成田の「奇跡」は、黒の騎士団という存在を、エリア11におけるブリタニア支配を根底から揺るがす一大勢力へと押し上げた。ゼロのカリスマ性と、実際にブリタニア軍主力を打ち破ったという事実は、虐げられたイレヴンの間に燎原の火のごとく広がり、彼らの鬱積した怒りは黒の騎士団への熱狂的な支持へと転化しつつあった。各地のゲットーでは、黒の騎士団への参加を望む若者が後を絶たず、その組織は日を追うごとに膨れ上がり、もはや烏合の衆ではなく、明確な目的意識と規律を持つ「軍隊」へと変貌しつつあったのだ。
エリア11総督府は、この急速な台頭に強い警戒感を抱いていた。コーネリア総督は連日軍議を開き、黒の騎士団の殲滅作戦の立案に躍起になっていたが、ゼロの巧みな情報操作とゲリラ戦術の前に、その尻尾を掴むことすらできずにいた。
レオンハルト・ジークフリート・アイゼンもまた、情報分析チームの一員として、そして時には『ジークフリード・レジーナ』を駆って、黒の騎士団の動向を探っていた。彼のAI「オーディン・アイ・ネクスト」が収集する膨大なデータと、原作知識から導き出される推論は、ゼロが次なる大きな行動に向けて、周到な準備を進めていることを示唆していた。
(成田での勝利は、ゼロにとって計算通りだったのだろう。だが、あれは序章に過ぎない。彼の真の目的は、ブリタニア帝国の打倒。そのためには、より強力な戦力と組織の強化が不可欠だ。次の一手は、原作通りならば、日本解放戦線のエース、藤堂鏡志朗の救出…そして、その先には…)
レオンハルトは、自室の大型モニターに映し出されたエリア11の地図と、そこに重ねられた黒の騎士団の推定活動領域を見つめ、深く思考を巡らせていた。
(藤堂の身柄は、おそらくこの近辺に拘束されている。ゼロが彼を救出し、黒の騎士団に迎え入れれば、組織の戦闘能力は飛躍的に向上するだろう。だが、同時に、藤堂という高潔な武人が加わることは、ゼロの独善的な行動に一定の歯止めをかける効果も期待できるかもしれない…)
原作知識は、彼に未来を予見させるが、それは必ずしも単純なアドバンテージではなかった。知っているからこそ生まれる迷い、葛藤。歴史の大きな流れに抗うことの難しさ。彼は、常にその重圧と戦い続けていた。
そんな中、レオンハルトは、自らに課せられた最大の使命である「ユーフェミア救済」に向けた準備を、水面下で着実に進めていた。成田の戦いの後、エリア11にいる両親とは、極秘の暗号化通信回線を通じて、定期的に連絡を取り合っていた。
「父さん、母さん、例の装置…ギアスキャンセラーの改良は進んでいるか?」
『ああ、レオンハルト。お前の送ってくれたデータと我々の情報を元に、試作二号機の開発は最終段階だ。以前より小型化し、効果範囲と持続時間も向上している。だが、問題は、その“ギアス”という未知の力に、本当に有効なのか…実証データが少なすぎる』
父アルブレヒトの声には、技術者としての探究心と、息子を危険な任務に送り出す不安が滲んでいた。
「分かっている。だが、俺にはこれが必要なんだ。万が一の事態に備えて…ユーフェミア様をお守りするために」
レオンハルトの声には、揺るぎない決意が込められていた。
『…レオンハルト、私からも一つ提案がある。キャンセラーの起動トリガーだが、外部からの遠隔操作だけでなく、特定の音声パターンや、パイロットの脳波パターンと連動させることも可能だ。そうすれば、より迅速かつ確実な作動が期待できる』
母エルヴィラの冷静な声が、技術的な解決策を提示する。
「素晴らしいアイデアだ、母さん。ぜひ、その方向で進めてくれ。起動のタイミングは、コンマ一秒の遅れも許されないだろうからな」
ギアスキャンセラーだけではない。レオンハルトは、原作でユーフェミアが虐殺を引き起こすことになる「行政特区日本」の式典会場の構造図を極秘裏に入手し、その隅々まで頭に叩き込んでいた。避難経路、警備体制の盲点、そして、万が一の際に彼女を安全に脱出させるための複数のシナリオ。それらを、夜ごと独り、シミュレーションし続けていた。
彼の部屋の壁には、エリア11の広域地図と共に、式典会場周辺の拡大図が貼られ、無数の書き込みや付箋が付けられていた。それは、彼の深い苦悩と、ユーフェミアへの強い想いの表れでもあった。
