“死”。すべての命の終わりを見届け、魂を静かに回収する存在。普段は流れに干渉しないが、死を拒み、魂を歪める者が現れた時だけ、彼は狩りに出る。

 古代――魂を封じて不死を得ようとした魔法使い。
 中世――死の川を渡り運命を変えた三兄弟。
 現代――魂を八つに裂いて死を否定したヴォルデモート。

それぞれが“死”に抗い、挑み、そして迎えられていく。これは、悠久の時を生きる“死”が語る、死を拒んだ者たちの記録であり、命の終わりにこそ救いがあることを教える物語である。

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よ!俺は死!迎えに来たぜ。

 

 

 

 

 

 よっ、こんにちは。いや、おはよう? それとも、おやすみか? ま、どっちでもいいな。俺にとっちゃ、朝も夜も、晴れも嵐も、みんな“通り道”だ。

 

 改めまして――俺は死。そう、“あの”死。首を斬られた騎士が駆ける夜にも、戦場で泣き叫ぶ母にも、道端で心臓を押さえて崩れる老いぼれにも、みんな平等に訪れる、そんなやつ。

 

 おっと、怖がる必要はない。俺は別に悪いやつじゃない。むしろ、ちょっとお節介なところはあるが、仕事熱心で公平な“案内人”ってとこかな。ほら、最近の言い方でいうと「エージェント」? 魂の輸送担当。お迎え係。死ぬってのは、旅の一区切りってだけで、終わりってわけじゃないんだ。俺はその次のステージまで、魂を連れてくだけ。簡単だろ?

 

 

 

 でもな、人間ってやつは――ほんと、面白い。死を恐れるくせに、なぜか自分の死だけは特別だと思ってる。頭蓋骨が割れようが、内臓が飛び出ようが、魂が千切れようが、どこかで「俺はまだいける」って顔するやつがいるんだよ。

 

 いいかい、みんな。死は“結果”じゃない。“流れ”だ。命が産まれ、生きて、何かを残して、死んでいく。これは世界の設計図だ。俺はその設計図に沿って流れる“川”みたいなもん。邪魔はしない。手も出さない。ただ、流れて、受け取る。それだけ。

 

 でもね、その“川”の流れを、わざわざ逆流させようとするやつがいる。しかも、とびっきり派手に、ね。そういうやつが現れると、俺も流石に腰を上げなきゃならない。

 

 

 

 あ、そうそう。俺のことを「骸骨の死神」みたいに思ってるやつも多いけど、あれはちょっと盛りすぎだ。確かに、昔はそういう格好で出たこともあったけどな――ほら、演出ってやつだよ演出! 今じゃ、俺の姿は見る人によって違う。老女の姿で見る者もいれば、光の塊だったっていうやつもいるし、ただの「感じ」だったって人もいる。

 

 俺自身は、形を持たない。言葉も、体も、時間も必要ない。けど、こうして話すとなると、やっぱり言葉を借りる必要があるんだよな。というわけで、今回の俺は、ちょっと軽口叩く語り部風でいくとしよう。

 

 

 

 さあ、話そうか。俺の見てきた世界を。魔法のある世界と、ない世界。その中で、生まれ、死に、そして――“俺と出会った”者たちのことを。

 

 

 

 まずは最初のひとつ、世界の輪郭について語ろうか。命が燃え、その炎がどこへと消えるのか――そうして、また次の命へと繋がっていく、その循環のはなし。

 

 

 世界には、二つの顔がある。一つは、魔法のある世界。もう一つは、魔法のない世界。人間たちはそれを「魔法界」と「マグル界」などと呼んでいるが、俺にとっては、どちらも同じ命の舞台。生まれて、歩いて、笑って、泣いて、死ぬ。やってることに違いはない。

 

 

 

 ただ――“色”が違う。魔法というものが存在すると、人間の命は濃くなる。濃密で、複雑で、歪んで、そして……ときに美しい。

 

 魔法界には、炎を自在に操る者もいれば、空を飛び、時間を巻き戻す者もいる。指一本で城を浮かせ、言葉ひとつで命を奪うこともできる。だがね、そういう奴らだって、ちゃんと死ぬ。足を滑らせて階段から落ちるやつもいれば、愛する者のために身を投げ出すやつもいる。杖を振って自爆する間抜けも見た。どんなに力があろうと、死は免れん。そこが良い。

 

 

 

 一方で、魔法を持たぬ者たち――マグルは、もっと不器用だ。剣や銃で争い、科学や法律で世界を整えようとする。努力は買う。でもまあ、あいつらは魔法がない分、妙に“綺麗に死ぬ”やつが多いんだよな。覚悟というか、諦めというか。命の終わりをちゃんと受け入れて、静かに目を閉じる者が多い。ちょっと、泣ける時もある。

 

 

 

 で、どっちが良いかって? そんなのは決めるもんじゃない。俺はただ見てるだけだ。どちらも、それぞれに尊くて、それぞれに愚かしい。愚かだから面白いし、尊いから手は出さない。俺はそれを“流れ”と呼ぶ。命が進む方向。魂が還る場所。どちらの世界も、その流れの中にある。それが揺らがない限り、俺が出張ることはない。

 

 

 

 だがね、ときどき、流れをぶち壊すやつがいるんだ。

 

 

 

 「俺は死なん」「死は敗北だ」「死を越える力を手に入れる」――そんなふうに考える者たちが現れる。彼らは、死の意味を履き違えたまま、力だけを追い求める。魔法界では特に、そういう輩が多い。いや、そもそも魔法そのものが、死に触れようとする行為だからな。

