トム・リドルの勘違い   作:八重歯

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06 トム・リドルとアフタヌーンティー

 

「父さん、これは?」

「それは触れない方が良い。手が爛れる」

「じゃあそれは?図鑑で見たのと色が違う気がする」

「よく知っているね。出荷が遅れて萎びたんだろう」

「ふぅん。……あ、父さん──」

 

 

リドルは怪しい動植物を売っている露店の店主が今まさに出した極彩色の花弁が多い花に興奮し、アースキンの袖をくいと引っ張る。

リドルの元来青白い頬は、その年齢の子どもらしく桃色に染まり、目は魔法界の輝かしい光景を反射してキラキラと輝いていた。

一人でいい、と言っていた割には同行者との買い物を楽しんでいる様子のリドルに、アースキンは内心で意外に思っていた。

 

さっさと買い物を終わらせて、「解散しよう」とでも棘のある言い方で言い、私が「もう少し一緒にいたい」と甘く懇願して初めて「そんなに言うなら」と、やれやれとばかりに許容するのだろうと思っていたが。

 

蓋を開けてみれば、あの夜の氷のような冷たい雰囲気は無く、年頃の子どもらしく楽しんでいた。そんな袖を引っ張るリドルの小さな手を、アースキンはなんとも言えない顔で見下ろす。

 

 

「これはね──」

「トム!おいおい……どんな奇妙なプレイだ!どこの子どもを攫ってきたんだ?それともバージンからチェリーに鞍替えか?」

 

 

露店の店主はアースキンとリドルを見て驚愕し信じ難いと茶化すように笑った。リドルは品性のない物言いに不快感を露わにし、すっと表情をなくしアースキンを見上げる。その目は、この場をどのように収めるのか期待しつつ──微かに不安さを抱いていた。

 

 

「ごっこじゃない。それに鞍替えもしていないんだ、エドワード。この子は私の息子だ」

「なんだって?」

 

 

店主は無遠慮にじろじろとリドルを舐め回すように見たが、リドルはそんな視線を気にせず つい と顎を上げ、余裕を見せながら顔に微かな笑みを浮かべた。

 

 

「僕はトム・リドルJr.です、はじめまして」

「お、おお?なんとなんと……」

「……ごほん。エドワード、ヒイラギの葉を五枚、アシナガトビグモの肝を二つ」

「は──はいよ!」

 

 

唖然としていた店主は一瞬狼狽えたが、すぐにアースキンに言われたものを紙袋に詰め、差し出された金貨と交換した。

そのままジロジロと無遠慮な視線で見られるのはアースキンにとってはどうでもよかったが、リドルが嫌がるだろうと思いすぐに離れる。

 

 

「父さん。杖を見に行こう」

 

 

アースキンはリドルの機嫌が低下し、またいつものように刺々しい雰囲気になるのかと思ったが、リドルは何もなかったかのように──むしろ先ほどより機嫌良く──杖の看板が掲げられているオリバンダーの店を指差した。

 

 

「ああ、そうしようか」

 

 

アースキンはあからさまにほっと表情を緩めながら、オリバンダーの店へ向かう。

その時、辺りを物珍し気に──何度か来たことがあるはずだが──店を見ていたリドルがひび割れた石畳に躓き、バランスを崩した。

 

 

「──大丈夫か?」

 

 

 

咄嗟にアースキンがリドルの肩と腕を引き寄せ転倒を防いだ。

リドルはアースキンの広い胸に頬をつけ、ふわりと香った彼の香水の匂いを吸い込んでしまった。

ゆったりとリラックスできるようなティーノートの香りに混じり、爽やかなスパイスのような匂い。

 

リドルはいきなりの事で硬直していたが、その動揺も瞬きをする程度の短い時間であり、すぐに「うん」と素っ気なく返事をした。

自分を支えていた腕をぱっと振り払い、リドルはオリバンダーの店へ足早に向かう。

 

アースキンは、扱いの難しいリドルに対して何度目かのため息を吐きつつその後ろ姿をゆっくりと追った。

そのおかげで、リドルの表情が屈辱やら困惑やらで大変な事になっていたことには気づかなかったらしい。もし気付いていたら、「姉妹しかいない生娘か!」とアースキンは内心で突っ込む羽目になったことだろう。

 

 

 

 