(原作では、ルルーシュのギアスが暴走し、ユーフェミア様にあのような悲劇的な命令を下してしまう。だが、もし、その瞬間にギアスキャンセラーを作動させることができれば…? いや、それだけでは不十分だ。たとえ命令が実行されなくても、あの場の群衆のパニックや、黒の騎士団の過激派の暴発は避けられないかもしれない。重要なのは、ユーフェミア様の命と、彼女の名誉を守り抜くことだ)
彼は、ギアスキャンセラーという「切り札」に全てを託すつもりはなかった。それはあくまで最終手段の一つ。それ以外にも、彼女を物理的に保護するための精鋭部隊の編成、式典会場の警備体制への間接的な介入、そして何よりも、ユーフェミア自身に、彼女の純粋な理想が悪用される危険性を、それとなく理解させる必要性を感じていた。
ある日、レオンハルトは、ユーフェミアから個人的な茶会に招かれた。総督府の美しい庭園に面したサンルームで、二人は穏やかな陽光を浴びながら、紅茶と焼き菓子を前にして言葉を交わしていた。
「アイゼン少佐、先日のゲットー視察の際は、本当にありがとうございました。あなたの冷静な対応がなければ、私はどうなっていたか…」
ユーフェミアは、心からの感謝を込めて言った。その頬は、ほんのりと上気している。
「恐縮です、殿下。あれは、私の任務ですから。それよりも、殿下のお身体は…その後、お変わりありませんか?」
「はい、大丈夫です。ただ…あの時の光景が、時々頭をよぎるのです。ゲットーの人々の厳しい暮らし、ブリタニアへの不信感…そして、その中にも確かにあった、温かい心。私は、彼らともっと分かり合いたい。そう強く思いました」
ユーフェミアの瞳には、強い意志の光が宿っていた。
レオンハルトは、彼女のその純粋な想いに胸を打たれながらも、一抹の不安を覚えた。
「殿下のお気持ちは、素晴らしいものです。しかし、その想いが強ければ強いほど、それを悪用しようとする者も現れるかもしれません。どうか、ご用心ください。特に…言葉巧みに近づき、殿下の善意を利用しようとする者には」
彼の言葉は、遠回しではあったが、明確にゼロ(ルルーシュ)の存在を意識したものだった。
ユーフェミアは、レオンハルトの真剣な眼差しに、何かを感じ取ったように、少し表情を曇らせた。
「…アイゼン少佐は、私が間違っていると、そうお思いですか?」
「いえ、決してそのようなことは。ただ、殿下の理想は、あまりにも気高く、そして脆い。このエリア11という場所では、特に。どうか、ご自身をお守りください。それが、結果的に多くの人々を救うことに繋がるはずです」
レオンハルトの言葉は、彼の偽らざる本心だった。彼は、ユーフェミアの理想を否定したいわけではない。ただ、彼女が傷つくのを見たくないだけなのだ。
茶会が終わり、自室に戻ったレオンハルトは、再びエリア11の地図と向き合った。彼の視線は、一点に集中していた。それは、原作で藤堂鏡志朗がブリタニア軍に捕らえられ、処刑されそうになる場所。そして、ゼロが大胆不敵な救出作戦を敢行する場所だった。
(黒の騎士団の次の動きは、ほぼ間違いなくここだ。そして、この作戦の成否が、その後の黒の騎士団の勢力図を大きく左右する。俺は、この流れにどう関わるべきか…? 原作通り、ゼロに藤堂を救出させるのか? それとも…)
彼の脳裏に、様々なシミュレーションが展開される。もし、ここで藤堂の救出を阻止すれば、黒の騎士団の戦力増強は抑えられるかもしれない。だが、それは同時に、藤堂という有能な武人を失うことを意味し、あるいはゼロをさらに過激な行動に走らせる可能性もある。
逆に、救出を黙認すれば、黒の騎士団は勢いづき、ブリタニア軍の犠牲は増えるだろう。だが、それは原作の流れを維持することになり、ユーフェミアの悲劇回避という最大の目標に集中できるかもしれない。
白銀の騎士の深慮は、エリア11の夜の闇よりも深く、そして重かった。
黒の騎士団の胎動は、すぐそこまで迫っている。そして、その先には、ユーフェミアの運命を左右する、避けられない嵐が待ち受けている。
レオンハルト・アイゼンは、その嵐の中で、自らの信じる正義と、守るべきもののために、どのような選択をするのだろうか。彼の孤独な戦いは、まだ始まったばかりだった。