魔王外伝: あの男が帰ってきた   作:nocomimi

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第七話: 勇者、色々と面倒な女剣士とダンジョンを探索する

「リンク殿、ここだな?」

 

「ああ」

 

アッシュに問われリンクは頷いた。

 

「凄いなあ。全部人工物じゃないかこれ」

 

太陽が照り付けるゲルド砂漠東方の高台の上にポッカリ空いた穴は、どう見ても人手で彫りこまれた四角形だ。粗っぽく刻まれた石の階段が、暗闇の中へと続いている。シャッドはその壁面に手を触れ、顔を近づけながら、時折手元に開いた手帳に何かを書きつけていた。

 

「二人とも知ってるかい?ゲルド族についてはこんな伝説がある。女しか生まれない一族に100年に一度男の子が生まれたとき、その子は必ず王となるんだ」

 

「他の女たちはどうなるのだ、シャッド殿?その男の子が生まれるまでは女が統治するのか?」

 

アッシュは腰に提げた長剣を抜いて刀身を確かめながら尋ねた。

 

「さあ、そこまではね。その話だと王は100年に一度しか現れないってことになるけど」

 

「私は気に入らない。単に男として生まれたからという理由だけで女よりも上に立つというのはな」

 

刃に異状がないことを確認するとアッシュは剣を鞘に納めた。シャッドは肩をすくめると、リンクから渡された荷物袋を苦労して肩に担いだ。

 

「よいしょっ...と。随分な重さだなぁ...いや、文句があるってわけじゃあないんだが」

 

リンクと目が合ったシャッドは慌てて言い訳した。

 

「爆弾袋二つ、クローショットが二つ、チェーンハンマー、スピナー、そして天空の杖か。これほど装備するということはリンク殿、相当の大物がいるとお考えか」

 

アッシュは尋ねた。その顔は期待感に溢れている。やはり根っからの剣士なのだ。

 

「ああ。奥の方にね」

 

リンクは答えると洞窟の中を見据えた。

 

高台の下には、ここまで来るのに使ったレンタル猪が乗り捨ててある。最近この地方に進出した観光業者が用意したものだ。だが、登り口に立ててあった看板には「頂上に洞窟がありますが、危険ですので絶対に立ち入らないでください。死亡事故が発生しています」と赤い文字で大きく書かれていたのを三人とも見たばかりだ。

 

「行こう」

 

リンクが言うと、アッシュもシャッドも頷く。三人はリンクを先頭にして石階段を降り始めた。

 

暗い階段は五十メートルほど続き、やがてポッカリと空いた空間に出た。階段の終わりの出口が、五メートル四方ほどの小さな足場に繋がっている。そこに立つと、差し渡し100メートルほどの正八角形をしたフロアが眼下に見える。

 

足場からは天井が近いが、下のフロアとは七メートルほどの高低差があるから、部屋自体の高さは十メートルほどだ。左右の壁面には燭台が取り付けられており、火が煌々と燃えている。

 

「なるほど、これは普通の場所ではないな」

 

アッシュが呟いた。

 

「あいつ....補充兵が来てやがるな」

 

リンクは下のフロアを覗き込んで舌打ちした。前回の探索で倒したはずなのに、また同じような紫色の肌をしたボコブリンが一匹鉈を肩に担いでうろついている。

 

「シャッド殿。あの程度なら貴殿の練習台に最適ではないか?」

 

リンクとともに階下を覗き込んでいたシャッドは、アッシュに問われてハタと我に返った。

 

「えっ.....あっ......いやっ...ぼ...僕が?」

 

「良ければ私の剣をお貸ししよう」アッシュが提案すると青年は慌てて両手を振った。

 

「い...いや..遠慮しとくよ。怪我でもしたら運搬係ができなくなって君たちも困るだろう?」

 

「アッシュ、それはやめておこう。彼の言うとおりだよ」

 

リンクは真剣な口調で言った。

 

「このダンジョンはどこまで続いているかもわからないんだ。できるだけ負傷者は出さずに安全第一で探索したい」

 

「用心深いことを言われる」アッシュはまた微笑んだ。「だがそれこそが良き冒険者の心得。この件、貴殿のほうが正しいな」

 

結局、アッシュが真っ先に階下に飛び降りた。長剣を抜き放ち大声を上げて食人鬼の注意を引く。振り返った悪鬼は、相手が女と見るや一瞬呆気にとられた表情をしたが、次の瞬間、しきりに何かを喚いたかと思うと下卑た笑い声を上げ始めた。

 