その後の買い物は特に大きな出来事も起こらず、ゆったりとしたものだった。

書類に書かれている必要な用品とリドルが物欲しそうに見ていた本を数冊を購入し、アースキンは気の赴くままに店に入り、食材や魔法薬の材料、食器などを適当に買った。

 

そろそろ昨日予約していたカフェに行こうとリドルを促せば、リドルは拒否することもなく涼しい顔をしてアースキンの隣を離れずついて歩いた。

アースキンは高級クィディッチ用具店にディスプレイされている美しい箒を物珍しげに眺めているリドルの横顔を見ながら、彼にバレないようにため息を鼻から吐き出した。

 

 

リドルはまだ、アースキンにとって好ましい子どもではあった。

ダイアゴン横丁を奇声を発し鼻水を垂れ流しながら駆け回っている子どものように幼稚で粗野ではなく、騒ぐこともない。

馬鹿な質問をする事もなく、ベタベタ甘えることもなく、他人との距離感を保とうとしている。自分の時間を大切にし、本と食事さえ与えていれば、サーカスを見に行きたいと言う事も、どこかに連れて行ってとせがむ事もない。

マグルの世界の長い孤児院暮らしがそうさせたのだろう。

子どもらしくない、歪んでいると言えばその通りだが、アースキンはその歪みにかなり助けられていた。もしリドルが一般的な子どものような性格でいたなら、多分アースキンは一週間で音を上げていた。

 

 

しかし、リドルが大人しい子どもとはいえ、アースキンは今まで長く一人で気ままな暮らしをしていた。

人とこれほど長期間暮らしているのは、それこそホグワーツ以来である。交流がそれほど深く無い他人が家に四六時中いるストレスはじわじわアースキンの胃を攻撃し、五十が過ぎたその体に重くのしかかっていた。

 

 

リドルの母親、つまり、自分が避妊魔法を失敗し孕ませてしまった女性。その女性のことを探しているが、これといって良い情報は得られていない。

アースキンは処女キラーのため、行き当たりばったりの女性に誘われるままに抱くことは無い。少なくとも卒業してからの記憶の中では一度も。

十二年ほど前に手を出した女性の事は一応、全員覚えている。

それこそ学生時代は性に目覚めたばかりの若い女性がよりどりみどり、大勢あのホグワーツに溢れていて、いとも簡単に抱く事ができたし、性を持て余した処女が抱いて欲しいと懇願しに来たこともあった。

 

しかし、流石にハンサムで気品があり話術にも長けていてユーモアがあるアースキンであっても、三十歳を過ぎたあたりから気軽に処女を抱く事はできなくなっていた。

処女はどうしても年齢的に若い女性が多く、やはりアースキンに歳を重ねた色気があったとしても警戒されてしまうのだ。

それはそれでアースキンは駆け引きを楽しみ、一人に時間をかけて落とし、自分に処女を捧げてくれた乙女のアフターケアまでするようになっていた。流石に、歳を重ねてそのあたりの常識──かどうかは微妙なところだが──は持つようになっていたのだ。

だからこそ、目の前の子どもが自分の子だと信じられなかった。

 

約十二年前に関係を持った女性の今を、アースキンは調べていた。その数は両手には収まる程度であり、さほど難しい事では無い。何人かは懐かしい甘い思い出として連絡をくれ、生存を確認している。確かにまだ返事がなかったり行方がわからない者もいるがまだ捜索し始めて数週間、もう暫くすれば分かる事だろう。

 

もし、本当に自分の子なのか、それとも何か奇跡的な偶然が起きているのか。

どうせ休暇中しか家に帰ってこないだろうし、一年のうちの数ヶ月だと思えば耐えられないこともない。成人したならば出て行くだろうし、嫌でも出ていってもらおう。

と、アースキンはまがりにも保護者として最低なことを考えていたがリドルは勿論気が付かなかった。

 

 

「トム、疲れただろう?もうすぐ着く──ほら、あそこだ」

 

 

アースキンが指差した方をリドルは見た。いかにも歴史を感じさせる格式高い純喫茶という店があり、そこだけが雑然とした通りから切り離されているようだった。

やや入り難い雰囲気を醸し出す店に、リドルは少し戸惑いを見せたが、アースキンは気にすることなく扉を押す。チリン、と来店を告げるドアベルが高い綺麗な音を立て、喫茶店独特の香りが鼻腔をくすぐった。

