「英雄サマ。今夜は、夜の気配が濃い。……"来る"と思いますか?」
「ああ。俺のカンが言っている。……今夜が最後だ」
「ならばちょうどいい。さっさと済ませてしまおう。長続きさせていいことはない」
村の境界線である川。
そこでは、召使人形が防衛線を張っていた。
村人の姿は殆どない。
殆どが夜の冷気で凍傷を患い、教会で治療を受けている。
ここにいるのは、俺と復讐者と召使人形だけだ。
召使人形も適宜村人の支援を受けて武装などの強化を施しているようだが、そろそろ限界が近い。
今夜が峠となるだろう。
「前線へはこの愚か者と私が出る。お前は、万一のためここで控えろ。……村を護るんだ」
「承知しました。英雄サマ、ご武運を」
大剣よし。
小盾よし。
ボルドの大槌よし。
クローショットよし。
鉄杭よし。
すべてブレンタの仕事だ。
だが彼女は、夜の残党が齎した冷気で魔的な凍傷を患った。
今夜討たなければ冷気は消えず、彼女の命を奪ってしまうだろう。
これは、俺の責任だ。
ブレンタを救うためにも。
冷気の災厄と化した妹を、今夜討つ!
◆
「早速来たぞ。話が早くて助かるな」
「そうだな。……言葉は不要か」
夜の霧の中から、冷気を纏う白い衣が現れる。
"夜の残党"。
時空の歪みの先で、新たな夜の王となることを選んだ俺の妹。
ボルドや墓王ニトに続く、この村の戦いにおける三人目の"類稀な強者"。
"彼女"がどんな理由で夜の王になったのかはわからない。
だが。
なんとなくの推測だが、多分俺と同じ理由だ。
"彼女"の世界では、あるいは俺が何らかの形で円卓に囚われていたのかもしれん。
だとすれば、その選択を彼女がとったとしても、おかしくないかもしれない。
そしてその選択の果てが、辺境の村を蝕む冷気の化身であるならば、討つのが筋であろう。
きっとそれが、"彼女"の望みでもある。
実にふざけた話だ。
『……』
夜の残党は、白い衣を身に纏う者だ。
その衣の内から、二つの武器を取り出した。
一つは、彼女に似つかわしくない、青い大剣。
二つ目は、彼女が得意とする。短剣。
それが、彼女の武装のようだ。
「先行する」
「承知。追撃は私に任せろ」
夜の残党が持つ大剣だが、見覚えがある。
あれは最後の夜の王"ナメレス"が携えていたものだ。
それの特に、青い光波を飛ばしたりしたものを、彼女は持ち込んでいるのだろう。
だからなのか、夜の残党も同じように光波を飛ばしてきた。
だが、それだけにその攻撃の見切り方はわかっている。
すぐに避けて、クローショットを飛ばす。
その慣性を利用して、大剣を振るう。
潜在する力"最初の火"。
クローショットを用いた追撃時に、武器により強力な炎攻撃力を付与する。
俺の振るう大剣は、世界を灯す火を宿して夜の残党を切り裂くこととなる。
……その筈だった。
「なっ……?!」
だが夜の残党は、左手に持つ短剣を構えていた。
その短剣には冷気が宿っており、彼女はそれを"冷気爆発を伴う刺突技"としてこちらへ突き出してきた。
まるで、俺の"襲撃の楔"のように。
「っ……!」
冷気爆発。
これを耐えられたのは、ボルドの大槌の付帯効果によるものが大きい。
おかげで何とか死なずには済んだ。
が、振り出しになってしまった。
「ヘレン!」
復讐者がリラを奏でて霊体を呼び出す。
今回の霊体は機動力に優れる者で、刺剣を用いて相手の気をひき、しかし相手の攻撃を的確に避ける。
その間に、復讐者自身も攻撃を仕掛ける。
前回の地変"地下墓地"でくすねた祈祷なのか、墓王ニトが用いた"墓王の剣舞"を繰り出していた。
うまく扱っているのか、いくつかの剣が夜の残党を貫いていた。
「追跡者、今だ!」
「恩に着る」
復讐者の攻撃で、夜の残党は大きく消耗した筈だ。
それは無視できない脅威で、彼女の意識は復讐者の方へ強く向いた筈。
そこに生じた隙を突いて再びクローショットで近づき、今度こそ大剣を用いた追撃を試みる。
『?!』
成功した。
大剣に"最初の火"が灯り、夜の残党を大きく切り裂く。
これは通常の火とは大きく異なる特別な火だ。
大きな痛打となるだろう。
手応えも悪くない。
このまま勝てる……!
