魔王外伝: あの男が帰ってきた   作:nocomimi

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(一話づつを短くするつもりが、第一話が思いのほか長くなってしまいました....今後は短くしていきます)


第二話: 勇者、珍妙な料理を注文する

リンクは非常な空腹を覚えていた。

 

ハイラル北平原で蜥蜴男やその他の魔物の残党どもを狩っていたリンク(注*)が城下町に帰還したときには既に日没が近く、夕餉の用意を始めた家々から漂ってくる匂いは否応なしに彼の腹の虫を鳴かせた。

 

このようなとき、以前なら彼は迷うことなくテルマの酒場に直行しただろう。彼女はいつも喜んで無料で彼にパンや肉やスープを振舞ってくれたものだ。だが髪に白いものが混じり始めたテルマは、昼夜逆転の居酒屋稼業は身体に堪えるとこぼし始め、店の営業日を一日、また一日と減らしていったのだった。

 

今日はテルマの店は営業してないはずだ。彼は思い出した。それで彼は目抜き通りに入ってもテルマの居酒屋に至る路地を通り過ぎた。そしてゴロンの温泉水屋を右手に見る場所まで来たとき、リンクは不思議な匂いに気づいた。

 

今まで一度も嗅いだことがない匂いだ。なんだろう?油のような、豚肉のような。だがそれを嗅いだとき、彼の頭脳が何かを判断する前に腹の虫がいっそう激しく鳴いた。まだ17歳という若さのうえに、普段から毎日のように魔物狩りや剣術の稽古をこなしていた彼の身体はたっぷりとした栄養補給を欲していた。

 

匂いに誘われるままにその源を辿っていくと、どうやら温泉水屋からもう少し奥に行ったところにある仕舞うた屋がその根源らしいとわかった。その店の扉には、いつの間にか大きな張り紙がしてある。見ると、「魔王ラーメン新装開店!」と達筆に墨書してあった。

 

「こんな店、いつの間にできたんだろう?」リンクは立ち止まると誰にともなく呟いた。

 

「おう、勇者の兄ちゃんか」

 

そのとき温泉水屋のカウンターの奥にいたゴロンが気づいて声をかけてきた。

 

「今日開いたばっかりみてえだぜ。人間にしちゃやたら身体のデカイ男がここ一か月ほど出入りするようになってな。一体なにやってるのかと思って覗いてみたら豚の骨を山ほど茹でたりして、なにやら珍妙な料理を作ってるみたいだぜ?」

 

ゴロンは柄杓で店のほうを指した。

 

「身体のデカイ男?」

 

「うん、パパとおんなじくらいでっかいおじさんだよ」傍らにいたゴロンの息子が自分の頭の上に手を乗せたあと、その手を精一杯上に伸ばして表現した。

 

「大人のゴロンと同じ?人間で、かい?」

 

リンクは少々驚いた。ゴロンと同じくらいの身長とは相当の巨漢だ。

 

「そんな見慣れない男がいたらいくら城下町でも目立つはずだよね。いったいどこから来たんだろう?」

 

「さあな、そこまでは知らねえ。まあ菓子折り持って俺んところに丁寧に挨拶に来たし、礼儀知らずじゃあねえみたいだったがな」

 

ゴロンは肩をすくめた。

 

リンクは思った。この匂いは不思議なほど食欲をそそる。珍しい料理を探索するような物好きなタイプではなかったが、今はともかく腹が減ってしまって仕方がない。

 

彼は思い切って張り紙のある扉に近づき、把手に手をかけて開けてみた。その途端、例の不思議な匂いがいっそう強くなって鼻をくすぐる。これはたまらない。リンクは心を決めた。今日の夕食はここにしよう。

 

店の中に入ると、カウンターの向こうに厨房があり、大きな寸胴鍋がいくつも並んでいる。さらにその奥には大柄な男の背中が見えた。どうやらデッキブラシで床を掃除しているようだ。

 

「大将、今日はもう閉店かい?」

 

リンクは声をかけてみた。

 

男は首を少しだけ回してこちらを見たが、すぐに足元に視線を戻しながら答えた。

 

「ラーメンならすぐ出せる。注文を決めてくれ」

 

きわめて不愛想な語調だった。だがリンクはもはや腹の虫の騒ぎが抜き差しならぬほどになっていたので気にしている余裕はなかった。

 

「大将、お勧めを教えてくれないか?」

 

リンクはカウンター席に腰かけた。目の前には胡椒入れや茶色い調味料の入ったガラス瓶、細い木の棒が多数入った箱などが立ち並んでいる。

 

「僕はその、ラーメン?っていうのは初めてなんだ」

 

見慣れない店の様子に戸惑いながらリンクは言った。大男はデッキブラシを片付け、コンロに火を入れると、こちらに背を向けたまま無言で横の壁のほうに顎をしゃくった。壁にはベタベタと張り紙がしてある。

 

どの張り紙にも「魔王ラーメン18ルピー」「魔王味玉ラーメン20ルピー(チャーシュー増量に切り替えも可)」「魔王全部乗せラーメン25ルピー」と三種のメニューが書いてある。物価高の城下町では驚くほど良心的な値段だ。

 

また各メニューの下には丁寧な筆致でイラストが描いてあった。どうやら味玉というのは二つに切ったゆで卵、チャーシューというのは豚肉の切れ端のことらしい。リンクは結局全部乗せラーメンを注文した。

 

