河口湖での事件は、エリア11の戦局に複雑な影を落とした。ゼロはその存在感を一層強め、黒の騎士団はカリスマ的指導者の下で勢力を拡大し、もはや単なるテロリストではなく、ブリタニアにとって無視できぬ反乱勢力としての地位を確立していた。
一方、エリア11総督コーネリア・リ・ブリタニアは、先の事件でゼロに翻弄されたことに、そのプライドを深く傷つけられていた。彼女は反乱分子を根絶やしにするため、日本解放戦線の最大拠点、成田連山への大規模な奇襲殲滅作戦を断行することを決定した。ブリタニア軍の圧倒的な物量で一気に勝敗を決するという、彼女らしい苛烈な作戦だった。
この作戦には、ギルフォード、ダールトンら精鋭に加え、「白銀の悪魔」レオンハルト・ジークフリート・アイゼンとその愛機『ジークフリード・レジーナ』もまた、中核戦力として組み込まれていた。
しかし、レオンハルトの胸中は複雑だった。原作知識を持つ彼は、この成田の戦いが、ブリタニア軍にとって、そしてコーネリアにとって、悲劇的な結末を迎えることを知っていたからだ。ゼロが引き起こす「奇跡」――大規模な土砂崩れ。それはブリタニア軍の主力部隊を壊滅させ、ゼロの名を不動のものにする。
(知っている…俺は、この先何が起こるかを知っている。この美しい山々が、多くの兵士たちの墓標となることを。ゼロは、この地形を利用し、人為的な天災を引き起こす。それをどうすれば…?)
彼の苦悩は深かった。原作の流れを大きく変えることへの恐れ。歴史の修正力という、目に見えない強大な力への畏怖。そして何より、ユーフェミアを守るという最優先事項への影響。下手に動けば、全てが悪い方向へ転がりかねない。だが、目の前で多くの命が失われるのを知りながら、何もしないことへの罪悪感もまた、彼の心を苛んでいた。
作戦決行前夜、レオンハルトは、コーネリアに対し、成田連山の地形の特異性について、強い懸念と共に進言した。
「総督、成田連山の地盤は極めて不安定です。過去に幾度も小規模な土砂災害の記録があります。敵がこの地形的弱点を熟知し、我々の進軍ルート上に大規模な罠…例えば、意図的な地滑りを誘発するようなものを仕掛けている可能性も考慮すべきかと。進軍ルートの再検討と、本隊の配置については再考をお願い致します」
しかし、コーネリアは、その進言を一蹴した。
「アイゼン少佐、君の慎重さは評価する。だが、それは臆病と紙一重だ。我がブリタニア軍の圧倒的な力の前に、いかなる小細工も通用せん。日本解放戦線のネズミどもは、この成田で一匹残らず殲滅する。余計な心配は無用。君は、私の剣として、ただ敵を斬り伏せることだけを考えろ」
彼女の自信に満ちた言葉が、レオンハルトの警告を空虚なものにした。彼は、唇を噛み締め、無力感に苛まれた。それでも、彼は諦めなかった。**自らが指揮する特務小隊の配置を、原作で土砂崩れの被害が特に大きかった区域から可能な限り遠ざけ、浸水や土砂の流入が予測される谷底ではなく、より標高の高い尾根筋に布陣させた。さらに、部下たちには、戦闘中も常に周囲の地形変化、特に山鳴りや地盤の微振動に最大限の注意を払い、異変を察知次第即座に高所へ退避するよう、極秘裏に厳命を下した。**それが、彼にできる精一杯の、密かな抵抗だった。
そして、運命の日が訪れた。ブリタニア軍の奇襲は、夜明けと共に開始された。ナイトメアの大部隊が、成田連山の日本解放戦線の陣地へと雪崩れ込んでいく。その圧倒的な物量の前に、日本解放戦線の防衛ラインは次々と突破された。レオンハルトの『ジークフリード・レジーナ』もまた、その先陣を切って戦場を舞い、敵KMFを次々と無力化していく。その白い機影は、敵にとっては死神、味方にとっては勝利の象徴だった。しかし、レオンハルトの心は晴れなかった。彼の脳裏には、これから起こる悲劇の光景が焼き付いていたからだ。
このブリタニア軍の動きを、ゼロは事前に正確に察知していた。彼は、黒の騎士団を率いて、成田連山へと密かに急行していた。だが、眼前に広がるのは、ブリタニア軍の圧倒的な戦力と、蹂躙されていく日本解放戦線の惨状。黒の騎士団のメンバーたちの間には、絶望的な戦力差に対する恐怖が広がっていた。
「だ、駄目だ…勝てるわけがない…!」
「相手はブリタニアの正規軍だぞ! しかも、あの『白銀の悪魔』までいやがる!」
その時、ゼロの声が、冷静かつ力強く、通信回線を響き渡った。
「怯えるな! 我々はブリタニアに一矢報いるために来たのではない! 勝つために来たのだ! この戦いで、私が奇跡を起こしてみせる!」
そして、ゼロは、彼の切り札を戦場へと解き放つ。
「行け! カレン! 紅蓮弐式と共に、ブリタニアに我々の力を見せつけてやれ!」
その瞬間、戦場に一条の真紅の閃光が迸った。輻射波動機構という恐るべき近接戦闘兵器を搭載した、紅蓮弐式。そのパイロットは、黒の騎士団のエース、カレン・シュタットフェルト。彼女は、紅蓮弐式の圧倒的な性能と、ブリタニアへの燃えるような憎しみを力に変え、ブリタニア軍のナイトメア部隊を次々と薙ぎ倒しながら、コーネリアの本陣へと猛然と迫っていく。
