神聖ブリタニア帝国にとって、エリア11は依然として不安定な火種を抱えた地であった。ゼロ率いる「黒の騎士団」は着実にその勢力を拡大し、ブリタニアに対する新たな挑戦の機会を窺っていた。レオンハルト・ジークフリート・アイゼンは、その若さにも関わらず「白銀の波動」と畏怖される特務少佐として、愛機『ジークフリード・レジーナ』と共に、コーネリアの剣としてエリア11の秩序維持に奔走していた。彼の特異な感覚は、常にゼロの次の一手の「気配」を予測させ、ブリタニア軍に有利な状況を作り出すことに貢献していたが、同時に歴史の大きな流れに抗うことの難しさも痛感させていた。
そして、その予感は最悪の形で現実のものとなる。「河口湖コンファレンスセンターホテルジャック事件」。
サクラダイトの国際会議が行われている、風光明媚な湖畔の高級ホテルが、日本解放戦線の幹部、草壁徐水率いるテロリストグループによって占拠されたのだ。多数のブリタニア要人や各国の外交官、そして運悪く居合わせてしまったアッシュフォード学園の生徒たちが人質となった。さらに、その中には、ブリタニア帝国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアの姿もあった。
「アイゼン少佐、ギルフォード! 直ちに全部隊を率いて河口湖へ急行せよ! 何としてもユーフェミアを、そして全ての人質を無事に救出するのだ!」
エリア11総督府の作戦司令室は、突如として発生した未曾有のテロ事件に騒然となっていた。コーネリアの怒号にも似た命令が、室内に響き渡る。その美しい顔は憤怒と焦燥に歪み、妹であるユーフェミアの身を案じる波長が、痛いほどに伝わってくる。
「御意!」
レオンハルトとギルフォードは、力強く応え、それぞれの部隊を率いて現場へと急行した。レオンハルトの胸中には、原作の記憶が知識として蘇ると同時に、彼の感覚がこの事件の異常な「空気」を捉えていた。
(草壁中佐によるホテルジャック……そして、ユーフェミア様が人質に。この事件の波長は、非常に複雑だ。ブリタニア軍の強硬策はことごとく空回る流れにある。そして、その淀んだ空気の中に、ゼロという異質な波長が介入してくる。俺の感覚と『ジークフリード・レジーナ』の力で、この不協和音を、少しでも調和のとれた方向へと導くことはできないのか?)
河口湖周辺は、瞬く間にブリタニア軍によって厳重な包囲網が敷かれた。しかし、日本解放戦線のテロリストたちは、ホテルの堅牢な構造と、湖という天然の要害を利用し、巧みにブリタニア軍の攻撃を退けていた。
コーネリアは、業を煮やし、次々と新たな作戦を指示するが、人質の安全を考慮せねばならず、どれも決定打とはなり得ない。時間は刻一刻と過ぎ、焦りの波長がブリタニア軍全体を覆い始めていた。
レオンハルトは、『ジークフリード・レジーナ』のコックピットで、戦場の「流れ」を静かに感じ取っていた。AI「オーディン・アイ・ネクスト」が収集する膨大な情報と、彼の原作知識、そして何より彼の直感が、一つの可能性を導き出す。
(このままでは、ブリタニア軍は手詰まりになる。そして、その淀みを待っていたかのように、ゼロが現れる。彼の目的は、ユーフェミア様や生徒たちの救出を大義名分とし、草壁を取り込み、黒の騎士団の戦力を増強すること。何よりも、この事件を利用して自らの名をさらに高め、ブリタニアの無能さを世界に知らしめることだ)
その予測通り、八方ふさがりの状況に陥ったコーネリアの元に、ゼロから通信が入った。
『コーネリア総督、お困りのようだね。君の愛する妹君も、今頃ホテルの中で震えているのではないかな? 我々黒の騎士団が、君たちに代わって、ユーフェミア皇女殿下と人質の方々を救出して差し上げよう』
ゼロの挑発的な言葉に、コーネリアは激昂したが、他に有効な手段がないことも理解していた。ユーフェミアの安全が最優先事項である以上、この屈辱的な提案を受け入れざるを得ない。
レオンハルトは、このゼロの動きを、通信の波長から感じ取っていた。
(やはり来たか、ゼロ。だが、奴の真の目的は、草壁との交渉ではない。草壁の思想…「日本復興」という過去に囚われた響きは、ゼロの奏でる、より大きな変革の旋律とは相容れない。奴は、草壁を利用価値無しと判断すれば、容赦なく切り捨てるはずだ。ギアスを使って…!)
