脱ぎ散らかした自分の服の上に立った狼姿のリンクとアッシュの目が真っすぐに合った。一瞬、時間が止まったかのように両者が凍りついた。
実際には一秒も無かったかも知れない。だが、長い間重苦しい沈黙が流れたような気がリンクにはした。
「アッシュ、リンクはそこかい?」上からシャッドの声が聞こえてくる。
その途端、アッシュが我に返ったような顔をした。次の瞬間彼女が口を開いた。
「よ.....」
そして、みるみるうちに彼女の顔が怒りに歪んでいった。
「よくもリンク....殿....を...」
腹の底から言葉にならぬ言葉を吐き、アッシュは剣を構え鋭い突きを放ってきた。
リンクはすんでのところでサイドステップして躱した。体毛が数本飛んでいったのがわかった。野獣の反射神経がなければ喰らっていただろう。
アッシュは踏み込むとリンクの胴体を狙って逆袈裟斬りを放った。後ろに飛びのいて躱す。だがすぐ後ろは壁だ。リンクは矢も楯もたまらなくなり脱兎のごとく走り出した。
「よ...よくもぉ.......」アッシュは阿修羅のような顔をして追いかけてくる。肩越しに振り返ったリンクは心底恐怖を感じた。差し渡し100メートルほどしかない、逃げ場の少ないフロアを、アッシュが剣を振り回しながら追いかけてくる。何とか説明しなければ、アッシュに殺されてしまう。そう思ったリンクは、彼女と距離を置くたびに、振り返ってその顔を見た。だが話し合いが通じそうな状態には見えないし、第一自分も今は言葉を発せられないのだ。
「アッシュ!よせ!」
シャッドの叫び声が聞こえた。アッシュは立ち止まって振り返ると、叫び返した。
「シャッド殿も加勢されよ。こやつを追い詰めるのだ!」
彼女は剣をリンクのほうに突きつけると言った。
「今....今すぐこやつを殺して腹を裂けば、あるいはリンク殿は助かるかもしれん」
「違うんだ、アッシュ、落ち着いてくれ!」
シャッドは足場からロープを垂らして降りてくると、駆け寄ってきた。
「アッシュ、彼を殺しちゃだめだ!」
「なぜ止められるシャッド殿!手遅れになるぞ!」
「違う...違うよ!」
シャッドはアッシュの傍らに来ると息を切らしながら言った。
「狼がリンクを食べたんじゃあないんだ。その狼がリンクなんだ!」
* * * * * * * * * * *
「終わったよ、アッシュ」
服を着終わったリンクは言った。アッシュは離れたところの床に座り込み、両手で顔を覆っている。
「勇者は狼になれるって噂は聞いてたけど、本当だったなんて驚きだよ」
シャッドはリンクの背中に手を伸ばし、武装を固定してやりながら半ば呆れ顔で言った。
「その噂本当なのかいって僕が君に聞いたとき、そんなことあるわけないじゃないかって笑ってたろ、リンク?まったくひどいじゃないか、友達なのに」
シャッドがリンクの顔を覗き込む。
「ああ、そうだね」リンクは少し微笑むと俯いた。「黙っててごめん、シャッド」
「ま、でも変身シーンを目の前で見させてもらったからね。それで差し引きゼロってことにしておくよ」
そう言うとシャッドはウィンクした。
「でもどうしてわかったんだい?」リンクは不思議な気がした。視力の悪いシャッドがなぜ、と思ったからだ。
「まあ、その噂の件もあったしね。それに何よりもこれさ」彼はリンクの左耳の耳輪を指さした。
「それが暗がりに光るのが見えたんだ。野生の狼が装飾品をつけてるなんてどう考えても不自然だろ?」
リンクは微笑んで安堵の溜め息をついた。手早く身支度を終えると、今度はアッシュに近づいた。
「アッシュ、本当にすまない」
彼女はまだ顔を覆っている。リンクはアッシュの近くに立って膝をかがめた。
「アッシュ、隠すつもりはなかったんだ。だけど僕が獣に変身するなんて、君にしてみたら気持ち悪いかと思って....」
「リンク殿、私がそのようなことで臆するとお思いか?」
アッシュは初めて顔を上げた。その両目は泣き濡れていて、リンクは驚きに思わず口をつぐんでしまった。