「悪鬼め。そんなに女が珍しいか。だが私は貴様がこの世で最後に見る女になるぞ」

 

アッシュが豪も怯む様子を見せないのが癪に障ったのか、鬼はやがて激高して鉈を振り上げ襲い掛かってきた。

 

その瞬間、女剣士の身体が回転した。鬼が振り下ろした刃がその鎧をかすめ、薄暗い中に火花が散る。その刹那、彼女の長剣が伸びきった鬼の利き腕を肘関節から切断した。その腕が地面に落ちるより前に、アッシュの左足が鬼の右脚にかかると、彼女は左手で相手の蓬髪を掴んで引き倒した。

 

アッシュは容赦なくその背中に切っ先を突き刺した。鬼の悲鳴が上がるとともに、女剣士はそいつを素早く三度ほど貫いた。しばらく弱弱しく藻掻いていた悪鬼は、徐々に大人しくなり、最後に動かなくなった。魔物の死体が崩れ始めると、魔力の消滅を検知したのかフロアの突き当りにある扉がガタガタと振動し始め、やがて下にスライドして開いた。

 

「鮮やかなもんだね....本当に感心するよ」

 

下に降りてきたシャッドが思わず呟いた。

 

「アッシュ、大丈夫かい?」

 

傍らに来たリンクが尋ねると、彼女は剣を血払いしながらも首を傾げた。

 

「リンク殿、大丈夫か、とは一体どういう意味だ?」

 

剣を納めたアッシュは怪訝そうに目を細めてリンクを見た。

 

「答えられよリンク殿。今の立ち合いのどこかに危うさがあったとお言いなのか?」

 

「いや...危なげない戦い方だったよ...でも...」

 

「リンク殿、誤解のないよう申し上げておく」

 

アッシュは気を悪くしたのかやや険しい表情になった。

 

「私は剣士だ。姫君ではない。剣士とは戦いを生業とし、自ら危うきを冒し、武勇と名誉のためには死をも厭わぬもの」

 

リンクは黙って耳を傾けた。

 

「私は貴殿を同じ剣士として尊敬こそすれ、貴殿から保護されようとは思わぬ。もし己の剣の鍛錬が足りず冒険半ばで倒れるならばそれはそれまでのこと」

 

「倒れるならっ...て...」

 

彼女の言っていることは頭では理解できた。だが、リンクはそれを額面通り呑み込むのには心のどこかにどうしても抵抗があった。

 

「それはリンク殿とて同じ。違うのか?」

 

「同じだよ。いつもそういう心構えで戦ってきた。でも...」

 

「ならば、リンク殿ご自身を扱うのと同じように私を扱われよ。それとも剣士の私に異性としての気遣いを見せることがどれほどの非礼にあたるのか、貴殿にはまだわからないと申されるのか?」

 

そこまで言われてしまうと、リンクは何も言い返せなかった。「わかった。僕が悪かったよアッシュ。今度からはそういうことは言わない。男女関係なく自分と同じ剣士として扱うよ」

 

「わかって下さればよい」

 

アッシュは納得したのか黙った。眼鏡の奥の目を見開き、両肩をすくめて二人の顔を交互に見ながらやり取りを聞いていたシャッドは、事が収まって安心したのか静かに溜め息をついた。

 

「行こう。もしかすると、この分だと前回の探索で僕が掃討した階層にもまた同じような魔物が蔓延ってしまっているかもしれない」

 

三人は出口から出ると、次の階層のフロアを見渡す踊り場に出た。

 

前回の記憶からするとここは大鼠と吸血蝙蝠だ。蝙蝠はともかく、薄暗がりの大鼠は視界の外からいきなり襲い掛かってくるから意外と厄介だ。そう思いながら下を覗き込むと、やはり予想が的中した。蝙蝠も鼠どもも前と同じほどの数が動き回っている。

 

リンクはパチンコを手にとり下に飛び降りた。ヒラヒラと舞う吸血蝙蝠を片端から狙い撃ちする。そうすると周囲から鼠の鳴き声が聞こえた。すかさずそちらに向けてパチンコを放つ。目標に当たるたびに、ギュッっという悲鳴が上がった。続いて降りてきたアッシュは的確な突きで次々と大鼠を串刺しにする。敵が全ていなくなると、アッシュは剣をよく拭いながらぼやいた。

 

「先に進むのに必要とはいえ、私は害獣駆除士になった覚えはないのだがな」

 

「もう終わったかい?」

 

シャッドが荷物を下ろしたあと、上から渡したロープを伝って降りてきた。

 

「シャッド殿も少しは参加されよ。退屈をお感じであろう」

 