 

 魂を操る魔法。死者を呼び戻す術。命を削る契約、蘇りの石、分霊箱――おっと、話が飛んだな。これはまた後でたっぷり語るとして。

 

 

 

 どちらの世界にも、死を理解する者と、死を拒絶する者がいる。理解する者は、自らの命を生き切り、潔く旅立つ。拒絶する者は、命をねじ曲げ、他人の命を喰いながら延命しようとする。そういうやつは、まあ、大体は……ろくな終わり方しない。

 

 

 

 ちなみに――魔法がある世界の方が、死を理解するのは難しい。だって、なんでもできると思っちゃうからな。命すら操作できると思う。だからこそ、死を正しく見つめられるやつは、本当に貴重だ。俺がちょっと顔を出したくなるくらいに、な。

 

 

 

 さて、そろそろ話を進めよう。次は、魔法そのものの話をしようか。

 火を生み、水を操り、言葉で現実をねじ曲げるその力――

 魔法とはなんなのか? それは、死とどう向き合う力なのか?

 

 

 魔法とはなにか。これな、定義しようとした魔法使いたちは山ほどいるが、結局みんな途中で頭を抱える。火だって、水だって、重力だって、いじれるくせに、それを“説明”しようとすると、とたんに口を閉ざす。まるで、魔法そのものが、「語るな」と言っているようなもんだ。

 

 

 

 だが、俺は違う。俺は死だからな。すべての“終わり”を知ってるし、その終わりに向かう途中にあるものは、全部見てきた。だから、俺なりに言わせてもらおう。魔法とは――魂の手の届く距離のことだ。

 

 

 

 人間の魂ってのは、意外と器用だ。肉体に収まってる間はその力のほとんどを封じられてるが、ちょっとしたきっかけで外に向かって伸びる。感情、言葉、意志、それらが結びつくとき、魂が外界に触れ、現実を変える。それが魔法の発動。杖も呪文も、ぜんぶは“補助”にすぎない。

 つまり、魔法とは、魂が世界に触れようとする衝動だ。

 

 

 

 この“衝動”が、やっかいな代物でな。最初は小さな火花だったものが、気づけば嵐になってる。優しさが生む魔法もあれば、欲望や怒りが生む魔法もある。問題は、後者の方がだいたい派手に燃えるってことだ。そりゃ、愛で花を咲かせるより、怒りで建物を吹き飛ばす方が簡単だからな。

 

 

 

 魔法の起源について語ると、「始まりの呪文」だの「世界の傷」だの、いろんな説があるが――俺から言わせりゃ、魔法は人間が死を恐れた瞬間に生まれた。

 

 そう、魔法は死に対する“反射”なんだ。

 

 

 

 死ぬのが怖いから、火を操って寒さから逃れた。

 死にたくないから、敵を倒す魔法を編み出した。

 大切な人を失いたくないから、過去に戻る術を求めた。

 そのすべてが、魔法の根だ。

 

 

 

 もちろん、美しい使い方もある。命を癒やすための魔法。誰かを守るための盾の呪文。それらは、死と正面から向き合った者たちが選ぶ、優しい選択だ。

 

 

 

 だが、問題は“逆”だ。死を否定し、逆らい、捻じ曲げ、ねじ伏せようとする魔法。それを使った者たちが、どんな最期を迎えたか――俺は全部見てきた。

 

 

 

 ある魔法使いは、時の流れを押し戻し、何百年も生き延びようとした。

 ある者は、死者の魂を呼び戻し、自分の命の糧にした。

 ある者は、死そのものを「道具」に変えようとした。

 そいつらの顔は、どれもこれも、すげえ歪んでたよ。

 まるで、自分の中身をどこかに忘れてきたような、そんな顔。

 

 

 

 だから俺は言うんだ。魔法とは、魂の衝動だ。その衝動が、どこへ向かうかで、魔法の色が決まる。優しさに向かえば癒しに。恐れに向かえば破壊に。そして、死を否定する衝動へ向かえば――それは、俺への挑戦状だ。

 

 

 

 さて。じゃあ、そうやって俺に喧嘩を売ってきたやつには、どうするかって?そろそろ話すか。死を冒涜し、魂を弄び、運命をねじ曲げようとした者たちへの――俺の対処法を。

 

 

 いいか、俺は怒らない。怒るほど暇じゃないし、そもそも“怒り”なんて情動は、生の側にあるもんだ。俺はそういうのと違う。俺はただ、流れを正すだけ。川がせき止められていたら、石をどけるように。枝が詰まっていたら、押し流すように。必要なときだけ、現れて、処理して、立ち去る。

 

 

 

 だがな。死を冒涜するってのは、ただの“石”じゃねえ。そいつは、川に毒を流すようなもんだ。水だけじゃない、そこにいる魚も、土も、空気も、全部が濁る。だから、そういう連中を見つけたときは――俺は、“狩る”。

 

 

 

 忘れるなよ。俺はただの見守り役じゃない。世界が“終わり”を必要としたとき、それを執行するのが、俺の本質だ。

 

 

 

 ある時代、ある場所。

 

 名もなき魔法使いが、死を超えようとして魂を引き抜いた。世界はそれに気づかない。魔法省も、教育機関も、宗教も、科学も。だが、俺は気づく。魂の匂いが変わるからだ。腐臭じゃない、もっと薄い、だが確かに鼻につく“歪み”。それを風が運んでくるんだ。川の流れの音が、それを告げるんだ。

 

 

 

