大妖精の部屋を後にして、ダンジョン十一階層目のフロアを見下ろす踊り場からリンクは慎重に身を乗り出した。
弓兵はいないようだ。兜を被り豚のように太った南洋トカゲの化け物が三匹ほどうろついている。
「豚どもだけか。兜は面倒だが後ろから刺せば倒せるだろう。私が一番手で良いな?」傍らに立ったアッシュがそう言って剣を抜いたとき、リンクは頷きそうになったが慌てて手を上げて制した。
「どうされた、リンク殿」
「頭の中で何か予感がするんだ」リンクは言った。「嫌な予感がね」
彼は踊り場に這いつくばると、縁から頭を出して今いる場所の真下を覗いてみた。そこには夥しい数の大鼠がたむろしている。
「やっぱりだよ」リンクは振り返ってアッシュに苦笑いを向けた。「鼠だらけの中に飛び込むのは君も嫌だろう?」
「流石はリンク殿」アッシュは剣を納めて言った。「鼠など百匹いようと倒せる....と言いたいところだが、無傷とは行かぬだろうな」
リンクはシャッドに爆弾を三つほど踊り場の縁から落とすように指示した。慣れてきたのか、シャッドも手際よく袋から爆弾を取り出し、次々に点火する。それらを落として数秒後、爆発音と鼠どもの断末魔の悲鳴が聞こえた。
アッシュが飛び降りようとするのをリンクは再び制止し、自分はクローショットを右手につけた。階下にいる兜蜥蜴の化け物に狙いをつけ三匹とも兜を剥ぎ取って裸にする。待ちきれぬとばかりにアッシュが下に飛び降りていく。
リンクとシャッドが爆弾や道具を片付けている間に次々と魔物の悲鳴が聞こえる。二人が下に降りた頃には三匹とも地面に転がっていた。
「鼠や蜥蜴にしては大きいが、やはり畜生には変わらぬ。手応えのないことよ」
アッシュは剣を血払いして言った。
「そう言わないでくれ。いずれ腹一杯って言いたくなるような連中が出てくるさ」リンクは応じた。
「爆弾投下なら僕に任せてくれよ」シャッドが嬉しそうに言う。「なんだかこれ楽しくなってきたよ。僕、害獣駆除士になれるかもって気がしてきた」
「だがここから出る方法を考える必要があるな」アッシュは部屋の中心から見て入り口と直角の方向を指さした。普通なら出口のある場所には、三方を高い壁に囲まれた区画があるのみだ。
リンクが観察すると、その区画の左右にスピナーのレールが刻まれているのが見えた。その区画から離れたところから始まり、床の高さから徐々に高度を上げて、壁の上まで達している。
「簡単さ。あのレールを使えばいい」
リンクはシャッドに頼んでスピナーを出してもらった。スピナーを起動させレールに乗り、壁の真上まで来るとそこで飛び降りる。そこからスピナーを投げおろし、アッシュも同じように続かせる。シャッドはおっかなびっくりだったが、出口を囲う壁の区画の真上でスピナーから飛び降り、無様ではあったがどうにか着地した。
「痛てて...」腰をさすりながらシャッドは立ち上がった。「こんな冒険もするとは知らなかったよ。まるで世界一危険なテーマパークだね」
「まだこんなもんじゃないよ、きっと」リンクは冗談と本気が半分づつの声色で言いながら、シャッドの袋にスピナーを仕舞って背負わせた。アッシュが声をかけた。
「私は問題ないが、シャッド殿、次の帰還ポイントまでは堪えられよ」
「もちろんさ」シャッドは女剣士を見るとウィンクした。
「まだまだ元気だよ。なんだか自分が成長してきてるって気がするんだ。今までの殻を破ってね」
「下品な言葉を使わず最初からそう申されればよいではないか」アッシュは咎めた。
