双子の馬は並ばない   作:上代わちき

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三話「夜の冷気」

 

 

 

 夜の残党は、俺の妹である。

 その事実だけが、頭に焼き付いて仕方ない。

 

 復讐者という懐かしい縁に恵まれたというのに、まるで思考が回らない。

 

 どうやって地変"地下墓地"から戻ったのか、記憶がない。

 気が付いたら、辺境の村に戻っていた。

 

 

 

 村の入り口では、小鳥の死骸が転がっていたのが印象的だった。

 魔的な凍傷を患い、そのまま生命力が尽きていたような有り様だった。

 

 ……"夜の残党"が齎す災厄を、端的に示すような死骸だ。

 だというのに、俺は彼女を討つという覚悟を決められずにいる。

 

 

 

「おかえりなさい、アドリアさん」

 

 ただ。

 俺の帰りを待っていただろうブレンタの笑顔だけが、暖かかった。

 

 

 

 

 その日は、泥のように眠ってしまった。

 気が付いたら、朝のブレンタの家だった。

 

 いつものように武具の手入れは終わっていて、その代わりとしていつものパンを焼いて、二人で食べた。

 今は、これがせめてもの癒しだ。

 

 

 

「随分馴染んでいるんだな」

 

 朝食の後、客が訪ねて来た。

 昨日俺を助けてくれた"復讐者"だ。

 

 

 

「命を救われたからな。代わりにこの村を救う戦いをしている」

「あの人形から聞いたよ。……お前といい、奴といい。まるで円卓に戻った気分だ」

 

 復讐者は、リムベルドでも共に戦った仲間だ。

 見た目こそ可憐なものだが、その実力は俺に勝るとも劣らない頼もしいもので、彼女の存在は大きな助けになった。

 

 

 

「……そういうお前は、少し雰囲気が変わった」

「この竜の学院の服のことか? 表向きは旅の学生ということにしている。"放浪に学ぶついで"に、化け物退治しているというわけだ」

 

 

 あの時の復讐者は白いドレスを身に纏っていたが、今の彼女は制服を着ている。

 

 復讐者は、人間ではなく人形だ。

 残酷なことだが、人との付き合いではそれが障害になる現実も存在する。

 そんな無用な障害を避けるために、今の彼女はあえて人形であることを隠して旅をしているようだ。

 露出の少ない制服は、都合がよかったようだ。

 

 

 

「化け物……昨日の奴らのようなものをか?」

「ああ。復讐の本懐は終わったが、残党がいるというのなら、それを屠るのが道理だ」

「……強いな、お前は」

 

 だがそれでも、復讐者は復讐者だ。

 彼女は変わっていないようで、少し安堵した。

 

 

 

「そういうお前は、腑抜けたようだ」

 

 だから、問題は俺の方にある。

 

 

 

「あの"夜"を終えた今となっては、それも悪くない。……と言ってやりたいところだが、今だけはそういうわけにもいかん」

「……奴は」

「お前の妹だ。……厳密には、奴の可能性。"夜"により歪んだ時空が見せる、あり得た可能性の成れの果て」

「夜の王になる可能性が具現化したといいたいのか?」

「事実、奴は夜の王だ。その力こそ"奴ら"ほどではないが、野放しにする手はないぞ」

 

 

 俺は、弱くなった。

 あの時は為すべきことだけを見据えていたから、がむしゃらに戦うことができた。

 

 だがその"為すべきこと"が正しい行いなのか、土壇場で己に問うた時、その強さは瓦解した。

 

 

 ……実際、必ずしも筋が通る行いとはいいがたいものではある。

 新たな夜の王になるということは、世界に新たな災厄を齎すことを意味する。

 

 夜に狂う者をまた生み出し、あの悲劇をまき散らす。

 それと、同じ存在になるということだ。

 

 

 

 その是非を内に問うた時、俺は怖くなった。

 俺達の家族をみんな奪った"奴ら"と、何も変わらなくなるということが。

 

 

 

 だが同時に、俺はあの選択を放棄したことを誇れずにいる。

 誇れるわけが、ない。

 

 それは、妹を見捨てることを意味した。

 

 

 

