コードギアス:静観者のアリア   作:F.M

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第24話:トウキョウ租界炎上、三つの意志の奔流と響き渡る紫の慟哭

漆黒の煙が天を覆い、焦げ付くような匂いが鼻腔を刺す。かつて極東の経済と文化の中心として栄華を誇ったトウキョウ租界は、今やブリタニア帝国とそれに反旗を翻した黒の騎士団による、終わりなき市街戦の舞台と化していた。破壊されたビルディングの残骸が瓦礫の山と化し、アスファルトの道路は無数のクレーターとナイトメアフレームの轍で抉られ、炎上する車両からは絶え間なく黒煙が立ち上っている。その地獄のような光景の中を、ブリタニア軍のサザーランドやグロースター、そして黒の騎士団の無頼といったKMFが、互いに憎悪の火線を交わし、無益な殺戮と破壊を繰り返していた。ブラックリベリオン――その戦火は、既に多くの無辜の市民の命を飲み込み、エリア11全土を絶望の淵へと突き落とそうとしていた。

 

夜明けと共に富士の樹海の隠れ家を飛び立ったレオンハルト・ジークフリート-・アイゼン、ユーフェミア・リ・ブリタニア、そしてモニカ・クルシェフスキーの一行は、ブリタニア軍と黒の騎士団双方の厳重な索敵網を、レオンハルトの卓越した操縦技術と「オーディン・アイ・ネクスト」による精密な航路予測によって巧みにかいくぐり、この炎上するトウキョウ租界の上空へと到達していた。彼らの眼下に広がるのは、まさに地獄そのものだった。

 

「これが…今のトウキョウ租界…なんて、なんて酷い…」

ユーフェミアを乗せた白亜の護衛機(その機体は、かつて彼女が平和の祭典で搭乗することを夢見た、非武装の儀礼用グロースターを、レオンハルトの両親が極秘裏に防御力と機動性を強化改造したものだった)のメインモニターに映し出される、破壊と死の光景に、彼女は言葉を失い、その美しい顔を深い哀しみと、そして抑えきれない怒りに歪ませた。自らが夢見た「行政特区日本」の理想とは、あまりにもかけ離れた、あまりにも無残な現実が、そこには広がっていたのだ。先の式典での悲劇の記憶が、彼女の脳裏に鮮明に蘇り、胸が張り裂けそうな痛みが襲う。

「殿下、お気を確かに。我々が為すべきことは、この悲劇を、この憎悪の連鎖を、少しでも早く終わらせることです。そのためには、まず、あなたの『声』を、この戦場にいる全ての人々に届けなければなりません」

通信機越しに聞こえるレオンハルトの声は、常に変わらぬ冷静さを保ちつつも、その奥には、この惨状に対する深い憤りと、ユーフェミアへの労りの念が複雑に混じり合っていた。彼もまた、この無益な殺戮と破壊を目の当たりにし、自らの無力さを痛感すると同時に、この状況を作り出した全ての要因――ブリタニアの圧政、ゼロの野心、そしてギアスという呪われた力――に対する、静かな、しかし燃えるような怒りを抱いていた。

 

彼らが最初の目標地点として定めたのは、トウキョウ租界の中心部に位置し、現在ブリタニア軍と黒の騎士団による最も激しい攻防が繰り広げられている、旧トウキョウタワー周辺だった。そこは、戦術的にも極めて重要な拠点であり、同時に、かつてクロヴィスが芸術を愛した場所として、そして今は戦火の象-徴として、エリア11の人々にとって特別な意味を持つ場所でもあった。両軍の主力級の戦力が集中し、一進一退の激しい攻防が繰り広げられていた。

 

「モニカ、ユーフェミア殿下の護衛は貴女に一任する。いかなる状況下でも、殿下の安全を最優先に確保してくれ。俺は、まずこの戦場の混乱を一時的にでも収拾し、双方に停戦の呼びかけを行う。影の騎士団の各機は、殿下の護衛機を中心に円陣防御陣形を形成し、いかなる敵の接近も許すな。これは、我々の最初の、そして最も重要な一手だ」

レオンハルトは、白銀の騎士『ジークフリード・レジーナ』のコックピットで、周囲の戦況を瞬時に分析しながら、的確かつ迅速に指示を下す。その声には、一点の迷いもなかった。

「了解しました、レオンハルト! ユーフェミア様は、この私が命に代えてもお守りいたします! あなたも、決して無茶はなさらないで。必ず、生きて私たちの元へ戻ってきてください!」

