トム・リドルの勘違い   作:八重歯

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09 トム・リドルとアバーフォース

 

アースキンは家を出て路地に入るとすぐに姿眩ましをし、ホグズミードに現れた。

ホグズミードもすっかり雪景色で、木々は重たく雪を乗せ枝をしならせている。家を出た時よりは降雪は穏やかだったが、それでも大通りを歩く人は少ない。

少ない歩行者の誰もが鼻先までマフラーで埋め、足早に三本の箒へ向かい暖を取ろうとする中、アースキンはメインストリートにある郵便局の前を過ぎ横道に入った。

その道の一番奥には小さな旅籠が建ち、ぼろぼろの扉の隙間から明るい光が漏れている。錆びつき風に揺られてキィキィと不快な音を鳴らす看板にはイノシシの首が描かれ、赤黒い血までリアルに表現されていた。

一見せずとも、どうみても怪しく胡散臭い店だったが、アースキンは全く躊躇うことなく扉を開けた。

一階はこじんまりとしたパブであり、三本の箒やアースキンが普段行く店とは雰囲気が大きく異なっていた。

店全体が汚く、埃が石床を覆い、テーブルを拭く発想がないのかザラザラとしている。おまけにヤギの獣臭まで漂っていてどう考えてもまともなサービスや料理は期待できそうにない。

 

こんな大雪の寒い日、それに平日の昼をとっくに過ぎた中途半端な時間に客なんて来ないのか、客はおろか、店員の姿も見えない。それでもアースキンは狼狽えることもなくカウンターのど真ん中に座った。

 

 

扉が開かれた時に鳴る来客を告げるベルがチリリンと鳴ったことに気づいたバーテンは、奥の部屋で新聞を読み休んでいたがめんどくさそうに立ち上がり、不機嫌な顔を隠すことなく現れた。

ぎろり、と睨むように客を見て──バーテンはすぐに驚いたような表情をした。

 

 

「なんだ、お前か」

「や、アブ。久しぶりだね。一番キツイ酒をくれないかい?」

 

 

アースキンは自身の服が汚れるのも気にせずカウンターに身を乗り出し、軽く手を挙げ注文したあと、疲れたように笑った。

この薄汚れたパブ、ホッグズ・ヘッドの店主でありバーテンでもあるアバーフォースは片眉を上げめんどくさそうな顔をしながらも棚の中からテキーラを取り出しショットグラスに注ぐ。アースキンの前のカウンターに置いた途端、すぐにアースキンはグラスを掴み一気に煽った。

ぐっと眉を寄せ下唇を噛みキツイアルコールに耐え、鼻の奥から抜ける芳醇な香りを楽しみつつ、「ふう」と一息ついた。

 

 

「ありがとう。後はそうだな……イラクサ酒とつまみが欲しい。チーズかナッツがあれば最高なんだが」

 

 

追加注文に、アバーフォースは棚の中からイラクサ酒の瓶とワイングラスを取り出す。ついでに袋に入った大容量の安いナッツをざらざらと小皿に乱雑に盛りカウンターの上に置いた。──数粒皿の上を跳ね床に落ちたが、アバーフォースは見ることもなく足先で蹴った。

アースキンはニコリと笑うと杖を振り、カウンターの奥にある棚からワイングラスをもう一つ引き寄せる。アバーフォースは「勝手なことを」と低い声で呟き顔をしかめ隠すことなく舌打ちをしたが、アースキンは気にせず透明度の高いイラクサ酒をそれぞれに継ぎ、一脚のワイングラスをアバーフォースに向けてふわふわと浮かばせた。

 

 

「付き合ってくれないか?」

「仕事中だ」

「いいじゃないか!どうせこんな大雪なんだ、誰も来ないだろう?」

「どうだか、お前みたいなもの好きがやってくるかもしれない」

「まあまあ」

 

 

