「僕の父さんは魔法使いだったの?その人もトム・リドルだったって、みんなが教えてくれた」
幼いトム・リドルは、自身の両親について殆ど何も知らなかった。母親は彼を産んで一時間のうちに死亡し、父親は名前が同じだと言うことしか知らない。
自身に何か特別な力があると信じていたリドルは、それが魔法だと言う事をホグワーツの教員であるアルバス・ダンブルドアから伝えられ、長く気になっていた事を聞いた。
ダンブルドアは自身の両親について何も知らないリドルを哀れに思い、できるだけ穏やかな声で「残念ながら、私は知らない」と伝えた。
「母さんは魔法が使えたはずがない。使えたら、死ななかったはずだ。父さんの方に違いない。父さんも……死んだのか」
素晴らしく特別な魔法という能力。その能力が母にあったのなら、母は死ななかっただろう。幾らでも状況を改善するために魔法を使えたはずだ。
きっと、父さんが魔法使いだったんだ。なぜ、普通の──マグルの母さんよりも前に魔法使いなのに死んでしまったのか。魔法使いも戦争をしているのか?……まさか、マグルの母さんを捨てた?
リドルはダンブルドアに言うというよりも、自分に向かって呟く。
ダンブルドアは幼く、思考が孤独故に歪み始めている哀れなリドルを不憫に思った。もし彼の父親が魔法使いならば、死亡しているのなら父親の親戚や、かつてそこに生存していた痕跡を教えてやりたいと思った。
トム・リドル。珍しい家名だ。
リドル……リドル──。
その瞬間、枯れた泉から湧き起こるように過去の記憶を思い出した。
それは学生時代、懐かしいホグワーツでの記憶だった。
「いい加減にしないか!ここは君のベッドルームじゃない!」
「アルバス先輩!大きな声を出さないでくださいよ、子猫ちゃんが逃げてしまったでしょう?」
「その猫は、何匹いるのやら」
「今日はまだ二匹目かな」
「トム!私は監督生として君に罰を与えることができるんだ」
「ああ、先輩。罰を与えるのは僕の自由気ままなアレにしてくれないか?」
「──トム!」
新たな記憶が湧き起こる。
「アルバス。貴方は本当に暇なのか?なぜ僕ばかり気にかける?他にもヤリ部屋作ってるやつなんて山ほどいるだろう!」
「それはそうだ。だが君ほど頻繁に、時間を問わず、奔放に、計画的に、大勢に、利用している者はいない。四人に一人は自分こそがトムの恋人だと信じて──」
「わかったわかった!僕はもう誰とも適当にヤらない!」
「何?本当か?」
「貴方に誓うよ。僕のファン、アルバス・ダンブルドアに」
「断じて、ファンではない。でも、よかった。私の思いを理解してくれたんだね。これで君の悪名を聞くことも、先生達からどうにかしてくれと言われる事も、ホグワーツの品格を落とすこともようやくなくなる」
「トム・アースキンとしてはな」
「……というと?」
「僕の名が広がり過ぎて処女の膝を割るのが難しくなっていてね。親も五月蝿いし。名前を変えようと思うんだ。そうだなぁートム……トム……トム・リドルとか?」
「は。──それはそれは謎の薄っぺらい男には丁度いい名だ!」
大口を開けてケラケラと笑うホグワーツ始まっての問題児。
その青年は間違いなくハンサムで、誰よりも色気があり、何よりも性に奔放で、そして残念なことに自分自身はとてつもない美貌を持つにも関わらず、お相手の外見に頓着がなかった。彼にとって重要で惹かれるのは処女か否かだけであり、特定の恋人を作らない処女キラーだったのだ。もちろん処女ではなくなった──なくしたのは当の本人だが──女に興味はない。そんな至極残念な男だった。
なんてことない、少々破廉恥な青春の一コマ。
それからもあの男はトム・リドルだなんて道化のような名前で見境なく処女を次々と食っていた。