「私は野の獣など恐れぬ。私は山で育ったのだ。彼らの性質も、彼らから身を守る術も知っている」
「そ...そうか....」リンクは辛うじて答えた。
「私を打ちのめしたのはそのことではない」アッシュは両手で膝を抱えた。
「私を打ちのめしたのは、私が貴殿をもう少しで殺してしまいそうだったということだ」
アッシュの声が震え始める。彼女は再び両手で顔を覆うと啜り泣き始めた。
「そんなことになったら....そんなことになったら....ああ」
リンクもシャッドも驚きのあまり沈黙しながら彼女を見つめるだけだった。アッシュはしばらく啜り泣いたあとようやく口を開いた。
「そんなことになったら、たとえ剃髪して修道女となり生涯を祈りに捧げても贖い切れぬ罪悪感となろう。いや、いっそのこと......」
アッシュは頬についた涙を手で拭うと続けた。
「それならいっそのこと自分の胸に剣を突き立てて果てたほうがましだ」
「アッシュ....」シャッドが驚いて目を見開いた。
「き...きみ、そんなにリンクのことを...」
アッシュは鼻をすすると立ち上がり、一呼吸してまた口を開いた。
「リンク殿、貴殿には故郷に想い人がいることを私は知っている」(注*)
それを聞いたリンクは驚きで心臓が一瞬大きく鳴ったのを感じた。
「その女性が貴殿の胸の中に居る限り、私は貴殿の心の全てを勝ち得ようなどとは望まぬ。だが...」
アッシュは考えるように少し黙ったあと続けた。
「だが約束してほしい。私には何一つ隠し事はせぬと。私と貴殿はともに冒険する仲間なのだから」
アッシュはリンクの顔を見つめながら言った。
「私のことを命を預け合い、ともに戦う仲間と認めて下さるならば、その剣に誓ってほしい。その心にあること一切を私には隠し立てせぬと」
「わかった。わかったよアッシュ」リンクは思わぬことに戸惑いを覚えながらも、心からの謝罪の気持ちを込めて言った。
リンクは剣を抜き、縦に構えて誓いを立てた。やり方がわからなかったのであてずっぽうの作法だったが、アッシュは特に何も言わなかった。
「誓いは確かに受け取った」アッシュは落ち着いてきたのか、いつもの冷静な口調に戻った。
「しかし心得ておられような?」
彼女はリンクを見て確認するように尋ねた。
「何をだいアッシュ?」
「誓いが破られたときには命をもって償われよ、リンク殿」
リンクはギョッとした。
「い....命?冗談だろ?」
「無論冗談だ」
アッシュは腰の装備を引っ張ってズレていないか確認しながら無表情に答えた。しかしリンクは安堵の溜め息をついた。宣誓の罰則のことではなく、彼女がようやくいつもの調子を取り戻したからだ。
皆が準備を整えると、フロアの出口に向かった。リンクは歩きながらシャッドに声をかけた。
「シャッド、ありがとう。僕を助けてくれて」
だがシャッドはいかにも憮然とした表情だった。
「シャッド?」
もう一度声をかけると、彼は物思いから覚めたようにこちらを見た。
「あ..ああ」
「本当にありがとう。君は命の恩人だよ」
だが彼はリンクから目を逸らし、皮肉な口調で答えた。
「まあ君はハイラルの英雄だからね。死なせたら皆が悲しむだろ」
驚いてリンクはシャッドを見た。だが青年は無視するように先に歩いていった。今まで兄弟のように仲が良かったシャッドから初めて冷たく突き放された気分だった。なぜだろう?リンクは混乱した。だが考えてもわからない。彼は溜め息をつくと仲間たちを追った。
出口を出て次のフロアを見下ろすと、床には何も見当たらない。
「地面から出てくるパターンだね」リンクは言ってアッシュを顧みた。「アッシュ、君が行くかい?」
「よかろう。私に任せられよ」いつもの彼女に戻り、アッシュは自信たっぷりに言った。剣を抜いて飛び降り、フロアの中央に歩み寄る。
すると、ザアッと音がして人の形をした小さな骸骨の一団が一斉に地面から這い出てきた。皆それぞれ小槍を手にしている。小骸骨軍団が押し迫ってくる間、アッシュは下段に構え動かない。