「二人とも来てくれ」出口から進み次のフロアを偵察していたリンクが声をかけた。
アッシュとシャッドが追い付くと、リンクは階下を指さした。紫色の巨大な細長い物体が床の上をはいずり回っている。
「チュチュか」アッシュは言った。「私の育った地方では滅多に見なかったが。あれも大物とは言い難い」
事も無げに言う女剣士を見てシャッドは声を上げた。
「あいつがかい?」彼は肩をすくめた。「まるで内臓が動いてるみたいだ。お近づきにはなりたくないね」
「アッシュ、君の剣を汚すことはないよ。僕に考えがあるんだ」
そう言うとリンクはクローショットを手に嵌めて飛び降りた。中央辺りにいる魔物を目掛け撃つと、飛び出した鉤爪が化け物の皮膚を切り裂く。化け物は撃たれるたびに分裂していった。近づいて飛び付かれないよう距離をおきながら、リンクは分裂した一匹づつを撃ち続けた。小さくなった個体は引き裂かれると全ての体液を失い動かなくなる。そうして全ての個体を片付けた。
「リンク殿には知恵がおありだな」アッシュが降りてきて声をかけた。
「剣、弓矢、爆弾、クローショット」彼女は考え込むように腕を組むと続けた。「全ての武器を活用しその状況で最も有効な方法で敵を倒す」
「以前はブーメランも使ってたなあ」リンクは、続いて降りてきたシャッドの袋にクローショットを仕舞いながら回想した。リンクは風の精霊、ゲイルのことを懐かしく思い出した。自分に助言をしてくれて、見守ってくれた兄のような存在。(注*)
「剣のみが剣にあらず。全てを剣とするが真の剣の道なり」彼女はまた呟いた。
「誰の言葉だい?」シャッドが尋ねる。
「我が一族の家訓だ」アッシュが答える。「私は今まで徒手格闘術のことを言っているとばかり思っていたのだが。もしかするとこのような戦い方を指しているのだろうか?」
「僕のはそんな大層なものじゃあないよ」リンクは笑って打ち消した。「ただその場その場を切り抜けるため必死で考えて戦ってきた、その結果さ」
三人は出口から次のフロアを見下ろす踊り場に抜けた。見下ろすと直径二メートルほどの透明なゼリーの塊のようなものが四つほど転がっている。目を凝らすと、それぞれの中心にケラのような緑色の巨大な虫が鎮座しているのが見えた。だがその虫の目玉が人間のように正面についており、大きくてギョロリとしている。
「今度はなんだい?」手を平らにして目の上にかざしながらシャッドが先ほどよりは平静な声で言った。「珍しい巨大昆虫かな。ちょっと見てみたい気もするな」
「僕はお勧めしないな」リンクは答えた。「シャッド、クローショットをくれ」
「剣で倒せぬのか、リンク殿?」アッシュが尋ねる。
「僕にはできなかったよ」リンクはクローショットを手に嵌めて開閉させながら答えた。「刃が通らないんだ。そうしているうちに飛び掛かってきて押しつぶされそうになったよ。この爪で引きずり出せば別だけどね」
「ふむ」アッシュは顎に手をあてた。「私に試させよと言いたいが、まずはお手並みを拝見しよう」
リンクは飛び降りると、手近のゼリー塊に近づいて中の魔物をクローショットで引き摺り出し、居合い斬りで一刀のもと斬り捨てた。他の三体も同じように片付けると、上方にいる仲間たちに合図する。
「貴殿の腕はよく理解した」アッシュは首を振って苦笑いしていた。「だが次は私の獲物も残っていような?」
「わかったよ」リンクもクローショットをシャッドの袋に戻しながら笑った。「次は君に任せる」
出口をくぐって次のフロアを見下ろす。そこには頭骸骨が十個余り転がっていた。