レオンハルトは、突如として現れた紅蓮弐式の圧倒的な戦闘能力に、原作知識とは別に、純粋な驚異を感じていた。
(あれが、紅蓮弐式……! そして、カレン・シュタットフェルトか。噂以上だ…! あの輻射波動は、ナイトメアフレームの装甲を容易く融解させる。近接戦闘においては、ランスロットすら凌駕する可能性を秘めている)
そして、その時が来た。レオンハルトが最も恐れていた瞬間。
ゼロが「奇跡」と称した、恐るべき作戦が発動されたのだ。
カレンの紅蓮弐式が、コーネリアの本隊を特定の谷間へと追い込んだ瞬間、山全体が不気味な唸りを上げた。地鳴り。そして、次の瞬間、大規模な土砂崩れが発生した。大量の土砂と岩石が、轟音と共にブリタニア軍の主力部隊へと襲いかかり、最新鋭のナイトメアフレームも、歴戦の兵士たちも、なすすべもなく飲み込まれていく。
レオンハルトは、事前に危険を察知し、自らの部隊を安全な高台へと退避させていたため、直接的な被害は免れた。彼の部下たちは、隊長の的確な指示のおかげで、奇跡的に全員が無事だった。しかし、それは広大な戦場における、ほんの小さな幸運に過ぎなかった。
眼下で繰り広げられる地獄絵図と、無線から聞こえてくる兵士たちの絶叫、そしてコーネリアの驚愕と怒りに満ちた声は、彼の心を深く抉った。
(これが……ゼロの「奇跡」……。知っていたはずなのに、何もできなかった。いや、俺は、自分の部下たちを守ることしかできなかった……!)
彼の顔は蒼白になり、唇を強く噛み締めた。その瞳には、深い絶望と、無力感が複雑に交錯していた。
「総督の御身が危険だ! 我々は直ちに本隊と合流し、総督をお守りする!」
レオンハルトは、自らの葛藤を振り払うように叫び、部下たちに指示を下した。彼の最優先事項は、ブリタニア軍人として、コーネリアの安全を確保することだった。
その途中で、彼のセンサーが一体の異常な熱源と機影を捉えた。真紅のナイトメアフレーム――紅蓮弐式。
「見つけたぞ、黒の騎士団のエース!」
レオンハ-ルトは、紅蓮弐式の前に立ちはだかった。
「あんたは……『白銀の悪魔』!?」
カレンの驚愕の声が通信機から響く。
「その機体…輻射波動か。厄介なものを持ち出してきたな。だが、お前ごときの腕で、この『ジークフリード・レジーナ』を止められると思うな!」
レオンハルトは、あえて挑発的な言葉を放ち、カレンの冷静さを奪おうとする。
「舐めるな! ブリタニアの犬が!」
カレンは怒りに身を任せるように、輻射波動をレオンハルトへと突き出した。
しかし、『ジークフリード・レジーナ』の動きは、カレンの予測を遥かに超えていた。紅蓮弐式の右腕が伸びきるよりも早く、白銀の機体は神速のステップでその攻撃範囲から離脱。同時に、ツヴァイヘンダー・ランツェがソードモードで閃き、紅蓮弐式の左腕を、肩の付け根から的確に、そして容赦なく切断した。
「なっ……!?」
カレンは、あまりの速さと正確さに言葉を失う。
「動きが単調すぎる。怒りに任せた攻撃など、当たるものか」
レオンハルトの声は、氷のように冷たかった。彼は、さらに追撃の手を緩めない。ヴァリスの精密射撃が、紅蓮弐式の脚部関節を破壊し、機動力を奪う。そして、最後はツヴァイヘンダー・ランツェの切っ先が、紅蓮弐式のコックピットハッチの寸前で静止した。
「……これが、お前と俺の差だ。今回は見逃してやる。だが、次に戦場で会った時は、容赦しない」
レオンハ-ルトは、そう言い放つと、行動不能に陥った紅蓮弐式に背を向け、再びコーネリアの本隊へと向かった。彼には、カレンをここで完全に破壊する意思はなかった。今はコーネリアの救出が最優先だったからだ。しかし、この圧倒的な力の差は、カレンの心に深い屈辱と、レオンハルトへの強烈な敵愾心を植え付けるには十分だった。
土砂崩れの混乱の中、紅蓮弐式はさらにその猛威を振るい、コーネリアのグロースターに致命的なダメージを与える寸前まで迫る。まさにその時、純白の騎士ランスロットが、土砂の中から現れ、紅蓮弐式の前に立ちはだかった。枢木スザク。彼は、この絶望的な状況下でも、その驚異的な生存本能で生き延び、そして守るべきもののために戦おうとしていた。
成田連山は、ブリタニア軍、日本解放戦線、そして黒の騎士団の三つ巴の激戦地と化し、さらにそこにランスロットという新たな要素が加わり、混沌の極みに達していた。
レオンハルトは、眼下で繰り広げられる紅蓮と純白の激闘を見つめながら、自問自答を繰り返していた。この戦場で、自分は何をすべきなのか。
彼の「知りすぎた」知識は、彼に安易な答えを与えてはくれなかった。
紅蓮の炎が山を染め、多くの命が失われていく中で、白銀の騎士は、ただ静かに、しかし確かな決意をその瞳に宿し、再び戦場へと舞い戻ろうとしていた。彼の選択が、この世界の未来にどのような影響を与えるのか、それはまだ、彼自身にも分からなかった。
次回もお楽しみに。