繋がれし、愛しき蹄の記憶 ――この手で紡ぐ、君との軌跡 作:テクニクティクス
トレセン学園のトレーナー室で、トレーナーはひとり、悩ましげな声を漏らしていた。
机の上に広げられているのは、つい先日行われた健康診断の結果通知。紙面に並ぶ数値を、彼は眉をひそめながら追っている。
幸い、今すぐ再検査が必要になるほど深刻な異常は見当たらない。だが、安心して見過ごせるほど優秀な結果でもなかった。
「生活リズムを見直したほうがいいですね」とでも言いたげな、微妙に引っかかる数値がいくつも並んでいる。
「……運動とか、増やさないといけなさそうかなぁ」
半ば独り言のようにそうぼやいた、その背後から、不意に声がかかった。
「そうですね、これはちょっとマズイかもです」
「うわっ!? ダ、ダンツ! いつの間に?」
驚いて振り返ると、そこには当然のような顔をしたダンツフレームが立っていた。
「トレーナーさんに声をかけても、全然反応してくれなくて。何を見てるのか、ちょっと気になったので」
彼女の視線は、自然と机の上の書類へと向かっている。
トレーナーという仕事は、担当ウマ娘のトレーニング管理やレースのマネジメントが中心だ。
指導する立場とはいえ、自分自身が体を動かす機会は意外と少ない。
気がつけば一日の大半をデスクで過ごし、書類やデータとにらめっこ――運動不足に陥るのは、トレーナーたちに共通する悩みでもあった。
この診断結果は、そんな日常の積み重ねが、じわじわと表に出始めている証拠なのかもしれない。
担当のためなら、睡眠を削ることも、多少の無理を重ねることも厭わない。それがトレーナーという仕事の性分だ。
だが不思議なことに、それが自分自身の健康の話になると、途端に腰が重くなる。
頭の中では一応、現実的な選択肢がいくつも浮かんでは消えていく。
たとえば、二十四時間営業のジムに入会するべきかどうか。時間の融通は利くが、仕事終わりにわざわざ足を運ぶ気力が続くだろうか。
かといって、トレセン学園のジムにある機材は、ウマ娘用に設計されたものばかりで、人間が使うには負荷も規格もまるで違う。
間違って触れば、トレーニングどころか怪我の原因になりかねない。
運動を始めるならウェアも揃えたほうがいいのだろうか、シューズは? 洗い替えは?
そうやって考え始めると、「始める前の準備」だけが雪だるま式に増えていき、結局なにも決められないまま時間だけが過ぎていく。
――やっぱり、面倒だな。
そんな弱音が、胸の奥で小さく形を取ろうとした、そのときだった。
「トレーナーさん、よかったら朝とか、夕方の空き時間に、私とウォーキングしませんか?」
ダンツフレームの提案は、驚くほど自然で、押しつけがましさの欠片もなかった。
「えっ、悪いよ、そんな……」
思わず口をついて出たのは、遠慮というより、反射に近い感情だった。
彼女たちは、一レースごとに全力を燃やし尽くす存在だ。トップレベルで戦い続けるためには、日々のトレーニングは欠かせない。
ウォーミングアップも、クールダウンも、すべてが意味を持つ時間だ。
その貴重な一部を、自分の都合で削ってしまうことへのためらいが、胸に引っかかる。
「大丈夫ですよ」
ダンツは、少しも迷わず、柔らかな笑みを浮かべた。
「ウォーキングなら、ウォーミングアップにもなりますし、クールダウンにもなります。
それに……いつもお世話になってるトレーナーさんに、少しでもお返ししたいですし」
