富士の樹海に抱かれた山荘での潜伏生活は、レオンハルト、ユーフェミア、そしてモニカにとって、嵐の前の束の間の静寂であり、同時に来るべき激動への備えを凝縮させるための貴重な時間だった。外界から遮断されたこの場所にも、ブラックリベリオンの戦火がエリア11全土を焼き尽くし、ブリタニア軍と黒の騎士団による凄惨な市街戦が泥沼化しているという情報は、レオンハルトが確保した特殊な通信網を通じて、途切れることなく届けられていた。その報道は、連日、双方の夥しい犠牲と、出口の見えない憎悪の連鎖を映し出し、三人の胸を重く締め付けていた。
特に、ゼロことルルーシュ・ランペルージが、妹ナナリーの誘拐という予期せぬ事態によって指揮系統から一時的に離脱し、黒の騎士団が統率を失いかけているという情報は、レオンハルトにとって大きな意味を持っていた。それは、黒の騎士団の勢いが削がれ、ブリタニア軍が反撃に転じる好機であると同時に、戦場がさらなる混乱と無秩序に陥り、無関係な市民の犠牲が増大する危険性をも孕んでいたからだ。
「…もう、黙って見ているわけにはいきません」
ある朝、山荘の窓から、遠くトウキョウ租界の方角から立ち上る黒煙を眺めていたユーフェミアが、静かだが、しかし確固たる意志を込めて呟いた。先の式典での悪夢のような記憶と、自らが引き起こしてしまった(と信じている)惨劇への罪悪感に苛まれ続けていた彼女だったが、レオンハルトとモニカの献身的な支え、そして何よりも、レオンハルトから明かされた「真実」――ギアスという力の存在と、兄ルルーシュの苦悩――は、彼女に絶望の淵から再び立ち上がる力を与えていた。
「私が蒔いてしまったかもしれない悲劇の種を、これ以上大きくさせてはなりません。たとえ、この身がどうなろうとも、エリア11の人々に、そしてブリタニアと日本の未来のために、私にできることをしなければ…」
その瞳には、以前の純粋さに加え、多くの苦しみを乗り越えた者だけが持つことのできる、深い覚悟と慈愛の光が宿っていた。
モニカもまた、ユーフェミアの言葉に強く頷いた。「ユーフェミア様のお覚悟、お察しいたします。そして、レオンハルト…私たちも、もうこれ以上、この場所で息を潜めているわけにはいきません。あなたが守ろうとしている未来のために、私も、この『ディアナ・フェンサー』と共に、再び戦場に立つ覚悟はできています」
彼女の燃えるような金の髪が、朝陽を受けて輝いていた。ナイトオブラウンズとしての誇りと、レオンハルトへの深い信頼、そしてユーフェミアの理想への共感が、彼女の言葉に力を与えていた。
レオンハルトは、そんな二人を静かに見つめ、そしてゆっくりと頷いた。
「ああ、その通りだ。我々が行動を開始する時は、今しかない。ブラックリベリオンの混乱は、我々にとって最大の危機であると同時に、最大の好機でもある。この状況を利用し、我々は三つの目的を達成する」
彼は、テーブルの上に広げられたエリア11の詳細な戦術マップを指差しながら、冷静に、しかしその声には熱い決意を込めて語り始めた。
「第一に、これ以上の無益な犠牲と混乱の拡大を防ぐこと。ブリタニア軍、黒の騎士団双方に、一時的なものであれ、停戦を呼びかける。第二に、ユーフェミア殿下の潔白を証明し、その名誉を回復するための第一歩を踏み出すこと。そして第三に、可能であれば、このブラックリベリオンを、原作とは異なる、よりマシな形で終結させ、その後のエリア11の未来に、我々の手で新たな選択肢を提示することだ」
その計画は、あまりにも大胆で、そして成功の保証などどこにもない、危険な賭けだった。しかし、三人の表情には、微塵の迷いもなかった。彼らは、それぞれの想いを胸に、同じ未来を見据えていたのだ。
その日から、山荘での最後の準備が急ピッチで進められた。
レオンハルトは、両親との秘密通信を通じて、改良型ギアスキャンセラー『シールド・オブ・ヴァルハラ』の最終調整を完了させ、『ジークフリード・レジーナ』のコックピットシステムとの完全な同期を確認した。彼の脳波と音声コードによって、ギアスキャンセラーは、今やコンマ一秒の誤差もなく、彼の意のままに起動できる状態にあった。
