「さ、おまち。全部乗せラーメンだよ」
カウンター席に座っていたリンクはぼんやりと中空を見つめていた。テルマがその前に盆にのせた大椀を置いた。だがリンクは深い物思いに沈んでいるのか、動かなかった。
「リンク、冷めないうちに食べるんだよ」
テルマが声をかける。だがリンクはまだ動かない。
「リンク、リンク?あんたどうしたんだえ?」
流石に心配になったテルマは、他の作業に向かおうとするのを中断してリンクの前に戻ってきた。
「リンク、ちょいとリンク!」
手を伸ばして若者の肩を揺さぶる。リンクはやっと我に返って顔を上げた。
「あ、テルマさん」
「テルマさん、じゃあないよこの子は。ラーメン冷めちまうよ」
「あ、はい...」リンクは目を落とすと、盆から箸を拾い上げた。だがその手は途中で止まってしまった。それを見たテルマはカウンターに手を置いてリンクを見た。
「リンク、もしかしてアッシュとシャッドのことかい?」
リンクはためらいがちに頷いた。テルマは微笑むと、もう一度手を伸ばしてリンクの肩に置いた。
「あんたのせいじゃあないよ。それに診療所の爺さんの言うには、シャッドはもうすぐ退院できるって話だよ?アッシュは一ケ月くらいリハビリが必要だって言ってたけどね」
テルマは慈しむようにリンクを見た。
「みんな生きて帰ってこれてよかったじゃあないか。あんたもよくやったよ。アッシュをずっと背負って町まで戻ってきたんだろ?」
リンクはテルマを見て力ない微笑みを返し、やっと箸を動かし始めた。
「テルマ嬢、出前二人前あがりだ」ガノンドロフが声をかけてくる。
「了解ッ!じゃ、あたし行ってくるから。あとを頼むよリーナちゃん」
「行ってらっしゃぁい、テルマさん!」
リーナと呼ばれた若い女性店員が扉から出ていくテルマの背中に声をかける。昼過ぎから夕方にかけての丁度客足が落ち着いた頃の店内で、リンクは回想にふけっていた。
あのダンジョンの三十九階層目から下に降りたとき、既にフロアの出口は開いていた。そこから先のフロアも全て同じ状態だった。ガノンドロフの指示どおり階層を下がっていくと、リンクは驚くべきものを見た。どのフロアにも粉々になったような魔物たちの死骸が転がっている。そして四十九階層目には、タートナックの鎧が三体分、バラバラに引き裂かれた状態で散らばっていた。
リンクは、調理台に向かって立ち働くガノンドロフの背中をぼんやりと眺めながら考えた。
自分が見たあの男の戦いは一体何を意味するのだろう?
リンクは思った。ミドナやゼルダ姫、さらに幸運の力も借りたとはいえ、自分はあの男を倒し、止めを刺した。自分に力があったと考えるのはおこがましいとはいえ、その戦いに勝利したのも事実だ。
だが、全ての魔力を取り戻したあの男は自分など比べ物にならないほど、いや人間の剣士どころか、強化手術を施された化け物剣士でさえ歯牙にもかけぬほど強かった。
では自分があの男と戦って勝利したことには何の意味があったのだろうか?