 そして俺は、そこに行く。静かに、誰にも気づかれずに。相手が城に籠っていようと、地下に潜っていようと、魔法で隠れようと――

 

 魂に住所は隠せねえ。

 

 

 

 最初に狩ったのは、名前も記録も残っていないやつだった。そいつは、自分の命を延ばすために、自分の子どもを使って魂を“封じた”。

 

 魂を壺に閉じ込めることで、肉体が滅んでも戻ってくるように設計された、粗雑で不完全な魔術――分霊箱とは違う、“未完成な魂の貯蔵法”だった。

 

 

 

 厳密に言えば、魂を裂いたわけじゃない。魂全体を無理やり引き抜いて、それを器に押し込んだんだ。代償に用いたのは血縁の命。幼い子の命を捧げることで、強引に“魂の手続きを中断”し、あの世への流れを遮断した。まだ形にも定義にもなっていない、魔法というよりは“魔性”に近い何かだった。

 

 

 

 壺は骨で封印されていた。外から触れるだけで指が焦げるような呪詛が編み込まれ、中の魂は、まるで囚人のように震えていた。俺が近づくと、その震えは小さな声になった。

 

 

 

 「……たすけて……」

 

 

 

 壺を割った瞬間、まばゆい裂け目が空間に走った。中から浮かび上がった魂は、泣きながら俺にしがみついてきた。自らの罪も、哀れさも、理解していなかった。ただただ、助けてくれと繰り返していた。

 

 

 

 ……助けたさ。ちゃんと連れて帰った。痛みも、悲鳴も、全部引き受けさせた上でな。魂を壊してはいなかったが、深く歪んでいた。戻すことはできなかったが、終わらせることはできた。

 

 

 

 痛みを知り、代償を知り、自らの行いを受け止めることで――魂はようやく“死”を受け入れた。それこそが、本当の意味での救いだ。死とは罰ではない。ただの“通過点”だ。だが、自らそれを踏みにじった者には、相応の苦痛が伴う。

 

 

 

 そして、それが最初だった。“死に逆らう”という歪みが、はっきりと形を成した瞬間だった。俺はその時から、時折、川を遡ることにした。魂がどう歪み、どこへ向かっていくのか――静かに、深く、見届けるために。

 

 

 

 俺が直接、相手の前に現れるのは稀だ。大抵は、別の誰かの手を借りる。

 運命を選び取った誰か。死の意味を知っている誰か。

 

 その者が剣を振るい、呪文を唱え、敵を倒す。だが実際に“刈り取ってる”のは俺だ。剣の軌跡の先、呪文が爆ぜたあとの空間――そこに、俺がいる。

 

 

 

 そして、何より恐ろしいのは。そいつがまだ“生きている”ように見えても、魂だけはもう回収されてることがあるってことだ。

 

 

 

 そう――俺は一足先に来る。気づかぬうちに、息をするその者の魂を、抜き取る。体だけが動いてる。笑ってる。怒ってる。でも、その奥はもう空っぽだ。魂なき生。それはもはや、生ではない。

 

 

 

 さて。

 

 そんな俺が、かつて“最大の歪み”を感じた時――それは古代ギリシャ。とある若い魔法使いが、“例の魔法”を使った瞬間だった。

 

 

 

 「分霊箱?なんやそれぇ!聞いてねぇぞ!」

 

 しかも魂を意図的に“裂いた”って? おいおい、マジかよお前ぇ――

 

 ……あのときばかりは、ほんと、呆れ果てた。

 

 

 最初に感じたのは、重たく澱んだ気配だった。魂の流れというのは、普段は澄んだ水のように滑らかに運ばれていく。だが、その時――それは明らかに“割れていた”。なにかが、いや、誰かが、自分の魂を引き裂き、その一部を別の器に押し込んだのだ。

 

 

 

 「マジかよお前ぇ……」

 

 

 

 思わず声が漏れた。これまでも魂を弄ぶような輩はいたが、自分の魂を“裂く”という発想はなかった。常識というより、存在そのものへの冒涜だったからな。魂ってのはな、いわば“命の核”だ。それを分割するってのは、焚き火の炎を割って別の場所に持っていくようなもの――いや、それよりもずっと、歪で、凄惨で、危険だ。

 

 

 

 名前を調べた。ヘルポ。

 

 黒髪、血色の悪い肌、目だけが濁ったように光っていた。まだ若かったが、その目は“老い”を恐れていた。「死」を恐れていた。

 だから奴は、殺した。そして、その殺しによって生まれた裂け目に、自らの魂の一部を滑り込ませた。器は金の小箱。内側にルーンが刻まれ、血で封印されていた。

 

 

 

 俺が到着したとき、魂の一部はすでに閉じ込められていた。

 

 そして、残りの本体は――震えていた。目の奥に“成功した”という確信と、“失った”という焦燥が、同時に浮かんでいた。そう、ヘルポ自身も気づいていた。自分が“欠けてしまった”ことを。

 

 

 

 あの時のやりとりは、今でも忘れない。

 

 

 

 「お前が“死”か」

 「よぉ、魂泥棒」

 「……俺は不死になった。お前の出番はない」

 「うーん、残念。魂が一個じゃなくなっただけで、お前の死は“倍”になったよ?」

 

 

 

 彼は杖を振った。骨を浮かせ、呪詛を唱え、炎を操った。でもな、俺は“物理”じゃない。魂を狩るとき、俺はただ“在る”。そこに“いる”だけで、魂は俺に引かれてくる。だから、彼の抵抗は全部“音”に過ぎなかった。

 

 

 

 ただ――問題はそこじゃなかった。

 

 

 

