この人を仮に「A美さん」とします。   作:あり

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『噴水』考察

 

「……この話はここで終わりじゃないんです」

 

 私が取材のお礼を伝えようとしたが、シミコの話はまだ続くようだった。

 

「彼女が見たのが一体何だったのかは分かりません」

 

「でも、彼女はこのトリニティの日常を守るために活動している自警団です」

 

「あれが何だったのか調べるために、図書委員会である私に調査の協力を求めてきました」

 

 

 

 

 

 

「先ほどの噴水はここなんですけど……よく見てください。近くに川が流れていますよね」

 

 シミコが指さしているスマホの地図アプリ上には、確かに川が流れていた。

 

「開発によって埋め立てられて今はかなり細くなっていますが、昔は大きな川だったそうで、噴水広場があるのも川だった場所のようです」

 

 見ていた地図に、トリニティの古い地形図が重ねられる。地図上での噴水広場は川の中だった。流石は図書委員、調べるのはお手の物というわけか。

 

「もし本当に彼女が見たものが幽霊だったなら、この川に何か関係があるんじゃないかと私たちは考えて、ここの辺りの土地開発の歴史について紐解いていくことにしました」

 

 確かに、彼女が遭遇した『何か』は濡れていた。その事実とかつて川だった過去を結び付ければ、地縛霊的な存在と考えてもよさそうだ。シミコ達もそう考えたらしい。

 

「この川が埋め立てられた理由、それはたびたび氾濫を起こしていたからなんです。もう一度この噴水広場の場所を見てください」

 

 噴水広場は、川の屈曲部だった地点に位置していた。こういった川の場所は氾濫しやすいとどこかで聞いた気がする。

 

「はい。氾濫の原因となっていた流れを変えるために、治水工事が行われ現在の形になったそうです」

 

 シミコは、違う本のページの写真を見せてきた。古い資料だったので少々読みにくかったが、そこには『大雨で大損害』『犠牲者多数』などと書かれている。

 

「……ということで、この川で水難事故にあった人の幽霊なんじゃないかと私たちは予想しました」

 

 水底に沈んだ人々の怨念が形となり、同じ水場である『噴水』に出没している……というわけか。 

 

 ──筋が通った良い推理だ。

 

 ここまで完璧に固められてしまうとこちらの仕事がなくなってしまう。妄想を挟む余地が残されてないのだ。

 

「ただ、それが分かったところで私たちにはどうすればいいのか分かりませんでした。とりあえずシスターフッドに相談してみることにしたんです」

 

 シスターフッドか。この前報道部門の同級生が突こうとして怒られていたはずだ。

 

「そしたら、簡易的ではありますが仮の献花台を設置してくれました」

 

 シミコが、スマホの画面を何度かスワイプすると、いくつかの花が添えられた献花台の写真が現れた。周囲にはシスターフッドの服装の生徒が3人ほど確認できる。

 

「それから、私はお花を供えたり、お友達も見回りコースにその噴水広場を加えたりして、定期的に訪れるようになりました」

 

 幽霊云々は置いておいても、場所的に危険そうな雰囲気がするから日頃から巡回しておくというのは良い考えだろう。

 

「……それ以来、幽霊には遭遇していないみたいですよ」

 

 話を終えたシミコは、ふぅと小さく一息ついてから紅茶を飲んだ。

 

 ──なるほど、いい話だ。

 

 無念のまま死んでいった人々は、無事に救われたのだろう。

 

 

 

 

 

 だが、私としては『ただの良い話』で終わってしまうと困る。

 

 私が書きたいのは「事実を元にして再構成し、読者に考察させる話」だ。

 

 だから、この話にも「A美」との関連を匂わす要素がなければならない。

 

「……えっ、今までに取材した話の中にこの話と『共通点』があるんですか?」

 

 そうだ。

 

 ──もっとも、その共通点は今から作られるのだが。

 

 

 

 

 

「はい!モモトークで登録しておきましたよ」

 

 原稿データを送りたいからモモトークを交換してほしいと頼むと、あっさり交換してくれた。

 

「……なるほど、ちょっと読んでみますね」

 

 シミコが原稿のテキストファイルを読んでいる間、私は紅茶を飲みながら静かに待っていた。

 

「確かに……言われてみればそんな気がします」

 

 シミコは、読み終えると静かに話し始めた。

 

「この買い取り業者は、『ピンクの長髪を後ろで結んでいたのが印象的』で、私のお友達も『ピンクの何か』だったことは覚えているそうですし」

 

 そこは私も真っ先に思い当たった共通点だ。

 

「それに『痕跡を消している』というのも引っ掛かります」

 

 シミコは、テキストファイルを拡大しながら話していた。説明が上手い。

 

「このあなたが仮に『A美』とした存在が『痕跡を消すことのできる怪異』だった場合、私のお友達が何を見たのかはっきりと思い出せない事にも繋がってきますね」

 