処女キラーだとはホグワーツの間で有名な噂だったが、それでも美しいトムにたった一回でも抱かれることができるのはあの時、性に興味深々な若者達にとっては憧れでもあった。
それに、ただ乱暴に食い散らかすわけではない。本当の恋人のように甘く優しくトロトロになるまで抱いてくれるのだとか。終わった後は少しの余韻を楽しみ、執事のようにきっちりと身なりを整えて最高の褒め言葉と共に送り出してくれるのだとか。その次の日からはトムの視界に入れなくなるとしても、一夜の夢を求める処女が多かったのも事実。
処女であるなら純血でもハーフでもマグルでも構わない。と豪語していた男。
ホグワーツ卒業後は「世界中の処女を求めて旅に出る」だなんて、成人した後では罪になりそうな事を本気で実行したのか定職についたという話も聞かなかった馬鹿な男トム・アースキン。
卒業後、行方不明になったトム・アースキン。改め、トム・リドル。
「どうしたんだ?──どうしたんですか?先生?」
リドルに話しかけられ、ダンブルドアは白昼夢から抜け出したように瞬きをゆっくり一度して、幼いトム・リドルを見下ろす。
たしかにこの少年はとても美しい少年だ。将来ハンサムな青年になるのは間違いないだろう。見た目は──あの男に似ているか?どうだろう。面影が無くも……ない?
この少年が、トムの子ども?……あり得なくはない。
トムは処女なら誰でもいけると言っていたし、トムに一夜の夢を願ったマグルの女が不運にも妊娠してしまった。それを伝えようにも、処女キラーのトムはすでに身を眩ましていただろうしどうする事もできず孤児院にこの少年を預けて生き絶えたのか。
「今、思い出した。……君の父親に心当たりがある」
「ほ──本当か?」
「だが、彼が本当に君の父親なのかはわからない。彼が結婚したとは聞いていない。そもそも彼とは長く会っていない。だが、トム・リドルという珍しい名は、そうそういる者ではないだろう」
ダンブルドアの言葉に、リドルは嬉しさと葛藤と困惑という、複雑な表情を浮かべた。白い手をぎゅっと握りしめ、急激に渇きを覚えた喉から出た声は、情けないほど掠れていた。
「父さんはどこに?もう死んでる?それとも、生きているの?」
「わからない。……だが、探してみよう。こんな事を幼い君に言うのは酷な事だが──」
「気にしない。どんなことでも、今より最悪にはならない、そうでしょう?」
「──君の父かもしれない男は、君が生まれた事を知らないかもしれないんだ」
ダンブルドアはあの男に対して湧き起こる悲しみと怒りを押し殺しながら、リドルに伝えた。リドルの大きな黒い目が、見開かれそして直ぐに伏せられる。
「そうか。──よくあることだ」
その声は子どもが出すにしては冷たい音をしていた。
孤児院では親に捨てられた子が大勢いた。
リドルは考えないようにしていたが──その可能性も懸念として幼いリドルの胸をどんよりと重くしていたのも事実。
衝撃はあったが、取り乱すほどではない。リドルは鼻から大きく息を吸い込み、ふうと細く長く吐き出した。
「もし、父さんが。──もし、生きていて、もし、僕を息子だと認めたら、僕はここを出て行く事になりますか?」
「君がそれを望むのなら、そうなるだろう」
「ここはもうたくさんだ、早く見つけてくれ。──どうぞ、僕の父さんを見つけてください、先生」
リドルは自分の母を捨てた父であっても、この腐ったような場所から出て魔法に触れられるのならなんだっていいと思っていた。ここより最悪な場所はない。自分は魔法使いなのだから、魔法使いの世界で生きるのが当然の権利だと思っていた。
ダンブルドアは小さく頷き「わかったら、直ぐに知らせるよ」と言いながらリドルに手を差し出す。約束を結ぶ握手を、リドルはその小さな手で受け入れた。