紅蓮の騎士『ディアナ・フェンサー』を駆るモニカの声には、レオンハルトへの絶対的な信頼と、そして彼を失うことへの深い恐れが、切ないほどに込められていた。彼女は、MVSレイピア「シルバースティング・アウローラ」を抜き放ち、その切っ先を天に向け、ユーフェミアの護衛機のすぐ隣に位置取り、全神経を周囲の警戒に集中させた。

 

『ジークフリード・レジーナ』は、その背部に装備された可変式スラスターユニット「エンジェルフェザー」を純白の翼のように大きく広げ、まるで戦場に舞い降りた裁きの天使、あるいは絶望の中に現れた一筋の希望の光のように、旧トウキョウタワーの上空へと急上昇した。その白銀に輝く優美な機影は、黒煙と炎に包まれた絶望的な戦場において、否が応でも全ての者の注目を集めずにはいられなかった。ブリタニア兵も、黒の騎士団の兵士も、一瞬、そのあまりにも異質な、そして神々しいまでの存在感に、戦闘行動を中断し、空を見上げた。

 

「全軍に告ぐ! 我が名は、神聖ブリタニア帝国特務少佐、レオンハルト・ジークフリート・アイゼン! これ以上の無益な戦闘行為は、直ちに中止せよ! 我々は、ブリタニア軍、黒の騎士団双方に対し、一時的な停戦を、そして対話を要求する!」

レオンハルトの声は、KMFの外部スピーカーを通じて増幅され、戦場全体に雷鳴のように響き渡った。その声は、若々しいながらも、絶対的な自信と、何者にも屈しないという強靭な意志、そして聞く者の心を揺さぶる不思議なまでの威厳に満ちていた。

彼の突然の出現と、そのあまりにも大胆不敵な停戦要求に、ブリタニア軍、黒の騎士団双方の最前線部隊は、一瞬、完全に動きを止めた。あの「白銀の悪魔」が、なぜこのタイミングで、このような常軌を逸した要求を? 多くの兵士たちが、深い困惑と疑念、そしてわずかな期待の入り混じった表情を浮かべた。

 

しかし、その奇跡的な静寂は、長くは続かなかった。

「戯言を抜かすな! ブリタニアの犬が、一体何を企んでいるというのだ! 全員、あの白い悪魔を撃ち落とせ!」

黒の騎士団の一部隊長らしき男が、ゼロの不在による指揮系統の混乱からか、あるいはレオンハルトへの個人的な憎悪からか、怒声と共に旧式の無頼で『ジークフリード・レジーナ』に無謀な攻撃を仕掛けてきた。それを皮切りに、他の黒の騎士団のKMFも、次々とレオンハルトへと襲いかかる。彼らにとって、「白銀の悪魔」は不倶戴天の敵であり、その首を取ることは最大の戦功となるはずだった。

「やむを得んか…やはり、言葉だけでは通じぬか…!」

レオンハルトは短く呟くと、その手に握る可変MVS「ツヴァイヘンダー・ランツェ」を構えた。彼は、最初から話し合いだけでこの複雑怪奇な事態が収拾できるなどとは、楽観的には考えていなかった。まずは、力でこの戦場を「沈黙」させ、対話のテーブルに着かせるための「場」を、自らの手で作り出す必要があったのだ。

白銀の騎士は、群がる無頼の集団の中に、まるで嵐の中心に飛び込むかのように、しかし一切の躊躇なく突っ込んでいった。その動きは、もはや人間の反射速度を超越しており、無頼の放つ銃弾やロケット弾はことごとく空を切り、逆に『ジークフリード・レジーナ』の一撃一撃が、まるで外科手術のように的確に、そして容赦なく敵機の戦闘能力を奪っていく。それは、無慈悲な殺戮ではなく、計算され尽くした制圧。レオンハルトは、可能な限りパイロットの命を奪うことなく、しかし確実に、黒の騎士団の戦力を、そして彼らの戦意を削いでいった。彼の戦いは、もはや武術ではなく、芸術の域に達していた。

 