そこまで考えると、リンクはある事実にはたと気づいた。
それは悟りだった。それはまるで雷のようにリンクを撃った。そしてそれが彼を撃った音が心の中で反響し響き渡るとともに、言葉がはっきりと頭の中でかたちづくられた。
自分があの魔王に勝利できたのは、そう仕組まれていたからだ。
この世界を動かす、高次にいる何者かが、そう仕組んだのだ。
自分はその何者かの手の中にあった。それによって動かされていた。
そして、その動かされた運命の流れの中で、善が勝ち、悪が負けることが必要とされた。
だから、自分はその流れの中で道具として用いられたに過ぎない。
僕は強くなんかない。
僕は強くなってなんていない。
僕は全く強くはない。
僕は、ある定められた時にある定められた場所にいたからあのような働きをした。いや、させられた。
それだけだったんだ。たったそれだけのことだったんだ。
その悟り、リンク自らの心の声は、リンクの中で何度何度もこだまし、そして徐々に消えていった。
そして数秒が経ったとき、リンクの両目から大粒の涙が流れ出した。
涙の粒が後から後から頬を伝う。同時に嗚咽が込み上げてきた。リンクは箸を持ったまま両手を握り締め、下を向いて嗚咽を押し殺そうとした。だがだめだった。肩が震える。いや、全身が細かく震えた。
リンクは顔を上げ、大声で泣き始めた。まるで幼い子供のように、リンクは声を上げて泣いた。目からも鼻からも涙が流れてくる。
店内にリンクの泣き声が響いた。他の客たちは何事かと彼のほうを見る。
「あのぉ...リンクさぁん。大丈夫...ですか?」リーナと呼ばれた若い女性店員がお冷やのグラスを運び終わった盆を胸に抱えて心配そうに近づいてきた。
その瞬間、ガノンドロフが振り向いて鋭い視線を送り、離れているようにと顎で合図した。リーナは一瞬、雷で撃たれたように凍り付いたが、すぐに慌ててリンクから離れて行った。
リンクは泣いた。十分ほども経っただろうか。やっと嗚咽が収まってきたリンクは鼻をすすり、カウンターにあった鼻紙入れから鼻紙を取り出して鼻をかみ、涙を拭いた。
極めて晴れやかな気分だった。リンクはカウンター席から立ち上がると、ガノンドロフの背中に声をかけた。
「大将、ごちそうさん」
ガノンドロフは調理台に向かったままで答えた。
「まいど。また来てくれ」
そのまま勘定場に向けて歩こうとしたリンクはふと足を止めた。少し考えたあと、彼はガノンドロフに尋ねた。
「大将....いや、ガノンドロフ」
ガノンドロフは彼に背を向け作業したまま黙っている。
「ガノンドロフ、僕に戦いを教えてくれないか?」
リンクがそう尋ねたあとも、しばらくの間ガノンドロフは作業に集中していた。どうやら味を付けて煮た豚肉の塊を薄く切っているようだ。
ようようの時間が流れた後、ガノンドロフは言った。
「貴様に教えられることなど何もない。儂はラーメン屋の店主だぞ」
予想した答えだった。リンクは諦めたように微笑むと歩いてその場を辞そうとした。
「儂より強い奴など大勢おる」
次にガノンドロフがそう呟いたのを聞いて、若者は驚いて立ち止まった。
「儂より強い奴などごまんとおる。貴様もその一人だ」
その言葉を聞いたリンクは、しばらく困惑した顔をしていたが、やがて何かを合点したかのように微笑んで頷いた。
「ありがとう大将。じゃあまた」
リンクは勘定場に歩いていった。リーナと呼ばれた女性店員が何も見なかったような顔をしてルピーを受け取る。まいどぉ、の挨拶を背中に受け、リンクは扉を開けて通りに出た。まだ日は高い。
彼は思った。もう一度、全てを見直して修練しよう。剣の振り方から盾の持ち方まで。
いつの日か、ガノンドロフが自分に対して言ってくれたことが現実となるまで。
* * * * * * * * * * * *
「御前にラーメンを供する....か」
「そうだよ。女王陛下が是非食べてみたいとご希望なのさ」
全食が売り切れとなった後、ガノンドロフと魔王ラーメンのスタッフ二名はテーブル席に座って会合を持っていた。テルマが出前先から持ち帰った大ニュースについて話し合っているのだ。