アッシュは剣を納めながらシャッドを唆した。

 

「まずは鼠や蝙蝠、次に骸骨犬といったように徐々に強い敵に挑んでいけばよい。リンク殿、同意であろう?」

 

「えっ....い...いやぁ...それは...」

 

シャッドは頭を掻いて困惑顔をした。

 

「アッシュ、人には得意不得意があるんだ。無理強いはいけないよ」

 

リンクはパチンコをベルトに挟んで固定しながら言った。

 

「なるほど。確かにそうだ」

 

アッシュも答え、フロアの出口に向かっていった。

 

「リンク...ありがとう」

 

シャッドはリンクに近づくと囁きかけた。礼を言われたリンクはやや驚いて青年の顔を見た。

 

「彼女は剣の強さにばかりこだわるところがあってね。幼いころからそれ以外の生き方を知らないから仕方ないんだけど」

 

青年は小さな声でそう言った。リンクもそれには気づいていたが、彼女の先ほどの発言といい、アッシュがこれほどまでに剣士としての生き方にこだわっているとは、一緒に冒険に出るまでは知らなかった。

 

「ご両人、いかがされた?」

 

アッシュが声をかけてくる。リンクたちは慌てて出口の先にいる彼女に追いついた。

 

三階層目は、天井に三匹のヘビババが貼りつき、階下にも一匹が根を張っている。リンクは爆弾袋から爆弾を数個取り出すと、爆弾矢を拵えて、危険な食人植物を片端から吹き飛ばしてしまった。

 

「さあ、駆除は終わったよ。行こう」

 

三人は下に降り、出口を抜けてさらに次のフロアに向かった。踊り場から下を覗き込むと、特大の蜘蛛が三匹も陣取っている。

 

「三匹に二人か」踊り場から見下ろしながらアッシュが呟く。

 

「一匹をできるだけ早く倒さないとちょっと厄介かもね」リンクは応じた。しかし、安全のため爆弾矢を拵えて上から駆除しようと爆弾袋に手を伸ばしたとき、アッシュは抜刀して先に飛び降りてしまった。

 

「アッシュ!」

 

リンクが叫ぶ。蜘蛛どもの一匹が女剣士に気づくと、シャーと威嚇音を出してにじり寄ってきた。その胴体だけで手押し車ほどもある。

 

「アッシュ!そいつらは背中側は剣が効かないんだ!」

 

再びリンクは叫んだ。巨大蜘蛛が前足を上げながら、女剣士に噛み付こうとする。アッシュは一瞬だけリンクを見て頷くと、素早い身のこなしで蜘蛛の攻撃を右に左に避け、やおら鋭い突きを放った。

 

ギエーと巨大蜘蛛の悲鳴が上がる。だがまだ致命傷ではない。フロアを見ると、他の二匹の巨大蜘蛛たちも騒ぎに気づいてアッシュのほうに近づき始めていた。

 

リンクは舌打ちをすると剣を抜き放って下に飛び込んだ。着地すると盾を背中から下ろして構え、二匹のうち一匹の進路上に立ちふさがる。

 

巨大蜘蛛が怒りの威嚇音を上げながら前足と口で攻撃してくるのを盾で受け止めるやいなや、思い切り盾アタックをぶちかまし、身を沈めると回転斬りを放つ。深手を負って動きを止めた敵の上に、剣を逆手に持って躍りかかった。敵の背中に刀身を床に刺さりそうになるほど突き立てる。

 

目を上げると、アッシュは二匹の巨大蜘蛛相手に奮戦していた。剣が一閃し、襲ってくる蜘蛛のうちの一匹の前足が二つとも吹き飛んだ。

 

もう一匹の蜘蛛の突撃を滑るような足さばきで回避すると、彼女は低い姿勢から突きを放ち、相手に深手を与えた。だが、前足を失ったほうの蜘蛛がそれでも彼女に突進する。バランスを崩したアッシュは後ろに倒れた。

 

「アッシュ!」

 

リンクは今しがた倒した敵の背中から剣を抜くとダッシュした。深手を喰らって苦しんでいたほうの巨大蜘蛛に飛び掛かるとその背中に剣を突き立てる。

 

アッシュはそのまま後ろに回転して跳ね起き、剣を跳ね上げた。さらに押し迫ろうとしていた生き残りの蜘蛛の脚が一本吹き飛んだ。さらに剣を払うと、もう一本の脚がほとんど皮一枚残して関節から切断された。仕上げに、彼女は狙いすました突きを獲物の頭に突き刺した。鍔まで埋まらんばかりの突きを喰らって、さすがの巨大蜘蛛も断末魔の鳴き声を上げて動かなくなった。