「うわッ...」それを見たシャッドが声を上げた。「酷いな。冒険者たちの墓場か」
「墓場ならまだ良い」隣で腕組みしたアッシュが応じる。「あれが襲ってくるというのが魔窟の魔窟たるゆえんだ」
ギョッとしたシャッドは息を呑んで女剣士の顔を見た。彼女は剣を抜き放つと身軽に飛び降り、着地して仁王立ちになった。片手で下段に構え、周囲を見回す。
予想どおりだ。頭蓋骨から羽が生え、一体、また一体と浮かび上がり、アッシュに近づいてくる。
二体ほどが奇妙な鳴き声を上げ、アッシュの近くに滞空し始めた。その瞬間彼女は左右袈裟斬りを放った。打撃を喰らった二体がたまらず墜落する。だが十体以上が群れを成して押し迫ってくる。一匹が襲い掛かってくるのを前転して躱し、アッシュは群れの真ん中で回転斬りを放った。
半数以上が叩き落される。だが生き残りが次々と襲い掛かる。アッシュは上体を反らして器用にそれを躱すと、剣を地面に突き立てて身体を浮かせ、飛び回し蹴りで二匹ほどを叩き落した。さらに着地し、縦斬りで一匹を真っ二つにしたあと低い姿勢で後続の敵の攻撃をやり過ごす。そして立ち上がりざま繰り出した逆袈裟斬りから袈裟斬りへと鮮やかな軌道で繋げ、周囲を切り裂く。たちまち残り全てが斬撃を喰らって墜落した。
「凄いよアッシュ。さすがだなぁ」シャッドがフロアに降りる。リンクも続いた。
「待たれよ」剣を納めかけたアッシュは鋭い声を上げ、手を上げて二人を制した。途端に彼女の斜め後ろに落ちていた頭蓋骨から再び羽が生え、飛び始める。アッシュは気合もろとも振り返りそれを真っ二つにした。
周囲を見ると、叩き落された頭蓋骨どもがピョンピョンと跳ねまわている。
「ひえッ...」シャッドが悲鳴を上げる。リンクは剣を抜き放つと手近の魔物に叩きつけた。アッシュも素早い脚運びで死にぞこないの化け物たちを追いかけ、次々に突いてとどめを刺す。
「くそっ....待ってろ、思い知らせてやる」気を取り直したシャッドは袋に手を突っ込んで鎖と鉄球を掴み出した。鎖を握り締め、鉄球を頭上で振り回して投げた。だがちょうどその直線上にリンクがいた。リンクは慌てて身を躱す。その背後にいた頭蓋骨の魔物が鉄球を喰らってぺしゃんこに潰れ、顎を震わせてこと切れた。
「ご...ごめんリンク!大丈夫かい?」シャッドは思わず鎖を取り落とした。リンクは何ともないと手で合図した。
「シャッド殿。提案した私が言うのも恐縮だが、やはりチェーンハンマーは貴殿には早い。剣を使われよ」
残党を始末し終わったアッシュが剣を納めながら近づいてくる。
「そ...そうだよね......でもどうせ使わないと思って持って来なかったんだよ」
面目なさそうにシャッドが言う。
「大丈夫さシャッド」リンクは青年に笑顔を向けた。「次からそうすればいい。今は君の腕を頼りにすることにするよ。爆弾とチェーンハンマーのね」
そう言うと、リンクは剣を納めながら付け足した。「でもまあ.....チェーンハンマーは君自身の身が危うい時だけにしてもらおうか」
「同意だ」アッシュが引き取る。「強力だが制御が難しい。戦さでも使えるのは熟練の者だけだ」
「よしっ...」シャッドが意を決したように言う。「リンク、町に帰ったらこれ、貸してくれないかい?練習してみるよ」
「シャッド殿、剣の稽古はいかがするのか?」アッシュが怪訝な顔をする。
「も....もちろん剣もやるさ。だけどこれ、距離を置いて戦えるのが気に入ってね」
鎖に目をやると、はにかんだ笑みを浮かべるシャッド。