「あんた、これは大チャンスだよ?女王陛下の覚えが良くなったらそれこそ『王家御用達』の看板だってかけられる。そうなったらこの店は一流店じゃあないか」目を輝かせたテルマが傍らに座るガノンドロフの腕をとった。
「ううむ」だがガノンドロフは唸った。
「やはり儂は気が乗らぬ」彼は言うとテルマとリーナの方を向いた。
「ラーメンは大衆的な料理だ。貴人の口に合うとはとても思えぬ。ましてや女王だぞ」
「何言ってんだいあんたは。女王陛下のこと何もわかってないんだねえ」
テルマは声を上げた。
「陛下はね、いつも質素なお暮しで庶民と全く同じ物をお食べになってるんだ。民と苦楽をともにするっていうその姿勢は昔っから変わってないんだよ。ほら、この本、あんたまだ読んでないのかい?」
彼女は自分が腰かけたテーブル席の壁際の本棚にあった一冊の本を取り上げた。ラフレルが最近本を執筆したと言って、試し刷り版を置いていったものだ。
「ええっと、ここだね。そう。ここに書いてあるよ」
テルマはそれを開くと、読み上げた。
「陛下御齢十四の姫殿下であられたときのことであった。私は殿下に剣術をご教授することとなり、一通り型をお教えすると、その時は夏であったので、姫殿下は大変汗をかかれた。それを見て喉の渇きを心配した侍女たちが氷を入れた葡萄水を持ってこさせようとしたときのことである。殿下はそれを制止して言われた。『前線の兵士たちはそんなものは飲まないのでしょう。私には水で十分です』」
彼女は顔を上げると言った。「ね?女王陛下は高い身分にあかせて贅沢をするようなお方じゃあないんだよ。だから庶民の味だってきっと楽しんでくださるってあたしにはわかるんだ」
「テルマさん、もし、もしですよ」リーナが横から口を出す。
「もし女王陛下にラーメンをお出しするんだったら私も連れてってもらっていいですか?」
「そ...そりゃあまああんたも店のメンバーだからねえ。でもどうしたんだい急に?」テルマは尋ねた。
「女王陛下ってぇ、噂で聞いたんですけどぉ、なんかぁ....もッッッッッッッッの凄い美人らしいんんですよぉ」
リーナは両肘をテーブルについて両手の上に顎を乗せ、ワクワクした調子で言った。
「私一回でいいから見てみたかったんですよぉ、生女王陛下!」
「ミーハーなこと言ってるんじゃあないよ」テルマは呆れ顔で窘めた。「見物に行くんじゃあないんだよ。あくまでお仕事だからね。失礼のないように配膳しなきゃあならないんだから。わかったねリーナちゃん?」
「ハイッ」リーナはビシッと敬礼して答えた。「もちろん、お仕事は気合いれてガンバリまぁす!」
「さ、そういうことだからさ。あたしたちだって失礼のないようしっかりやるから、あんたはいつもの味を出すことだけ考えればいいのさ。ね?」テルマは傍らのガノンドロフの顔を見た。
「だが...ハイラル城は大きい。謁見の間まで出前をしていたら冷めきってしまうぞ」
それでも気の進まないガノンドロフは言う。
「それもそうねぇ..」
テルマはそう言うとやや考え込んだが、すぐに何か思い付いたようだ。
「そうだ。あたしにいい考えがあるよ」
テルマはガノンドロフに身を寄せた。
「城の食堂の厨房を借りればいいのさ。あたしあそこで働いてる料理人にも知り合いがいるしね。そこであんたが調理して、あたしたちが運ぶ。それで完璧じゃあないか」
「ちょっとぉ、二人ともメッチャ距離近いんですけどぉ。教育に良くなくないですかぁ」
ふざけた口調で言うと、リーナが手を手刀の形にしてガノンドロフとテルマの間に割り入れた。
「え...あ...ああ、そ...そうかい?」テルマは我に返ってリーナを見、慌ててガノンドロフから身を引く。
「ほ...ほら。あたしって誰とでも距離が近いからさ」
「ふうん...本当にそれだけですかぁ?」
笑いながらごまかすテルマだったが、リーナはテーブルに肘をついて両手の上に顎を乗せ、疑わしげな目で彼女を見た。
