入学から一週間
あっという間に選抜レースの日がやってきた。
グラウンドには体操服を着た新入生やトレーナーだけではなく、在校生や教師も続々と集まってきており、一種のイベントの様相を呈している。
「懐かしいな〜。スカウトされた時のことを思い出すよ」
「誰が早いと思う?」
「2番ゼッケンのあの子調子良さそうだな」
「やっぱり、本命はメジロマックイーンだろ」
「あっちのあのウマ娘もいい筋肉ついているな」
「見てる私も緊張してお腹が空いてきた・・・」
「なんでやねんッ!!」
トレーナーや見学に来た在校生が口々に話し始めるのを聞きながら軽くアップを始める。
天気は快晴。
走るにはもってこいの状態が整ってる。
「はい。時間も来たので早速始めていくぞー。えー、1番から20番がA地点。21番からーーー」
しばらくすると、教官からそれぞれのスタート地点に行くようにと指示が飛び、ウマ娘達が移動し始める。
「私が3番。あなたは22番だから離れ離れね」
「ちぇ。せっかく俺の勇姿を見せてやろうと思ったのに」
「はいはい。お互いがんばりましょうね」
いつも通りの幼馴染に溜め息混じりの声をかけ、手をヒラヒラと振りながら指定されたスタート地点に向かう。
???も移動しようとすると背中を叩かれる。
後ろを見るとテイオーが笑みを浮かべながら立っていた。
「んあ?お、テイオー!お前も一緒なのか」
「そうだよー。21番だから一緒に走ることになるだろうね。にっしし、ワガガイの走りを見せつけてあげるぞよー」
「っへ。行ってくれるじゃねーか」
自信満々のテイオーと一緒にスタート地点に向かいながら、×××を見ると、もうスタート地点に近づいており、どうやらマックイーンと同じチームらしい。
強敵なのには間違いないが、あいつならきっと勝てるだろう。
そうこうしてるとスタート位置についた。
「よし。全員集まったな。
それじゃ、ルールを説明する。
コースは芝。
距離は1300メートルの短距離を5人で走る。
授業で独走はしてきただろうが、他のウマ娘と競争するのは入学後、初だろう。
ここで君たちが今まで培ってきた経験を見させてもらう。
後悔のないように全力で走るように!
では、21番から25番スタート位置へ」
早速呼ばれスタート位置に並ぶ。
特に緊張もしていない。
今まで通り走ればいいだけだ。
深く息を吸い込み、前を見つめる。
ピーッ!
スタートの笛が鳴った。
一斉にスタートを切る。
滑り出しは上々。前だけを見つめ、土を踏みつけるように走る。
位置取りはいい。
先頭がゼッケン21番のテイオー、そのすぐ後ろに22番の???、24番、25番、23番と続く。
目の前にはテイオーの背中がよく見える。
トレセン学園に来るまではよく中距離を走ってきた、スタミナには自信がある、脚を緩めることなく、全力で走る。
残り650メートル。
ちょうど半分の距離に到達した。
息が少し上がってくる。ジワっと汗が体操服に染み付いてくるのを感じながら、走り続ける。
位置は先程変わらないが、目の前の「21番」の数字が少し遠くなっただろうか。
しばらくすると、後ろを走っている三人のウマ娘の足音が近づいてきた。
残り300メートル。
テイオーとの差は縮まらない。
追い込みをかけるため、さらにスピードを上げる。
それでも縮まらない、寧ろ差が広まっていく気がする。
目の前には「24番」の数字が見える。
ついに抜かされ、テイオーと俺との間を塞がれた。
息が荒くなり始めた。
残り200メートル。
テイオーはおろか、目の前の24番のウマ娘との距離も縮まらない。
身体がだんだんと熱くなっていく。
大きく息を吐き、力一杯地面を踏む。
また、一人抜かされた。
残り150メートル。
ふと前を見ると自分以外の4人のウマ娘が走っていた。
ーーーは?
いつのまにあんなに差が?
考えている暇はない。
遅れを取り戻すべく、必死に腕を、脚を動かし、ただただ、走ることだけに集中する。
残り50メートル。
本格的に息が荒くなり、少し頭が痛くなる。
だが、それでも必死に前を見つめ走り続ける。
周りの声が徐々に聞こえなくなってくる。
テイオーはずっと先頭を走っており、もうすぐゴールするだろう。
明らかにもう抜かすことどころか追いつくこともできない。
意味もないのに思わず手を伸ばすと、虚しく空を切った。
もう、誰にも追いつけない。
もう、誰にも触れない。
残り0メートル。
1番遅くゴールに辿り着く。
膝に手を置き、呼吸を整えるために口を大きく開け酸素を求める。
「一着がゼッケン21番のトウカイテイオー。二着がゼッケン24番のーーー」
着順のアナウンスが流れ、拍手がおきる。
とても聞けるような状態ではない。
大粒の汗を流しながら、体が上下揺らし、ゆっくりあたりを見渡すと、テイオーがたくさんのトレーナー達に囲まれていた。
「凄いぞ!素晴らしい走りだ。是非、僕と契約して欲しい」
「いや、俺とだ。一緒に頂点を目指そう」
「あなたなら、三冠だって夢じゃないわ!」
「へっへーん。ワガガイの実力はこんなもんじゃないぞヨー。誰を選ぶか迷うなぁ」
胸を張り、元気よく飛び跳ねるテイオー。
それに比べいまだに息は整わず、体力が回復しない自分に腹が立ってくる。
「ッーーークッソ!!」
息を整えながら、舌打ちをする。清々しい程の完敗だ。
一着はおろか、五人中五位。
今まで公式のレースでも、運動会のリレーでも、友人同士の遊びの競争でも常に上位には入り、最下位になったことなど一回もない。
レース人生初めての最下位だ。
「あの子早かったね」
「全然息切れしてないのが、凄いよね。あの様子じゃ、専属トレーナーが着くだろうね」
性別や新人、ベテラントレーナーに関係なく数多くの喝采を浴びているだけにとどまらず、新入生や他の見学者からも褒められるテイオーとは反対に自分の周りには当然のことながらトレーナーは誰一人寄って来ず、褒め言葉も聞こえない。
テイオーは強かった。
想像以上に強かった。
いや、テイオーだけではない他のウマ娘も強かった。
大粒の汗を流し、必死の形相で喰らいつく自分とは違い、笑顔で風を切り、自信にあふれ、どんどんと前に進むテイオーの姿はとてもかっこいい。
あれこそ、俺が成りたかった「かっこいいウマ娘」だ。
『あいつはダメだ』
トレーナーに見限られた気がする。
『あの子、弱いね〜』
見学者に馬鹿にされた気がする。
歯を食いしばるとガリッと鈍い音がして血が出てきた。
心は暗いのに空は憎々しいほど晴れている。
初めての敗北は苦々しいほど鉄の味がした。
入学から一週間。
1戦0勝1敗。