「なんだ、きみ、結局魔物が怖いんじゃないのかい?」そう笑うとリンクは青年の肩を荒々しく小突いた。シャッドも笑って、否定も肯定もしない。
出口を抜け次のフロアに向かう。踊り場から見下ろすと棍棒を持ったブルブリンがひしめいている。十匹ほどだ。
「これぞ剣士の出番ではないか、リンク殿?」アッシュが顔を輝かせる。
「気持ちはわかる。でも障害物もないし数が多すぎる。囲まれたら面倒だ。降りるなら僕が爆弾矢を撃った後にしてくれ」
リンクが諭す。アッシュは不服そうな顔をしたが、何も言わなかった。もはやリンクをリーダーと認め始めているようだ。
リンクは爆弾矢を何本か拵えた。シャッドにも、合図したら爆弾を投げるよう指示する。爆弾矢に点火し踊り場の上に立つと、たむろするブルブリン達の真ん中に打ち込む。爆発音と断末魔の悲鳴が聞こえた。リンクは動く物に狙いをつけ、二本目、三本目と射撃し、振り向いてシャッドに合図した。右手に爆弾を握っていたシャッドも、点火して上手投げで投げつける。数秒後また爆発音がし、鬼の悲鳴があがった。
だがフロア内の反響が収まっても、何匹かの鬼の息遣いと喚き声が聞こえていた。リンクは矢立てに手を伸ばし弓に矢をつがえようとした。だがアッシュが手を伸ばしてそれを制する。
「勇者殿、よもや止められますまいな?」彼女は剣を抜くと眉を上げてリンクを見た。
苦笑いしたリンクが頷く。アッシュは踊り場の縁に立つとそのまま外に倒れるようにしてリンクの視界から消えていった。続いて気合の声、剣が肉を切り裂く音、そして鬼どもの断末魔の声が響く。何秒かするとフロア内は完全に静寂となった。
リンクがシャッドと降りていくと、アッシュは剣の先でブルブリンどもの死体をつついていたが、やがて剣を拭って納めると言った。
「次々に魔物の湧き出でる魔王の呪いによる魔窟...か」
彼女は振り向くとリンクとシャッドを見た。
「奇妙ではないか。魔王は死んだはず。なのに呪いが生きているとはいかなるわけなのだ」
「そういうこともないわけじゃあないよ」シャッドは言った。
「歴史によれば、過去の人物がかけた呪いがその後数世代に渡って残り続けることもある」
彼は懐から手帳を取り出すと、眼鏡に手をやりながら頁を開いた。
「例えばあの処刑場さ。史料とリンクの話を総合するなら、多数の死刑囚が死んでから百年以上たってもあの場所の呪いは消えてなかったことになる」
「シャッド、魔王は生きているのかも知れないよ」
リンクは言った。それを聞いたシャッドは目をパチクリさせたが、やがて言った。
「リンク、今なんて言った?」
「魔王は転生を繰り返しているって聞いたことがある。止めを刺されても、その魂が生き残っていて、時が経つと受肉するっていうんだ」
「きみ....お....恐ろしいことを言うなあ」シャッドはリンクを見つめた。「それって、それこそ伝説だろ?」
「転生説は私も聞いたことがある」アッシュが言った。「だが鵜呑みにはできぬと私は見ている。自らの恐怖の対象に尾ひれをつけて語るは世人の常ならばな」
「僕もわからない」リンクは目を逸らした。「本当かどうかはね。でもいずれにせよ魔王を連れてこなければこの呪いは解けないんだ」
次に三人が進んだフロアは、蝙蝠と大鼠しかいなかった。アッシュと二人で難なく掃討すると、リンクは出口から先に出て踊り場から次なるフロアを覗き込んだ。
骸骨犬が何匹かうろついている中に、カンテラのような明りがぼうっと浮かび上がっている。幽霊だ。
「ここは僕にやらせてくれ」リンクは二人に告げた。「幽霊は僕でないと倒せない」