「やむを得ん」ガノンドロフは言った。
「気が進まんが、王家からの要請を断るわけにもいかぬ」
「よしッッッ!決まりだね」テルマは手を叩いた。だがガノンドロフは彼女の方を向いてこう付け加えた。
「だが頼みがある。儂は厨房から出ぬことにする。テルマ嬢、貴人たちへの対応は貴女が全て行ってくれぬか」
「まああんた、喋るの苦手だからねぇ」テルマはやや困惑顔で言った。「でもねえ、店主が顔を見せないってのも変だと思うんだけどねえ。チラっと姿見せるくらい、できないのかい?」
「いや。儂は違う厨房設備で同じ味を出さねばならぬ。そんな余裕はない」
「わかったよ。わかった。あんたも職人だねぇ」テルマは微笑んだ。「しょうがないね。じゃあそれはあたしが引き受けたよ」
「やったぁ!生女王だぁ!」リーナが拳を突き上げる。
「ちょいとリーナ、本当に失礼のないようにするんだよ。わかってるのかいこの子は」
「大丈夫ですよぉテルマさん。わかってますってぇ」
二人の会話を聞きながら、ガノンドロフの心は重く沈んだ。
王家の廷臣の中の数人、そして女王本人は自分の顔を知っている。もし顔を見られたらタダでは済まされないだろう。
ガノンドロフは一瞬考えた。いっそ砂漠へ逃げるか?だが、母娘のように仲良くふざけあうテルマとリーナを見てその考えを捨てた。
儂はこの店を造ってしまった。ここで働く者たち、そして客たちのための場を。
それを放り出すわけにはいかぬ。
ガノンドロフは覚悟を決めた。
復活したのも儂の運命なら、顔を見られ捕縛されたとしてもまた儂の運命だ。
委ねよう。
儂の全てを、その運命に。
* * * * * * * * * * * * *
「これで全食出たな」
ガノンドロフは作業の手を止めると額の汗を拭いながら言った。
「店長、おつかれでぇす!」配膳を終えて厨房に戻ってきたリーナが元気よく声をかける。「みんな美味しそうに食べてましたよ。大成功ですね!」
ガッツポーズするリーナに軽く頷くと、ガノンドロフは片手で調理台にもたれ掛かり、腰のベルトに挟んでおいた扇を取り出して自分の顔を扇いだ。緊張感から解放されたばかりといった顔だった。重大な任務を終えた者の安堵した顔だ。だが彼はふと思いついたように扇を仕舞うともう一度大鍋に向かった。
「どうしたんですか店長?火落とさないんですか?」
「替え玉の注文が入るかも知れん。すぐ出せるようにしたい」
「店長まっじめ~」リーナは尊敬の気持ちの籠った声を上げた。
「なんか、テルマさんが好きになるってのもわかる気がするなぁ」
彼女は呟いた。だが、ガノンドロフは聞こえたのか聞こえてないのか無反応だった。黙々と竈に薪を放り込み火を立てる。そこへテルマが厨房の扉を開けて戻ってきた。作業をするガノンドロフのほうに足を忍ばせて近寄り、背中にポンと手を置いた。
「テルマ嬢か」ガノンドロフが振り返る。「賓客の反応は?」彼は真剣な顔で尋ねた。
もったいをつけるように少し黙っていたテルマだったが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「あんた、やったわね」彼女は男の腕をとって言った。
「皆幸せそうな顔だよ。大成功さ」
「そうか」ガノンドロフは心底ほっとした顔で溜め息をついた。
「だからぁ、私さっきそう言ったじゃないですかぁ」リーナが不満そうに言う。「どうして店長ってテルマさんの言うことしか信用しないんですかぁ?リーナ寂しいなぁ」
「いや...そういうわけではないが」ガノンドロフは慌てて言い訳しようとした。
「そ...そりゃああんた」テルマも慌てる。「あ...あたしぁ飲食店二十年やってるからさ。でももちろんリーナちゃんだって信頼してるさ。ねえあんた?」
その時厨房の扉が開いた。
「店主殿、店主殿はおられますかな」
ガノンドロフ、テルマとリーナは振り向いた。戸口に城の若い執事が立っている。
「儂が店主でござる。何か料理に不都合がありましたかな?」
ガノンドロフが言った。すると執事が答えた。