 分霊箱。魂を裂いて器に封じる、史上最悪の魔法。俺が回収しようとしたとき、その小箱が逃げたんだよ。

 

 

 

 術式が施されていた。魂が自らの回収を拒むように、術者の手で“意思”を植えつけられていた。それは、俺にとっても予想外だった。

 

 俺は魂を“迎えに来る者”だが、“追いかける者”じゃない。それが、俺のルールだった。

 

 

 

 けどな。これは、放置できねぇ。他人の命で魂を裂き、しかもその破片が逃げる?これが“ precedent ”になったら、終わるぞこの世界。

 

 

 

 だから俺は、例外として、動いた。破片がどこに逃げたのかを追い、術式の“切れ目”を探し、回収する。えらい時間がかかった。場所は山奥の地下、封印され、守護獣までつけられていた。

 

 

 

 で、ようやく捕まえた時、魂の断片が言ったんだよ。

 

 

 

 「……帰りたくない」

 

 

 

 割かれた魂は、すでに自我すら歪んでいた。けれど、俺は優しく包んでやったよ。「大丈夫だ。もう何も怖くねぇ。……痛みも、孤独も、終わりだ」ってな。

 

 

 

 こうして、ヘルポの魂は完全に回収された。彼の死は、“正され”た。

 でもな、これが終わりじゃなかった。この“方法”が、後の魔法使いに“伝わっちまった”。

 

 

 

 それがどんな連鎖を生んだかは……まぁ、後で話すとしよう。

 

 今はひとまず、別の問題を見よう。二つの世界で起きる、いくつもの争い――命と命がぶつかり合う、その“音”を聞こうじゃないか。

 

 

 争いってのは、ほんとにどこにでもある。愛のため、憎しみのため、欲望のため、時には“正義”とやらのために、命が命を喰う。

 俺にとっては、それは特別なことじゃない。だって命の数だけ、終わりがあるからな。

 でも、ときどき、その“終わり方”が尋常じゃないときがある。火じゃなく、刃じゃなく、魔法でもない――魂そのものがぶつかり合うような争いが。

 

 

 

 マグルの世界では、銃や爆弾、毒ガスやミサイルが飛び交う。

 ボタン一つで百人が吹き飛び、国が塵になる。

 

 けれど、面白いのはそこじゃない。それでも人は、最後に“手”で触れて死んでいく。家族の手を握って、あるいは恋人の写真を見て、「俺は間違ってなかった」とか、「すまなかった」とか、そんな言葉を漏らしてな。

 

 

 

 一方、魔法の世界は違う。杖一本で人の心臓を止められる。記憶を消し、意志を奪い、姿を変え、存在そのものを消し去ることもできる。殺すために設計された魔法もある。アバダ・ケダブラ、インペリオ、クルーシオ。

 

 笑いながら、祈りながら、人を壊せる呪文たち。

 

 

 

 中でも最も多く命を送ったのは――戦争だ。

 

 

 

 魔法界では時代ごとに“闇の魔法使い”が現れる。俺が見てきただけでも数百人はいた。中には、国ひとつ焼き払ったやつもいるし、ただ“死”という現象に魅せられて、生きたまま魂を抜こうとしたやつもいた。

 

 

 

 だが、戦争が起きるのは、闇の魔法使いがいたからじゃない。戦う者がいたから、争いが起きる。“正義”を背負った者たちが、闇を裁こうと立ち上がるから、地が割れ、血が流れる。

 

 

 

 俺は何度も、戦場を見た。

 剣と剣がぶつかる音。

 杖と杖が火花を散らす衝撃。

 魔力の濁流に吹き飛ばされた兵の肉が、地に貼り付く音。

 焼け焦げた衣服の匂い。

 崩れた城の中で泣く子どもの瞳。

 そういったすべての中に、俺はいた。

 

 

 

 でもな、俺は“止めない”。なぜなら、命が“選んだ”道だからだ。俺が手を出すのは、“死が歪められたとき”だけ。戦争は醜くても、自然の延長だ。人が憎しみを積み上げた結果だから。

 

 

 

 とはいえ、中には“ルールを破る”やつもいる。命を殺すのではなく、“魂”を殺そうとする魔法使い。それはもう、ただの戦争じゃない。魂の戦場だ。

 

 

 

 魂を鎖で縛り、意志を焼き切り、死者すら引き戻して戦わせる。そんなものを見たときは、流石に俺も眉をひそめた。

 

 

 

 ……え? 眉?

 あるかって? まあ、たぶん。感覚的にだがな。

 

 

 

 とにかく。

 争いってやつは、止まらない。

 でもその中で、ちゃんと“終わり”を迎えた命たちは、みんな俺に微笑んでくれた。「やっと終われたよ」と言う者もいたし、「もう一度生きたかった」と泣く者もいた。

 

 俺はどちらにも手を差し伸べる。その先にあるものは、俺すら知らない“彼方”だからな。

 

 

 

 さて――次の話に移ろうか。

 ある時、俺は三人の兄弟と出会った。

 彼らは、“死”を超える術を求めて、魔法を使った。

 運命に抗い、川を渡ってきた。

 それが、またとない出来事の始まりだったんだ。

 

 あれは、面白かったなあ。いやもう、ほんっとに驚いた。その日も俺は、いつもどおり魂の流れを見守っていたんだ。

 

 とある深い谷にかかる、命を断ち切るほど激しい濁流の川。

 その川のほとりには、毎年何十人もの命が流され、俺のもとへ旅立ってくる。風が唸り、岩が削れ、木々が根ごと引きちぎられる――そんな場所だった。

 

