トウキョウ租界官庁街上空は、レオンハルト・ジークフリート・アイゼンの駆る純白の騎士『ジークフリート・レジーナ』と、ゼロ率いる黒の騎士団精鋭部隊との間で繰り広げられる、息を呑むような、そして一方的とも言える攻防戦の舞台と化していた。ユーフェミア・リ・ブリタニアの魂の演説によって一時的に生まれた戦場の静寂は、ゼロの冷徹な判断と黒の騎士団の組織的な奇襲によって無残にも破られ、戦火は再び、そしてより激しく、エリア11の空を焦がしていた。
「藤堂! 四聖剣! あの白銀の悪魔を何としても食い止めろ! 我々がブリタニアの中枢を叩くまでの、ほんのわずかな時間でいい! 他の部隊は、予定通り目標施設を制圧し、ブリタニアの息の根を止めるのだ!」
ゼロの指示は、仮面の下の焦りを隠すかのように、しかし依然として冷徹かつ的確だった。彼は、レオンハルトという計算外の、あまりにも強大な障害を、藤堂鏡志朗と四聖剣、そしてカレン・シュタットフェルトの紅蓮弐式という、黒の騎士団が誇る最強の戦力をもって足止めし、その間に別動隊によってブリタニア軍の重要拠点を陥落させるという、一点集中の突破ではなく、多方面同時攻撃による飽和攻撃にも似た作戦を展開していた。
「承知!」
藤堂の駆る月下と、四聖剣の月下部隊、そしてカレンの紅蓮弐式が、再び『ジークフリート・レジーナ』へと猛然と襲いかかる。彼らは、先の戦闘でレオンハルトの圧倒的な実力と、愛機『ジークフリート・レジーナ』の恐るべき性能を骨身に染みて理解してはいたが、ゼロの命令と、そしてブリタニア打倒という大義、何よりも仲間たちの未来のために、死をも恐れぬ不退転の気迫で挑んできた。月下の太刀筋は、日本古来の剣術を彷彿とさせる鋭さと変幻自在さを持ち、紅蓮の輻射波動は、触れるもの全てを溶解させる絶対的な脅威を秘めている。彼らの連携は、先の戦闘での苦い経験を糧とし、より洗練され、レオンハルトといえども油断すれば一瞬で致命傷を負いかねないほどの、凄まじいプレッシャーを放っていた。
「くっ…! さすがに、この数を、しかも月下と紅蓮弐式という高性能機を同時に相手にするのは骨が折れるな…! だが!」
レオンハルトは、ツヴァイヘンダー・ランツェを巧みに操り、ヴァリス「ケーニッヒスシュトラール」を撃ち込みながら、彼らの猛攻を凌いでいた。「オーディン・アイ・ネクスト」が絶えず最適な回避ルートと反撃のタイミングを彼の網膜に投影し続けるが、敵の数はあまりにも多く、そして何よりも、彼らの戦意は、絶望的な状況下であるからこそ、異常なまでに高揚していた。
(ゼロの狙いは、俺をここに釘付けにし、その間に他の拠点を落とすことか…! だが、ここで俺が退けば、この官庁街は一瞬で陥落し、ブリタニア軍の指揮系統は完全に麻痺する。ユーフェミア様とモニカの安全も、そしてエリア11の未来も、全てが終わってしまう…! それだけは、絶対に避けねばならない!)