敵団が目前に迫り、先頭が槍を振りかざした瞬間、アッシュは身を沈め回転斬りを放った。三匹ほどがたちまち砕け散る。その勢いでさらに身体を回し袈裟斬りで傍らにいた二匹を一気に斬り倒した。
しかしまだニ十匹以上が迫ってくる。軽い足取りでバックステップし距離を置き包囲されることを防くと、アッシュは逆回転斬りでさらに三匹を真っ二つにした。
だがシャッドは、いつもだったら歓声を上げて囃すのに、今は食い入るようにアッシュを見つめて何も言わない。傍らに並んで見守っていたリンクは不思議に思った。
十秒余りでアッシュは全ての敵を片付けてしまった。リンクはシャッドとともに下に降りて合流するとアッシュをねぎらった。
「君にはちょっと簡単過ぎたかな?」
「今さら何を言われる」アッシュは剣を納めると澄まし返った顔で言った。「安全が大事と言われたではないか」
「リンク」シャッドが口を開いた。
「何だいシャッド?」
「リンク、次は僕にやらせてくれ」
シャッドが意を決したように言った。その眼鏡の中の目は冗談でも嘘でもないことを示していた。
「シャッド...待ってくれ、本気かい?」
リンクは驚いて尋ねた。
「ああ。僕も実戦を経験したい。今のままの僕ではダメだって気づいたよ」
リンクとアッシュは驚いて顔を見合わせた。
「シャッド殿。ご決意は立派だが、まず稽古を重ねてから...」
アッシュが諭すのを、青年は遮った。
「わかってる。僕は普段の努力が足りなかった。だけど、今折角こうしてダンジョンに来ているんだ。アッシュも言ったじゃあないか。弱い敵から始めて段々強い奴に挑戦すればいいって」
面食らってしばらく物も言えなかったリンクだったが、やがて頭を掻きながら言った。
「じゃ...じゃあ...何だろう。えっと....」
少し考えた後、彼は言った。
「あの頭蓋骨だけの化け物がいたら、君に頼むことにするよ。既に経験済みだからね」
シャッドは力強く頷く。リンクは何か得心のいかないものを感じた。あんなに怖がりだったシャッドがどうしてしまったのだろう。
そうこうしているうちに出口を抜けて次のフロアを見下ろす足場に到達した。だが、眼下のフロアを眺めたリンクは顔をしかめた。長身で赤い布を纏った骸骨が五体、床に横たわっている。それぞれ傍らには太くて長い大剣が置いてあった。ギプドだ。
「こいつはいただけないな」リンクは呟いた。「どう考えてもヘビー級だよ」
傍らにいたアッシュも警戒するように目を細める。
「本で読んだことがある。叫び声で冒険者を麻痺させる魔物だと」
「そうなんだ。処刑場でやられかかったことがあるよ」リンクは言った。「シャッド、チェーンハンマーを貸してくれ」
「あ....え...?あっ...ああ」シャッドは一瞬躊躇ったような仕草を見せた後、背中の袋を下ろしてリンクにチェーンハンマーを渡した。リンクはそれをフロアに投げおろした後、自分も飛び降りた。鎖を握り締める。一番手前に横たわっていたギブドが早くもこちらの存在を察知して起き上がった。
リンクは鎖を引っ張って鉄球を振り回し、ギプドに投げつけた。直撃を受けた魔物がぐらついた。リンクはさらに鎖を素早く引いた。戻ってきた鉄球が背中側から魔物を強打し、さしもののギプドも崩れ落ちていった。リンクは同じ要領で全ての魔物たちを片付け、仲間に合図した。
「剣で倒せぬこともあるまい」降りてきたアッシュが言う。「一撃を与えた後近づかず、敵の攻撃後隙を見てもう一撃を与えれば...」
「いや、奴らが剣を振るうのは叫んでこっちが麻痺してるときなんだよ」リンクが説明した。
「剣でやられる前に麻痺から覚められることもあるけどね。でも賭けはしたくなかった」
シャッドは考え込んでいるのか、黙りこくって何も言わない。リンクは不思議に思いながらも、アッシュとともに、ガタガタと音をたてて開き始めた出口扉に向かった。
その時だった。出口扉の先に見えた空間に小さな火が浮かんだ。リンクの頭の中に危険信号が鳴る。