「は」
だが、夜の残党は姿を消してしまった。
先程まで眼前にいたというに、身に纏う白い衣を翻すと、そのまま姿を消してしまった。
もう気配を辿れない……!
「ヘレン?!」
復讐者の悲鳴が聞こえた。
振り返ると、復讐者が呼び出した霊体が倒れていたのが見えた。
「っ?!」
その次の瞬間には、復讐者も斬られていた。
……ここでようやく思い出した。
戦士としての俺の妹は"フィナーレ"という力を有していた。
その効果は"敵の視界から身を隠す"ものだ。
夜の残党は、それを使ったのだ。
厄介だ。
あの時は多くを助けてくれた力だったが、敵に回るとこうも脅威だとは……。
身を隠した夜の残党の気配は、まるで見て取れない。
こうなると、無理やり攻撃を振り回して疑似的に安全地帯を確保するしか……。
「っ……なめる、な!」
そう思った矢先、希望が見えた。
復讐者が、凍傷で倒れる前に戦技を発動した。
戦技の名は「白い影の誘い」。
効果は"敵の攻撃を誘う白い影を生じる"もの。
文献などには"戦闘状態にない人の類を引き寄せる"とのことだが、存外戦闘状態でも役に立つ場合がある。
今回も、役に立った。
復讐者が生み出した白い影は、夜の残党の攻撃を明後日の方向へ誘った!
「やれ!」
「ああ!」
それはつまり、白い影の近くに奴がいるということ。
姿が見えずとも、攻撃は当たる筈。
復讐者は、瀕死に陥った自身よりも夜の残党を討つことに集中しろと言外に背を押した。
故に俺が選択したのは"襲撃の楔"。
白い影の近くに駆け寄り、そこで炸薬を用いた鉄杭攻撃で広範囲を爆発する!
「な」
その瞬間に、夜の残党の姿が見えた。
ちょうど"フィナーレ"の効果時間が消えたのだろう。
だが彼女は、また短剣を構えていた。
冷気爆発を伴う刺突を、白い影の向こうから繰り出してきた。
俺の"燃える鉄杭"と、彼女の"冷える短剣"。
奇しくも、その両者が白い影を挟んで激突する形となった。
◆
炎と冷気の爆発は、俺と奴の体を大きく吹き飛ばした。
俺はあえて鉄杭の反動を受け止めるように"襲撃の楔"を起動して、その力で無事に後退して見せた。
つまり夜の残党による冷気爆発を回避した。
他方で。
その爆発を喰らった夜の残党は、突き出した冷気の短剣を手放したようだ。
俺の"襲撃の楔"は、すぐには何度も使えない。
夜の残党も、もう冷える短剣を使えない。
ここから先は、力戦となる。
俺の、燃える大剣。
彼女の、夜の大剣。
この二振りのどちらかが、勝負を決める。
「っ」
『っ』
二つの刃が、互いを切り裂かんと振り下ろされる。
ここでどちらかが勝つは、コイントスのようなもの。
コインが投げられ、その出目次第で勝負が決まる。
『……』
コイントスは、夜の残党の方へ微笑んだ。
「甘い!」
『?!』
だが、まだ終わっていない。
俺には"第六感"がある。
辺境の村で目覚めてからは体の調子が良くなく、例えば墓王ニトの時などは感覚が麻痺していた部分があったが、今だけは何故か感覚が冴えている。
致命傷となる一撃を、俺は軽やかに避けることができた。
「食らえ!」
そうして今度こそ、俺は燃える大剣を彼女の体に叩きつけた。
一度だけではない。
何度も何度も、彼女の命を絶つまで大剣を振るい続けた。
怒りと。
失望と。
悲しみと。
憎しみと。
そして、"愛"を込めて。
俺は大剣を"夜の残党"に叩きつけた。
『──』