「幽霊だと?」アッシュも眼下に目を凝らす。「それほど危険な相手なのか?」
「いや、危険ってほどじゃあない。だけど普通の剣では倒せないんだ」
リンクは飛び降りると、上からは見えない死角に入って服を脱ぎ、ポーチから取り出した呪具を自分の額に押し当てた。ミドナから別れ際に託されたものだ。途端に身体中を雷が走り、全身から毛が生え、両手両足がみるみる変形する。狼に変身し終わると、リンクの身体には野獣の力が漲った。
骸骨犬が数匹、こちらに気づいて近寄ってくる。リンクは問答無用とばかりに次々飛び付いて一撃を与えて打ち倒す。そして部屋の中央にいた幽霊に飛び掛かると激しい打撃を与えた。幽霊は奇襲に驚いてよろめいたがすぐに立ち直って大鎌を構えた。だがリンクは身体を一回転させ、襲い掛かってきた生き残りの骸骨犬を跳ね飛ばすと、敵の鎌の一撃を頭を低くして避け、すぐに跳躍して幽霊を顎に捕えた。
撃ち落とされた幽霊にのしかかりその魂を噛み千切る。休む間もなく、残りの骸骨犬全てに襲い掛かって噛み砕き、リンクはようやく踊り場の真下に戻った。
聖剣の柄を咥えて抜くとその力ですぐに身体が戻った。服を着て身支度すると、部屋の中央に出て仲間に声をかける。
「一体何があったんだい?薄暗くてよく見えなかったよ」降りてきたシャッドが眼鏡の位置を直しながら言う。
「大した強敵じゃあなかったよ。さあ行こう」
リンクは答えた。だが続いて降りてきたアッシュは怪訝な表情をしていた。
「リンク殿?」アッシュに声をかけられリンクは振り向いた。「なんだい?」
「この犬どもの骨は皆新たな噛み傷がついている」アッシュは崩れ始めている骸骨犬の頭蓋骨をブーツの先で指し示した。
「まるで同士討ちだ。奇妙ではないか?」
「ああ、所詮は畜生どもだからね。楽なものさ」
リンクは誤魔化した。これ以上尋ねられる前に出口を出て次のフロアを見下ろす踊り場に急ぐ。縁から下を偵察すると、床には何もなく、魔物も影もない。
「何もいないじゃあないか」シャッドが言った。
「シャッド殿、地中に潜んで獲物を待つ魔物をご存じないのか。そのやり口は魚や虫と変わらぬ」アッシュも身を乗り出して眺めると言った。
「なるほど...楽な場所なんて一つもないんだね」シャッドはやや意気を落とした。
「リンク殿。私が先に行く」アッシュはリンクを一瞥すると滑るように飛び降りていった。
残された二人は身を乗り出す。着地したアッシュが剣を抜いてフロアの中央に進みゆく。すると、棘だらけの野菜のような生き物が土中からもぞもぞと顔を出した。一抱えもありそうな大きさで、計一ダースほどもが出てくると一つひとつが回転しながらアッシュを円形に包囲した。その輪を回転させながら徐々に狭めていく。
だが身を沈め、気合を発したアッシュが回転斬りを放つ。全ての魔物が致命傷を喰らって回転をやめ地面に転がった。
「手応えがあまりにも欠ける」アッシュは剣を納めると首を振った。「大妖精の部屋を出てからずっとだ。この程度のダンジョンだったのか?」
「君の基準で言われてもなあ」追いついたシャッドはぼやいた。「僕には十分な刺激だよ」
「嵐の前の静けささ」リンクは言った。「とにかく油断だけは禁物だよ」
だが出口を抜けて進んだ次のフロアは、チュチュが一匹陣取っているだけだった。リンクはクローショットを手にして先に飛び降りた。しかし案に相違して、クローショットを手に嵌めているうちに新手が次々天井から落ちてくる。リンクは慌てず距離を置いて退避するとクローショットを使って片っ端から切り刻み、全員始末した。踊り場に合図するとアッシュとシャッドが降りてくる。三人は出口を抜けて次の階層に降りた。