 ……これは、罰なのだろうか。

 妹を救うことも、明確に殺すこともできず、ただただ中途半端に逃げてしまった俺への。

 

 中途半端で腐るぐらいなら、いっそ殺してしまうだけの覚悟を決めろというのか。

 だとすれば、それはあまりにも残酷だ。

 

 

 俺は、そんなつもりは……。

 

 

 

 

「お前がやらんというなら、こちらでやるだけだ。……だが、そうだな。半日程度、考える時間ぐらいはやる。せいぜい頭を悩ませろ」

 

 俺は、未だに答えを出せないでいる。

 "夜の残党"……妹の可能性のなれ果てと、どう向き合うべきかを。

 

 

 

 

 昼間。

 昨日の調査で"夜の残党"に触れたことと、数日程効果が続く"潜在する力"を入手した成果で気を利かせてくれたのか、今日の昼間は休息の時間となっている。

 ……あるいは、気を遣わせてしまったのかもしれない。

 

 だがそのおかげで、考える時間ができた。

 今は、この時間に甘えようと思う。

 

 

 

「……ここは平和だな」

 

 

 なんとなく、村を散歩することにした。

 

 "辺境の村"は、酒場・教会・民家群が並ぶ広場を中心に、畑がずっと広がる構造だ。

 畑にはぽつりぽつりと、街からの行商人のための道があり、村人は作物などと引き換えに街に流通する品々を購入するという。

 この村を含めた一帯を治める領主へ作物を献上する場合もあり、やはり馬車をひく際にこの道を使うという。

 

 だが現在、この村の外は夜の影響で危険地帯と化している。

 辺境の村は二つの川に挟まれるようにあるため、その川がちょうど境界線となる。

 その内にいる限りは、安全と言うわけだ。

 

 

 

 俺が目覚めてすぐのころは、季節の割りに多少は寒くてもまだ人の営みがあった。

 小鳥が囀るような、そんなのどかな景色もあった。

 

 だが今は、夜が齎す冷気が強まっているように思う。

 吐く息は白く、凍傷を患った鳥や動物が地面に沈み、そして風が冷たい。

 魔的な凍傷を患い、村の教会で治療を受ける村人も少しずつ増えている。

 

 

 これが"夜の残党"が齎したものだ。

 

 

 

「…………」

 

 一方で、この日の空は晴れ模様だった。

 重々しい曇り空ばかりのなかで、この日の空には青色が混じっていた。

 

 時には太陽の暖かい光が差し込むこともある。

 冷気が漂う今の村では貴重な暖であり、故に太陽が当たる木の下に座り込んで空を見上げることにした。

 

 

 リムベルドで戦いが滞っている時は、よく円卓で何もせずに思いをはせていたものだ。

 あの円卓で青空を見た記憶は殆どないが、代わりに雄大な海の景色が俺を癒してくれた。

 

 ここでは、空から差し込む太陽と青がその代わりとなってくれる。

 この時ばかりは、草花を優しく揺らす風が心地よい。

 

 

 

「……」

 

 なんとなく、荷物を整理する。

 

 大剣と小盾、それから普段左腕に装備しているクローショット・鉄杭はブレンタが手入れしてくれている。

 冷気を纏うボルドの大槌などもだ。

 

 

 頭蓋ランタンといったアイテムぐらいはなんとなく手持ちのままだが、それ以外の道具はすべて預けるべきところに預けている。

 残っている手持ちの荷物は、ちょっとしたものぐらいだ。

 

 ……例えば、リムベルドで手に入れてからずっと懐に入れている「銀の雫」がそうだな。

 

 

 

「……夜の王になる、か」

 

 銀の雫。

 詳しい原理や理屈はもう殆ど覚えていないが、これが俺が夜の王になるために必要なものだったことは覚えている。

 

 俺が夜の王になれば、円卓に囚われていた俺の妹は円卓から救われる手筈だった。

 

 

 

 何も考えずに最後の夜の王を屠れば、円卓は崩壊する。

 そして、俺の妹も円卓と運命を共にする。

 

 それが嫌だから、この道を選ぶ筈だった。

 新たな夜の王が現れたなら、円卓は延命し、そしてその余波で彼女は円卓から解放される。

 