 

 

 で、今年もそろそろ一人や二人、来るかね……と待っていたら、現れたのは三人の若い魔法使い、兄弟だった。

 

 

 

 長男は、背が高く、顎が尖って、いかにも傲慢そうな目をしていた。

 

 次男は、切れ長の目に影を宿していて、言葉少なげな静かな男だった。

 

 末弟は、フードを深くかぶり、杖を懐にしまったまま、俺の方を真っ直ぐ見た。

 

 

 

 三人は川の前に立つと、何のためらいもなく杖を抜いた。そして三人で魔法を編み上げ、川を“分けた”。

 

 

 

 ……分けたんだよ。あの狂暴な死の川を、杖ひとつで。まるでモーセでも来たのかってくらい、川が左右に割れ、底の岩が露出して、さらには橋のような石の道が現れた。

 

 

 

 俺? あぁ、そりゃもう驚いたよ。

 

 

 

 「ちょ、マジかよ。割ってんじゃんお前らぁ!?」って、思わず出ちまったさ。川ってのはな、命の“帰り道”なんだよ?そこを分けるってことは、“死に至る運命を自力で否定した”ってことだ。普通なら、そんなやつは即回収なんだけど――その時は違った。

 

 

 

 面白くて、な。

 

 

 

 ああ、これはどうなるか見てみよう、と。俺は彼らの前に姿を現した。いつも通り、相手に見える“姿”でな。

 

 

 

 長男は警戒もせずに、胸を張って言った。

 「我らは死を乗り越えた。ならば、お前は敗北者だ」

 

 ――あー、いたなそういうやつ。昔も。こいつは間違いなく、力を欲しがるタイプだと思った。だから俺は、言ったんだ。

 

 

 

 「ほう。ならば、願いを一つずつ、与えてやろう」

 

 

 

 なに? なぜそんなことをしたのかって?

 

 興味だよ。人間の魂が、“死を知った上で何を望むか”が、俺には気になったんだ。

 

 

 

 長男は言った。

 「誰にも敗けぬ、最強の杖をくれ」

 ――なるほど。やっぱり、そう来るよな。

 だから俺は、ニワトコの杖を与えた。

 樹齢千年の古木から削り出し、最後に自ら殺した男の髪を芯に編み込んだ杖。どんな呪文も跳ね返し、どんな防御も貫く、だが――持つ者を必ず“争い”へ導く呪いを宿してな。

 

 

 

 次男は少し黙っていたが、やがて低く呟いた。

 「死者を取り戻す魔法がほしい」

 ――あー、こいつは“未練型”か。

 だから俺は、蘇りの石を与えた。

 死者の魂を現世に一時的に引き戻す魔法具。川底に沈んでた小石をちょちょいとやった。だが、引き戻された魂は、“この世の温度”には耐えられない。それはただの幻でしかなく、望む者の心を“死”へと誘う。

 

 

 

 末弟は俺を見つめたまま、静かに言った。

 「俺はお前から逃れる術を望む」

 ――あぁ、なるほど。

 こいつは賢い。“死を支配しよう”とも、“逃れよう”ともせず、

 ただ、“身を隠す”ことを選んだ。

 だから俺は、透明マントを渡した。月蜘蛛の糸で織られた、時間の砂を練り込んだ生地。その者が死を望むまで、俺からは決して見えない布だ。

 

 

 

 ……さて、三人はそれぞれ、道具を持って去っていった。それぞれが、自分なりの“死の超え方”を試そうとしていた。

 

 

 

 俺はしばらくの間、ただ見ていた。この物語の結末を、彼らの魂がどう流れていくのかを――そして、やがてその時が来た。ひとり、またひとりと、“正される”瞬間が。

 

 最初に動きがあったのは、長兄だった。アンチオク・ペベレル。力に魅せられた男。

 ニワトコの杖を手に入れた彼は、己の強さを証明するため、すぐさま他国へと渡り、決闘を申し込んだ。あらゆる戦士を打ち負かし、血を浴び、名を上げていった。

 

 

 

 その杖は確かに強かったよ。呪文の速度、威力、貫通力。すべてが別格だった。どんな盾も焼き裂き、どんな呪文も消し飛ばす。

 けれどな、それがどれだけ強くても、持ち主が“死”を理解してなけりゃ、意味はない。

 

 

 

 アンチオクは、力の本質を理解していなかった。それが欲望の種であること。それが、争いを引き寄せる呪いであること。彼は“最強の杖”を持っているという事実に、酔っていた。

 

 そしてその酔いが、彼の最期を招いた。

 

 

 

 ある夜、勝利の美酒に酔い潰れ、宿で眠りこけていた彼の喉に、一本の刃が突き刺さった。刺客は杖を奪い、そのまま姿を消した。アンチオクは、自らの願い通り“争い”を呼び寄せ、そして死んだ。

 

 

 

 その瞬間、俺はいた。

 血の染みた寝台の脇に立ち、抜け出した魂を見下ろしていた。

 アンチオクの魂は、ぼんやりと俺を見上げた。

 

 

 

 「……俺は、負けたのか?」

 

 「負けたんじゃない。望んだんだ。勝ち続けることを。そして、それが死を呼んだ」

 

 

 

 彼は黙っていた。何も答えなかった。

 ただ、うつむいて、俺に背を向けた。

 それでも、俺は彼の魂を受け取った。

 争いの果てで、ようやく静かに眠ることができるように。

 

 

 

