本編3万字くらいです
……彼女はどちらかと言えば効率を重視した生き方をするタイプで、私も概ねその部分には賛同できる。だから“その事”を提案された時も、理由を聞いて納得出来てしまった。
「……で、帰ったら宅配3件届いてんの。しかも、全部ばらばらの時間」
「日時指定とかできるだけしてるんだけど、企業からとか日時指定できないやつとかだとどうしてもね」
いつものカフェ。夕方。
アイスコーヒーにミルクとシロップを混ぜるのに必死な私は、ようやく聞こえて来た彼女の声に慌てて反応した。
「マジかぁ。大変だね」
彼女はそれを見透かしたかのようにクスクスと笑う。店の奥側の、一番隅っこの、ひとつ前の席。日差しが当たらないよういつもここに座る。店の中にそこそこ詰められた客の視線はまばらな中、彼女の視線だけが私に向いていた。
「わりと真面目にキツくてね。そろそろヤバいかもと思ってて」
「なにが?」
会話の流れが不穏になってくる。あれ、もしかして……。
そんな甘い予想に、私の視線は彼女のもとへ戻る。全体的に色素の薄い、面めんをつけたような印象の彼女。彼女は自分の顔の前で小さく手を振った。これはいつもの事で、私が話している時人の目を見るのが苦手という話をした時から始まった、二人だけの時のふざけ合いのようなものだ。
「部屋。そこそこ、仕事に向いてる物件ではあるんだけど」
「グッズ置き場とかで狭くなってきたし、回線も、音関係もねー」
「そうなんだ……」
一瞬、何を言うべきか迷った。
『一緒に住む?』これが言いたいが、言えない。たった一言にここまで悩むことがあるものかと、人生でも五本の指に入るくらいに葛藤していた。
「で、引っ越し考えてんだけどね」
「広くて、何部屋かあってー、風呂トイレは絶対別がいいし、今住んでるとこから遠いとこはやだし、仕事もあるから交通の便もいいとこがいいよね」
「……高そうだね」
一人暮らしだとして考えると、かなり贅沢な条件ではないだろうか。関東圏でそれは。いやいや、ルームシェアという線もあるが。
「まあ、大分。いや諸々含めるとかなり無理がある。でも――」
まさか。私はその予想を一笑に伏した。そして、生唾を飲み込む。
少し間があって、彼女は口を開く。
「半分ならなんとかなるかな」
「もちろん、キミが嫌じゃなければ、だけど」
その日の記憶は、どれだけ思い出そうとしてもそこで途絶えてしまう。
同居済のカップル(!)が結婚しても生活は何も変わりないということを、誰か他の人に忠告したくてたまらなかった。
洗濯機は同じリズムで回り、ゴミ収集のカレンダーにも当然ながら変化は見られない。
私は家と会社の往復。彼女はいつも通り、配信の声で笑う。
名前がついても、関係が変わるわけじゃない。
法に認められたとて、行政手続きや税金の利便性以上のものはなかった。
駅前のスーパーで卵と牛乳を買って、ついでにアイスをひとつずつ。溶ける前に帰るべく、二人乗りの自転車を飛ばして漕ぐ。
涼しい風が当たる。ペダルを踏んで足を回すたび、腰周りにキツいベルトと、お腹周りに柔らかい彼女の腕を強く意識した。
「やっぱ抹茶の方が良かったかも……」
「ええ? もう半分くらい帰ったけど……。雨も降ってないし、いいけどさ」
ゆっくりブレーキを握り、何も通っていない車道に少しはみ出して大きく回る。
抹茶アイスか。私も追加でなにか他のアイスを買ってもいい。
スーパーの袋に入っているのは、チョコとバニラがひとつずつ。なら、別の味がいいかもしれない。そうだな……ストロベリーにしようか。
「……君ってさ、優しいよね」
「え?」
お互いの顔の距離は近い。私の肌は恐らく、あの、遠くにある太陽の茜色を反射している……
「自分が“損”しそうでも、相手――わたしが“得”すればいいって感じ。凄いよね」
と、そんな状況が長くなることに私はなんの不満もないのだが、彼女はこういう時、大体好意的に受け取ってくれる。
彼女からすると不思議なのだろう。無償の愛という訳でもない。そう面倒でもない、自転車を漕ぐくらいで優しいと思って貰えるなら安いものだ。一緒に楽しむことを大事にする彼女からすると、さぞかし不思議も映るだろうか。
「二人で得すれば解決じゃない? ストロベリー買おうかな」
「……」
彼女はふんふん笑って、私のお腹に回している結んだ手のひらで、少しだけお腹を圧迫した。
「あのさ――」
「仮に、私がいなくなったら、君どうする?」
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