コードギアス:静観者のアリア   作:F.M

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第20話:血染めの脱出行、白銀と金騎士の誓い

富士山麓に響き渡ったユーフェミア・リ・ブリタニアの絶望的な命令と、それに続く無慈悲な銃声は、平和の祭典となるはずだった式典会場を、一瞬にして血と硝煙、そして阿鼻叫喚が支配する地獄へと変貌させた。希望は裏切られ、理想は踏みにじられ、純粋な願いは悪夢のような現実によって無残に塗り潰されようとしていた。

 

「ユーフェミア様っ!!!」

純白のナイトメアフレーム『ランスロット』が、壇上で崩れ落ちそうになるユーフェミアを庇うように立ちはだかる。パイロットである枢木スザクの悲痛な叫びが、コックピット内に木霊した。彼は、目の前で起こっている惨劇と、敬愛する皇女の信じられない豹変に、思考が追いつかず、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。

 

その刹那、白銀の閃光と黄金の疾風が、天から舞い降りた。レオンハルト・ジークフリート・アイゼンの駆る『ジークフリード・レジーナ』と、モニカ・クルシェフスキーの駆る『ディアナ・フェンサー』。二機のナイトオブラウンズ専用機は、寸分の狂いもない連携で、ユーフェミアの周囲に展開し、彼女を外部の脅威から隔離するかのように鉄壁の防御陣を形成した。

「殿下、ご無事ですか!? しっかりしてください!」

レオンハルトは、『ジークフリード・レジーナ』のマニピュレーターで、恐怖と自己嫌悪に打ち震え、意識を失いかけているユーフェミアの華奢な身体を、砕け物を扱うかのように優しく、しかし確実に保護した。ギアスキャンセラー『シールド・オブ・ヴァルハラ』は確かに作動し、彼女をルルーシュのギアスの呪縛からは解き放ったはずだった。しかし、彼女が自らの口で発してしまった恐るべき言葉と、それによって引き起こされた目の前の惨状は、彼女の清らかな精神をあまりにも深く傷つけていた。その大きな瞳からは、涙が止めどなく溢れ、もはや正気を保っていることすら困難な状態だった。

 

「レオンハルト! 状況は最悪です! 一部のブリタニア兵が暴走し、イレヴンへの無差別発砲を開始! さらに、外周部から黒の騎士団が突入してきます!」

モニカの緊迫した声が、通信回線を通じて響く。『ディアナ・フェンサー』は、レイピア型のMVS「シルバースティング」と左腕のシールド内蔵小型ヴァリス「ルナティック・レイ」を巧みに操り、ユーフェミアに近づこうとする暴徒や、混乱に乗じて攻撃を仕掛けてくるKMFを次々と撃退している。しかし、敵の数はあまりにも多く、そして会場のパニックは収拾がつかないほどに拡大していた。

「くそっ…! やはりこうなったか…!」

レオンハルトは歯噛みした。ユーフェミア自身の行動は阻止できた。だが、一度放たれた言葉の毒は、人々の心に潜む悪意と狂気を呼び覚まし、この地獄絵図を現出させてしまったのだ。そして、ゼロ…ルルーシュは、この状況を最大限に利用するだろう。彼が意図した結果ではなかったとしても、この悲劇は、彼の大義名分を補強し、ブリタニアへの憎悪を煽る格好の材料となる。

 

「モニカ、スザク! ユーフェミア殿下を連れて、この場を離脱する! 私が血路を開く! 二人は殿下の護衛と、後方の警戒を頼む!」

レオンハルトは即座に決断を下した。この場に留まっていては、ユーフェミアの安全はおろか、自分たちの命すら危うい。

「了解! レオンハルト、あなたこそ無茶はしないで!」

「了解! ユーフェミア様は、僕が必ずお守りします!」

スザクもまた、悲しみと怒りに震えながらも、騎士としての使命を思い出し、ランスロットのヴァリスを構えた。

 

『ジークフリード・レジーナ』は、ユーフェミアをコックピットブロックに隣接する緊急避難用の装甲カプセルへと収容すると、背部の「エンジェルフェザー」を最大展開させ、一条の白銀の流星となって地上へと降下した。その行く手には、暴走したブリタニア兵のサザーランドや、黒の騎士団の無頼が、敵味方の区別なく入り乱れて銃撃戦を繰り広げている。

「道を開けろォォォッ!!!」

レオンハルトの咆哮と共に、ツヴァイヘンダー・ランツェがソードモードで閃光を放つ。その神業的な剣捌きの前に、ブリタニア兵のサザーランドも、黒の騎士団の無頼も、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、あるいは戦闘不能に陥っていく。彼は、殺傷を最小限に抑えつつも、確実に進路を切り開いていく。その戦いぶりは、まさに「白銀の悪魔」の異名に相応しい、圧倒的なものだった。

 

しかし、その脱出を阻むかのように、真紅のナイトメアフレームが立ちはだかった。カレン・シュタットフェルトの駆る紅蓮弐式。その右腕の輻射波動機構が、不気味な高熱を発している。

「待ちなさい、ブリタニアの犬め! その女をどこへ連れて行く気だ! 日本人を殺せと命じたあの女を、みすみす逃がすものか!」

カレンの怒声が、憎悪と共に通信回線に響く。彼女にとって、ユーフェミアは許すことのできない虐殺者であり、レオンハルトはその手先に過ぎなかった。

「黒の騎士団! 今は貴様らと事を構えている暇はない! そこをどけ!」

レオンハルトは、ヴァリス「ケーニッヒスシュトラール」で牽制射撃を行うが、紅蓮弐式はそれを巧みな機動で回避し、一気に距離を詰めてくる。輻射波動が『ジークフリード・レジーナ』の装甲を掠め、高熱で一部が溶解する。