アースキンは自分のグラスとアバーフォースに渡したグラスを無理やりカチンと軽く合わせ掲げる。視線で促され、渋々、といった様子でアバーフォースはイラクサ酒を舐めるように飲んだ。ピリピリとした刺激を伴うこの酒がアバーフォースはあまり得意ではなく顔をしかめ、アースキンはそれを見てくすくすと小さく笑い、痺れる舌でぺろりと唇を舐めた。

暫くは無言で酒を飲んでいたアースキンは半分ほどになったグラスをくるくると回し、疲れたような目でグラスを通り越して何もないところをぼう、と見ていた。

 

 

アースキンとアバーフォースは同じ年齢でも同じ寮でもなかったが、学生時代に似たような悩みを抱えていることを偶然知ってしまい、親友──とまではいかないが、互いに同志、のように思っていた。そのため二人は卒業してもゆるゆると付き合いがあり、途切れることはなかった。

といっても、どこかに仲良く出かけるなんてことはなく、アースキンがホッグズ・ヘッドにやってきて少しの会話を楽しむだけだ。

それでも、客に愛想を振り撒いたり、楽しく会話に花を咲かせる気なんてさらさら無いアバーフォースは、唯一──めんどくさそうな顔はしつつも──アースキンとだけ、カウンター越しに会話や酒に付き合っている。アバーフォースにとっても、アースキンはただの客ではないのがそれを通してわかるだろう。

 

だからこそ、アバーフォースはいつもと違うアースキンの様子が気になっていた。一言目で「アルコールのキツい酒」を注文するくらいなのだから、何かがありストレスを溜めているのだろう。

何が原因なのか──まあ、ちらりと噂で聞いたあの件に違いない。

 

 

「……噂で、お前に息子ができたと聞いたが?」

「あー……」

 

 

アースキンはアバーフォースの問いに曖昧な言葉を返した。

いつぞやの店主には「彼は息子だ」とすぐに断言したにも関わらず、今日のアースキンの口はひどく重い。くるくると酒を回し、煮え切らない態度を見せるアースキンにアバーフォースは片眉を上げ、神経質そうにイライラと机を指先で叩いた。

 

 

「ゴシップ好きなちんけな魔女が聞いてもしないのにべらべらと話していたぞ。なんでももうホグワーツ入学前の歳なんだって?

──ハッ!お前はその血を絶やすと俺に言ってなかったか?まさか、歳をとって一人の夜が寂しくなったのか?」

「アブ、勘弁してくれ。私を泣かしたいのかい?」

「初老の泣き顔なんてトロールの目糞みたいなもんだな」

「初老って……まだ我々はその域ではないだろう」

 

 

アースキンは心外だと眉を寄せた。

確かにアースキンの見た目はアバーフォースと二つしか変わらないとは思えないほど若々しい。アバーフォースが見た目にさして頓着がなく年相応に見えるのもあるが、アースキンがスキンケアや身嗜みを整えている事が大きな理由だろう。何せ彼は処女キラーである。年齢を重ねて性欲もやや落ち着いてきたとはいえ、まだまだ現役だ。

 

 

「どうだか。お前が嫌っていたクソジジイになっちまったのか?」

 

 

アバーフォースはアースキンの呪いについて知っていた。なんなら、アルバス・ダンブルドアよりもそのことについては詳しいだろう。だからこそ、アバーフォースは子どもを──アースキン家の血を残したその心情の変化が信じられなかったのだ。

信じ難いが事実なら、今日ここに来たのはそれの弁明か言い訳のためだろう。

 

 

「それが──怒鳴らないでくれよ──身に覚えがないんだ」

「あぁ?」

「そんな怖い顔をするな!……本当に、わからないんだ。だが状況的に……おそらく私の子どもだろう」

「どういう事だ?」

 

 

怪訝な顔をするアバーフォースに、アースキンはリドルとの出会いと、リドルが自分の息子だと思う理由を伝えた。

腕を組み顰めっ面をして聞いたアバーフォースは、確かにリドルがアースキンの息子だという決定的な証拠はないが、それでも父の名前がトム・リドルであり天性的に蛇語を話せるということは、アースキンの息子である可能性が高い気がした。