「……」
"夜の残党"は、チリとなった。
これで、勝負ありだ。
その時に、どこからか「ありがとう」という声を聞いた気がした。
「ふざけるな」と、返したかった。
だが、言わなかった。
言えなかった。
夜の残党は、俺の妹だ。
俺が為せなかった選択を為した、俺の妹だ。
俺はあの時為そうとした選択は、無辜の民を無差別に傷つける災厄になり果てることだった。
その力で妹を円卓から解放し、そして彼女に討たれることで終わりにするつもりだった。
……それがこんなにも、周りに迷惑をかける選択だったのかと、突き付けられた。
こんなにも、"目の前にいた"彼女は自分勝手な選択をしたのだと、絶望した。
その選択で救われる者は、きっといる。
だがその選択で犠牲となる者は、多い。
これこそが、俺の犯そうとした罪だった。
俺がここにいるのは、たまたまだ。
たまたま、踏みとどまった。
だから踏みとどまらなかった彼女を討った。
それだけだ。
「さらばだ、我が最愛の家族よ」
俺は妹を救う覚悟を、貫けなかった。
だから、選択から逃げた。
俺の過ちは、きっとそこにある。
覚悟が足りない俺が為すべきことは、せめて別れの言葉を告げることだったんだ。
◆
「救出が遅れて済まない」
「まったくだ。……まぁ奴を討てたのは褒めてやる。よくやった」
瀕死に陥った復讐者を起こして、戦場を後にした。
夜の残党は完全に消えた。
彼女の遺品を拾う余裕などなかった。
でも、それでよかった。
双子の馬は、もう並ばないのだから。
「復讐者」
「なんだ、追跡者」
「夜の残党との戦いは終わった。……お前は、これからどうする?」
「旅を続けるだけだ。私のすべきことは、何も変わらない」
復讐者は、何も言わない。
多分、わかっていて"それ"を言わないだけなのだろう。
その気遣いがありがたかった。
「だが、そうだな……たまには落ち着く場所は欲しいな」
「復讐者?」
「たまには、村に顔を見せる。あの人形のこともあるしな。……帰る場所があるというのは、存外いいものだぞ?」
「……そうだな」
俺の復讐は終わった。
俺の贖罪も終わった。
告げるべき別れも、告げた。
"俺の知る"彼女には届かずとも、手前勝手ではあれども、俺の中では踏ん切りがついた。
「英雄サマ。ご無事でなによりです……!」
「ああ。……討ったぞ」
「ええ、ええ。気づきましたとも。……お疲れさまでした。これできっと、この村は前に進めることでしょう」
思うことが尽きることはないが、それがうじうじとする免罪符にはならない。
だから、今度は前を見て生きる番だ。
「アドリアさん……!」
「ブレンタ? お前、体は……」
「えへへ……ごめんなさい。でも、夜を退けたんですよね? みんな、気づいています。冷気が、完全になくなったのですから」
「……そうか、そうか」
「だから今はせめて、これだけでも。……おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
双子の馬が並んで駆けることは、もう叶わない。
だが、片割れだけでも……まだ生きている。
◆
かくして、辺境の村は滅びの危機から脱した。
農業は再開され、村人が食うだけの作物が育ち、街との交易も復活した。
そこに宿る人の営みは、これからも正しく行われることだろう。
その営みの中には。
人形達や"片割れの馬"が穏やかに過ごす景色もあったという。