トム・リドルの勘違い   作:八重歯

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07 トム・リドルとマナー

 

 

リドルがアースキンと共に暮らすようになり一ヶ月が経過した。

 

初めて出会った時と比べれば二人の間に緊張感や気まずさは減ったとはいえ、まだまだフランクに話す間柄ではない。

とはいえ、一ヶ月も経てば変わった事もある。顕著なものはリドルがアースキンの書斎に篭って本を読むようになった、という事だろう。

今までは書斎から自室へ移動し持ってきた本を読んでいた。しかし本の中にある単語や出来事がわからず別の本を探すために書斎と自室を行き来する羽目になり、リドルは若干の煩わしさを感じていたのだ。

 

書斎はアースキンのテリトリーであり、ずけずけと入り込む気もなかったためリドルは何も言わずにその日も往復していた。しかしついにある日、二度目の往復の時に書斎にあるアンティークな書斎机に着いていたアースキンが苦笑しながらリドルを呼び止めた。

 

 

「トム、この書斎で読むと良い。そうすれば行き来しなくて済むだろう?」

「……」

「私のことはいないものと思ってくれていい。勿論一人の方が集中できるのなら、部屋に行っても構わないよ。まあ、試してみる価値あると思うんだが、どうかな?」

 

 

リドルは数秒無言だったが、素っ気なく「そうする」と言うと書斎の奥にある革張りのソファに座り、肘掛けに体を委ねながら足を投げ出し、寛いだ様子で本を開いた。

 

アースキンはリドルの機嫌を損ねる事なく誘導できたことに内心でホッとした。

一ヶ月も暮らせばリドルの性格がなんとなく掴めるようになり、リドルは「どうかな?」と伺われる事が好きなのだと知った。

おそらく、孤児院では何かを命令されたり、指示されるだけで彼に配慮する人なんて居なかったのだろう。

だからこそ、リドルはアースキンという立派な大人に伺われたり、頼まれたりする事で今まで空っぽになっていた「僕は特別な人間なのだ」という優越感や承認欲求が満たされていた。

 

勿論、アースキンは全て理解した上でリドルを手のひらで転がしているだけにすぎないのだが、まだ十一歳のリドルにはそこまで察することはできなかった。──まあ、アースキンの柔らかな雰囲気がリドルの警戒心を緩めさせているからかもしれないが。

 

 

ともかく、リドルが部屋を行き来する煩わしさを感じていたように、アースキンは何度も書斎の扉が開閉する事で集中が途切れ煩わしさを感じていたのだ。

アースキンの読み通り、リドルは彫刻のように静かに本を読むだけで迷惑をかけることはない。これで自分も集中できる、とアースキンは棚に向かって杖を振った。

棚の扉がかちゃりと開き、自身の机の上に置いているティーカップと同じものがふわふわと現れティーポットの元へと向かう。ティーポットは一人でに紅茶を入れると、ミルクピッチャーとティーカップはリドルが座っているソファの側にある丸テーブルへ飛んで行った。

リドルはそれをチラリと見ると何も言わず当然のようにミルクを少し入れ、紅茶を飲んだ。

 

アースキンはそんなリドルの様子に少しだけ声もなく笑うと、止まっていた万年筆を羊皮紙の上で動かした。

 

 

 

 

リドルがアースキンの書斎で過ごすようになって数日。彼らの間には相変わらず賑やかなお喋り、なんてものはなかったが、互いにあった気まずさからくる緊張感はやや軽減したと言えるだろう。

 

その日も二人は無言で本を読み耽っていた。

リドルは魔法界の歴史からホグワーツの歴史へと進み、その中に書かれていた四つの寮の事や創設者の四人の事を知り、ふとアースキンはどこの寮だったのか気になった。

 

ちらり、とアースキンを盗み見すれば目を伏せ、真剣な顔で本を読んでいた。時々思い出したかのように羊皮紙の上に万年筆を滑らせたり、机の上に広げている数冊の本を指で捲ったり。忙しそうでは無いが、何となく話しかけにくい雰囲気にリドルは「父さん」と言いかけた言葉を引っ込めた。

 

 

再び視線を本へ向ける。

グリフィンドール。スリザリン。レイブンクロー。ハッフルパフ。

寮の特徴や創設者の思想を考えるとレイブンクローか、スリザリンが好ましい。

特別な力がないにも関わらず身の丈に合っていない振る舞いをする、あの愚鈍で浅ましく嫌悪感しかないマグルを排除しようとしていたサラザール・スリザリン。

彼の思想通りマグルと魔法使いが一切交流のない魔法界になっていたなら、きっと自分はマグルの孤児院で、あんな屈辱的な思いをせずとも済んだはず。──まあ、父さんが早く見つかってよかったけど。

 

 

リドルはもう一度アースキンを盗み見た。

アースキンは自身の調べ物がひと段落したのかちょうど紅茶を飲んでいて、リドルが自分を見ていることに気づき柔らかく目を細める。

目元の笑い皺が深くなり、リドルはそういえばこうして笑いかけてくれる人なんてはじめてだと、今さら気づいた。死んだ母さんにも、二人の間に愛はなかったとしても、こうして笑いかけていたのだろうか?