 

 

 だが、選べなかった。

 もし俺という"新たな夜の王"の出現により円卓から解放されたのだとして、その後彼女がどうするか。

 

 ……考えなかったといえば、嘘になる。

 

 

 

 あの時見た幻覚と、同じ顔をする筈だ。

 

 怒りと。

 失望と。

 悲しみと。

 憎しみと。

 

 それらが入り混じったあの顔で、"新たな夜の王"を討つだろう。

 

 

 

 

 だから、未来を選ばなかった。

 それが最も残酷な選択であると承知のうえで。

 

 

 

「俺は、弱いな。恨まれる覚悟が、まるでできてなかったというのか」

 

 結局のところ、彼女の為ではない。

 すべて自身の為に、何もかも台無しにしてしまった。

 

 

 我が身可愛さで……夜の王になれなかった。

 

 

 

「これが、罰だというののか。救うべきを救わなかった、俺への」

 

 

 

 

 夕方。

 そろそろ復讐者の決めた期限だ。

 それに、夜には村に押し寄せる怪物の迎撃任務がある。

 

 ブレンタに預けた武具が必要だ。

 

 

 結局答えを出せないまま、彼女の家へ行くこととなった……。

 太陽が隠れてしまったせいか、暗く寒い道行だった。

 

 

 

「ブレンタ……ブレンタ?!」

 

 家へ戻ると、そこにはブレンタがいた。

 

 倒れて、いた。

 

 

 

「お、かえり、なさい……アド、リアさん……! 武具の調整なら、何とか……!」

「お、おい! 大丈夫か!」

 

 

 ブレンタは、"魔的な凍傷"を患っていた。

 朝見た時は無事だったのに、半日の内に蝕まれてしまった。

 

 

 

 ……原因など、わかりきっている。

 "夜の残党"と化した、俺の妹のせいだ。

 

 奴が齎した冷気に、ブレンタもやられた……!

 

 

 

「ごめん、なさい……これ以上は、手伝えない……」

「いい。いいんだ……! お前は十分俺を助けてくれた……! だから、せめて教会に連れて行かせてくれ……そこなら、まだ命を落とさずに済む筈だ!」

 

 

 もう、悩んでいる場合ではなかった。

 急いで戦のための支度を整え、苦しむブレンタを教会に届けて、その足で川の方へ向かった。

 

 そこが今回の迎撃任務の場所で、そして復讐者との合流地点だった。

 

 

 

 

 

「……答えは出たか、追跡者」

「ああ。待たせてすまなかった、復讐者。……"夜の残党"を、この手で殺す」

 

 

 




 追跡者/アドリア
 本作の主人公。今回倒すべき敵が"別世界の妹、レディ"と気づいたことで、ずっとうじうじしていた。
 自身の知る妹と同一人物ではないことなど、彼には関係ない。選択から逃げたことを責めるような構図そのものに、苦しめられた。
 リムベルドでも別世界の妹と戦うことがあったのに、なぜ今回こんなにうじうじしているのか。それは最後の夜の王を倒した直後の"自身の選択"を後悔していたから。

 だけど、ブレンタが凍傷を患ったことでようやく妹を討つ覚悟を決めた。己の選択と向き合う覚悟を決めた。
 双子の馬は、もう並んで駆けることはない。



 ブレンタ
 辺境の村に住む村娘。追跡者の武具の手入れや身の回りの世話を役目とする。
 だが、"夜の残党"が齎す冷気により魔的な凍傷を患う。
 魔的な凍傷は命にかかわるもの。だが、ここからならまだ間に合う。



 復讐者
 かつての追跡者の仲間の一人。ずっとうじうじする追跡者を焚きつける役目を、自ら背負った。
 弱くなってしまい、けれどもどこか人間らしくなった彼の姿を見てほっこりしていたのを、わざと見て見ぬふりをして。
 別世界とはいえ、自身が焚きつけたレディのなれ果てに思うところは当然ある。が、今回はすべて黙ることにしている。
 追跡者がどうであれ、別世界のレディがどうであれ、"夜の残党"を討たなければならないことだけは明確なのだから。
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