エリア11の空は、まるでこれから訪れる激動を予感させるかのように、重く垂れ込めた灰色の雲に覆われていた。成田の山々がブリタニア軍によって蹂躙され、そしてそのブリタニア軍がゼロの「奇跡」によって壊滅的な打撃を受けてから数週間。表面上は小康状態を保っているように見えたが、水面下では各勢力が次なる一手に向けて、息を潜めていた。その中でも、黒の騎士団の動きは特に活発であり、彼らが次なる標的として、ブリタニア軍に捕らえられている日本解放戦線の重鎮、藤堂鏡志朗の救出を計画しているという情報は、レオンハルト・ジークフリート・アイゼンの元にも確度の高いものとして届けられていた。
レオンハルトは、総督府内の自室で、窓の外に広がる無機質な風景を眺めながら、深く長い溜息をついた。彼の机の上には、エリア11の詳細な地図、黒の騎士団の推定潜伏場所を示した資料、そして何よりも、ユーフェミア・リ・ブリタニア副総督の今後のスケジュール表が広げられている。その全てが、彼の頭の中で複雑に絡み合い、重いプレッシャーとなって彼にのしかかっていた。
(藤堂救出作戦…原作通りならば、ゼロは大胆不敵な奇策を用いてこれを成功させる。そして、藤堂と思考を同じくする四聖剣も黒の騎士団に加わり、その戦力は飛躍的に向上する。だが、ここで俺が介入し、流れを無理に変えようとすれば、何が起こる? 歴史の修正力は、さらに大きな悲劇を生むかもしれない。ユーフェミア様の身に、万が一のことがあってはならない…)
彼は、ユーフェミアを守るための準備を、考えうる限り万全に整えてきたつもりだった。改良型ギアスキャンセラーは、『ジークフリード・レジーナ』のシステムと完全に統合され、彼の意思一つで瞬時に起動できる。信頼できる部下たちによる「影の騎士団」もまた、極秘裏に編成され、いかなる不測の事態にも対応できるよう、厳しい訓練を積んでいた。しかし、それでも彼の不安は消えなかった。相手は、ギアスという未知の力を持つゼロなのだ。そして、ブリタニア内部にも、ユーフェミアの理想を快く思わない勢力や、モニカが示唆した、皇帝直属の機関による不気味な「実験」の影が見え隠れしている。
その時、彼の私用端末に、ペンドラゴンからの暗号化された通信が入った。モニカ・クルシェフスキーからだった。
「レオンハルト…そちらの状況は、依然として厳しいようですね。私も、ラウンズとして様々な情報を耳にしますが、エリア11に関するものは、特に不穏なものが多いように感じます。どうか、無茶だけはしないでください。あなたは、一人ではないのですから」
モニカの声は、受話器越しでもその優しさと芯の強さが伝わってくる。
「ありがとう、モニカ。君の声を聞くと、少しだけだが、心が安らぐ。こちらも、色々と複雑な状況ではあるが、俺は俺の成すべきことをするだけだ。君も、ラウン-ズとしての務め、大変だろうが、体に気をつけてくれ」
「はい。…レオンハルト、いつか、また一緒に戦える日が来ることを、心から信じています。その日まで、お互いに、生き延びましょう」
「ああ、必ずだ」
短い会話だったが、それはレオンハルトにとって、何よりも力強いエールとなった。彼女もまた、自分の場所で戦っている。自分も、ここで立ち止まるわけにはいかない。
同じ頃、アッシュフォード学園の一室では、ルルーシュ・ランペルージが、チェス盤を前にして深く思索に耽っていた。彼の傍らには、緑色の髪の少女、C.C.が、いつものように気怠げな様子でピザを頬張っている。
「…いよいよだな、C.C.。藤堂鏡志朗の救出作戦。これが成功すれば、黒の騎士団は新たな力を得て、ブリタニアに対する反撃の狼煙を、より高く上げることができる」
ルルーシュの瞳には、怜悧な計算と、ブリタニアへの燃えるような憎悪、そして妹ナナリーへの深い愛情が複雑に絡み合っていた。
「ふん、お前がそこまで言うのだから、また何か面白い作戦でも考えているんだろう? だが、忘れるなよ、ルルーシュ。お前のその力は、使い方を間違えれば、お前自身を滅ぼすことになる」
C.C.は、どこか達観したような口調で言った。
「分かっている。俺は、この力を、ナナリーのために、そして間違った世界を変えるために使う。そのためならば、どんな犠牲も厭わない」
ルルーシュの言葉には、悲壮なまでの決意が込められていた。
そして、トウキョウ租界にあるブリタニア軍の特派(技術部)では、枢木スザクが、ランスロットの調整を終え、静かに出撃準備を整えていた。成田での紅蓮弐式との激闘は、彼に大きな衝撃を与え、そして同時に、自らの力の使い方、そして「正義」とは何かという問いを、より深く突きつけていた。彼は、ユーフェミアの純粋な理想に共感し、彼女の力になりたいと願っていたが、ブリタニア軍人としての立場と、名誉ブリタニア人としての苦悩の間で、常に揺れ動いていた。
「ロイドさん、セシルさん。ランスロットの準備は万全です。いつでも出撃できます」
「ああ、スザク君。今日の君は、なんだかいつもより気合が入っているようだねえ。何か良いことでもあったのかい?」
ロイドは、相変わらずの調子でスザクに声をかけた。
スザクは、ただ静かに首を横に振った。「いいえ。ただ、守りたいものがある。それだけです」彼の瞳には、迷いを振り払ったかのような、強い光が宿っていた。
嵐の前の静けさ。エリア11全体が、まるで巨大な火薬庫のように、いつ爆発してもおかしくないほどの緊張感に包まれていた。
レオンハルトは、自室で最後の確認作業を行っていた。『ジークフリード・レジーナ』の最終調整データ、ギアスキャンセラーの起動シークエンス、そして、藤堂救出作戦が開始された場合の、ブリタニア軍の対応予測と、彼自身が取るべき行動計画。
彼は、一つの決断を下していた。
藤堂救出作戦という、原作における重要なターニングポイント。彼は、この流れに直接的に介入し、ゼロの計画を阻止することはしない。それは、あまりにも大きな歴史の改変であり、予測不可能な副作用を生む可能性が高いからだ。そして何よりも、藤堂鏡志朗という人物が、後の黒の騎士団にとって、そしてある意味ではエリア11の未来にとって、重要な役割を果たすことを、彼は知っていた。
しかし、だからといって、ブリタニア軍の将校として、ゼロの行動を黙って見過ごすわけにもいかない。そして、この作戦の混乱に乗じて、ユーフェミアの身に危険が及ぶ可能性も、徹底的に排除しなければならない。
彼の取るべき道は、極めて困難で、そして矛盾に満ちたものだった。
原作の大きな流れは維持しつつ、その中で、可能な限り被害を抑え、そして何よりもユーフェミアを守り抜く。
そのために、彼は「白銀の悪魔」として、戦場に立つ。
レオンハルトは、窓の外に広がる、鉛色の空を見上げた。
(嵐が来る……。だが、俺は、その嵐の中で、必ず道を見つけ出す。ユーフェミア様、あなたの笑顔を、この手で守り抜いてみせる)
彼の表情には、悲壮なまでの決意と、そしてどこか吹っ切れたような静かな覚悟が浮かんでいた。
白銀の騎士は、今、静かに、しかし確実に、その爪を研ぎ澄まし、来るべき戦いの刻を待っていた。
藤堂救出作戦の火蓋が切って落とされるのは、もう間もなくだった。