季節は真冬へと向かい、日中であっても灰色の重い雲がどんよりと空を覆い大きな綿雪を降らせていた。風が強く吹けば、その雪は真っ赤な頬や震える睫毛にびたりと張り付き容赦なく体温を奪っていく。
分厚くもこもことしたコートを着てマフラーをぐるぐるに巻き身を縮こまらせ、足早に道を歩いていくマグルをリドルは窓越しに見ていた。
室内は暖炉が十分な火を燃やし薄い長袖で過ごせるほど暖かく、窓は温度差があっても不思議と曇る事も水滴がつくこともなく磨き上げられたばかりのように綺麗だった。孤児院なら、この時期は窓を閉めても隙間風が冷たく、持っている服を全て着込んで靴下を何重にも履き、ベッドの上で毛布にくるまって耐えるしかなかった。
しかし、今リドルはリビングにあるふかふかと柔らかい肘掛け椅子に座り、膝の上には絹のように滑らかな真紅の膝掛けがあり、丸いサイドテーブルにはずっと暖かなティーポットと、アースキンが作ったジンジャークッキー。分厚い魔法史の本を片手になんとも充実し快適な時間を過ごしていた。
リドルは蟻のようにちょこちょこと動き回る着膨れしたマグルを肴に紅茶を一口飲む。──僕は、あんな無様な奴らとは違うんだ。
リドルにとって優雅なティータイムを過ごしていると、遠くの方から扉が閉まる音がして、階段の上からぱたぱたと軽い足音が聞こえた。
そちらに目を向ければ灰色のロングコートと、それに合わせた帽子を被りながらアースキンが降りてくるところだった。
リドルは手を伸ばせば届く場所にある深い色合いの木でできたシンプルでおしゃれなコートスタンドに、彼のベーシックなマフラーがあることに気づいていたが、彼に渡すなんて気の利いたことをするつもりは一切なかった。
アースキンもリドルに「そこにあるマフラーをとってくれないか?」とわざわざ頼む事はなく、杖を軽く振ってマフラーを引き寄せる。
ふわふわと飛んでいったマフラーは、勝手にアースキンの首に巻かれ我が物顔で鎮座した。
「トム。少し用事で出ていくから留守番をお願いしていいかい?誰か訪ねてきても無視していいからね。──そうだな、夕飯前には戻るよ」
「わかった」
頷きながら、リドルはこの家に来てから一人になるのは初めてだと気づく。共に暮らして一ヶ月と少しが経過していたが、別々の部屋で過ごすことはあれ、アースキンが家を空けることはなかった。
一人で留守番。
それを任せるほど、僕を信用しているのか。
と、リドルは自然と考えてしまい、そう考えてしまった自分になんとも言えぬ違和感を覚え眉を寄せ唇を少し尖らせた。
決して、喜んだわけではない。嬉しいことなんてあるわけがない。
父さんはどこか気が抜けているような雰囲気があるし、僕に留守番させる意味なんて気にしていないだけだ。
身支度を整えつつ、最後に玄関近くに飾ってある楕円型の壁掛け鏡で全体をチェックした後、アースキンは戸棚に置いてあった香水を軽くひと吹きする。それはふわり、とリドルの鼻腔を柔くくすぐり、リドルはつい人差し指を折り曲げて鼻先を擦った。
「小腹が空いたなら、おかわりのクッキーとスコーンがあの棚にある。紅茶でもバタービールでも、好きなものを飲んでいい。──じゃあ、行ってくるよ」
アースキンは扉に手を掛けリドルの方を見る。リドルはただ、「うん」と頷きすぐに魔法史の本へ視線を落とす。アースキンは流石に「いってらっしゃい」と送り出す言葉はまだもらえないか、と思いながら──かと言って強要する気はなく──扉を開け、寒い世界へ踏み出した。
パタン、と扉が閉まる。リドルは少ししてから視線を上げ、アースキンがどこに向かったのかを見ようとしたが、いつの間にか強まっていた横殴りの雪が世界を白く染め上げていて、アースキンの姿は全く見えなかった。
たいして落胆することもなく、リドルはすぐに視線を本へ戻した。
チクタクと時計の針だけが静かに音を刻み、時折本が捲られる微かな音が響く。