「伏せろ!」
後方にいたシャッドに向かって叫ぶと、リンクは傍らにいたアッシュを庇って出口側に背中を向けた。飛んで来た火矢が背中に背負った盾に当たり金属音を立てる。リンクとアッシュは素早く床に伏せ、射線から外れるよう出口の陰に入った。二本目の矢が飛んでくる。それが頭上をかすめたシャッドは蒼白になりながらも転がって危険地帯から逃れ、リンクたちの傍らに来た。
「櫓か?」
アッシュは呟いたあとリンクの方を向いた。
「リンク殿。礼は申さぬぞ。理由は知っておろうな」
「わかったよアッシュ」
リンクが答える。背中から弓を下ろし、矢立てから矢を抜いてつがえた。
「僕は相手がシャッドだって同じことをする。君を特別扱いしてるわけじゃあない」
そう言うと、リンクは出口の陰から少し顔を出した。たちまち矢が飛んでくる。それを首をすくめて躱した後、すぐに立ち上がって弓を構えた。
出口越しに見える先の空間に、ボウっと火矢の火が浮かぶ。その瞬間リンクは矢を放った。だが敵も矢を放った後だった。矢と矢が空中で衝突し火花を散らすのが見えた。リンクは素早く背中の矢立てに手を伸ばしてもう一本をつがえた。だが放たない。敵が次の矢をこちらに向けて放つ瞬間まで待つ。それが放たれたのが見えた瞬間、その軌道を見極め、リンクは弓を構えたまま横にステップした。顔の数センチ横を火矢がかすめると同時に、自分の矢を放つ。暗がりの中リンクが目当てをつけた場所に矢が吸い込まれていったかと思うと、鬼の悲鳴が聞こえた。次に何かが地面に落ちるドサッという音が響く。
「また弓兵どもだ」リンクは矢立てからもう一本矢を出してつがえると言った。「櫓の上は始末した。だけど地上にまだいるかも知れない」
「そいつらの始末はお任せする」アッシュは言った。「その後私が斬り込もう」
リンクは頷くと、弓を構えたまま用心深く前進し出口を抜けた。後ろにアッシュが続く。フロアを見渡す張り出しまで来ると、そうっと下を覗き込む。予期したとおり矢が下から飛んできた。身を低くして避難すると、リンクは一計を案じ、背中から盾を下ろして下に投げおろした。
誰かが飛び降りたと誤認したのか、鬼どもが矢を放つ音が聞こえた。その瞬間リンクは身を乗り出した。眼下のフロアの中央に立った櫓の周辺にブルブリンどもが群れている。一瞬で見て取った敵群の影のうちに火矢の光を見出すと、リンクは矢を放った。ギエーと悲鳴が聞こえるとともに、こちらに向かって再び矢が飛んでくる。リンクは慌てて床に伏せて難を逃れた。
「もう一匹いる」リンクはアッシュに言った。「もう少し待ってくれ」
「私が矢を避けられないとお考えか」アッシュはリンクを横目で見た。やや憮然とした表情だ。
「違うよ。このままだと君の割り当ては九人だぜ」リンクは言う。「いくらなんでも不公平じゃあないか」
リンクは矢立てから矢をとってつがえると、右手を高く挙げてヒラヒラと振った。途端に矢が放たれる音がする。手を引っ込めると、それをかすめた矢が天井に刺さった。その瞬間リンクは身体を起こし膝立ちになって弓を構えた。眼下にいる敵も矢をつがえたのが見えた。敵が先に矢を放った。リンクは咄嗟に身体を横倒しにして敵矢を躱すと、その体勢のまま矢を放った。また鬼の悲鳴が聞こえる。
その瞬間アッシュが剣を抜き放って飛び降りていった。続いて、刃が肉を斬り裂く音、鬼どもの断末魔の悲鳴が断続的に聞こえる。リンクも剣を抜いて飛び降りた。下に落ちていた盾を拾い上げ、構えながら周囲を見回す。だがその時には棍棒を持った鬼どもが致命傷を負ってフロアのそこここに転がっていた。
「やれやれ」リンクは溜め息をついた。「心配するだけ損だったか」
「今何と言われたリンク殿?」アッシュは剣をよく血払いしながらこちらを見る。
「何でもない。何でもないよ」リンクは苦笑いしながら剣を納め、盾を背負う。そして入り口のほうを見上げながら声を上げた。
「シャッド、もう大丈夫だよ」