 私は頷きながら話を聞く。自分の中には既に固定観念ができてしまっているからこうして他人の推理を聞くという作業も、インスピレーションを得るための大事な取材になるのだ。

 

「そして、最も大きい共通点が『冷たい場所』に居るということでしょうか。雪山、冷房が過剰に効いている室内、そして噴水……」

 

 なるほど。その視点は私も思いつかなかった。

 

「噴水は前二つに比べるとそうでもないかもしれませんが、ここに『水底に沈んだ人々の霊』という情報が加わると、いずれも『冷たい場所』ですね」

 

 言われてみれば、その通りだ。

 

「……こういうことでしょうか?」

 

 ──すごい。私の仕事がなくなってしまった。

 

 自分の中ではまったく言語化できていなかったが、シミコの話には「概ねそんな感じだ」と返した。

 

「ただ……こうなってくるとこのA美の目的が分かりませんね」

 

 目的、か。

 

 雪山での怪異、廃材を集める謎の存在、そして今回の噴水そばで身ぐるみを剥がそうとしてくる幽霊──つながりが見えてこない。

 

 

 私とシミコは、考え込んでしまった。

 

 確かに、前回の『人工的に作られた失敗作の怨念』という結論に結び付けるのは難しいだろう。

 

 だが、考察なんてものは情報が増えればひっくり返るもの。

 

 私は『新しい考察』を思いついた。

 

 

 

 

 

「……確かに!このA美は『何か』を集めていますね!とすると、痕跡は『消し去られていた』のではなく、『持ち去られた』と……」

 

 私は、シミコに「A美は何かを集めているのではないか」と話した。

 

 痕跡は消されたのではなく、持ち去られた。そう考えることもできる。

 

「情報、衣服、廃材……。廃材って、具体的にはどんなものでしたか?」

 

 アヤネの話では、『装甲の一部』などだったらしい。

 

「装甲の一部、ですか。……あっ、考え方によっては『衣服』と似たものと捉えられますね」

 

 なるほど。そう考えることもできるか。

 確かに衣服も装甲も『身に着けるもの』である。

 

「ただ、それがなんなのか……」

 

 シミコの言葉は、そこで止まった。再び顎に手を当てて、考え込んでしまう。

 

 私も、黙って紅茶を口にしながら『それらしい考察』を考えてみた。

 

 

 

 

 

 冷たい場所に出没し、何かを持ち去る怪異……

 

 ある。思い出した。

 

 あるじゃないか。似たような話が。

 

 

 

 

 

「置いてけ堀、ですか?確か百鬼夜行の方の話ですよね」

 

 置いてけ堀、百鬼夜行に伝わる『怪談』の一つである。

 

 ある生徒がとある堀で釣りをして、魚を持って帰ろうとすると水底から「置いてけ……置いてけ……」と声が聞こえてくる。怖くなって逃げてしまい、結局魚を置いて帰ってしまった、という話だ。

 

「それと似たような存在……なるほど、ありえなくはないですね」

 

 ――私はA美を『それと似たような怪異』ということにした。

 

 A美とした存在の目的は『何か』を集めることにあるのではないか。そして『冷たい場所』を起点として出現し、『痕跡』や『衣服』を持ち去ってしまう。そんな怪異だ。

 

 

 

 何のつながりもない話が、輪郭を持ち始めた。そのことに私はどこか達成感のようなものを感じてしまう。

 

 

 

「でも、それだと『雪山での矛盾脱衣』と結びつきませんよね」

 

 シミコの指摘は、もっともであった。

 

 A美は、雪山でシグレやノドカから差し出された上着や毛布を『拒否』しているのだ。

 

 

 

 ──しかし、考察はここで完成させる必要はない

 

 

 

「……そうなんですか?」

 

 雪山で上着や毛布を拒否して、廃材を集めて、噴水広場で衣服をはぎ取ろうとしてきた理由。そこは不明のままでいい。

 

 読者のために『考察の余地』を残しておくのは大事なことだ。

 

 

 

 私は事実を暴こうとする民俗学者でも、記者でもない。

 

 ──ただの『小説家(ライター)』なのだから。

 

 

 

 情報が足りないならば、『補充』すればいいだけのこと。取材を続けていけば『共通点のある話』が出てくるはずだ。

 

 なければ、作るだけ。

 

 どうせもう一つエピソードを掲載するのだから、そこで納得のいく理由を付ければいいのだ。

 

 

 そのことはシミコに伝えずに「取材を続けて行けば、何か分かるはず」とだけ話した。

 

「そうですか!お仕事、頑張ってくださいね!私、応援しますから!」

 

 シミコは、純粋な瞳を輝かせながら応援してくれた。

 

 そこに嬉しさを感じると同時に、彼女を騙しているような気がして若干の罪悪感を抱きながら、私はシャーレを後にした。

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