紀元前ごろの魔法界の歴史について読んでいたが、視線を上げることなくジンジャークッキーが入っている平皿に手を伸ばし、ふと皿が空っぽになっていることに気づいた。
ついつい、自分好みの甘さ控えめのジンジャークッキーだったため食べすぎてしまったようだ。紅茶はまだポットに半分ほど残っていたし、戸棚にクッキーを取りに行こうか、とリドルは立ち上がり軽く腕を上に伸ばした。
長時間本を読んでいたからか、上等な肘掛け椅子だとしても体がこわばってしまったようで、リドルはクッキーを補充する前に気分転換と軽く体を動かすために新しい本でも取りに行こう、と足を二階へと進めた。
ノックをせずアースキンの書斎に入り、たくさんの書物の背表紙を見る。後半年もすれば自分はホグワーツに行くことになる。十一年間マグルの中で過ごしていたなんて、そんな屈辱的なことを悟られないために魔法界の事を知り尽くさなければならない。
リドルは貪欲に知識を求め、三冊の本を抜き取ると書斎を後にした。
腕に三冊の分厚い本を抱え、さてリビングに戻ろうか。そう思った時、ふと足を止めた。
二階には、向かい合うようにして四つの部屋がある。一つは今出てきたばかりの書斎、そしてその横はアースキンの自室。その前が自分の部屋であり、そういえばその横はなんの部屋なのだろうか。
二階の廊下の一番奥にはクラシックな肘掛け椅子に座り花を持った美しい少女とその横に立つ少年が描かれた肖像画があり、その少女はリドルと目が合えば優雅に手を振り微笑んでいた。
肖像画であれ、微妙な視線を感じリドルはわざとらしく視線を逸らす。
別に、入室を禁止されているわけではないし、構わないか。もしかしたら第二の書斎があるのかもしれないし。──そうリドルは誰に向かってでもなく心の中で言い訳し、入ったことのない部屋へ向かい、躊躇うことなく扉を開けた。
「……なんだ、これは……」
部屋に入れば天井からぶら下がっているランプにオレンジ色の火が灯り部屋の中を明るく照らした。
その部屋は、どの部屋よりもはるかに広く天井も高い。
壁紙が見えないほど、壁に沿って天井まで伸びる棚があり、瓶や鉱物、植物、何かの一部など様々なものがきちんと収納されていた。
リドルは興味深そうに部屋の中を見回る。時々ラベルが貼ってあったが、リドルにとっては馴染みのないものばかりであり、一体何に使うのか想像もできなかった。
部屋の奥には調合台があり、大きな鍋が置かれている。それ以外にもビーカーやナイフ、すり鉢などがきちんと決められた場所に片付けられていて、持ち主の性格を表しているようだった。
リドルはそれらを見て、ようやくこの部屋は薬か何かを作る部屋らしい、と察した。まだリドルは買った教科書を流し読みしただけで、魔法史やホグワーツの歴史について学んでいるところだ。魔法薬というものがあり、それはマグルの薬とは全く意味が違う。とはホグワーツの歴史の授業一覧表や魔法薬学の教科書をペラペラと見てなんとなく理解していた。
今までいたマグルの世界の薬は、言わば鎮痛剤や解熱剤、消毒液などがほとんどだ。
しかし、魔法界の薬はどうもそれら以外にもあるらしい。例えば骨を生やしたり、年老いたり。
魔法史が近代まで進んだら、そろそろホグワーツで学ぶ科目の予習を本格的にしないと。
家にこれだけの材料と設備が揃っているところをみると、魔法薬を作るのは魔法使いにとって、きっと一般的なことなんだ。初めての授業で躓きたくないし、父さんが帰ってきたら調合したいと言ってみよう。きっと、すぐ頷くはずだ。
そう思いながらリドルは部屋の中にあるものに触れることなく部屋を出た。
勿論、一般的な魔法族は魔法薬をわざわざ家でぐつぐつ作ることはなく魔法薬師や薬店から買うことが殆どであり、アースキンは超一流魔法薬師協会に属する魔法薬師であった。
もっとも、魔法薬師で生計を立てているわけではなく、アースキンはもっぱら趣味で魔法薬師をしているだけだったが、リドルは知る由もなかった。