レオンハルトは、圧倒的な不利を悟りながらも、決して退くという選択肢を脳裏に浮かべることはなかった。彼の背中には、守るべきものの重みが、確かに存在していたのだ。
彼は、これまでの防御的な戦いから一転、まるで猛獣が檻から解き放たれたかのような、苛烈なまでの攻撃的な機動へと切り替えた。『ジークフリート・レジーナ』のエンジェルフェザーが最大展開し、機体はまるで意思を持ったかのように、予測不可能な三次元機動を開始する。その動きは、もはや藤堂やカレンといった当代屈指のエースパイロットですら目で追うのが困難なほどの高速かつ変幻自在なものだった。それは、白銀の流星が戦場を縦横無尽に駆け巡るかのようだった。
「なっ…動きが変わっただと!? さっきまでとはまるで別人だ!」
藤堂が、長年の戦場経験をもってしても信じられないといった驚愕の声を上げる。
「逃がすか!」カレンの紅蓮弐式が、その右腕に搭載された輻射波動機構を起動させ、高熱のエネルギー波をレオンハルトへと放つが、『ジークフリート・レジーナ』はそれをまるで嘲笑うかのように紙一重で回避し、逆にその懐へと、一瞬にして、しかし恐ろしいほどの静けさで潜り込む。
「甘い! その程度の直線的な攻撃、見切っている!」
ツヴァイヘンダー・ランツェがソードモードで閃光を放ち、紅蓮弐式の右腕(輻射波動機構)を、寸分の狂いもなく、関節部から的確に、そして容赦なく切断した。高熱を発していた爪が、虚しく宙を舞う。
「きゃあああっ! 私の紅蓮が…!」カレンの悲痛な叫びが、コックピット内に響き渡った。
「カレン!」「隊長!」
四聖剣の月下部隊が、紅蓮弐式を援護しようと一斉に殺到するが、レオンハルトは完全に冷静だった。彼の瞳は、まるで氷のように冷たく、戦場全体を俯瞰していた。
「オーディン・アイ・ネクスト、全方位飽和攻撃パターン、シークエンス・オメガ、実行!」
『ジークフリート・レジーナ』の全身に巧妙に隠された小型ミサイルポッドや、高精度のビームバルカンが一斉に火を噴き、月下部隊の完璧な連携を寸断し、次々とその機動力を奪っていく。それは、まさに白銀の嵐。一騎当千という言葉すら生温いほどの、圧倒的な蹂躙だった。月下の太刀は虚しく空を切り、マシンガンの弾丸は白銀の装甲に弾かれる。
藤堂の駆る月下もまた、その老練な剣技と戦術で必死に応戦するが、レオンハルトの超人的な反応速度と、彼と完全に一体化した『ジークフリート・レジーナ』の圧倒的な機体性能の前に、徐々に、しかし確実に追い詰められていく。
「くっ…これが…ナイトオブラウンズをも超えると言われる男の実力か…! 我々の力が、そして月下の性能が、ここまで通用しないとは…! まるで、赤子扱いだ…!」
藤堂は、唇を噛み締め、長年の戦歴の中で初めてかもしれない、絶対的な力の差というものを痛感し、敗北を悟り始めていた。彼の額には、冷や汗が玉のように浮かんでいた。
アッシュフォード学園の地下秘密基地で、その絶望的な戦況を複数のモニター越しに見ていたゼロは、仮面の下でギリッと奥歯を噛み締めた。彼の計算では、藤堂鏡志朗、カレン・シュタットフェルト、そして四聖剣という、黒の騎士団が誇る最強の布陣であれば、たとえ相手が「白銀の悪魔」レオンハルト・アイゼンであったとしても、足止め程度は可能であり、その間に他の重要拠点を制圧できると踏んでいた。しかし、現実はその予測を遥かに、そして残酷なまでに超えていた。レオンハルト・アイゼンは、まさに悪魔的なまでの強さで、黒の騎士団最強の戦力を、一方的に、そして徹底的に打ち破ろうとしていたのだ。
(このままでは、藤堂たちが全滅する…! それだけは、絶対に避けなければならない! そして、このレオンハルト・アイゼンという男を放置すれば、我々黒の騎士団の計画そのものが頓挫する…! やむを得ん…これを使うしか…!)