 次に訪れたのは、次兄――カドマス・ペベレル。

 彼は、蘇りの石を手にした。

 最愛の女性を失った痛み。その苦しみに耐えきれず、死者を呼び戻すことを望んだ。蘇りの石が、彼女をこの世に連れ戻したとき、カドマスの顔には涙が浮かんでいた。

 

 

 

 だが、その喜びは、すぐに絶望へと変わった。彼女は確かに“そこ”にいた。姿も声も記憶も。けれど、彼女はこの世のものではなかった。その足は地に触れず、手の温もりは冷たく、瞳には“こちら側”が映っていなかった。

 

 

 

 彼女は、死んでいたのだ。

 魂はあの世に属していて、無理にこの世へ引き戻されたそれは、苦しんでいた。彼女は言った。

 

 

 

 「お願い、戻して……ここは寒い……痛いの……私、もう、生きてないの……」

 

 

 

 その声に、カドマスは壊れた。

 彼は理解した。これは愛ではないと。

 これは、“死”を否定した自分への罰だと。

 

 

 

 その夜、カドマスは屋敷の奥の納屋に入り、縄を梁にかけた。

 静かに椅子を蹴って、命を絶った。

 

 

 

 俺は、いた。

 彼が首を吊った天井裏の梁に、魂の抜け殻がふわりと浮かび上がる瞬間を、見届けた。彼の魂は、涙を流しながら、俺を見た。

 

 

 

 「……俺は、間違えたか?」

 

 「違う。お前は、“諦められなかった”だけだ。でも、その先に進むことを、今選んだ。それでいい」

 

 

 

 彼は頷いた。彼女の方を振り返るように目を閉じ、俺の手の中にすっと収まった。

 

 

 

 こうして、二人の兄は、それぞれの“望み”の果てに、自らの命を終えた。欲、執着。どちらも、死を理解しなかったがゆえに、破滅へ至った。

 

 そして俺は、もう一人――末弟の行方を、静かに見守ることにした。

 

 

 

 果たして、あの“隠れた”男は、どこへ向かうのか。

 “死”から逃れた男の魂は、やがてどこへ帰ってくるのか――それを、俺は待ち続けた。

 

 

 イグノタス・ペベレル。

 三兄弟の末弟。

 彼は、透明マントを手にした男だった。

 死を支配しようともせず、死を拒もうともせず――ただ、隠れた。

 

 

 

 俺はその姿を見失った。透明マントとはいえ、本来、俺に見えないものなど存在しない。だがあの布は、そういう“細工”がされていた。俺が見るべき瞬間まで、本当に見えなくなる――そういう、“許可”が与えられていたのだ。

 

 

 

 彼はどこに行ったのか?田舎の小さな村だった。家族を持ち、畑を耕し、犬を飼い、子どもと笑い、老人として日々を重ねた。

 隠れていたというより、“暮らしていた”んだよな。俺から逃げるようにじゃなくて、俺が来るその時まで、自分の命を静かに使い切るように。

 

 

 

 彼の名前は世に残らなかった。だが、子に、孫に、血と知恵と誇りを伝えていった。死を理解した者だけが持つ静けさが、そこにあった。彼の魂は、すでに整っていた。歪みもなく、恐れもなく、いつでも“受け入れる”準備が整っていた。

 

 

 

 ある夜、月の光の下。イグノタスは、孫たちに絵本を読み聞かせたあと、自室へ戻った。長く乾いた咳をして、ベッドに横になり、窓を見上げた。

 

 そして、俺に言ったんだ。

 

 

 

 「もう、いいかな?」

 

 

 

 その声に、俺は静かに姿を現した。

 白い髭を蓄え、皺だらけの彼の目が、子どものように輝いていた。

 俺を見ても怯えることなく、笑った。

 

 

 

 「お前に会える日が、楽しみだったよ。……ほんとに来るとは思わなかったけど」

 

 「来るさ。だって、あんたが“迎えに来ていい”って言った瞬間だ。俺はずっと、それを待ってた」

 

 

 

 俺は、そのとき初めて、“人間”に対して敬意を抱いた気がする。

 彼は死を“終わり”としてではなく、“隣にあるもの”として扱っていた。

 まるで旧友に再会するように、俺を迎え入れた。

 

 

 

 そして彼は、透明マントを脱いだ。

 ベッドの脇に、それを丁寧に畳んで置いた。

 

 

 

 「これで、全部返したよ」

 

 

 

 その瞬間、俺は知った。ああ、この男は、自分の“死に方”まできちんと選んだのだと。

 

 

 

 魂が身体から滑るように抜け出し、俺の前に現れたとき、彼はほんの少しだけ背筋を伸ばした。

 

 

 

 「行こうか、古い友よ」

 

 「行こう。……あんたの歩き方、変わってないな」

 

 

 

 俺たちは並んで歩いた。

 後ろには、人生を終えた家。

 前には、誰も知らない光の彼方。

 ただ静かに、言葉もなく、そこへ向かって歩いた。

 

 

 

 この日、俺は回収した。

 死を拒まず、抗わず、逃げもせず、ただ隣に置いて歩んだ者を。

 それが、最も美しい回収だったと思う。

 

 

 

 こうして、ペベレル三兄弟との物語は終わった。だが、“死の秘宝”はこの世界に残り、いずれ別の手に渡る。その行く末も、俺は見守ることにした。

 

 

 

 さて――それから、魔法界はどう変わっていったのか。

 時は過ぎ、人々は死を恐れ、また新たな力を欲しがるようになっていった。次は、そんな“魔法の世の流れ”の話をしようか。

 

 

 ペベレル三兄弟がこの世を去ってから、ずいぶん時が経った。

 