その言葉は、飾り気がなく、だからこそ重かった。
見返りを求めているわけでも、義務感から言っているわけでもない。
ただ、一緒に歩くことを、自然な選択肢として差し出してくれている。
「……じゃあ、お願いするね」
しばらくの沈黙のあと、トレーナーは小さく頷いた。
無理に気合を入れる必要も、完璧な計画を立てる必要もない。まずは、誰かと並んで歩くところから始めればいい――そう思えたのは、彼女の存在のおかげだった。
こうして、トレーナーの生活改善運動は、ジムでもトレーニング器具でもなく、ダンツフレームと並んで歩く、ささやかな一歩から始まったのだった。
ウォーキング初日の朝。まだ太陽は低く、河川敷には薄く朝もやが残っていた。
夜の冷えを含んだ空気は澄んでいて、深く息を吸い込むと、肺の奥までひんやりと洗われるようだった。
トレーナーは、新しく買ったばかりのジャージに身を包み、少し落ち着かない様子で周囲を見回している。
着慣れないウェアの感触もあってか、いつものトレセン学園での立ち姿とはどこか違い、少しだけぎこちない。
スマホを確認すると「すぐに向かいますね」というダンツフレームからのメッセージが表示されていた。
それを見てほっとしたように息を吐いた直後、遠くから軽やかな足音が近づいてくる。
朝もやの向こうから現れたのは、ジャージ姿のダンツフレームだった。
呼吸ひとつ乱さず、当たり前のように駆けてくる姿はさすが現役ウマ娘というべきか。
「今日からウォーキング開始ですね。頑張りましょう!」
屈託のない笑顔に、トレーナーもつられて頷く。
「そうだね。じゃあ、行こうか」
歩き出そうとした、その瞬間だった。
「――ダメですよ、トレーナーさん」
きっぱりとした声に、思わず足が止まる。
「まずは、身体をほぐすところからです」
ダンツはそう言って、芝生のほうを指さした。その表情は、いつもの穏やかさを残しつつも、完全に“指導する側”のそれだった。
普段は自分がトレーニングの流れを管理し、注意を促す立場だ。だが、いざ自分のこととなると、ウォーミングアップをすっかり失念していたらしい。
トレーナーは苦笑しながら、芝生の上へと移動した。
二人並んで、ストレッチを始める。
「……いだだだだっ!?」
前屈した瞬間、情けない声が河川敷に響いた。
「トレーナーさん……結構、身体硬いですね」
ダンツは思わず言葉を詰まらせる。屈伸も、体側を伸ばす動きも、どれも途中で止まり、それ以上先に行かない。
無理に伸ばそうとすれば、すぐに悲鳴が上がる。
(これは……思ってた以上かも……)
普段、選手のコンディション管理をしているトレーナーが、自分の身体のケアは後回しにしてきた結果なのだろう。
そう理解はできても、目の当たりにすると少し心配になってしまう。
「……見てるだけじゃ、進まなさそうですね」
そう呟いて、ダンツはトレーナーのすぐ傍に歩み寄った。
「ちょっと痛いのは我慢してください。ゆっくり、伸ばしていきますね」
背中に手を添え、姿勢を正す。
角度を調整し、無理がかからないよう慎重に力を加えていく――そのつもりだった。
けれど。
(……あ)
気づいたときには、思った以上に距離が近かった。
身体を支えるためとはいえ、自然と胸がトレーナーの背中に触れるような体勢になってしまっている。
ダンツの心臓が、少しだけ早く打った。
(ち、近すぎ……!?)