三人は泉で休憩し食事をとった。
「リンク、後で大妖精に会うんだろ?」シャッドがパンを噛みながら言った。
「ああ。扉を開けてもらうのにね。本当は次会うときは良い報告をしたかったんだけど」リンクはパンを千切ると言った。
「君もカタい人だなあ、リンク。何度会ったっていいじゃないか」シャッドの眼鏡の奥の目はややニヤついていた。
「妖精は殿方のための見せ物ではないぞ、シャッド殿」先に食事を終えたアッシュが硬い声で言う。
「いや、僕はそんなつもりじゃ‥‥‥」顔を紅潮させたシャッドが反論した。
「二人ともやめてくれ」リンクはすぐに割って入った。「このペースだと、これから先にまた九階層が続く。それを突破するまで帰還ポイントはない。喧嘩するエネルギーは貯めておいてくれ」
「同意した」アッシュが短く言う。気まずそうな顔でシャッドも黙った。
休憩後、一行は泉に入って大妖精を呼び出した。彼女に先に進む旨を伝えると、出口の扉が開いた。
出口を抜けて次のフロアを見下ろす。蓬髪で鉈を担いだ食人鬼たちが五匹ほどたむろしている。さらに、蝙蝠たちもそこここに舞っていた。蝙蝠はよく見ると白い霧のようなものを纏っている。
「面倒な奴だよ」リンクは呟く。「雪山の廃墟でよく見た蝙蝠だ」
「やはりか」アッシュはその傍らで僅かに含み笑いを漏らした。
「私の忠告を聞かずスノーピークを登り王家の廃別荘を探索されたわけだなリンク殿?」
「いや....ちょっと事情があってさ」リンクは彼女を見ると顔を赤くして頭を掻いた。
「私は奴らに慣れている」アッシュは剣に手を掛けた。「剣でよいな?」
「その前にシャッドにも見せ場をあげないかい?」リンクは提案する。
「嬉しいよリンク」学者青年は笑みを浮かべた。「僕を頼ってくれるなんて」
「よかろう」アッシュも言った。「では一番手はシャッド殿だ」
三人は踊り場の上で姿勢を低くし、縁のギリギリの場所にしゃがんだ。シャッドが爆弾を三つほど取り出す。
「すぐに投げちゃあ逃げられるから何秒か待ってからにするよ」青年は眼鏡の奥の目でリンクにウィンクした。
爆弾を一つとり、導火線キャップを捻って点火する。三秒ほど待つと、シャッドはそれを放物線状に放った。爆発を待たず二つ目を手にして点火する。
爆発音がして、ボコブリンの悲鳴が聞こえた。シャッドが二個目を投擲する。彼がさらに三個目を点火して投げ爆発音が響くと、リンクとアッシュは剣を抜いて飛び降りた。
鬼どもは完全なパニック状態だった。リンクが手近で呆然としていた一匹にジャンプ斬りを叩きつけると、アッシュは足場の下で辛うじて爆死を免れた鬼の心臓を刺し貫き、剣を相手から抜くや否や身体を回転させ首筋を切り裂いた。
広場中央あたりには爆風を喰らった二匹の死体が転がっている。その傍らで、衝撃から立ち直った残り一匹がリンクたちを見咎め鉈を構えて喚いた。だが蝙蝠どもは無傷だ。最初の奇襲の一撃でよろけた一匹目の鬼を四連突きで葬ったリンクは、生き残りの鬼に走り寄って距離を詰めた。その斬撃を躱して盾アタックを叩きつけると、回転斬りで吹き飛ばし、剣を逆手に持って飛び掛かった。心臓を貫いて止めを刺す。
アッシュは滑るような足さばきで蝙蝠どもを次々と叩き落していった。白い霧を発しながら襲い掛かってくる個体を、上体をしなやかに反らせて躱す。軽い長剣の剣先を生かし、敵の羽を切り裂いて墜落させ、あるいは串刺しにしていった。