シャッドがロープを垂らして上から降りてきた。だがやはり黙りこくって何も言わない。リンクは心配になってきた。アッシュと目が合うと、彼女も不思議そうな顔をしていた。三人で慎重に出口を通り抜け、次のフロアを見下ろす。
そこには、円盾と剣で武装した骸骨戦士どもが三体ほど歩き回っていた。
「三匹に二人なら問題なかろう」アッシュが言ったあと余裕を見せた。「それとも貴殿が一人で戦われるか?」
「そうさせてもらうよ」リンクは答え、剣を抜いて飛び降りた。盾を背中から下ろして構えている間に骸骨戦士どもが近寄ってきた。リンクはすり足で脚を運んで横移動し、包囲されないよう位置取りした。一匹目が近づいてきたところで盾を上げる。敵の斬撃を受け流すと、回転斬りを発して木っ端みじんに吹き飛ばす。二匹目と三匹目が左右に散開して剣を振り上げてきたところでサイドステップし、さらに前転して背後に回った。跳躍しながら剣を振るい、二匹目を粉砕する。三匹目が振り返り、奇妙な喚き声を上げながら剣を振り下ろしてくるのを盾で受け止め、逆に強烈な盾アタックをかました。敵がよろけたところを跳躍して頭頂部に剣先を叩き込むと、そいつもあえなく崩れ落ちた。
アッシュはリンクの腕に感服したのかもはや何も言わない。シャッドも降りてきたところで、リンクは思い出したように言った。
「シャッド、頼みがある」
「何だい、リンク」青年は顔を上げた。
「チェーンハンマーでこいつらの骨を叩き潰しておいてほしいんだ。時間がたつとまた復活してしまうから」
それを聞くとシャッドはやや不満そうな顔をしたが、背中から袋を下ろしてチェーンハンマーを取り出すと、リンクの言ったとおりに骸骨戦士どもの残骸を処理していった。だが、彼は道具を袋に仕舞いながら小さな声で呟いた。
「こんなのはただの下働きじゃあないか。誰にだってできる」
「シャッド、そんなことはないさ」リンクは言った。「道具は使えば使うほど慣れてくる。いつか君もチェーンハンマーの名手になるかも知れないよ」
「余計なおべっかはいいよ」シャッドはそう言うと唇をヘノ字に曲げた。「僕は君たちと同じにはなれないんだ」
再びリンクはアッシュと顔を見合わせた。だがシャッドは開いた出口からどんどん先に行ってしまう。リンクたちは慌てて追いついた。
次のフロアは、天井から三匹の巨大蜘蛛が糸を出してぶら下がっていた。床を見ると、あの頭蓋骨に羽の生えた化け物が六匹ほど低空飛行している。
「あの頭蓋骨を追いかけ回している間に頭上から蜘蛛どもが襲ってくるわけか」アッシュは腕を組み、もはやすっかり慣れた調子で言った。
「蜘蛛を地上に落としてしまおう」リンクは提案すると、シャッドの背負った袋からクローショットを取り出して手に嵌めた。蜘蛛のぶら下がっている糸を狙って発射し、次々と切っていく。すると、張り出しの上から身を乗り出しているリンクに向かって頭蓋骨どもが一匹また一匹と浮上して近寄ってきた。アッシュは剣を抜くと、正確な突きを放って頭蓋骨の化け物をその度ごとに打ち落とした。
巨大蜘蛛どもが三匹とも床に落ちると、リンクはアッシュとともに飛び降りた。今度はアッシュも巨大蜘蛛に手間取ることはなかった。一匹がにじり寄ってくるのを、流れるような剣裁きで次々と脚を切断していき深い突きを二度食らわせて仕留める。リンクも巨大蜘蛛の一匹に近寄ると盾を構えた。だが生き残りの羽つき頭蓋骨どもを警戒し上空に時折目を走らせる。
巨大蜘蛛が威嚇音を立て、前足を上げてリンクに迫る。リンクはその瞬間に横斬り、そして二連突きを放った。上空にいた頭蓋骨どもが一か所に滞空し始める。リンクが盾を上げるとバシンバシンと音を立てて衝突してきた。そいつらを剣で叩き落すと、目の前の蜘蛛に盾アタックを食わせ、回転斬りを放って致命傷を負わせた。
