繋がれし、愛しき蹄の記憶 ――この手で紡ぐ、君との軌跡   作:テクニクティクス

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アヤベさんと夜汽車の旅

 

気温も低く日も短くなった冬のある一幕。とある駅に多くの人が集まっていた。

普段なら電車が止まっているはずのホームにはノスタルジックな雰囲気を称えた蒸気機関車がその重厚な身体を佇ませていた。

日も半分陰り始めているオレンジ色の中にあるその姿はどこか異国情緒もあって写真を撮る人も少なくない。

そこに二人連れそって乗車券を手にしたアドマイヤベガとトレーナーの姿があった。

 

「おぉ……ずいぶん迫力あるな。写真撮りたがるファンがいるのも頷ける」

「そうね。でも、あと少ししたら出発の合図があるみたいだから、はやく席に行きましょう」

 

前に商店街の福引で温泉旅行のペアチケットを引いたことのある二人だが、また福引の特賞を引き今度は夜汽車で行く天体観測旅行を貰った。

温泉の時とは違い日程が決められていたのだが、行きたそうにしているアヤベのためにスケジュールを組み直し無事当日参加できるように頑張った。

客車内も小さく部屋として割り切られているので他の人を気にすることなくリラックスできそうだ。

窓から差し込む夕日に照らされ、微笑んでいるアヤベの向かいに座るトレーナー。すると出発の鐘が鳴らされてアナウンスが流れる。

 

『この度は銀河鉄道の夜と称した旅行にご参加いただきありがとうございます。これより当汽車は星空の丘へと参ります。

 そちらで0時まで天体観測の時間を設けました後、再び当駅へと戻る次第で、到着予定は朝7時頃となっております。それでは今宵の汽車の旅をお楽しみ下さいませ』

 

重厚な汽笛の音がたなびき、蒸気の音が続いてゆっくりと汽車が動き出す。

心地よいレールの音を耳にしつつ、向かいの担当バを眺める。出会った頃に比べて自分のことも思いやるようになり、同期のトップロードやオペラオーともよく接するように。

いずれ消えてなくなってしまいそうな儚さは薄れ、それでもレースでファンを魅了する力はむしろ強くなった気もするし友人たちと困りつつも遊びについていくようになったのは嬉しい。

 

山の尾根に日が沈みいき、宵闇が世界を包み始める。柔らかく温かな電球色で客室が満たされて窓にアヤベの姿が映している。

ガタンゴトンと規則正しい音が響いて眠りを誘う。彼女の方も半分瞼を閉じかけて少しずつ船をこぎ出している。

ちょっとだけ仮眠をとるのもいいだろう、そう思い瞼を閉じると普段の疲れもあるのだろう、睡魔に導かれるように意識を手放した。

 

「ねぇ、起きて」

 

耳に囁くように告げられる声。まどろみから意識を引き上げると外は完全に闇の中にあった。

 

「軽い晩ごはんをとろうと思うのだけれど、一緒にいくでしょ?」

「そうだね、いこうか」

 

中ほどの客車が売店になっており、食事も出来るようにテーブルも備えつけられている。いろんなところに木材が使われていてモダンさを醸し出しより旅情を高めてくれている。

調理場傍の品書きの看板を眺めつつ、何を頼もうか悩む二人。

 

「あなたは何にするの?」

「そうだなぁ……いなり弁にそぼろ弁、幕の内弁当もいいな」

「私はサンドイッチセットにスープにしようかしら」

「えー、弁当にしないのか」

「なによ、サンドイッチはダメなの?

「だってサンドイッチならアヤベの手づくりの方が美味しいし」

 

そう悩んでいると後ろから声をかけられ、振り返るとそこには親しみやすい顔立ちの老齢の男性がいた。

身にまとった着物は、光沢や豪華さこそないものの、季節感を意識した落ち着いた色合いと洒落た柄が施されており、そのセンスが一目でわかる。

 

「お二人さん方、決まらないのなら先に頼んでもいいかね?」

「あ、どうぞどうぞ」

 

ではお先にと注文口に立った男性は、ビールとから揚げを頼む。

出てきたビールはよく冷えているようでグラスに水滴が滴り、黄金色のビールからきめ細かい泡が立ち上り白い蓋をしている。

揚げたての鶏肉がまだパチパチと音を立てて、食欲を引き立てる香ばしい匂いに溢れるような肉の厚みがとても美味しそうだ。

から揚げのひとつを口に放り込み熱さではふはふと吐息を漏らし自室に戻る男性を眺め、ごくりとツバを飲み込んだアヤベとトレーナーも注文口に並んだ。

 

「幕の内弁当と」「サンドイッチセットのスープ付きのを」「「あと鶏のから揚げにジンソーダをふたつ」」

 

 

 

客室に戻り出来立ての料理に舌つづみを打ち始める二人。グラスを突き合わせてまずはのどを潤す。爽やかな炭酸とアルコールが喉を通り生姜と柑橘の香りが鼻を抜けていく。

から揚げにかぶりつけば、たっぷりの肉汁が口の中に溢れ、それをまたジンソーダで流し込むと得も言われぬ心地よさだ。

焼き鮭、だし巻き玉子、ちくわ天、エビフライ、野菜煮物など豊富なおかずが沢山入っている弁当にきゅうり、たまご、ツナ、カツサンドにじゃがいもや玉ねぎ、にんじんとソーセージも入ったポトフ。