一方、ブリタニア軍側も、レオンハルトの突然の、そして理解不能な行動に戸惑い、混乱していた。

「アイゼン少佐は一体何を考えているのだ!? なぜ我々にまで戦闘を中止せよなどと…! あれは敵前逃亡、いや、利敵行為ではないのか!?」

最前線で指揮を執っていた指揮官の一人が、怒りを露わにし、レオンハルトを拘束せよと命令を下そうとした。しかし、その時、彼らの通信に、エリア11総督コーネリア・リ・ブリタニアからの直接命令が割り込んできた。その声は、常の彼女からは想像もできないほど、疲労と、そして妹ユーフェミアへの複雑な想いを滲ませていた。

「全軍、一時的に攻撃を停止し、アイゼン少佐の指示に従え。ただし、敵が明確な攻撃行動を示した場合は、躊躇なく反撃し、これを殲滅せよ。アイゼン少佐には、何か…何か考えがあるのだろう。彼の判断を、今は信じるしかない…」

コーネリアは、レオンハルトの真意を測りかねていた。しかし、先の成田での彼の功績と、その並外れた能力、そして何よりも、妹ユーフェミアが彼を深く信頼しているという事実を考慮し、あえて彼の常軌を逸した行動を、苦渋の決断の末に(一時的にではあるが)静観することを選んだのだ。彼女の胸中には、もしレオンハルトがユーフェミアの理想を少しでも実現できるのなら、という、万に一つの希望も、あるいはあったのかもしれない。

 

レオンハルトの圧倒的な戦闘力と、コーネリアの鶴の一声により、旧トウキョウタワー周辺の激しい戦闘は、一時的にではあるが、まるで嘘のような、奇妙なまでの静けさを取り戻した。硝煙の匂いと、遠くで響く爆発音だけが、ここが依然として戦場であることを物語っていた。

その張り詰めた静寂を破ったのは、ユーフェミア・リ・ブリタニアの、か細い、しかし凛とした、そして何よりも誠実な響きを持った声だった。彼女を乗せた白亜の護衛機は、モニカの『ディアナ・フェンサー』と、レオンハルトが率いる「影の騎士団」の数機のKMFに厳重に守られながら、ゆっくりと戦場の上空へと進み出ていた。そして、その機体の外部スピーカーから、ユーフェミアの肉声が、戦場にいる全ての者たちの心に直接語りかけるかのように、放送され始めたのだ。

 

「ブリタニア軍の皆さん、そして、黒の騎士団の皆さん…どうか、これ以上の戦いは、これ以上の憎しみ合いはやめてください。私は、ユーフェミア・リ・ブリタニアです。先の、行政特区日本設立式典において、私は、この私の口から、取り返しのつかない、あまりにも恐ろしい言葉を発してしまいました。その結果、多くの尊い命が失われ、このエリア11は、深い悲しみと絶望に包まれています。その責任は、全て、この私にあります。心から、深く、深く、お詫び申し上げます」

彼女の声は、涙で震えていたが、その言葉の一つ一つには、偽りのない誠実さと、犯してしまった(と彼女が信じている)罪への深い悔恨の念が、痛いほどに込められていた。

「しかし、あの時の私は、正常な状態ではありませんでした。何者かの、恐ろしい、抗いようのない力によって、私の意思は完全に奪われ、操られていたのです。信じられないかもしれませんが、これが、紛れもない真実です。私は、日本人を虐殺するなどということは、決して、決して望んではいませんでした。私は、ただ、皆さんと手を取り合い、共に笑い合える、平和な世界を築きたいと、心の底から、そう願っていただけなのです…!」

 

ユーフェミアの衝撃的な告白は、戦場にいた全ての者たちに、そしてその放送を受信していたエリア11全土の人々に、巨大な動揺と衝撃を与えた。ブリタニア兵たちは、自分たちが信じていた「虐殺皇女」の姿と、今、目の前で涙ながらに真実を訴えるユーフェミアの痛々しい姿との間で、激しく混乱していた。黒の騎士団のメンバーたちもまた、彼女の言葉の真偽を測りかね、戸惑いの表情を浮かべていた。ある者は怒りを露わにし、ある者は疑念の目を向け、そしてまたある者は、彼女の悲痛な叫びに、わずかながらも心を動かされ始めていた。

そして、その放送を、アッシュフォード学園の地下秘密基地で、複雑な表情で聞いていたルルーシュ・ランペルージは、仮面の下で、激しい衝撃と、言葉にできないほどの罪悪感に打ちのめされていた。

(ユーフェミア……お前は、全てを知ってしまったというのか…? そして、それを、今、この場所で、全世界に向けて…! 俺のギアスが…俺の愚かな過ちが、お前をここまで…!)