その時、横から現れた最後の巨大蜘蛛がリンクに突進した。リンクは間に合わず体当たりを喰らってよろけた。何くそ、と脚を踏ん張ると盾を構える。次は敵の追撃をしっかりと受け止めた。だが上空に羽つき頭蓋骨どもが一匹残っていた。リンクは盾を上げると、襲ってきた頭蓋骨に咄嗟に盾アタックをぶち当てて吹き飛ばした。だが目の前の巨大蜘蛛がまた両前脚を振り上げて攻撃してくる。それを辛うじて躱した瞬間、敵の後ろから走り寄ってきたアッシュが剣を一閃させた。
巨大蜘蛛の後ろ脚が切断される。あれよという間にもう一本の後ろ脚も切断された化け物はたちまち動けなくなった。リンクはここぞとばかり剣を逆手で持ち、躍り上がってそいつの背中に突き刺してとどめを刺した。
やや荒い息を鎮め、剣を血払いしていると、既に剣を納めたアッシュが声をかけてきた。
「大丈夫か、リンク殿?」
それを聞いたリンクは声に出して苦笑いしてしまった。
「まったく君も根に持つんだな、アッシュ」
シャッドが降りてきた。だが彼は歩み寄ってきたかと思うと、いきなり切り出した。
「次こそは僕にやらせてくれ」彼はリンクとアッシュの顔を交互に見て続けた。
「僕のチェーンハンマーが通用するか試したい。もちろんもし危ないとなったら助けに来てくれても構わないが」
リンクとアッシュは絶句して顔を見合わせた。少しの沈黙の後、リンクは口を開いた。
「まず敵の種類を確かめよう。人型で知能の高い奴だったり、巨大な魔物でなければ....」
「ああ。それでいい」シャッドが言った。いつものふざけた口調がすっかり影を潜めている。
リンクとアッシュはまた顔を見合わせた。だがアッシュは自分が言いだした手前、何の異存もないようだ。リンクは心配だったが、危なければすぐ救助することにして、それ以上何も言わなかった。
次のフロアを覗き込む。ボコブリンが数匹、さらに張り出しから下を覗き込むと蜥蜴男が二匹ほどいた。さすがにこれはシャッドには無理だ。リンクは彼に爆弾投下の任務だけ与えた。
爆弾が投げ入れられ、爆発で鬼どもがパニックを起こした隙にリンクとアッシュが飛び降りた。真下にいた生き残りの蜥蜴男をアッシュが斬り捨てている間、リンクはボコブリンどもの方に走り寄った。敵がまごついている間にそのただなかに飛び込んで回転斬りを放つ。吹き飛んだ手近の鬼の上に踊りかかって逆手で剣を突き立てた。
アッシュが続いて走り寄ってきた。リンクに気を取られた鬼どものうちの一匹に背中から突きを食らわす。さらに肩口をザックリと斬りつけ、最後に回転斬りで首を刎ねる。やっと立ち直った鬼どもは、今度は二人のうちどちらを襲えばいいのか迷い始めた。リンクはアッシュの位置を視界に捕えて同士討ちにならないよう気を付けながら、傍らにいたボコブリンを四連斬りで斬りつけ、後方にいた奴が鉈を振り上げたのを肩越しに見ると再び回転斬りを放った。
アッシュも一匹が襲ってきたのを躱し、身体が交差した瞬間逆手に持ち替えた剣を背中から深く突き刺す。それを抜くと、前方から走り寄ってきた鬼に逆袈裟斬りを浴びせ、さらに後方に振り返って、深手を負ってふらついた最初の一匹の胴を深く払った。
戦闘はほどなく終わった。二人が剣を血払いしているとシャッドも降りてくる。自分の番が近いことを意識しているのか、顔が緊張感に溢れている。誰も口をきかないまま、フロアの出口から抜けて次の階層を見下ろす足場に出た。
床の上には、例の骸骨戦士の骨が距離を置いて二組ほど転がっていた。また、羽つき頭蓋骨の化け物が三匹ほど低空飛行している。そいつらはゆらゆらと揺れる火に包まれた新種のようだ。
「どうだろう、僕とアッシュがあの骸骨戦士どもと頭蓋骨どもを一旦処理する。それでその後シャッドにチェーンハンマーで片付けてもらうっていうのは」
リンクは言ったあと付け加えた。
「その、下働きみたいで悪いんだけど.......さっき見た通りあの頭蓋骨はその後も動き回るから、きっといい練習になると思うんだ」
「了解だ」シャッドは簡潔にそれだけ答えた。
リンクとアッシュは剣を抜いて飛び降りた。用心深く武器を構えてフロアの中央に歩み寄る。火に包まれた羽つき頭蓋骨どもがこちらに気づいて近寄ってきたが、攻撃態勢をとる前に素早く叩き落した。骸骨戦士二体が立ち上がり、武器を構えた。二対二なら難なく倒せると見た瞬間、地中から一斉に小骸骨戦士が這い出してきた。一ダースほどだ。