最後の爆発から十秒余りで戦いが終わった。二人は剣を血払いして納めシャッドに声をかけた。
「最高のチームだね」降りてきたシャッドは顔を上気させている。「これからは学者兼冒険者って名刺に書こうかな?」
「爆弾はあとどれくらいあるかな?」リンクが尋ねる。
「一袋はだいぶ使ったけどあと一袋は満タンだよ」シャッドは背中の運搬袋を叩いた。
「次の帰還ポイントまで八階層だ」アッシュが言う。「リンク殿、爆弾は節約したほうがよいかと」
「そうだね」リンクは顎に手を当てた。「降りる前の掃討では普通の矢も使うことにするよ」
「残念だなあ」シャッドが溜め息をついた。「次回から自前の爆弾袋を買わなきゃだね」
出口は開いたが、どうしたわけか氷の壁がそこを塞いでいる。リンクがチェーンハンマーでそれを打ち砕くと、三人は出口を抜けて次のフロアを見下ろした。大鼠がそこここに這いまわり、蝙蝠が数匹飛んでいる。
「また小物どもか」アッシュが溜め息をつくとシャッドを見た。「シャッド殿、貴殿の練習台にされてはいかがか?」
「えっ....」青年は一瞬息を呑んだが、少し首を傾けて言った。「まあ...悪くないね。やってみようかな」
「待ってくれ」リンクは手を上げて二人を制した。姿勢を低くし両耳の後ろに手のひらを当てて神経を集中する。
「どうされたリンク殿?」
問われたリンクは再び手を上げる。仲間が見守る中、彼はしばらく聞き耳を立てていたがやがて立ち上がった。
「間違いない。幽霊がいる」
「幽霊?」アッシュが眉をひそめたあともう一度階下に目をやった。「だが先ほどの怪しげな灯し火は見えぬ。別種の魔物かリンク殿?」
「幽霊鼠さ。鼠の数に比べて聞こえてくる鳴き声があまりにも多すぎる」
「幽霊鼠?」シャッドも眼鏡の奥の目を丸くする。
「危険はそれほどでもない。だが大量に飛びつかれると動けなくなる」リンクは言った。「そうなったときに生きてる鼠どもに襲われたらかなり面倒だ」
「どうされるリンク殿?」アッシュが尋ねた。
「僕に行かせてくれ」リンクが答える。「この手の奴らは僕でないと倒せない」
リンクは飛び降りると、上の張り出しから見えない死角に移動して服を脱ぎ、例の呪具を自分の額に押し当てた。たちまち身体が狼に変身する。
野獣の力が漲る。リンクは吼え声を上げながらダッシュし、視界に入った大鼠どもを片端から噛み砕いた。だがその一方で感覚を集中し、鼠幽霊どもの襲来に備える。
やはりだ。幽霊鼠どもは鳴き声を上げながら次々飛びついてきた。身体を一回転させ跳ね飛ばす。朧気に見える幽霊鼠どもを顎の一撃で屠りつつも、上空の蝙蝠どもの動きにも警戒した。
蝙蝠どももこちらに気づいて周囲をヒラヒラ飛び回り始めた。それを予期していたリンクは蝙蝠が攻撃準備のため一点に滞空し始めた瞬間にジャンプし、叩き落した。
そうして一分ほども戦っていると、動いている敵はいなくなった。息を鎮めながらまた足場からの死角に戻ろうとしたとき、上から声が聞こえた。
「リンク殿!ご無事か」
アッシュの声だ。
「私としたことが大狼がいるのを見落とすは」
忌々しそうに呟くと、アッシュはシャッドに言った。
「私は加勢に行く。貴殿はここで待たれよ」
それを聞いたリンクは焦りで全身がカアっと熱くなった。まずい。早く人間に戻らねば。リンクが慌てて自分の服と装備のある場所に行き、鞘に納められた剣の柄を咥えて抜こうとしたとき、背後に人が降り立つ音がした。
振り返ると、アッシュが抜き身の剣を持って立っている。
その目が、リンクの目と真っすぐに合った。