これだけのボリュームがありつつも手ごろな値段で買えた大満足な晩ごはんだ。

 

「よかったら、一切れどう?」

 

カツサンドをバケットから取り出してトレーナーに渡す。じゃあお返しにと焼き鮭を切って箸で摘まんで差し出す。

 

「わ、私はいいから……」

「こっちが貰うだけじゃ悪いし。それにこれ結構美味しいよ」

「……分かった」

 

ぱくりと箸に摘ままれた鮭を口にしてしばらく噛みしめると、油の乗った鮭のうま味が舌にくる。

 

「本当、美味しい」

 

タタン、タタンと心地よい揺れに身を任せつつ、ほろ酔い気分で汽車は目的地の丘へ進んでいく。

 

 

 

 

 

 

目的地の丘の駅に汽車が到着する。参加者は各々自由に観測をする場所へ別れていく。

愛用の道具一式を持ったアヤベに先導されつつ丘を進む。

程よく開けていて周りに人も居ない広間にシートを広げて二人並んで座り、防寒用の毛布でお互いを包みこむ。

吐く息が白くたなびくほど澄み切った冷たい空気が頬を刺し、耳が痛いと感じるくらいの静寂な夜。

少し視線を上に向けるだけで街では決して見られない多くの星が広がっている。

 

「夜、更けてきたわね」

 

儚い星の光も分かるように月のない空がより濃くなっていく。

地上のどんな光よりも柔らかく、けれど冷たく鋭い輝きが二人の周囲を覆っている。

アヤベは自然とトレーナーに寄りかかるように身を預ける。

 

「こうしていると、実は全て私の見ている夢だったりなんて思えてしまうこともあるの」

「そんなことないよ」

 

ほっそりとしたアヤベの手に自分の手を重ね、お互いの温もりを確かめてここに居るという実感を得る。

白魚のような彼女の薬指に銀色でシンプルな作りだけれど、品のいいリングが嵌められる。

 

「これって……」

「うん、そういうものだって思ってくれていい」

 

アヤベが星空に手をかかげると、煌めく星の光の中にリングが鈍く輝き小さな宝石がその情景を引き継ぐように彩を添えている。

ほんのりと頬に浮かぶ薄紅色が冷たい夜風を忘れさせ、心なしか温もりも増した気がする。

 

「……月が綺麗ですねって返したらいいのかもしれないけれど、今日は新月なのよね」

 

トレーナーに寄りかかるように身体を預け、瞳の中に星空を映したアドマイヤベガが静かに口を開く。

 

「愛しているわ。あなたのことを」

 

その声に応えるように彼は彼女をしっかりと抱きしめる。

 

「どんなに暗い夜でも、君という星があれば決して迷わない。ずっと、ずっと傍にいてくれ……俺の導きの一番星」

 

見上げる空には、流れ星が一筋。アヤベは思わず妹の面影を胸に抱いた。

それはまるで、遥か彼方の彼女が二人の未来をそっと祝福してくれているかのようだった。

遠くからお姉ちゃんのことちゃんと見守っているから、幸せになってね。――そんな確信が胸を満たした。

 

 

 

 

 

 

 

銀河鉄道の旅から帰ってきてしばらくした後、アヤベは駅前で待ち合わせをしていた。

そこに軽く息を弾ませて友人のトップロードが申し訳なさそうにやってきた。

 

「すみません、ちょっと電車が遅れちゃって。待たせちゃいましたか?」

「別に数十分遅れたわけじゃないし、ちゃんとLANEで連絡もくれたのだから気にしないで」

 

トゥインクルシリーズからドリームトロフィーリーグに籍を移したとはいえ、未だ脚は衰えていない二人はオペラオーにドトウと共にファンたちを盛り上がらせている。

しばらくウィンドウショッピングなどを楽しんで、二人はカフェに入る。

窓の外では柔らかな日差しが街路樹の影を揺らしていて、温かなコーヒーを飲んで一息つく。

そんな中トプロはアヤベの指にリングが嵌められているのに気づいた。

 

「あれ、アヤベさんの指にあるリングって……」

「ええ、あの人からのプレゼント。……主要になるレースもひと段落して落ち着いてる来月に、式を挙げるつもり」

「わあぁ……おめでとうございます!」

 

トプロの瞳が瞬時に輝き、勢いよく椅子を押し引く音が響いた。声を弾ませながら彼女はテーブル越しに手を握ってくる。

アヤベは照れながらも、そんな親友の熱気に思わず笑みをこぼした。

 

「正式な日取りが決まったら招待状を出すつもりなのだけれど、来てくれる?」

「もちろんです! いいなぁ、アヤベさん。……実をいうと一応私の方も少しずつ進展してます。まだプロポーズはされてないんですけど」

 

どうやらトプロの恋路もゆっくりではあるが進んでいるようだ。二人の笑い声が静かな店内に溶け込む。

彼女は目の前の親友を見つめながらトレセン学園に来て得難いものを多く貰い、これからも変わらない友情に胸が温かくなるのを感じていた。

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