式根島の激闘は、ブリタニア軍に癒えぬ傷を刻み込んだ。最新鋭KMFランスロットとそのデヴァイサー、枢木スザクの喪失という報告は、エリア11総督府に重苦しい影を落としていた。一方、藤堂鏡志朗という「奇跡」を手に入れた黒の騎士団は、その牙をさらに鋭く研ぎ澄まし、次なる攻勢の時を虎視眈々と窺っていた。
そんな絶望と警戒が渦巻くエリア11に、一筋の、しかし力強い希望の光が差し込んだ。
数日間にわたる懸命な捜索の末、奇跡的に生還した枢木スザクが、大破したランスロットの残骸と共に発見されたのだ。そして、彼と共に、戦闘の余波に巻き込まれ安否が気遣われていた副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアもまた、無事に保護された。**彼女は、スザクの安否を深く憂慮し、危険を顧みず最前線近くの視察艦に滞在していたところ、ガウェインのハドロン砲による広範囲攻撃の影響を受け、一時的に連絡が途絶えていたのだった。**
ユーフェミアの無事とスザクの生還は、総督府に計り知れない安堵をもたらした。特にユーフェミアは、スザクが目の前で消息を絶ったという報に深いショックを受け、心身ともに疲弊していた。彼の生還を誰よりも喜び、涙ながらにその手を握りしめたこの出来事は、二人の絆を、より一層強く、そして特別なものへと変えていった。
そして、二人の劇的な帰還と時を同じくして、帝都ペンドラゴンから一人の高貴なる騎士がエリア11へと派遣されてきた。その名は、モニカ・クルシェフスキー。ナイトオブトゥエルブの称号を持つ、帝国最強の騎士団の一員。彼女は、皇帝陛下の勅命を受け、エリア11の情勢視察と、何よりも副総督ユーフェミアの警護体制の抜本的強化という特命を帯び、彼女専用の黄金のKMF『ディアナ・フェンサー』と共に、この混沌の地へと降り立ったのだ。
ユーフェミア、彼女に付き添うモニカ、そして過酷な戦闘から生還し職務復帰を果たそうとするスザク。三人が総督府のメインエントランスに姿を現した日、レオンハルト・ジークフリート・アイゼンは、他の将兵たちと共に、しかし誰よりも複雑な思いを抱いて出迎えていた。彼の傍らには、純白の騎士『ジークフリード・レジーナ』が、主の感情を映すかのように、静謐ながらもどこか張り詰めたオーラを放って佇んでいる。
タラップがゆっくりと降ろされ、最初に姿を現したのは、純白の制服に身を包んだユーフェミアだった。その表情にはまだ疲労の色が残るものの、スザクの無事を確認できた安堵と、自らが成すべきことへの新たな決意が、その瞳に輝きを与えていた。彼女のすぐ後ろには、ラウンズの白いマントを翻し、燃えるような金の髪を風に揺らすモニカが、凛とした騎士の佇まいで付き従う。そして、少し遅れて、まだ顔に痛々しい傷跡の残るスザクが、どこか所在なさげに、しかしユーフェミアを気遣うようにして姿を見せた。
「レオンハルト……アイゼン少佐!」
モニカは、整列する将兵の中からレオンハルトの姿をいち早く認めると、一瞬、騎士としての厳格な表情を崩し、そのアクアマリンの瞳に懐かしさと抑えきれない喜びの色を鮮やかに浮かべた。彼女は、儀礼的な挨拶もそこそこに、早足でレオンハルトに近づき、力強い敬礼をする。
「ナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキー、ただいまエリア11に着任いたしました。アイゼン少佐、貴官のご活躍、そして先の成田でのご武功は、帝都にまで鳴り響いております。戦友として、心より誇りに思います」
その声には、士官学校時代の飾らない親愛の情と、同じ騎士としての揺るぎない敬意が込められていた。
レオンハルトもまた、彼女の無事な到着と、ラウンズとしての風格を身につけたその成長した姿に、静かな感動と、胸の奥が温かくなる感覚を覚えていた。
「クルシェフスキー卿、ようこそエリア11へ。長旅、ご苦労だった。君のような卓越した騎士が、この困難な時期に援軍として駆けつけてくれることは、我々にとっても、そして何よりもユーフェミア殿下にとっても、非常に心強い」
彼の言葉もまた、儀礼的なものだけではなく、遠く離れていた旧友との再会を素直に喜ぶ、温かい響きを持っていた。二人の視線が交差し、言葉にしなくても互いの想いやこれまでの苦労が通じ合うかのような、確かな絆がそこには存在していた。
ユーフェミアは、そんな二人を微笑ましそうに見守っていたが、すぐにレオンハルトに向き直り、深々と頭を下げた。
「アイゼン少佐、この度は、スザクの捜索にご尽力いただき、そして私の身の安全にも多大なるご配慮を賜り、誠にありがとうございました。そして、私の騎士として、彼を再びこの場所に、こうして無事に迎えることができたこと、心より、心より感謝しております」
彼女の声は、感謝と安堵で震えていた。
スザクもまた、レオンハルトに深々と敬礼した。
「アイゼン少佐、本当にありがとうございました。あなたがいなければ、僕は今頃……そして、ユーフェミア様も…」