 

 

「とりあえず、引き取って一緒に暮らしているが。実は、まだあの子を私の子として登録したわけではないんだ。それは──やはり確たる証拠が出てからの方がいいだろう。……母親を探しているんだが、名乗らず亡くなったようで難航していてね。そもそも当時のハニー達の中で亡くなった子なんて居ない。つまり記憶にないほど泥酔した日にたまたま処女が声をかけてきて、避妊魔法をかけるのを忘れたとしか考えられない。だが──」

「あり得ないな」

 

 

アバーフォースはアースキンのぼそぼそした言葉を途中で遮った。強く吐き捨てられた言葉に、アースキンは続けようと思っていた子どものような言い訳じみた言葉を飲み込み、情けない顔で──どこか縋るように──チラリとアバーフォースを見る。

 

 

「人の性質は簡単には変えられない。お前の性質は、呪いのようなもんだ。……俺と違ってな」

「アブ……」

「それに、泥酔して勃つのか?」

「……まぁ……それはそうだな」

 

 

アースキンは何度か泥酔した事があったが、覚えている限りアバーフォースの前でしか──ホッグズ・ヘッドでしかやけ酒はしない。

むしゃくしゃして苛立ちどうしようもなくなり酒に逃げたい時は、オシャレなバーや格式高いレストランで痴態を曝け出すなんて非常識なことはせず、ホッグズ・ヘッドで飲むと決めていた。

ホッグズ・ヘッドは男女の出会いを求める場にはロマンチックなムードは無さすぎるし、痴態を曝け出したとしてもどうせ他者に興味が無い無法者しかいない。

泥酔し寝てしまってもアバーフォースが外に放り出さないことはわかっていたし、無防備な姿を見せても財布から金が減る事もない。なんなら知らぬ間に二階にある寝室に運んでくれる時もあった。

ついでに言えば、確かに年齢を重ねるにつれ体の至る所が酒に弱くなってきたと言えるだろう。

 

 

「……アブ、この店で私が処女と消えた事があったか?」

「ない」

 

 

即答するアバーフォースに、アースキンは少しだけ気が楽になり励まされたように感じた。

勿論、だからといってリドルとの親子関係を完全に否定できるわけではないが、可能性が少しだけ低くなったと考えていいだろう。

 

 

「母親は見つかりそうにないし、トム・リドルという人物が私以外にいるか探してみるよ。アブ、もし何かわかったら知らせてくれないか?」

「フン、気が向いたらな」

「ありがとう」

 

 

酒場ほど噂話が集まる場所はない。

きっとアバーフォースはなんだかんだトム・リドルについてそれとなく情報を集めてくれるのだろう。

アースキンは分かりづらい優しさを見せるアバーフォースに感謝をこめて笑いかけたが、アバーフォースは鼻を鳴らして嫌そうにするだけだった。

 

 

ーーー

 

 

アースキンは空が紫色と群青色のマーブル模様になる時刻に家へ帰ってきた。

扉を開けながら「ただいま」と言えば出て行った時と変わらぬ場所でリドルが座っているのが見える。

雪で濡れたマフラーと帽子を魔法で乾かし、コートスタンドに片付ける。目の前をふわふわと浮いていくマフラーと帽子をリドルは視界の端で捉えた。

 

さて、早く夕食の準備をしなければ。朝にチキンは仕込んだから後は香草を散らしてオーブンで焼いてスープは──と、今日の献立の手順を考えながらアースキンはキッチンへ向かう。シンクの蛇口を捻り、真冬のせいで氷のように冷たい水で手を洗っていると、流水音に紛れて何かが聞こえた。

 

 

「何か言ったかい?」

 

 

水を止め、リドルの方を見る。

リドルは本に視線を落としたまま「別に、なにも」と呟いた。

 

 

「おかえりって聞こえた気がしたんだが、気のせいかな?」

「……」

 

 