「いえいえ、そうではありません。女王陛下はラーメンを大変お気に入りのご様子です。それで是非、直々にお褒めの言葉をかけたいとの仰せなのです。今お越しいただけますかな?」
「ほら、あたしの言ったとおりじゃあないか」それを聞いたテルマが手を叩いて喜んだ。
「さ、もう調理も全部済んだんだし、あんた。行っといで」
テルマはガノンドロフの肩に手を置いて声をかけた。
「む....しかし儂のような下賤な者が陛下の前に出るなど....」
ガノンドロフは鉢巻を外し、手ぬぐいで手を拭いながらも、ためらいがちに答える。
「全く今更あんた何言ってんだい!男だろ?もっと堂々としなきゃ」
テルマがその巨大な背中を叩く。
「あ....それともあんた。ひょっとして緊張してんじゃあないだろうね?」
そう言うとテルマはガノンドロフの顔をいたずらっぽい表情で覗き込んだ。
「意外と可愛いとこあるじゃあないの。だったらあたしがつきそってあげようか?」
「いや...そうではないが..」
ガノンドロフが答える。テルマは愛おしそうにその横顔を見つめながら言った。
「あんたの今までの努力が認められたんだよ。よかったじゃあないか。あたしもあんたと一緒に頑張ってきた甲斐があるってもんだよ」
「あのぉ...そうやって人前ですぐイチャイチャするのやめてもらっていいですかぁ?」
リーナが両手を後ろに組んで不貞腐れた様子で口を挟んだ。だがその口調はふざけ半分だ。
「こっち置いてかれてる感ハンパないんですけどぉ」
「え...あ...ああ、そ.そういう意味じゃあないんだよ。リーナちゃん、誤解しちゃあいけないよ。あたしはただ...」顔を赤くしたテルマが慌ててガノンドロフから離れ、言い訳した。
「さ、お出でください。店主殿」
執事はやや焦れた様子で声をかけてきた。その時廊下のほうからこちらに近づいてくる足音がした。
「遅いぞ、一体いつまで手間取っておるのだ」
戸口に立った執事の後ろから、極めて良い身なりをした上品な老人が姿を現した。
「も..申し訳ありません大公様。只今店主殿を...」
執事が振り向き、慌てて釈明する。大公と呼ばれた老人は厨房の中を覗き込み、ガノンドロフの姿を認めると苛立った表情で言った。
「店主殿、お急ぎくだされ。女王陛下がお待ちですぞ。お早く.......」
そこまで言った瞬間、老人の目が飛び出しそうなほど大きく開かれた。その口は床に届きそうなほど大きく開く。数秒後、額には大粒の汗が次々と湧き出した。
そこへ、もう一人の老人が戸口に顔を出した。
「おお、ガノンドロフ殿。ここにおられたか」
ラフレルだった。ラフレルは上機嫌な様子で手招きしながら言った。
「さ、ガノンドロフ殿。お出でくだされ。老輩が案内いたそう」
だが、ガノンドロフは手ぬぐいを手に佇立している。それを見たラフレルは笑いながら続けた。
「緊張しておられるのですかな?なあに、陛下は寛大なお方ですゆえ、さほど作法を気にされることはありませぬ」
「ラフレル殿...こ....この男.....」
大公と呼ばれた老人がガノンドロフを指さした。その指先は細かく震えている。
「どうされましたかな、閣下?」
ラフレルは尋ねた。
「こ.....この顔....忘れもせぬ。陛下を幽閉し、儂を地下牢に閉じ込めた.....」(注*)
「な.........なんですと?」
それを聞いたラフレルが驚愕の表情でガノンドロフの顔を見る。大公は叫んだ。
「衛兵!衛兵!この男をひっとらえよ!」
廊下をドカドカと走る音が聞こえ、ほどなく十人ほどの兵士たちが厨房に雪崩込んできた。槍を構えてガノンドロフをぐるりと取り囲む。分隊長が縄を取り出すと、ガノンドロフの上半身をグルグルに巻いて硬く縛った。
兵士たちはガノンドロフを引っ立てて出ていった。テルマはその間自分の両手を顔にあてて目を大きく見開き言葉もなく立ち尽くしていたが、やがてショックのあまり気を失ったのか、崩れ落ちてしまった。傍らにいたリーナが慌てて彼女を助け起こした。
このようにして魔王は逮捕されたのである。