「まいど」大男はまた不愛想に答えると、てきぱきと作業し始めた。木の箱から粉をまぶした麺を取り出して大鍋に放り込む。そしてしばらく待つと大きな陶器製の椀に別の鍋から汁をよそい、網で手際よく茹で上がった麺の湯を切ってその椀の中に入れ、具材を上に乗せて持ってきた。

 

「お待ち」

 

大男の店主はその大きな椀を四角い盆の上に乗せてリンクの前のカウンターに置くと、また奥に引っ込んでしまった。

 

だが、目の前に置かれた椀から立ち上る湯気と匂いによって最高に食欲をそそられつつも、リンクは戸惑った。盆の上にはその椀と、底の平らな奇妙な形をした陶器製のスプーンと、木製の細い棒が二本乗っているだけだ。見慣れたスプーンもフォークもない。

 

「大将、これってどうやって....」

 

リンクが顔を上げると、キッチンを拭き掃除していた大男は背を向けたまま右手を横に出した。その指先には、同じような細い棒が二本保持されている。男はその太い指からは考えられないような器用さでもって一組の棒を開閉してみせた。

 

リンクは溜め息をついた。どうやらこの店の店主は会話というものが苦手らしい。とりあえず見様見真似でその二本の棒を指でつまんでみた。

 

椀を覗き込むと、豚肉や野菜といった具材の間から白く濁ってトロリとしたスープが見え、さらにその下に細い麺があるのがわかった。リンクが棒をスープに突っ込んで麺を掬おうとすると、店主が肩越しに振り返ってやにわに声をかけて来た。

 

「若いの、熱いから舌を火傷せんようにな」

 

覚えずリンクは微笑んだ。この男は不器用ながらも思いやりもあるらしい。言われたとおり、掬い出した麺によく息を吹きかけ、どうにか口に入れてみる。

 

うまい..............!

 

リンクは大きく目を見張った。歯ごたえのある麺に、とろみと塩気のある白いスープが絡んでいる。スープは牛乳が入っているせいで白いのかと思いきや、それだけではないらしい。ゴロンが豚の骨と言っていたから髄なのだろうか。また表面に細かく切った脂身が浮いているが不思議なことに少しもしつこさを感じない。

 

奇妙な形の陶器製スプーンでスープを掬って息を吹きかけて冷まし、飲んでみる。これも驚くほどうまかった。すりおろしたニンニクが入っているらしく、香ばしい香りが鼻をつく。

 

リンクは夢中になって麺をすすり込み、具材を食べた。こんな旨いものは生まれて初めてだ。麺をあらかた食べてしまったころには汗だくになっていた。

 

うまくしたことに、目の前に薄い鼻紙を入れた箱が置いてある。リンクがその鼻紙をとって鼻をかむと、箱の表面に小さな張り紙があるのに気づいた。「替え玉3ルピー」とある。その下にもやはり丁寧なイラストが描いてある。どうやら茹でた麺が皿の上に乗せて供され、麺を平らげてしまった椀の中にそれを放り込んで食するらしい。

 

「大将、この替え玉ってやつ...一つくれるかい」

 

「あいよ」

 

リンクが頼むと男は手早く麺をもう一束茹でて持ってきた。それを椀の中に放り込んで、スープを絡めてからすすり込む。濃い味のスープでもこのまま飲めないこともなかったがやはり麺を一緒に食するのが一番と思えた。

 

椀を平らげたころにはリンクもようやく満腹してきた。今日の魔物狩りで消費された体力が、炭水化物とタンパク質と塩気と脂身ですっかり補充された気分だ。

 

「大将、すごく旨かったよ、また来るよ」

 

自然と笑顔になったリンクは財布を取り出しながら席を立った。料金をカウンターに置こうとしたとき、だが彼は店主の横顔を見てその額に奇妙に光る物体があることに気づいた。

 

男の額には宝玉がついている。それを固定する金属製のワイヤーが数本後ろのほうに伸びていて、銅色の豊かな波打った髪を撫でつけた頭についた髪飾り状の金具に繋がれている。

 

こんな装飾をつけた男など城下町では見たことがない。

 

「大将、お勘定....頼む...よ」

 

リンクはそう言いながらも、やにわに湧き上がったある想念にみるみるうちに心を奪われ始めた。浮かんだばかりの笑顔が凍りつく。

 

「そこに置いといてくれ」

 

店主は不愛想に答える。リンクはその背中を見つめた。猛牛のように盛り上がった筋肉。二メートルはありそうな身長。さらに、シャツから覗く男の腕や首筋の皮膚は緑色に近いほど色黒だ。

 

全身が凍りつくような感覚を覚えてリンクは手にとったルピーを落としてしまった。

 

魔王ラーメン?

 

最初この名前を見たときは、リンクはただ滑稽な感じを覚えるのみだった。彼が魔王を倒して以来、魔王の外見や人物像については城下町町民の間で他愛のない噂が広がったものだ。いわく、角が生えている、尻尾が二本ある、そういった話だ。また、いつのまにか形容詞として魔王を使う習慣も広がった。料理を評して「魔王並みに辛い」と呼びならわすなどだ。

 

だから、店の名前を見たときもその種の無知だが害意のない町民が名付けたのだろう、くらいにしか思わなかった。

 

だが何ということだろう。

 

リンクは確信した。そしてその背筋を上から下まで猛烈な寒気が走り、両手足がブルブルと震えるのを感じた。

 

自分の目の前にいる、この男。

 

あいつだ。

 

あの魔王本人だ。

 

あいつが蘇り、そして戻ってきたんだ。

 

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