リンクは盾を構えたまま咄嗟に肩越しに振り向くと叫んだ。「シャッド!チェーンハンマーをくれ!」
だが足場の上にいる青年は困惑顔をした。「大丈夫だ!君の出番も作るから!」リンクがそう請け合うと、青年は頷いて、鎖と鉄球を投げ落としてきた。
リンクは走り寄ってチェーンハンマーの鎖を手にした。アッシュは既に敵と交戦を開始している。近寄ってきた小骸骨どもを回転斬りで四、五匹ほどなぎ倒すと、一体の骸骨戦士の斬撃を躱して利き腕を関節から切り落とし、さらに返す刀で頭部に痛撃を与える。
「貴様の相手はこっちだ、骸骨野郎め」
もう一体がアッシュに近づこうとしているところにリンクは声をかけ、敵がこちらを向いたところでチェーンハンマーを振り回して投げた。直線上にいた小骸骨戦士どもを数匹巻き添えにし、鉄球が相手を直撃し粉砕する。アッシュも危なげなく割り当ての敵を倒していた。
だが周囲にはさきほど叩き落した頭蓋骨どもが這いずり回っている。放っておいたらまた飛行し始めるのも時間の問題だ。リンクはシャッドに声をかけて降りてこさせると、鎖を渡した。
「さあ、シャッド殿。出番ですぞ」アッシュが励ます。リンクとアッシュは部屋の隅に寄り、シャッドが奮戦するのを見守った。彼は二匹を手早く叩き潰したが、一匹にまた羽が生えて飛び始める。しかも炎に包まれている奴だからリンクはヒヤヒヤしたが、シャッドは鉄球を正確に投げてそいつも退治した。
「どんなもんだい?」上気した顔でシャッドはリンクを見た。リンクは手放しで褒めるしかなかった。
「凄い。この数時間でとんでもない進歩だよ」
「無理はなさるなシャッド殿」アッシュがやや心配気味の声で言った。
「何言ってるんだ、勧めたのは君だろ、アッシュ?」シャッドが応じる。その声音がようやくいつものシャッドに戻ってきた。
「次は泉だ」リンクは伸びをすると自分の肩をもんだ。「休憩しよう」
出口を抜けて下に降りる。泉の傍らで三人はしばらく休憩し軽く食事をとると、大妖精を呼び出した。
「ここから先は更に厳しい試練が待っているでしょう。それでも先に進まれますか?」
大妖精は尋ねた。
「私は参ります」アッシュが答えた。「大妖精様、貴女の暮らしが少しでも心安らかなものとなるよう、微力ですが働かせて頂きたい」
それを聞くと、大妖精はやや悲し気な微笑を浮かべて答えた。
「感謝します、勇敢なる女剣士よ...しかし」
含みを持たせた彼女の言い方に三人ともが怪訝な顔をして注目した。
「しかし、次の泉まで誰もあたながたを助け出すことはできません。それでも行きますか?」
「大妖精様、僕も行きます」シャッドが勢い込んで答えた。
「僕は変わったんだ。もう逃げてばかりの自分じゃあいられないからね」
そう言うと彼は得意げな顔をしてリンクを見た。
「では、気を付けてお行きなさい」大妖精がそう言うと出口の扉が開き、彼女の姿は徐々に消えていった。
アッシュとシャッドが出口を潜って先に進もうとしたとき、リンクはやにわに彼らを呼び止めた。
「待ってくれ」
二人は振り向いてリンクを見た。
「どうしたんだい、リンク」シャッドが笑いながら言った。「まさか、怖くなったから帰りたい、とかじゃあないだろうね?」
「シャッド殿、口に気を付けられよ」アッシュが厳しい目で青年を見た。「貴殿、あの勇者に向かって言っていると理解しておられような?」
「もちろん冗談に決まってるじゃあないか」シャッドは反論した。「僕らは仲がいいんだ。これくらいの軽口..」
「二人とも聞いてくれ」
リンクは切り出した。アッシュとシャッドは言い合うのをやめ、彼を見た。
「君らに話さなきゃならないことがある」
真剣な語調に、シャッドも口をつぐんで聞いている。
「実は....」
リンクは思い切って顔を上げ、言った。
「実は魔王は生きてるんだ」