顔が熱くなるのを感じる。手伝わなければと思ったのは純粋な善意だった。
だが、実際にこうして密着してみると、意識しないほうが無理というものだ。
それでも、今さら手を離すわけにもいかない。トレーナーは痛みに顔を歪めていて、こちらの動揺に気づく余裕などなさそうだった。
「い、いきますよ……深呼吸して……」
声が少し裏返りそうになるのを、必死に抑える。
胸が当たっていること、距離が近いこと、そのすべてを“トレーニングの一環”だと言い聞かせながら、ダンツは慎重にストレッチを続けた。
一方のトレーナーはというと「……っ、く……」と痛みに耐えるのに精一杯で、状況のありがたさに気づく余裕などまったくない。
結果として、ほんのりとしたスキンシップが発生しているにもかかわらず、
片やドギマギ、片や激痛。どちらにとっても、ご褒美とは言い難い時間が流れていた。
朝もやの河川敷で始まったウォーキング初日は、こうして予想外に慌ただしく、そして少しだけ甘酸っぱい空気を含みながら幕を開けたのだった。
初めの頃は、どうしても話題はトレーニングのことが中心だった。
フォームやペース、息の整え方。必要なことを確認し合ううちに、ウォーキングの時間は自然と過ぎていった。
けれど、日を追うごとに、少しずつ会話の色が変わっていく。
クラスであった何気ない出来事、最近気になっているスイーツの話、試してみたいメイク用品のこと。
同期のタキオンやジャングルポケット、マンハッタンカフェとの、取るに足らないやりとりまで話題に上るようになると、気づけば言葉が途切れることはなくなっていた。
ダンツフレーム自身、こんなふうに話が弾むとは思っていなかった。
特別な話をしているわけではないのに、トレーナーが相槌を打ち、時折笑ってくれるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
朝練前のウォーミングアップを兼ねたウォーキングではある。
それでも、一人で歩くときに見ていた景色とは、どこか違って見えた。
並んで歩きながら見る街並みや、静かな空気の中で昇ってくる朝日が、少しだけ新鮮に感じられる。
理由ははっきりしている。
その隣に、トレーナーがいるからだ。
何気なく顔を上げた拍子に、ゆっくりと空を染めていく朝日に目を奪われ、ダンツフレームは思わず息を呑んだ。
こんなふうに朝日を見て、心が動くことは今までにもあったはずなのに、今日はその感動を、誰かと共有している。
――悪くない。
むしろ、とても心地いい。
そう思ったことに、少しだけ戸惑いながらも、ダンツは歩幅を揃えたまま、また次の話題を口にした。
「今日のトレーニングは、ここまでにしよう」
トレーナーの声に、ダンツフレームはぱっと顔を上げた。
「はいっ! ありがとうございました!」
元気よく返事をしてから、軽く肩を回し、足首を伸ばす。トレーニング後の身体は程よく温まっていて、無理のないストレッチが心地よかった。
そのままその場で待っていると、ほどなくしてトレーナーが戻ってくる。先ほどまでとは違う、動きやすそうなジャージ姿だった。
「お待たせ。行けそう?」
「はい、大丈夫です」
並んで歩き出そうとしたとき、ダンツフレームはふと、トレーナーの足元に目が留まった。
見覚えのあるデザイン。今日が初めてではないはずなのに、なぜか改めて意識してしまう。
「……それ、もしかして」
「ああ、これ? この前、ダンツが教えてくれたやつ」
そう言って、トレーナーは少し照れたように足元を見た。
「履いてみたら、思ってたよりずっと歩きやすくてさ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がふわりと浮き立つ。
自分が使っていて合うと感じていたメーカーが、ヒト用のトレーニングシューズも出していると知って
何気なく薦めただけだった。それを、ちゃんと覚えていて、買って、履いてくれている。
「……よかったです」
声が少しだけ柔らかくなったことに、自分でも気づく。
歩き出すと、夕方から宵闇に進んでいく空気は朝よりも穏やかで、どこか一日の終わりを告げるような静けさがあった。
トレーナーの歩幅は、ダンツフレームに自然と合わせられている。
「朝より、足の運びが軽いですね」
「そうかも。続けてるおかげかな」
そんなやりとりを交わしながら、並んで歩く。
トレーニングの話から、いつの間にか今日の出来事へ、そして他愛のない雑談へと話題は移っていく。
ダンツは隣を歩く足元を一瞬だけ見てから、前を向いた。
自分が薦めたシューズで、同じ道を、同じ速度で歩いている。
それだけのことなのに、不思議と胸が温かくなる。
今日も、悪くない一日だった。
そう思いながら、夕暮れの中を歩き続ける。
◆