しかし、レオンハルトは、スザクのその言葉を遮るように、静かに首を横に振った。そして、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「枢木卿、無事の帰還、何よりだ。だが、君の瞳には、以前とは異なる何かが見える。式根島で、一体何があった? その目で何を見、何を感じたのだ?」
レオンハルトの鋭い視線は、スザクの心の奥底に潜む、新たな影を見透かすかのようだった。彼は、スザクの言動に、以前とは明らかに異なる、どこか強迫的なまでの「生への執着」と、時折見せる常軌を逸した反応、そして何よりも、その瞳の奥に宿る深い絶望と、何かを諦めたかのような虚無の色を感じ取っていた。それは、彼にかけられた「生きろ」のギアスの影響であると、レオンハルトはほぼ確信していた。ユーフェミアの騎士としては、あまりにも危険な、そして悲しい爆弾を抱えてしまった。
スザクは、レオンハルトの射抜くような言葉に一瞬顔を強張らせ、視線を彷徨わせたが、すぐにいつもの穏やかな表情を取り繕い、「いえ、何も…ただ、少し疲れているだけです。ご心配をおかけしました」とだけ答えた。その言葉とは裏腹に、彼の握りしめられた拳は微かに震えていた。
その夜、総督府の一室で、ユーフェミアは、姉であるコーネリア、そして自らが最も信頼する騎士となったスザク、冷静な分析力を持つレオンハルト、そして新たにエリア11に着任したモニカを前に、一つの重大な決意を打ち明けた。
「皆様にお集まりいただいたのは、他でもありません。私は、このエリア11に、真の平和と融和をもたらすため、一つの構想を具体的に進めたいと考えております。それは、ブリタニアの支配下において、日本人…イレヴンの方々が、日本人としての誇りを持ち、ブリタニア人と対等に、そして手を取り合って暮らせる特別な行政区、『行政特区日本』を設立するというものです」
ユーフェミアの言葉は、静かだったが、その声には一点の曇りもない、確固たる意志が宿っていた。
コーネリアは、そのあまりにも現実離れした提案に眉をひそめ、即座に反論した。「ユーフェミア、お前は何を言っているのだ。ナンバーズに特区だと? それは、帝国の威信を地に貶めるだけでなく、さらなる混乱とテロを誘発するだけだ! 断じて認められん!」
スザクは、驚きと、そしてその瞳に微かな、しかし確かな希望の光を浮かべ、言葉を失っていた。それは、彼が心の奥底でずっと求め続けていた、しかし決して実現不可能だと思っていた理想の形だったのかもしれない。
モニカは、ラウンズとして、そしてユーフェミアの警護を任された者として、冷静に、しかし鋭い視線でその言葉の意味と、それがもたらすであろう波紋を測ろうとしていた。
レオンハルトは、ユーフェミアの口から「行政特区日本」という、原作で最も悲劇的な結末を迎えることになる言葉が出た瞬間、ついに運命の歯車が、その最終楽章へと向かって大きく、そして抗いようもなく回り始めたことを悟った。
彼は、表面上はユーフェミアのその勇気ある理想に深い理解を示しつつも、内心では激しい焦燥感と絶望感に駆られていた。
「殿下のお考え、誠に素晴らしいものです。そのお心の気高さには、ただただ敬服するばかりです。しかし、その実現には、想像を絶する多くの困難と、そして計り知れない危険が伴うでしょう。特に、黒の騎士団や、ブリタニア帝国の中枢にいる強硬派の反発は必至です。この計画を成功させるためには、あまりにも慎重な準備と、寸分の隙もない周到な計画が必要となります」
彼の言葉は、最大限の敬意を払いながらも、その計画の途方もない危うさと、それが孕む破滅的な未来を、遠回しに、しかし必死に示唆するものだった。
一方、藤堂鏡志朗と四聖剣を正式に迎え入れ、その戦力を大幅に増強させた黒の騎士団は、ブリタニアに対する次なる攻勢の準備を着々と進めていた。ゼロは、スザクが生きていたこと、そして彼がユーフェミアの騎士となったという報告に、仮面の下で複雑な、そしてどこか苦い表情を浮かべていた。かつての親友は、今や守るべきもののために剣を取り、そして自分自身の理想の実現にとって、最大の障害となりつつあった。
エリア11は、一見すると嵐の前の静けさを取り戻したかのように見えたが、その水面下では、ブリタニア帝国、黒の騎士団、そしてユーフェミア・リ・ブリタニアの純粋な理想という、三つの大きな力が複雑に絡み合い、次なる激動の、そして悲劇の時を静かに待っていた。
レオンハルトは、ギアスキャンセラーの最終調整を両親に急がせ、そして「影の騎士団」によるユーフェミアの極秘警護計画を、モニカ・クルシェフスキーという新たな、そして最も信頼できる協力者を得て、さらに強固なものへと練り上げていく。彼女の純粋な願いを、そして何よりも彼女の命を、何としてでも守り抜くために。白銀の騎士の、孤独で、そして壮絶な戦いが、今、最終局面へと向かおうとしていた。
彼の傍らには、同じくエリア11の平和を願い、そしてユーフェミアの理想に共感し始めた紅蓮の騎士、モニカ・クルシェフスキーの姿があった。二人の騎士のエリア11での再会は、この混沌の地に、新たな希望の光をもたらすのか、それとも、さらなる悲劇の引き金となるのか…。
運命の日は、刻一刻と、容赦なく近づいていた。