ゼロは、苦渋に満ちた表情で、しかし迅速に決断を下した。それは、彼にとって最後の切り札であり、そして同時に、その存在自体がブリタニアにとって最大の禁忌の一つであるはずの、恐るべき力だった。
「C.C.! 聞こえるか! 約束の『切り札』を、今すぐ戦場に投入しろ! 目標は、『白銀の悪魔』レオンハルト・アイゼン! 何としても、奴を無力化し、藤堂たちを救出するのだ!」
彼の声には、隠しきれない焦りと、そしてレオンハルトへの剥き出しの敵意が込められていた。
そのゼロの命令を受け、トウキョウ湾上空に、まるで夜の闇そのものが凝縮したかのように待機していた漆黒の巨大なナイトメアフレームが、ついにその重々しい翼を広げ、行動を開始した。それは、ブリタニアが極秘裏に神根島で開発していたデータを元に、ゼロが日本の技術者たちの協力を得て独自に改良を加え、そして彼の共犯者であるC.C.をパイロットとして搭乗させた、規格外の試作KMF「ガウェイン」。その両肩には、戦略級の破壊力を持つハドロン砲が、不気味なまでのエネルギーを充填させ、今にも解き放たれんとしていた。
ガウェインは、その巨体に似合わぬ驚異的な速度でトウキョウ租界官庁街へと飛来する。その出現は、戦場にいる全ての者の動きを止め、新たな絶望、あるいは一縷の希望を、それぞれの胸に抱かせた。その威圧感は、他のいかなるナイトメアフレームとも比較にならない、異次元のものだった。
レオンハルトは、藤堂の月下にとどめを刺そうとした、まさにその瞬間、背後から感じた、肌を刺すような、そして魂を直接揺さぶるかのような強大なプレッシャーに、咄嗟に回避行動を取った。それは、KMFのセンサーが捉える物理的な脅威とは異なる、もっと根源的な、ギアスに近い何かを感じさせるものだった。
(この気配は…なんだ!? これまでのKMFとは明らかに次元が違う…! このシルエット、そしてこの圧倒的なエネルギー反応…間違いない!)
彼が振り返った先には、月光を背に、禍々しいまでのオーラを放つ漆黒の巨人、ガウェインが、その巨大な翼を広げて浮遊していた。その両肩に鎮座するハドロン砲は、今にも世界を焼き尽くさんとするかのように、不気味な紫色の輝きを湛えている。
「あれは……ガウェインか! 神根島(かみねじま)でブリタニアが開発していたものを、ゼロの奴が盗み出したというのか! そして、あのコックピットの反応…複数…まさか、ゼロとC.C.の二人乗りか!」
レオンハルトの表情に、初めてと言っていいほどの驚愕と、そして最大限の警戒の色が浮かんだ。ガウェインの存在と、それが神根島で開発されていた試作機であることは原作知識として知っていた。そして、それをゼロが何らかの手段で入手し、実戦投入してくる可能性も、彼のシミュレーションの中には確かに存在していた。しかし、実際に目の当たりにするその威圧感と、ハドロン砲という規格外の戦略兵器、そして何よりも、ゼロとC.C.という、ギアスに最も深く関わる二人が同時に搭乗しているであろうという事実は、彼の予測と想像を遥かに超えていた。これは、単なる高性能KMFの出現以上の、計り知れない、そして底知れない脅威だった。この戦いは、もはや単なるナイトメアフレーム同士の戦闘ではなく、ギアスという不可視の力が深く関わる、より危険な、そして予測不可能な領域へと足を踏み入れたことを意味していた。
トウキョウ租界の空は、黒煙と炎、そして新たに現れた漆黒の巨人の影によって、ますますその混沌の度を深めていく。
白銀の騎士は、黒の騎士団最強の戦力を退けたものの、今度はそれをも上回るかもしれない、未知の、そして禁断の敵と対峙することになる。そして、ユーフェミアの祈りは、本当にこの絶望的な戦場に届くのだろうか。
ブラックリベリオンは、誰もが予測しなかった、新たな、そしてより破滅的な局面へと、否応なく突入しようとしていた。