この人を仮に「A美さん」とします。 作:あり
(……まぁまぁな評判だな)
私は、読者からの反応を見ながら考えていた。
まぁ、無名なライターがいきなり雑誌の片隅に連載を持ったところで評価はたかが知れている。一部で話題になって目に見える形で読者が数人ついてくれたことを喜ぶべきだろう。
そもそも雑誌がマイナー寄りなのだ。
それに、私は読みたいものが無いから自分で作っている。
分かりやすく言えば、自分自身の好みは「世間一般の流行」とかけ離れているということだ。編集長は私の文章を褒めてくれはしたが、世間一般ではそうでもない。
もう少し世間の流行というものに寄り添うべきなのだろうか。
しかし、過去にネット小説を書いていた経験を考えると、流行に身を任せていたらいずれ潰れてしまうのが目に見えている。
あのときは相当病んでいた。
流行りを分析してウケそうな展開を狙い、丁寧にプロットを組んで投稿していただけなのに、どいつもこいつも「人の心がない」だの「作者は花鳥風月部所属か?」だの好き勝手言いやがって。
誰が百鬼夜行の妖怪だ。何が「愉悦部」だ。ふざけるなよ。
もしテストで「作者はこの時どういう気持ちでしょうか?」なんて問題が出てきたらお前らは全員補習行きになっている。正解は「こういう展開割と地雷なんだよな~」だ。
──ただ、この時以上の人気が得られた経験がないのもまた、事実である。
「はぁ……」
溜息が口から洩れる。
私は、気持ちを切り替えるために、缶の底に溜まっていたコーヒーを勢いよく飲み干した。
今の私の胸の中にあるのは、承認欲求というやつだろう。
それに囚われれば破滅するなんて言われているが、それが無ければ食えない世界なのだ。
「……まぁでも、今のこれが楽しくないかと聞かれればそうじゃないんだけども」
私は、空になった缶を自動販売機横に備え付けられたゴミ箱に入れようとした。
が、缶のゴミを入れるためのゴミ箱の投入口には、ブラスチックの容器がすっぽりハマっている。捨てられなかった。
「…………はぁ」
投入口を塞いでいるカップには、最近オープンしたと噂のカフェのロゴが入っていた。大方ここへ来る途中で買ってきて飲み干したはいいが、捨てる場所が近場に見つからず、その辺の『ゴミ箱』に突っ込んだんだろう。
本当は触れるのも嫌だが、このままになっているのも嫌なので、ティッシュ越しにプラスチックのカップを掴んで持ち上げ、缶を押し込む。そのまま元に戻すと『同類』になってしまうので、捨てるべき場所に持っていくべきだろう。
近場の燃えるゴミの捨てる場所は……編集部か。
「……どいつもこいつも」
後のことを考えない身勝手な奴ばかりだ。
何もかもが、自分好みではない。
自分の思い通りにならない世界に腹を立てている訳ではない。自分の好きなことが真っ当に評価されない世界が嫌なのだ。
どうして、自分はこんな風になってしまったのだろう。自分にブームを起こせるほどの文才があれば、ここまで苦しんでいなかったのだろうか。
自分が嫌になる。
──『自分』ですら、『自分好み』ではないのだ。
結局のところ、今書いているものを人気にするには「文章」以外で何かしなければならないのだろう。人気になるかどうかは「運」と言われているが、運要素は極力減らした方が良い。
「どこかのオカルト系配信者に金握らせて……いや、そんなコネはないしなぁ」
こんな性格をしているから、『友達』というものは少ない。クロノスの仲間に対しても、どうしても『友達』というよりは『同僚』という意識になってしまう。
──友達と胸を張って言えるのは『ゲヘナで雑誌を作ってるあの子』ぐらいだ。
「おっ!それ最近流行りの奴じゃあ~ん!██ちゃんもそういうの飲むんだねぇーッ!」
廊下をプラスチックゴミ片手に歩いていると、前から歩いてきた編集長がすれ違いざまに声をかけてきた。
「あー……編集長。これは違くて……」
「ん、そうなの?まあいいやッ!それよりも!きみの書いたアレ!好評じゃないか!」
編集長は、その大きな胸を揺らしながら私をバシバシ叩いてくる。彼女なりのコミュニケーションの取り方だ。痛いには痛いのだが、もう慣れた。
「……人気、なんですかね」
編集長は『好評』と言っているが、私にとっては、『まずまず』の評判だった。結局、いつまでもあの時の『嘘』で得た人気と比較してしまっているのだろう。
「…………ウチの雑誌で考えればなッ!」
「だと思った」
「でもさッ、大事なのは人気じゃあない。『楽しい』かどうかだ」
「……『楽しい』かどうか、ですか」
「あの記事書いてる時の██ちゃんは、楽しそうだったぞッ!久しぶりになッ!」
「…………」
「んじゃ、次の記事も頑張れよッ!」
編集長は、最後に大きく私の肩を叩いて、去っていった。
「…………」
プラスチックゴミを、『正しい場所』に捨てた。見ている人は誰もいないし、見ていたとしても褒められはしないだろう。周囲には自分のゴミを自分で捨てているだけにしか見えないのだから。
でも、誰に認められるというわけでもなかったとしても、『納得』できたのなら心残りはない。
──ああ、そうだ。すっかり忘れていた。
取材をした時、記事を書いている時、自分の書いた文章が雑誌に載っているのを見た時……久しぶりに『楽しかった』。
文字を書く悦び、というものをいつの間にか失くしてしまっていたのだろう。
そうだ。あの小説だって、プロットを組み立てている時はこの物語をどうするのかワクワクしていた。キャラが文字に乗って動き始めた時は心が躍った。
──楽しくなくなってしまったのは、読者に『お前はそういう人間である』と決めつけられてしまってからだ。
『読者を楽しませること』は考えても良いが、文字ではなく『読者』ばかりを気にしていたら、またあの時と同じになってしまう。
好きに書けばいいのだ。
考えてみれば、『ゲヘナのあの子』だっていつも楽しそうに取材して、記事を書いている。
大事なのは第一に『楽しむ』ことなのだろう。自分が楽しめなくなったら、終わりなんだ。
「行くかぁ……取材」
肩の痛みは、まだじんわりと残っている。
編集長に背中を押されているような気がして、シャーレへ向かう私の足取りは、心なしか軽やかなものだった。
月刊誌なので、次は来月
【キャラ紹介のコーナー】
『私』
編集長からは「██ちゃん」と呼ばれている。文字を書くのが好きだったのでクロノスの雑誌部門に来た。
昔はとあるネット小説を書いていたが、読者に『お前はそういう人間である』と決めつけられたのが嫌になって辞めてしまった。
が、今回の企画で「文字を書く悦び」を思い出し始めている。