アースキンは柔らかく笑いながら言葉を投げかける。リドルは視線を上げる事なく黙って本を読んでいたが、その本を掴む指がぴくりと動いたのをアースキンは見逃さなかった。

 

 

「気のせいならいいんだ。──ただいま、トム」

「……おかえり」

 

 

二度目じゃない。名前を言われたから仕方がなく反応しただけだ。そんな澄ました顔でリドルはさらりと言い、カップを掴み傾けたが紅茶が入っていないことに気づき、何となくむずむずとしたような居心地の悪さを首の後ろに感じながらカップを受け皿に置いた。

 

声に出して笑えばリドルの機嫌を損ねるだろうと、アースキンは声もなくにっこりと笑みを深め料理を作る前にすっかり空っぽになったティーポットを補充する事にした。

茶葉を出すために棚を開ければ、そこに置いてあったクッキーやスコーンは綺麗さっぱりなくなっていて、ちらりと後ろを振り返る。

リドルの側にある丸いサイドテーブルの上にある平皿も空っぽであり、アースキンは今日の夕食は軽めのほうがいいかもしれない、と茶葉の缶を手にしながら考えた。

 

 

 

リドルは視線を本からキッチンへ向ける。

時折杖を動かしながらテキパキと食事の用意をするアースキンは、まるでオーケストラの指揮者のようだった。

ジャガイモが空中でスライスされていくのを見ながら、リドルは本をテーブルの上に置きキッチンへ向かう。

オーブンの様子を見ていたアースキンは、フライパンとフライ返しに自動で動くよう魔法をかけたとき、キッチン近くのダイニングテーブルに頬杖を付き椅子に座っているリドルに気づき少し驚いたように目を開いたが、すぐに目尻の皺をきゅっと寄せて笑った。

 

 

「もしかして、お腹がすいたのかい?もう少し時間がかかるんだ。うーん、何かスナックがあればいいけど……」

「……魔法を見たいだけだ」

「そう?なんだか緊張するな。失敗しないように頑張るよ」

 

 

アースキンはパチンとウインクをして──リドルは表情を全く変えなかった──料理を続ける。ボウルに入った生野菜がひらひらと泳ぐように回り、オーブンの中の炎は手や腕の形になりチキンを抱き包むようにしている。小洒落たガラス瓶の中に入った香辛料の香りを嗅ぎ、指先で軽く摘み振りかける。冷蔵棚の中にある生クリームをほんの少し鍋の中に入れくるくるとかき混ぜる。

 

リドルは次々に起こる魔法を見て、所作が美しいとは、きっとこういう事なんだろうな、と思った。

高級な料理を作る有名なシェフではない。それでも、食材や調理器具は踊るように動きいつのまにか美味しい料理ができている。せわしないわけではなく、余裕のある表情で楽しげに料理するアースキンの姿は、なぜかリドルに孤児院時代の秘密の戦利品が持つ輝きを思い出させた。

 

 

じっとこちらを見るリドルに、本当は空腹なのかとアースキンは考え、じゃがいものポタージュが入った鍋に向かって杖を軽く振った。

鍋の中から直径三センチほどの白いスープの玉がぽわんと浮かび上がる。

それはアースキンの杖の動きに合わせて鍋の上から、リドルの目の前まで飛んでいった。

いきなり目の前に飛んできたスープ玉に、リドルは虚をつかれ不思議そうな目でそれを見つめる。

 

 

「味見、してくれないか?」

 

 

アースキンが杖先をくるくると動かせば、スープ玉はリドルの前でくるくると誘惑するように動いた。

リドルは片眉を上げ少し考えたが、「あ」と口を開くと ぱく とスープ玉を食べた。

すぐにごくん、と喉が動きリドルは無意識のうちに赤い唇を舌先でぺろりと舐めた。

 

 

「……いつもと同じかな」

「そうか。それはよかった!」

 

 

美味しい、とは言わないリドルだったが、リドルの視線は「もっと欲しい」と言うように鍋に注がれていて、アースキンにとってはその視線だけで十分だった。

 

 

 

 

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