店内は半分ほどが埋まっていたがどこからか流れている優雅で落ち着いた曲が微かに聞こえる。不自然なほど客同士のお喋りは全く聞こえず、リドルはマネキンが置いてあるのかと思ったほどだった。

実は格式高い店ではプライバシーや場の雰囲気を保つためにそれぞれの座席を中心に防音魔法がかけられているのだが、リドルは勿論それを知らなかった。

 

カウンターの奥にいるアースキンよりも歳上らしいロマンスグレーの髪色の店主が顔を上げた。

店主はアースキンを見ると微かに微笑み、カウンターから出てくるとにこやかな雰囲気で出迎え席へと案内した。

アースキンは慣れた様子だったが、リドルにとっては初めての純喫茶であり、年齢層の高さや、数ヶ月前ロンドンの通りで見たフランクで雑然としたカフェとは全く違う空気感に少々戸惑っていた。

 

案内されるまま席につき、椅子を引かれ──これもリドルにとっては初体験であった──座る。

店主が指を鳴らせばメニュー表がどこからかふわりと現れ、リドルとアースキンの前に置かれた。店主はメニューを見ることなく「本日のおすすめ」や「茶葉の状態」をつらつらと聞きやすい柔らかな声で説明をする。

紅茶一つにしてもたくさんの種類があり、それほど多くの紅茶を知るわけではないリドルはメニューを見ながら少し悩む。孤児院で飲み慣れていたものは大量生産の安物の粗悪品であり、おいしくはない。かといって他の高級な味なんて、自分にわかるのだろうか。

 

 

「トム、アフタヌーンティーを予約しているんだが、紅茶はどれがいいかな?」

「……どれでもいい」

「そう?どんな味が好みだい?」

 

 

どれが好みだと言われても、リドルは紅茶を二種類しか飲んだことがなかった。

孤児院で出されていた通常一袋三人分の安い茶葉を六人分まで薄めたアールグレイと、アースキンの家で飲んでいるもの。

アースキンは何の茶葉だとは言わず、リドルも特に苦手な味ではなかったため聞くこともなかった。しかし、どう考えても、アースキンが購入している茶葉の方が上等なのは間違いない。

 

だが、それをいうのは妙に癪でリドルが口を噤みメニュー表を見て不機嫌そうに黙っていると、アースキンは声もなく苦笑して、店のオリジナルブレンドを二つ注文した。

 

 

店主がひらひら舞うメニュー表と共にカウンターの奥に戻ってから、リドルとアースキンの間に沈黙が落ちる。二人は気のおけない仲では当然無いため、互いに探るような気まずい沈黙が流れた。

アースキンは机の上で組んだ指を意味もなくくるくると回し、視界にそれが映ったリドルの視線が窓の外からアースキンへ向かう。

ぱち、と目があい、アースキンはこの気まずさを払拭しようと微笑んだが、リドルは無表情のまますぐに窓を見た。

 

紅茶と三段の豪華なアフタヌーンティースタンドが運ばれるまでその沈黙が続き、ようやく話のきっかけになりそうな予感にアースキンはほっと息を吐き「さあ、食べよう!」と明るく告げた。

 

リドルは小さく頷き、一番上のケーキやムースが乗っている皿をスタンドから外し、自分の前に置いた。

 

 

「トム、その皿は動かしてはいけないんだよ。それと、アフタヌーンティーの場合一番下の皿の物から順番に食べるのがベストだ」

「何がベストなんだ?」

 

 

何をどんな順で食べてもいいじゃないか、と怪訝な顔のリドルに、アースキンはぱちんと完璧なウインクをするとフォークとナイフを使いサンドイッチを自分の目の前にある皿へと移した。そのまま小さく一口分に切り分け、食べる。

 

 

「下から順に味が濃くなるんだよ。一番美味しく食べられる」

「へえ」

 

 

リドルは皿に乗せられている料理を見て、まあそれも一理あるかと思いケーキ類が乗った皿をスタンドに戻し、一番下からスコーンを取った。スコーンは手で直接取られていたが、アースキンはそのマナー違反には目を瞑り、「スコーンも美味しそうだね」と弾むような声で言った。

 

 

 

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