉汁が舌に広がった。味つけは濃いめ、生姜の風味が後を引く。自分で言うのもなんだけど、これは当たり。

 

 けれど、そんな満足感の隙間から、じわじわと黒いものがにじみ出てくる。

 

 ──この原稿、編集部では好評だった。

 

 けど、その中身は真っ赤な嘘だ。

 

 まるであちこちで様々な出来事を取材し、その中から厳選しているかのような作りだが、実際に話を聞いたのはたった二人きり。それも偶然シャーレで出くわした生徒で、こっちから探したわけでもなければ、遠出すらしていない。

 

 しかも、その内容すら原文通りではない。個人情報の保護やら表現の都合やらを理由に、“ちょっと面白く”手を加えてある。

 

 つまり、事実を継ぎ接ぎして、まるで「何か」があるように見せかけているにすぎない。繋がりのないエピソードに、あえて意味ありげな糸を通すことで、読者の想像を煽る。それが狙いだ。

 

 ──まぁ、言い方は悪いけど、私はそういう「嘘」が好きだ。

 

 ホラーというのは、突き詰めれば虚構を愉しむための装置だ。だから、全部が作り話だって構わない。真実である必要なんて、どこにもない。

 

 大事なのは、読んで面白いかどうか。それだけだ。

 

 

 

 ──私は、報道部の奴らとは違う。

 

 注目を集めるために意図的に情報を切り取り、都合よく編集して発信する連中とは、違う。

 

 

 

 しかし、そう思っている自分も、別に正義感で書いてるわけではないし、やっていることも同じだ。

 

 見返してやりたいとか、出世したいとか、そんな野心はない。ただ――

 

 

 

 ただ、世の中に、自分が本当に読んで面白いと思えるものがなかった。

 

 だから、自分で作るしかなかった。それだけだ。

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