彼の計画は、ユーフェミアのこの予期せぬ、そしてあまりにも純粋でまっすぐな行動によって、大きく、そして決定的に狂い始めていた。彼の胸には、妹ナナリーへの想いと共に、かつての初恋の人であったユーフェミアへの、償いきれないほどの罪の意識が、重く、そして深くのしかかっていた。

スザクもまた、ランスロットのコックピットで、ユーフェミアの言葉を息を詰めて聞いていた。彼女が操られていたという真実。その事実は、彼の心を激しく揺さぶり、そして彼女への想いと、彼女を守りたいという決意を、より一層強固なものにした。

 

「私は、この場で、改めて、そして何度でも宣言いたします。行政特区日本の構想は、決して間違いではなかったと、今でも、心の底から信じています。どうか、皆さん、もう一度、私たちに、話し合う機会をください。憎しみと暴力の連鎖を断ち切り、ブリタニア人も日本人も関係なく、全ての人が手を取り合って、共に新しい未来を築くために…! お願いします…!」

ユーフェミアの魂からの叫びは、戦場の喧騒を切り裂き、多くの人々の心の奥深くに、小さな、しかし確かな、そして無視できないほどの大きさの波紋を広げていった。

 

レオンハルトは、『ジークフリード・レジーナ』のコックピットで、そのユーフェミアの、あまりにも健気で、そしてあまりにも勇気に満ちた言葉を、胸を締め付けられるような、そして誇らしいような思いで聞いていた。

(ユーフェミア様……あなたは、やはり…誰よりも強く、そして気高いお方だ。この絶望的な状況の中で、これほどの勇気と誠意を示すとは…! あなたのその想いを、俺は、俺たちは、決して無駄にはしない!)

彼は、彼女のその勇気と覚悟を、何があっても守り抜き、そして彼女の理想が実現する未来を、この手で掴み取ると、改めて心に誓った。

 

しかし、このユーフェミアの魂からの訴えが、全ての者の心に届き、戦いを終わらせるほど、現実は甘くはなかった。

「戯言を! ブリタニアの皇女の言葉など、誰が信じるものか! あれは、我々黒の騎士団を油断させ、殲滅するための卑劣な罠だ! 全軍、攻撃を再開せよ! あの女狐ユーフェミアを捕らえ、ゼロ様のもとへ連行するのだ!」

黒の騎士団の過激派の一部、特にゼロの不在によって統率を失い、復讐心に燃える者たちが、ユーフェミアの言葉を無視し、再び攻撃を開始しようとした。彼らにとっては、ユーフェミアは依然として許すべからざる「虐殺皇女」であり、その言葉は偽善にしか聞こえなかったのだ。

そして、ブリタニア軍内部にも、ユーフェミアのこの独断的な行動を「敵前での利敵行為」「皇族にあるまじき弱腰」と見なし、彼女を拘束し、総督府へと連れ戻そうとする強硬派の動きが出始めていた。彼らにとっては、ナンバーズとの融和などありえず、力による支配こそが正義だった。

 

「そうはさせるか!」

レオンハルトとモニカは、再びKMFを駆り、ユーフェミアを守るために、そして彼女の言葉が持つ、まだ小さな、しかし確かな可能性の芽を守るために、ブリタニア軍、黒の騎士団双方の過激派と、三度対峙する。

トウキョウ租界の空は、再び硝煙と怒号、そして無数のナイトメアフレームの金属音が交錯する、混沌の戦場へと逆戻りしようとしていた。

三つの意志――エリア11に真の平和と融和を願うユーフェミアの、あまりにも純粋で気高い紫の理想。それを何としてでも守り抜き、悲劇の運命を覆そうとするレオンハルトの、鋼のように強く、そしてどこか悲しみを帯びた白銀の決意。そして、その二人を信じ、彼らと共に戦い、未来を切り開こうとするモニカの、燃えるような金の忠誠――は、この炎上する都市の中心で、激しくぶつかり合い、そして新たな未来を模索し始めていた。

ブラックリベリオンの戦いは、まだ終わらない。しかし、その戦いの意味は、そしてその戦いの行方は、ユーフェミア・リ・ブリタニアという一人の皇女の、勇気ある一声によって、確実に、そして大きく変わり始めていた。

その変化が、吉と出るか、凶と出るか。それは、まだ誰にも予測できない。

ただ一つ確かなことは、レオンハルトたちの、そしてエリア11の運命を賭けた戦いは、まだ始まったばかりだということだった。

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