この人を仮に「A美さん」とします。   作:あり

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月が替わりました


【月刊██████:納涼!夏のホラー特集 第二回】
『噴水』


 私がまたまたシャーレを訪れると、今度も知らない生徒が出迎えた。

 

「こんにちは。何か御用ですか?ただいま先生は不在ですが……」

 

 

 

 

「へぇ~……クロノスの方で雑誌の連載を……いいですねぇ」

 

 私を出迎えたのは、円堂シミコという生徒だった。

 

 トリニティ総合学園の図書委員会に所属しており、本が好きなようだ。私が雑誌で連載を持っていると伝えると、すぐに話が弾み始める。

 

「……ところで、██さんは今日はどのような用事でシャーレに?」

 

 私は、シミコに言われてハッとした。

 

 話が弾むあまり、本来の目的をすっかり忘れてしまっていたのだ。ここでようやく私はシミコに本来の目的を伝える。

 

「それなら、ちょうどいいお話がありますよ」

 

 シャーレに来て既に十五分以上経過していた。話が弾み過ぎてしまったがまあいい。

 

 私は、予定よりも大幅に遅れて取材を始めた。

 

 

 

 

 

 

 これは、1ヶ月ほど前にお友達から相談された話です。

 

 そのお友達は、トリニティで自警団活動をしているんですが、夕暮れ時のジョギングを日課にしているんです。

 

 トレーニングも兼ねたパトロールというわけですね。

 

 ほとんど毎日続けているので、「たまには違うコースでも走ってみようかな」と思い立ち、普段は足を踏み入れない道へ入っていったそうです。

 

 普段は進まない道と言っても、彼女は自警団。自分がパトロールする地域のマップは頭に入っています。なのでその道も特に危険はないことは知っていました。

 

 あえて言うなら、広場へと抜ける近道。特徴もなく、忘れられたような小道。

 

 彼女はその道を通って、広場に足を踏み入れました。

 

 

 

 その広場には、誰もいませんでした。

 

 まぁ、日が沈んだばかりの時間帯ですし、珍しいことではありません。もともと人の集まるような場所ではありませんから。

 

 その広場には、住民の希望で残された小さな噴水がありました。でも周囲の開発に取り残される形で、広場全体は陰になり、忘れられたような空間になっていったんです。

 

 ……少し、可哀想ですよね。

 

 「残してほしい」と願われて生き残ったのに、その願いが叶った瞬間から、誰にも見向きもされなくなるなんて。

 

 そんな場所だからこそ、目を配っておくべきだ──そう思った彼女は、自警団の一員として一応、見回っておこうと考えてこの広場にやってきたそうです。

 

 

 

 特に異常はない。

 

 そう確認して、帰ろうとした──その時です。

 

 

 びちゃ……びちゃ……

 

 どこからともなく、水音が聞こえてきました。

 

 一体何の音なのか?と、一瞬戸惑いました。

 

 噴水があるから水音がするのは普通のことです。しかし、どう考えても噴水の音ではありません。

 

 まるで……濡れた何かが地面を踏むような──そんな、足音。

 

 

 

 もしかして、誰かいるのかも?

 

 そう思って、彼女はあたりを見回そうとしました。

 

 でも、できませんでした。

 

 

 

 体が動かなかったそうです。

 

 

 

 びちゃ……びちゃ……

 

 

 

 濡れた足音が、真後ろに迫ってくる。

 

 息をするたび、背中が冷たくなる。自分のすぐ後ろに、“何か”が立っている。

 

 ──それがわかるのに、どうしても振り返れない。

 

 逃げたい、逃げなくちゃ。けれど、どうしても足が言うことを聞かない。

 

 

 

 でも、彼女は自警団です。

 

 正義感を奮い立たせ、無理やり体を動かして振り返りました。

 

 

 

 ██さんは、何があったんだと思いますか?

 

 

 

 答えは……分かりません。

 

 何がそこにいたのか──彼女には、はっきりとは思い出せないそうです。

 

 記憶の輪郭すらぼやけていて、ただ「見てはいけないものを見た」という確信だけが、強烈に焼きついていると。

 

 なんとなく、「ピンク色だった」ことだけは覚えていたらしいのですが……それが何を意味していたのかは分かりません。

 

 あまりに異様な光景で、脳が記憶するのを拒否したのかもしれませんね。

 

 

 

 彼女は、数秒間、固まったまま立ち尽くしていたそうです。

 

 しかし、その“何か”は動けない彼女に語り掛けながらゆっくりと手を伸ばしてきました。何を言っていたのかは詳細には覚えていないけれど、「身ぐるみ置いていけ」のようなことを言っていたような気がしたそうです。

 

 金銭を要求してくる不良のような乱暴な口調ではなく、優しく、諭すように……

 

 でも、返ってそれが不気味さを引き立てて、彼女はパニックになってしまいました。

 

 

 

 その“何か”が伸ばしてきた腕が、彼女の肩に触れる。濡れた腕の水分が、制服に染み込んで……

 

 

 

 その瞬間、ようやく身体が動きました。

 

 思考よりも先に、本能が彼女を突き動かしたのかもしれません。

 

 

 

 気がついたら、彼女は寮の前に立っていました。息を切らし、汗だくになって。

 

 

 

 いつもは不良たちに毅然と立ち向かっていくはずの彼女が、あそこまで恐怖する『何か』

 

 いったい、私のお友達は何と出会ってしまったんでしょうか……

 

 

 

 

 

 円堂シミコは、そこまで話すと一息つきながら自分で入れた紅茶を口にした。

 

 それにつられて、私もシミコが淹れてくれた紅茶を飲む。

 

 ──おいしい。

 

 私が素直に褒めると、シミコは照れ臭そうに笑ってくれた。

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