モニカは、『ディアナ・フェンサー』の武装と機動システムを徹底的にチェックし、来るべき激戦に備えていた。彼女の愛機もまた、レオンハルトの両親の手によって、極秘裏に最新の技術が投入され、その戦闘能力はラウンズ専用機の中でもトップクラスにまで引き上げられていた。
そして、ユーフェミアは、レオンハルトの助けを借りながら、世界に向けて自らの「声」を届けるためのメッセージを練り上げていた。それは、謝罪と、真実の希求と、そして未来への切実な願いが込められた、魂の叫びとも言えるものだった。彼女は、専用の護衛機(それは、かつて彼女が搭乗を夢見た、平和の象徴としての白いグロースターを改造したものだった)に搭乗し、レオンハルトたちと共に戦場に赴く覚悟を決めていた。
レオンハルトが極秘裏に編成し、育成してきた「影の騎士団」のメンバーたちもまた、エリア11各地に潜伏していた拠点から、主君の召集に応じ、山荘へと集結し始めていた。彼らは、先の式典会場からの脱出行で多くの仲間を失ったが、残された者たちは、レオンハルトへの絶対的な忠誠と、ユーフェミアを守り抜くという使命感を胸に、その瞳に決死の覚悟を宿していた。彼らは、ユーフェミアとレオンハルト、モニカの護衛、そして作戦全体の円滑な遂行を、その命に代えても成し遂げる覚悟だった。
作戦決行前夜。三人は、山荘の暖炉の前で、静かに最後の言葉を交わしていた。
「ユーフェミア様、本当によろしいのですか? これから我々が向かうのは、死と隣り合わせの戦場です。そして、あなたの言葉が、世界に受け入れられる保証はどこにもありません。むしろ、さらなる混乱を招く可能性すら…」
レオンハルトは、最後の確認のように問いかけた。
ユーフェミアは、穏やかな、しかし揺るぎない微笑みを浮かべて答えた。
「ええ、覚悟はできています、レオンハルト様。たとえ私の声が誰にも届かなかったとしても、たとえ私が再び世界の敵として断罪されたとしても、私は伝えなければなりません。真実を、そして、私の本当の想いを。それが、あの忌まわしい事件で命を落とされた方々への、私にできる唯一の償いだと思うからです。そして、あなたとモニカさんが傍にいてくださる。それだけで、私には十分な勇気が湧いてきます」
その言葉は、もはや以前の彼女のような脆さはなく、多くの苦難を乗り越えた者だけが持つことのできる、気高さと強さに満ちていた。
モニカは、そんなユーフェミアの手を固く握りしめた。「ユーフェミア様、私たちは、必ずあなたをお守りいたします。そして、レオンハルト…あなたの背中は、私が守ります。いつものようにね」
その言葉に、レオンハルトもまた、力強く頷いた。「ああ、頼りにしている、モニカ。そして、ユーフェミア様…あなたのその勇気と覚悟が、きっと未来を照らす光となるでしょう。我々は、その光を、決して絶やしはしない」
三つの魂は、それぞれの覚悟を胸に、固い絆で結ばれていた。
夜が明け、東の空が白み始めた頃、彼らは行動を開始した。
夜陰に紛れ、あるいは戦場の混乱の隙を突いて、『ジークフリード・レジーナ』、『ディアナ・フェンサー』、そしてユーフェミアを乗せた白亜の護衛機が、影の騎士団の数機のKMFと共に、樹海の隠れ家から静かに、しかし力強く飛び立った。
彼らの目指す先は、ブリタニア軍と黒の騎士団が、エリア11の覇権を賭けて激しい死闘を繰り広げる、炎上するトウキョウ租界の中心部。あるいは、この混乱の元凶であるゼロ…ルルーシュ・ランペルージが潜んでいると予測される、アッシュフォード学園か。
レオンハルトの瞳には、確かな戦略と、そして愛する者たちを守り抜くという、揺るぎない決意が宿っていた。
「行くぞ…我々の戦いを、そして、我々の信じる未来を、この手で掴み取るために!」
白銀の騎士の号令と共に、反撃の狼煙が、今、静かに、しかし確実に、エリア11の混沌の空へと上げられようとしていた。
その先に待ち受けるのが、さらなる絶望か、それとも一縷の希望か。それはまだ、誰にも分からない。
ただ、彼らは、もう決して立ち止まることはなかった。