「くっ…! この威力…!」

レオンハルトは、紅蓮弐式の恐るべき近接戦闘能力に舌を巻いた。しかし、彼には守るべきものがある。

「モニカ、スザク! 先に行け! ここは私が引き受ける!」

「しかし、レオンハルト!」

「いいから行け! これは命令だ!」

モニカとスザクは、一瞬躊躇したが、レオンハルトの鬼気迫る表情と、ユーフェミアの安全を最優先するという使命感から、断腸の思いでその場を離脱し、事前に打ち合わせのあった秘密の脱出ルートへと向かった。

 

一人残ったレオンハルトは、紅蓮弐式と対峙した。

「一騎討ちか、面白い。だが、お前ごときに、この俺が止められると思うなよ」

「その余裕がいつまで続くか、試してやる!」

白銀と真紅の二機のナイトメアが、激しく火花を散らす。レオンハルトは、ツヴァイヘンダー・ランツェを駆使し、紅蓮弐式の輻射波動の射程外から的確な攻撃を繰り出し、徐々にその動きを封じ込めていく。しかし、カレンの技量もまた常人を超えており、一進一退の攻防が続いた。

(長引かせるわけにはいかない…! ユーフェミア様たちが、完全に脱出するまでの時間稼ぎだ!)

レオンハルトは、意を決し、『ジークフリード・レジーナ』の出力を最大に引き上げ、一瞬の隙を突いて紅蓮弐式の懐に飛び込むと、ツヴァイヘンダー・ランツェの柄で輻射波動の右腕の関節部を強打。その衝撃で、紅蓮弐式の右腕が一時的に機能不全に陥った。

「しまっ…!」

「ここまでだ」

レオンハルトは、行動不能になった紅蓮弐式にヴァリスの照準を合わせるが、引き金を引くことはなかった。今は、彼女を完全に破壊するよりも、脱出が優先だった。彼は、紅蓮弐式に背を向け、全速力でモニカとスザクの後を追った。

 

脱出ルートであるスタジアム地下の古いメンテナンス用トンネルの入り口には、レオンハルトが極秘裏に編成した「影の騎士団」のメンバーたちが、数機のサザーランドで待ち構えていた。彼らは、レオンハルトの指示通り、追撃してくる黒の騎士団の別動隊や、暴走したブリタニア軍の一部と死闘を繰り広げ、主君たちのための血路を開いていた。

「隊長! こちらは我々にお任せください! 副総督殿下とご一緒に、早く!」

部下の一人が、被弾しながらも叫ぶ。

「すまない…! 必ず、君たちのことは忘れない…!」

レオンハルトは、胸が張り裂けるような思いで、部下たちの犠牲を背に、トンネルの奥へと進んだ。彼らの忠誠心と勇気は、決して無駄にはしない。その誓いを、彼は心に深く刻みつけた。

 

長いトンネルを抜け、彼らがたどり着いたのは、トウキョウ租界の喧騒から遠く離れた、富士の樹海に隠された古い山荘だった。そこは、レオンハルトの両親が、万が一の事態に備えて用意していたセーフハウスの一つだった。

『ジークフリード・レジーナ』と『ディアナ・フェンサー』、そして大破に近い状態のランスロットを隠し、三人はようやく息をつくことができた。ユーフェミアは、レオンハルトの腕の中で気を失ったままだったが、その寝顔は、悪夢にうなされているかのように苦しげだった。

モニカは、疲弊しきったレオンハルトの肩をそっと支えた。「…よく、ご無事で…」その声は、安堵と、そして共に戦い抜いたことへの深い信頼に満ちていた。

スザクは、ただ黙って、気を失ったユーフェミアの傍らに膝をつき、その手を握りしめていた。彼の瞳には、深い絶望と、そして守りきれなかったことへの自責の念が浮かんでいた。

 

レオンハルトは、血と硝煙、そしてオイルの匂いが染みついた自らの手を見つめた。この手で、多くの命を奪い、そして、多くの命を救うことができなかった。ギアスという絶対的な力の前に、そして歴史という抗いようのない大きな流れの前に、自分はあまりにも無力だった。

しかし、彼の瞳の奥には、絶望だけではない、確かな光が宿っていた。それは、ユーフェミアを守り抜くという、鋼のような決意。そして、この悲劇の連鎖を断ち切り、いつか必ず真実を明らかにするという、血染めの誓い。

モニカは、そんな彼の隣に静かに寄り添い、何も言わずに、しかし力強くその背中を支えた。二人の間には、言葉以上の深い信頼と、共にこの過酷な運命に立ち向かうという、血と炎の中で結ばれた誓いが生まれていた。

 

「必ず…守り抜く…。そして、この悪夢を終わらせる…」

レオンハルトの低い呟きが、静まり返った山荘に響いた。

窓の外からは、遠くでサイレンの音や、断続的な爆発音が微かに聞こえてくる。ブラックリベリオンという名の、エリア11を焼き尽くす嵐が、本格的に始まったことを告げていた。

白銀の騎士と紅蓮の騎士、そして心を閉ざした皇女の、長く、そして過酷な逃避行が、今、静かに幕を開けたのだった。

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