彼は、これから起こるであろう悲劇の予感を、肌で感じていた。
ゼロは、ブリタニア軍の黙認の元、ホテル内部へと侵入し、草壁中佐との面会を果たした。そして、レオンハルトの予測通り、ルルーシュは草壁を不要と断じ、冷酷にギアスを発動。「死ね」という絶対的な命令で、日本解放戦線を同士討ちという形で自滅させた。その光景は、隠しカメラを通じて、コーネリアやレオンハルトにも中継されていた。
「これが……ゼロのやり方か……! 味方すらも、平然と駒として切り捨てる……!」
ギルフォードが戦慄の声を上げる。レオンハルトは、無言でその映像を見つめていた。原作で知っていたとはいえ、実際に目の当たりにするギアスによる惨劇は、彼の感覚に冷たい不協和音となって響いた。
テロリストたちが自滅した後、ゼロは、人質となっていたユーフェミアと出会う。
「ユーフェミア」
「ゼロ……!」
驚きと困惑の表情を浮かべるユーフェミアに対し、ルルーシュは仮面の下で冷たい笑みを浮かべ、銃口を向けた。
その非情な言葉と共に、ゼロが引き金を引こうとした、その瞬間――。
ゴゴゴゴゴッ……!!!
ホテル全体が、地震のように激しく揺れ動き、一部が崩落し始めた。
(この波動…ランスロットか!)
レオンハルトは、即座に状況を判断した。コーネリアが、ゼロの独断専行を許さず、特派に出撃を命じたのだ。ランスロットはライフライントンネルから突入し、邪魔な雷光を撃破。そして、そのままホテルの基礎構造部分を破壊し、物理的にゼロの行動を阻止しようとしたのだ。
「ギルフォード卿! ホテルが崩落する! 何としてもユーフェミア様を!」
レオンハルトは叫び、部下たちに人質救出を急がせる。しかし、その瞬間、ホテルの中央部から、さらなる大規模な爆発が起こった。
(ゼロの仕掛けた爆弾か! 奴め、この不協和音すらも計算に入れていたというのか! 混乱に乗じて逃走するつもりだ!)
崩れ落ちる瓦礫と爆炎。レオンハルトは、もはや躊躇わなかった。彼の感覚は、ただ一点、ユーフェミアの放つ清らかな、しかし恐怖に揺れる波長だけを捉えていた。
「全機、人質救出を最優先! 私は殿下の元へ向かう!」
彼は命令を下すと同時に、『ジークフリード・レジーナ』のスラスターを全開にした。機体は轟音と共にホテルの壁を突き破り、崩落する天井と床の間を縫うように、ユーフェミアの元へと飛翔する。
「ユーフェミア様!」
彼の声が、彼女の耳に届く。瓦礫が彼女に降り注ごうとしたその刹那、純白の翼「エンジェルフェザー」が展開し、彼女を瓦礫から守るように覆いかぶさった。それは、絶望の中に舞い降りた、守護天使の姿そのものだった。
「アイゼン…少佐……?」
翼の隙間から見上げるユーフェミアの瞳に、安堵と、そして今まで見たことのない強い信頼の光が宿った。
混乱の中、人質は次々と救出され、ゼロもまた巧みに戦場から離脱した。
レオンハルトは、ユーフェミアの無事を確認すると、安堵の息をついた。原作の大きな流れは変えられなかったが、少なくとも彼女の命を、その尊厳を、自らの手で守り抜くことができた。それは、彼にとって何物にも代えがたい、確かな手応えだった。
事件終息後、ルルーシュはテレビ電波をジャックし、全世界に向けて高らかに宣言した。
「聞け! 我々は、力あるものが、力なきものを襲うとき、再び現れるであろう! 力あるものよ、我を恐れよ! 力なきものよ、我を求めよ! 世界は、我々黒の騎士団が裁く!」
その宣言は、ブリタニアへの許しがたい挑戦であり、虐げられた者たちへの新たな希望の福音だった。
レオンハルトは、その放送を総督府の一室で聞いていた。彼の隣には、無事に保護されたユーフェミアが、まだ少し青白い顔で座っている。
「アイゼン少佐」
不意に、彼女が口を開いた。
「はい、殿下」
「ありがとう、ございました。あなたが…来てくれて、本当に……」
その声は震えていたが、その瞳は真っ直ぐに彼を見つめていた。その波長は、ただの感謝だけでなく、もっと深い、魂のレベルでの共鳴を感じさせた。
「……それが、私の奏でるべき音ですから」
彼はそう答えるのが精一杯だった。
(始まったな、ルルーシュ。お前の戦いが。そして、俺の戦いも……。この歪んだ世界で、俺は、この方を守り抜くことができるのか)
白銀の騎士の瞳には、エリア11の未来を憂う深い影と、それでもなお消えぬ決意の光が宿っていた。湖畔のホテルで繰り広げられた不協和音は、これから始まるより大きな交響曲の、ほんの序章に過ぎなかったのだ。
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