 

リンクはやや荒い息をしながら、もう少しで出てきそうになるあの言葉を飲み込んだ。剣を血払いして納め、盾を背中に背負う。アッシュも剣をよく拭い、身体についた土を払っている。

 

「リンク殿、ひとまず礼を申し上げる」

 

身支度をしながらアッシュは言った。

 

「しかし私はこれより遥かに危険な状況から脱したこともある。次回は加勢に来られる前にもう少し様子を見られよ」

 

それを聞いた瞬間、リンクは彼女に対して少しだけ腹が立った。そして、名誉にこだわる身分階層から出た彼女と、単なる農民である自分との考え方の違いが浮き彫りになってきたことを感じた。リンクとしては名誉よりも安全を大事にしたい。恰好悪くてもいい。全員無傷で帰還するんだ。それが僕らの目標なのに、いったい君は何を意地張っているんだ?

 

そんな言葉が出そうになるのを無理に呑み込むと、リンクは言った。

 

「アッシュ、獲物の独り占めは無しだよ。僕だって剣士だぜ?人が戦ってるのを指を咥えて見てろってのは酷じゃあないか」

 

リンクがそう言うと、アッシュはいかにも嬉しそうな顔をした。

 

「なるほど確かにそうだ。獲物は私と貴殿で半分づつとしよう」

 

「アッシュ!怪我はないかい?」

 

そこに降りてきたシャッドが息を切らしながら駆け寄ってきた。リンクは溜め息をついて白目を剥き、宙を見上げた。

 

「いやぁ...心配したよ。あんなでかい蜘蛛が三匹も....。危ないところだったね本当に」

 

「シャッド殿。少し口を閉じられよ」

 

アッシュは明らかに機嫌を損ねた表情でぴしゃりと言い放った。

 

「あ....」

 

ようやく自分の何が良くなかったのかを気づいたのか、シャッドは口を開けたまま喋るのをやめた。

 

「先ほどの私とリンク殿との会話を聞いておられなかったのか?」

 

鎧の肩部分にについた土埃を見つけて手で取り除けながらアッシュは続けた。

 

「我々剣に生きる者にしかわからぬ言葉がある」

 

シャッドは神妙な表情で聞いている。アッシュは鎧の汚れを取り終わると顔を上げ、険しい目つきでシャッドを見た。

 

「それが理解できぬのならばこの探索行の間貴殿と口を利くことはできぬ」

 

それを聞いてリンクはまた溜め息をついた。そしてやや逡巡したが、やがて口を開いた。

 

「アッシュ、君のその態度はおかしいよ」

 

アッシュがリンクを見た。リンクは息を吸うと、思い切って言った。

 

「僕らはこのダンジョンの中で一蓮托生なんだ。剣士でないからといって仲間をそんな風に扱うのは僕は認められないよ」

 

「認められない?いかなる意味だリンク殿?」

 

アッシュは眉を顰めリンクを見た。

 

「そのままの意味さ。君がシャッドをそんなふうに扱うなら、僕は次の帰還ポイントで引き返す。この冒険は中断だ」

 

リンクははっきりとした語調で言った。

 

「僕は今まで九つのダンジョンを冒険してきた。小さいのも入れたらもっとたくさんさ。ダンジョンの中では物資の補給もできない。暗くて不潔で、安心して眠ることも不可能だ。そんな時、仲間の存在は冒険中に正気を保つための唯一のよすがだった」

 

アッシュは不服そうではあったが黙って聞いている。リンクは続けた。

 

「仲間だけが、周りは魔物だらけでも自分は本当はまともな世界に属しているっていうことを思い出させてくれるんだ。その仲間がぞんざいに扱われているのを黙って見ていられる僕じゃあない」

 

「だが私は....」

 

アッシュは口を開き何かを言いかけたが、その言葉はそのまま途切れた。リンクはまた言葉を継いだ。

 

「わかってる。君もまた必死で戦ってるってことは。だけど君は魔物と戦うだけじゃあなく、仲間とも、いや自分自身とも戦ってしまっている」

 

「自分自身とも?」

 

アッシュは怪訝な表情で繰り返したが、すぐ反論した。

 

「異なことを申される。己の弱さを克服するため戦うは剣士として当然ではないか」

 

「違う。自分の弱さをまず認めなければ、それを克服することなんでできないよ」

 

リンクは言った。

 

「人間は魔物より遥かに弱い存在だよ。ずっと弱いしずっと脆い。僕も、君も含めてね」

 