 

 

「トム、どうしたんだい?」

「……父さんは、ホグワーツでどこの寮だった?」

「スリザリンだった」

「寮は、ランダムに決まるの?それとも……入試の成績順とか?」

 

 

一般的なマグルの学校でのクラス分けは入試テストでの学力だとか、親の学校への援助額だとか。もちろん全くのランダムの場合もあるが大抵はそういうものに影響されていると知っていたリドルは首を傾げながら聞く。

ホグワーツでどのように寮が決定されるのか、書籍には組み分けがあるとしか書かれていないためわからなかったのだ。

 

アースキンは「入試の成績順」という発想に笑いそうになるのをぐっと堪えた。間違いなく、その発想はマグルで育った者にしかないが、それを指摘すればきっとリドルの機嫌を損ねるとアースキンはわかっていたのだ。

 

 

「ああ……寮は特別な方法で組み分けされる。難しい事ではないし、入試テストはないから安心していい。トムはどこの寮がいいのかな?」

「スリザリンか、レイブンクローかな。創設者の伝記を読んだけど、その二人が好ましいから」

「トムは、レイブンクローではうまくやっていけるだろうね。ただ……スリザリンはどうかな、少し覚悟が必要かもしれない」

「何?」

 

 

リドルは本心を言えばスリザリン寮に入りたかったため、不機嫌な顔をして眉を寄せる。スリザリンに組み分けされる素質が、自分には足りないのだろうか?そうだとしてもそれを決めつけられるのは癪だった。

 

 

「不可能ではないし、私の子なのだからスリザリンに組み分けされる可能性は高い。トムがそれを望むのであれば。ただ、問題が一つ──そうだな……。よし、そろそろ晩御飯にしようか」

「……問題は何なんだ?」

 

 

話題を切り上げ立ち上がったアースキンに、リドルが怪訝な顔で見上げながら聞く。

アースキンは茶目っけたっぷりにウインクをし「すぐにわかるさ、おいで。ああ、好きな本を一冊持ってくるといい」といいリビングへ誘った。

誘われたリドルは少しだけ唇を尖らせながらも、読んでいた本を小脇に抱えながら立ち上がり、アースキンが開けて待っていた扉を通った。

 

 

 

それから小一時間。

アースキンの「おまたせ、さあ食べようか」の言葉にリドルは読んでいた本を閉じ、いつもの席へ向かった。

 

 

「……?」

 

 

座ったリドルは、てっきりいつもの美しい料理が並んでいるのかと思ったが、机の上にあるのは紺色のナプキンが置かれたショープレートと、グラスやカラトリー類だった。リドルはぼんやりと、本でこのようにセッテングされたカラトリーを見たことがあったが、実際目にするのは初めてだった。

 

 

「飲み物はサイダー?レモネード?」

「……サイダー」

 

 

アースキンは細いグラスにサイダーを注ぎ、「まずは前菜、オードブルだ」と言いながら対面側に座り杖を振った。すると透明なウェイターが料理を運んでいるかのようにオードブルが乗った皿がキッチンから現れる。

リドルはいつもとは違う雰囲気にやや不思議そうにしながらもショープレートからナプキンをとり、机の端にぽんと置いた。

 

 

「トム、ナプキンは二つに折って、輪を手前にして膝にかけるんだ」

 

 

アースキンは慣れた手つきでナプキンを膝にかけ、微笑みながらリドルに促す。リドルはややめんどくさそうにナプキンを手にしてきっちりも折ることなく膝に乗せた。

 

 

「カトラリーの順番はわかるかい?」

「それくらいは知ってる」

 

 

端から使うんでしょう。と言いリドルはスープスプーンの次にあるナイフと、反対側のフォークを掴む。アースキンは満足気に頷き、皿の上に乗った数種類の前菜を気品ある動作で少しずつ食べる。

リドルは美しく盛り付けされた前菜のハムをフォークで突き刺し、そのまま一口齧った。

 

 

「トム、齧るのはよくないね。ナイフで一口分に切って食べるのがマナーだよ」

 

 