 死の秘宝は歴史の中に埋もれ、物語となり、伝説になった。だが俺の目には、その三つの“遺産”が消えたことは一度もない。杖は手から手へと渡り、石は忘れられた森に眠り、マントは――血の中に引き継がれた。人々は知らずにそれらを手に取り、再び死に近づいていった。

 

 

 

 魔法界は、変わり続けた。

 血統が持つ重み。

 家系が語る力。

 純血と混血、マグルとの対立、規律と自由の揺れ動き。人は魔法を手に入れても、やはり“死”を恐れ続けた。むしろ、恐れるがあまりに魔法へ依存し、死をさらに遠ざけようとした。

 

 

 

 その結果――魔法界は、“死を支配しようとする連中”に、繰り返し蹂躙された。

 

 

 

 黒い魔法使いたちが現れる。名を隠し、印を掲げ、死を使役する幻想に酔いしれる。命を奪い、魂を汚し、記憶を消し、血の上に塔を建てる。だが、そういった者たちは例外なく、自らの死を受け入れられなかった。

 

 

 

 例えば、ある男がいた。

 死を避けるために命を喰らい続け、寿命を何百年も延ばした錬金術師。

 ある女は、自らの子を生け贄にして不死の呪いを編み上げた。

 別の男は、影を呑み、顔を変え、死神と契約したとまで噂された。

 だが結局――死は回収する。

 時間の流れは止まらないし、魂の帳簿はどんな術をもってしても改ざんできない。

 

 

 

 面白いのはな、その時代ごとに、“死を拒絶する技術”がちょっとずつ進歩していったことだ。ああ、進歩って言っていいのか、よくわからんけどな。

 魔法界は、死に近づくことでしか魔法の深層に触れられないって幻想に、どこかで囚われていたんだ。

 

 

 

 そしてそれは、次第に形を変えていく。

 伝説の道具から、実用的な魔法へ。

 古代の呪術から、近代的な儀式へ。

 そしてついに――魂そのものに手を出す魔法が、再び現れる。

 

 

 

 その兆しは、すでに俺にも伝わっていた。空気の質が変わる。川の流れがざらつく。死に至る魂の“切断音”が、本来のリズムから外れはじめる。

 

 

 

 つまり、“また誰かが”やらかしてるってことだ。

 

 

 

 その名はまだ広がっていなかったが、俺の耳には届いていた。

 リドル――トム・マールヴォロ・リドル。ホグワーツという古い城で、禁書のページをめくり、 “あの魔法”――分霊箱の理に辿り着いた、冷たい瞳の少年。

 

 

 

 こいつは危険だ、と俺は思った。知識を欲しがるだけじゃない。

 死の意味そのものを踏みにじろうとする、そういう匂いがしていた。

 

 

 

 俺は構え始めた。ヘルポのときと同じ。いや、それ以上だ。

 この少年は、“自分の魂”を裂くだけで満足しない気配があった。

 

 

 

 ……そう、次に語るのは、俺が死として初めて「数を数えなきゃいけなくなった」異常事態。魂を、七つ……いや、八つ? ……何個やねん!?ってレベルの話になる。

 

 “分霊箱”の再来――いや、それ以上。

 “死そのものへの攻撃”と言っていい、最悪の魔法使いの話だ。

 

 

 最初の異変は、気配だった。流れる魂の川に、異様な“泡”が浮かび始めたんだ。何かが弾けるように、歪んだ破片が水面に浮かんでは沈む。最初はただの揺らぎだと思ってた。だが、数が合わねぇ。

 

 

 

 ……魂が、多すぎるんだ。

 

 

 

 殺された者の魂でもない。迷った魂でもない。

 明らかに“ひとつの人物”に由来する魂の破片が、複数流れてくる。

 その痕跡を辿った俺の口から、思わず声が出た。

 

 

 

 「7……いや、8? はあ!?!? お前、魂、何個作ってんねん!!?」

 

 

 

 マジで、笑えなかった。あいつ――トム・マールヴォロ・リドル。のちにヴォルデモートと名乗るその男は、魂を八つに裂いてたんだ。分霊箱。あの、ヘルポが一つ作っただけで世界が歪んだ魔法を、こいつは連打してた。平然と。無表情で。

 

 

 

 その度に人を殺し、魂を裂き、器に詰めて、保管して、守らせて、封じて――あげくの果てに自分で“自分の魂の数”を把握してない。自分がどれだけ“生き延びる”かにしか興味がない。

 

 

 

 この時点で、俺としては完全に“回収対象”だった。だが厄介だったのは、全部が散らばってたことだ。

 

 

 

 日記帳に一つ。

 黒曜石の指輪に一つ。

 魔女の金のカップに一つ。

 古代のロケットに一つ。

 魔法学校の冠に一つ。

 蛇――ナギニに一つ。

 そして、本人の中に一つ。

 最後の一つは……まさかの“他人の中”に。

 

 

 

 ……誰が予想できる?