リンクは言うと、自分の胸に手を当てた。

 

「切れば血が出るし、打たれれば痣ができる。でも奴らは傷つけられることも痛みも恐れない。それどころか仲間が何人死んだって何とも思わない。だけど、僕らは仲間が一人死んだだけで一生心に傷がつくんだ。そうだろ?」

 

「貴殿の言うことは理解できなくはない」

 

アッシュは目を伏せると答えた。

 

「だが、貴殿もまたさっき死を恐れぬと.....」

 

「それは取り消すよ。僕は死ぬのが怖い」

 

リンクは即答した。

 

「僕は昔から死ぬのが怖かったし、今でも怖い。ハイラルを救うための戦いだって、最初は命をかけることに迷いを感じながら戦ってた。でも最後に魔王と向き合ったときは、この戦いで僕の知っている人全員が救われるなら、刺し違えてもいいって思ったけどね」

 

そこまで言うとリンクは一呼吸置いて、また続けた。

 

「でもやっぱり怖かったよ。それに奴に止めを刺したあとは、自分も出血多量で死ぬんだなって思って、悲しかった。村の皆も悲しむだろうなって思ったよ」

 

アッシュは黙ってしまった。シャッドもまた腕を組み目の前の床を見つめている。

 

「あの戦いが終わって以来今に至るまでそれ以降、僕は命を捨てる価値のある冒険になんて出会ったことはない。この冒険もそうさ」

 

少しの沈黙のあとリンクは言った。

 

「僕は名誉を得たいなんて思ったことは一度もない。もともとただの農民だからね。アッシュ、君は違うのかも知れない。だけど、ひとつはっきりさせたいんだ」

 

リンクは少し間を置いて強調した。

 

「この冒険ではこの三人のうち誰の血も流したくない。誰か一人が他人に語れる実績を得るよりも、三人が無事に帰還することのほうがはるかに重要だ。だから一回一回の戦いの戦い方も、このことを一番重視したい」

 

そこまで話すとリンクはアッシュとシャッドの顔を見た。

 

「これが僕の考えさ。君らはどう思う?」

 

ずっと黙っていたシャッドが言った。

 

「僕は何かを言える立場じゃないってわかってる。連れていってもらえるだけで幸運さ。だからリンクとアッシュに任せるよ」

 

「シャッド殿」

 

アッシュがやっと口を開いた。

 

「済まなかった。私が無礼であった」

 

「アッシュ....」

 

シャッドが驚いて彼女を見た。

 

「私は自らの功に逸る性質があるのだな」

 

彼女は誰にともなく呟いた。

 

「そしてその原因もリンク殿、貴殿の看破したとおりだ。私は幼い頃から自分の弱さを否定するよう教わってきた」(注*)

 

アッシュは腰に差した剣の柄頭に手のひらを預けると、横を向いた。

 

「女剣士は男の剣士と違う。存在だけで耳目を引く。勝てば他より多く嫉妬され、負ければ他より余計に嘲られる。だからどこにあろうと決して隙を見せず、負けるなと教えられてきたのだ」

 

そこまで話すと、アッシュはリンクの顔を見た。その表情は心なしか柔らいでいる。

 

「だがリンク殿、貴殿の話を聞いていたら、勇気や強さといった言葉の本当の意味が分かった気がする」

 

「そ...そうかい?」

 

彼女がそう言うのを聞いてリンクはやや赤面した。

 

「そして、仲間というものの意味もな」

 

アッシュは小さく溜め息をつくと、顔を上げた。

 

「私もリンク殿に賛成だ。功名より安全を常に優先するとしよう」

 

そう言ってフロアの出口に向かったあと、女剣士は振り向いた。

 

「だが、先ほどの約定はまだ取り消さぬようにしてもらいたい。私をリンク殿自身と同様に扱うと」

 

リンクが頷くと次に彼女はシャッドを見た。

 

「シャッド殿。心得られたか?次にそれを忘れたら普通の仕置きでは済まさぬぞ」

 

言葉こそ恐ろしかったが、アッシュの砕けた語調を聞いてリンクも安心した。

 

「勘弁してくれないかアッシュ。僕はそれこそ君の練習台じゃあないんだから」

 

ようやくシャッドもいつもの口調でおどけて答えた。三人は出口を潜って、次の階層を見渡す踊り場に進んだ。

 

だがその時だった。

 

「危ない!」

 

リンクが叫ぶ。

 

薄く暗がりの中、踊り場の下から斜め上に放たれた火矢があった。

 

その火矢は、先頭にいるアッシュに向かって真っすぐに飛んできた。

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