いつもは言われない小言に、リドルはもぐもぐと口を動かしたまま不機嫌そうに眉を寄せ、アースキンの小言をまるっきり無視して好きなように食べた。

アースキンもそれ以上忠告する事はなく、二人とも無言のまま前菜を食べる。

前菜が綺麗に無くなった後、ふわりと皿が浮き次に現れたのはスープとふわふわとしたパンで、リドルはいつも通りスープを食べようとして──アースキンがじっと自分を見ていることに気付いた。

 

 

「また何か言うつもり?」

「そうだね、スープのマナーは──」

 

 

アースキンは穏やかな表情でスープのマナーを伝えた。音を立てない事やフーフーとさましてはならない事、スプーンの使い方など難しいことでは無いが面倒なマナーであり、リドルは不満そうに眉を寄せアースキンを見た。

 

 

「意味があるのか?好きに食べたらいいじゃないか」

 

 

孤児院で詳しいマナーなど学ばなかった。そもそもカラトリーがきっちりと揃っているフルコースなど食べたことはない。それにこの一ヶ月好きに食べてアースキンから指摘される事はなかった。

指摘される煩わしさと、苛立ち。それにリドルはマナーも碌に知らないのかと馬鹿にされている気がして、屈辱的だった。

アースキンはそう言われるとわかっていたというように柔らかく微笑むと、リドルの感情を否定せず「そうだね」と受け入れた。

 

 

「勿論好きにたべてもいい。ただマナーがなっていれば、気品があるように見える。気品が他者からの信用になり、評価に繋がる」

「評価?」

「そう、知っていると思うが、第一印象というものは大切だからね。この一手を間違えてしまっては、勝てる試合も勝てないものさ。それに、気品は敬われるためにあるんだ」

 

 

リドルは思ってもみなかった言葉を飲み込む事に少々時間がかかった。

じっとアースキンの正しいマナーと、美しい所作を見る。敬われるための気品──確かに、今まで外でのアースキンの態度は誰に対しても気品があり、その身のこなしも様になり確かな自信があるように見えた。周りも、アースキンに対して一目置いているような、敬っているような。

 

 

「トムが望むスリザリン寮。スリザリン生は魔法界での純血家系が多いんだ。自分のことを貴族や王族のように思っている家系もあるほどで、彼らは幼少期から礼儀作法を叩き込まれる。このテーブルマナーはそれこそ無意識にできるようになるんだ。それだけじゃない、姿勢や歩き方にも気を配るし、常に気品のある振る舞いする。息をするようにね。そんな生徒が多いのが、スリザリン寮だ」

「……だから、僕にはスリザリン寮は向いていないというのか?」

 

 

マナーも立ち振る舞いも、何も知らない元孤児だから。他者に敬われる振る舞いができないから。そう言うわけかとリドルは一気に苛立ち、くすみ一つないカラトリーを強く握りしめた。

 

 

「今のままなら白い目で見られるかもしれないね。だけどトム、今から学べばいい。私は──まあ、マナーを熟知しているし、どうすれば気品のある振る舞いに見えるのか教えることもできる。トムだって、疎まれるより敬われるほうがいいだろう?」

「……」

「思想まで紳士たれ、とは言わないさ。それにね、トム──」

 

 

アースキンはワインを一口飲み、グラス越しにリドルを見ながら悪戯っ子のように笑った。

 

 

「自分の所作一つで他人の目の色が変わり、尊敬されるのは気持ちのいいものだよ」

 

 

リドルは器用に片眉を上げ、しばし考え込む。確かに、振る舞い一つで周りの評価が変わるのは、なんとなく理解できる。孤児院の子どもが粗暴で礼儀がなっていないのも、そんな地位にないから、知る必要が無い。

今、僕はこの人の息子なのだから、それ相応の所作を知った方が──他人に敬われるのか。

 

 

「その気持ちよさを、トム、君に教えたいんだが……どうかな?」

 

 

低く甘いアースキンのお願いは低下していたリドルの機嫌を持ち上げ、心の奥の承認欲求を満たした。

 

 

「まあ、そこまで言うなら」

 

 

リドルはまたもアースキンの優しい言葉でころころと転がされていたが、全く気付かず頷いた。

 

 

その後リドルは一週間も立たず食事のマナーや美しい所作を習得した。貴族のような美しい言葉遣いも知り、リドルと話せばまさか彼が貧しい孤児院に長くいたとは思わないだろう。

これならスリザリン寮に入り、純血では無いと知られても馬鹿にされる事はないだろう。きっと、この美しい所作は純血の子どもたちのお眼鏡に適うはずだ、とアースキンは完成されたリドルの振る舞いを見て満足気に笑った。

 

 

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