 殺しそこねた赤子に、魂の一部がうっかり入り込んじゃうなんて。こんなん、魂の事故やで。お前、分裂精度ガバガバやんけ。

 

 

 

 そんでもって、その“赤子”がなぁ――成長して、魔法使いになって、運命に逆らって、ヴォルデモートに立ち向かうってんだから。

 

 

 

 ま、これは後で語るとして。

 

 

 

 さて、俺はそのときから“仕事”を始めた。一つ一つ、丁寧に追い詰めて、追いかけて、魂の破片を回収していく。あぁもちろん人の手を借りてな。

 

 

 

 日記帳――若き魔法使いがバジリスクの牙で貫いた。俺は、ページから滲み出た黒い魂を、そっと拾い上げた。裂けた叫びとともに、あいつの少年時代の“声”が消えた。

 

 

 

 指輪――老いた男が命を懸けて呪いを受け取り、壊した。そこに漂った魂は、悶えながらも逃げようとはしなかった。もう“自我”がなかったんだ。歪みすぎて、ただの渦になっていた。

 

 

 

 カップ、ロケット、冠、蛇。それぞれに守護があり、殺意があり、戦いがあった。だが俺はその都度、現れた。戦いの余韻の中、静かに魂の残滓を回収する。すべては“終わらせる”ために。

 

 

 

 最後の最後で、ヴォルデモートは気づいた。あれだけ魂を裂き、逃げ回っていたのに、気づいたときには、全部なくなっていた。

 

 

 

 それでも奴は笑ったよ。

 「俺は、死なない」って。

 「死など、もはや俺には届かない」と。

 

 

 

 ……お前、よう言えたな。魂、もう本体だけやで。裸のまんまやで。

 

 

 

 そうして、あの戦いが終わった。森の中で、叫び、撃たれ、倒れ、そして立ち上がった少年――その目の奥に、俺は見た。「もう、逃げ場はない」という真実が、ヴォルデモートに突き刺さってた。

 

 

 

 次は、いよいよその“回収”だ。俺が、魂の本体を、迎えに行った日の話をしよう。

 

 

 その夜、森は静かだった。

 空には星。風もなく、葉の擦れる音さえ消えた。

 ただ、ひとつの命が、歩いていた。

 少年だった。痩せた肩。決意の瞳。

 ハリー・ポッター。あの赤子の頃、誤って魂を宿された“器”。

 彼が、自らの意志で、俺のもとへ向かっていた。

 

 

 

 お迎え? 違う。これは俺が“連れて行く”のではなく、彼が“来た”のだ。その選択こそが、魂の成熟を示していた。

 

 

 

 だが、俺の本懐はそこじゃない。この夜、俺が狩るべき魂は――ヴォルデモート。名を変え、姿を歪め、死を否定し続けた男。魂を裂き、殺し、歪んだ“永遠”を追い求めた、ひとりの魔法使い。

 

 

 

 ハリーが倒れた瞬間、俺は動いた。ヴォルデモートが撃ったアバダ・ケダブラは、少年の魂の“異物”――ヴォルデモート自身の魂の欠片を、吹き飛ばした。

 

 

 

 死の中継点――白い空間。駅のような場所。その真ん中に、しぼんだ何かが転がっていた。鼓動もなく、目も合わず、何も訴えずに、ただ“そこ”に在るだけの魂の断片。

 

 

 

 「これが、お前か」

 

 

 

 俺はしゃがみ込んで、その塊を見下ろした。痛みも、怒りも、後悔も――すべてを失った魂の残骸。裂かれすぎて、もう“個”ですらなかった。

 

 

 

 だが、これで終わりじゃない。本体が、まだ生きていた。戦いが続き、魔法が交錯し、運命が結ばれ、そして――すべてが決したあの瞬間。

 

 

 

 ホグワーツの大広間。ヴォルデモートは叫び、呪文を放ち、だが、呪いは弾かれ、杖は裏切り、彼の肉体は、魔法によって散った。

 

 

 

 その時。俺は、いた。

 

 

 

 いや、もうとっくにいた。彼の背中には、最初からずっと俺の手が触れていた。裂かれた魂の重み。過去に蓄積した歪み。もう、逃げ場なんてなかった。

 

 

 

 魂が抜ける。最後の、ひとつの、薄汚れた、本体。それが、空気を割って落ちてきた。

 

 

 

 俺は、それを掴む。

 

 

 

 「トム・マールヴォロ・リドル。

  お前に、死を教えてやろう」

 

 

 

 彼の魂は暴れた。

 痛みを恐れた。

 否定を続けた。

 「俺は死なん! 俺は――!」

 

 

 

 「死なない者など、いない。

  だが、“死に方”は選べるはずだった。

  お前は、選ばなかった。逃げただけだ」

 

 

 

 魂が裂かれたままの状態で、ひとつに戻ろうとする。だが戻らない。形が合わない。もう、壊れてしまっていた。

 

 

 

 痛いだろう?

 寂しいだろう?

 それが“代償”だ。

 お前が人の命を喰らって得た永遠の代わりに、

 何百年も“終われない”苦しみを背負う覚悟があるか?

 

 

 

 ……だが、俺は意地悪じゃない。

 

 

 

 最期には、教えてやる。

 終わりが、救いになることもあるってな。

 

 

 

 俺は彼を包んだ。切り裂かれた魂を、焼くでもなく、閉じ込めるでもなく、ただ、静かに、暗闇の中へ導いた。時間も、苦痛も、記憶もない場所。永遠の沈黙のなかで、彼は、ようやく“死”に至った。

 

 

 

 こうして、終わった。

 彼の物語も、俺の長い観察のひとつの章も。

 

 

 

 俺の名は、死。生の終わりであり、魂の始まり。

 

 恐れるな。抗うな。ただ、選べ。どう“終える”かを。

 

 

 

 また誰かが、俺の名を呪う日まで。

 

 また誰かが、俺の手を取る日まで。

 

 俺は、ここにいる。

 

 

 

 そして、君がいつか俺に会うその時――

 

 俺はこう言うだろう。

 

 

 

 「よっ。俺は死。

  ……迎えに来たぜ」


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