二人で始めた朝夕のウォーキングは、いつの間にか生活の一部になっていた。
最初はトレーナーのためだったはずのそれも、数週間が経つころには、歩かない日があると、どこか落ち着かない。
トレーナー自身も、そんな変化に気づいているようだった。
再度の検査結果では、数値にしっかりと改善が見られた。
それを告げられたとき、ダンツフレームは思わず自分のことのように笑顔になった。
「よかったですね、トレーナーさん」
「ありがとう、ダンツ。キミが一緒に併走してくれたからだよ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
自分が役に立てたこと、隣で支えられていたことが、確かに伝わってきたからだ。
「いえいえ、そんな……トレーナーさんの努力の賜物ですよ」
そう口にしながらも、感謝の言葉を真正面から受け取るのは、少し照れくさしい。
それでも、こうしてパートナーとして感謝を向けられるのは、悪くなかった。
――その直後だった。
「これからは、自分一人でも頑張れそうだからさ。
ダンツはトレーニングに専念していいよ」
何気ない調子の言葉だった。
突き放すつもりなど、きっと微塵もなかったのだろう。
「……はい」
気の抜けた返事が口からこぼれた。
声の調子は、いつもと変わらない。
少なくとも、トレーナーにはそう聞こえたはずだ。
けれど、その瞬間、ダンツフレームの胸の真ん中に、ぽっかりと何かが抜け落ちた。
今まで当たり前のようにそこにあった時間が、音もなく消えていく感覚。
一緒に歩く理由が、役目として終わってしまった。
それだけのことのはずなのに、どうしてこんなにも心が空くのか。
理由を考えるのは、少し怖かった。
だからダンツフレームは、その違和感に名前を付けないまま、胸の奥にそっとしまい込んだ。
歩き慣れた道を思い浮かべながら、もう一度隣に並ぶ姿を想像してしまったことにも、まだ気づかないふりをして。
それからも、トレーナーは日課になったウォーキングを続けていた。時間も道も、これまでと変わらない。
呼吸のリズムは整い、身体も軽く、心地よい運動疲れが残る。
それなのに、日を追うごとに、何かが違うという感覚だけが強くなっていった。
歩幅もペースも問題はない。それでも、胸の奥に引っかかるものがある。
――なぜだろう。
理由を探そうとするたび、はっきりした答えは見つからなかった。
同じ頃、ダンツフレームもまた、自分自身の変化を持て余していた。
トレーニングの成果は確かに出ている。タイムは縮み、身体の動きも冴えている。
数字だけを見れば、何ひとつ問題はないはずだった。
それでも、自主練習に身が入らない。
集中しようとすればするほど、心がふっと別の場所へ逸れてしまう。
専用道路を全力で走り抜ける。
本来のスピードを解放すれば、風を切る感覚は心地いい。
けれど、無意識のうちに、視線が隣へと流れてしまう。
そこには、もう誰もいない。
胸の奥に、静かな寂しさが広がる。
それを振り払うように速度を上げても、埋まることはなかった。
やがてダンツフレームは、道路の端へと進路をずらし、ゆっくりと呼吸を整えた。
熱を帯びた身体とは裏腹に、心だけが取り残されているような感覚。
ぽたり、と。
気づかないうちに、頬を一滴の涙が伝った。
「あれ……?」
自分でも驚くほど、声は小さかった。
「どうして……?」
問いかけても、答えは返ってこない。
けれど、その涙が、ずっと見ないふりをしてきた気持ちの存在を、はっきりと示していた。
同じ空の下で、同じ時間に歩き続けているはずなのに。
二人の間にだけ、目に見えない距離が生まれてしまっていることに、
まだどちらも、言葉として気づけずにいた。
それからしばらくの間、トレーニングはどこか噛み合わないまま続いていた。声を掛け合えば形は整う。メニューもこなせる。
それでも、以前のような呼吸の合い方は戻らなかった。
互いに気づいていないふりをしているだけだということは、分かっている。
けれど、どちらからも踏み出せない。言葉にしてしまえば、何かが壊れてしまいそうで。
楽しみだったはずの時間は、いつの間にか義務に近いものへと変わっていた。
それでもその日、トレーナーは無意識のうちに、かつての習慣どおり、いつものコースへ足を向けていた。
最初に待ち合わせをしていた場所。
あの頃と同じように、空は静かで、風は穏やかだった。
――そこに、ダンツフレームがいた。
思いつめたような表情で、じっと地面を見つめている。
近づく足音に気づき、顔を上げた彼女と目が合った。
一瞬、空気が張り詰める。
ダンツフレームは何かを言おうとして、口を開き、閉じる。
それを何度か繰り返し、まるで自分自身を鼓舞するように、胸の前で小さく拳を握った。
逃げ場のない沈黙の中で、ようやく彼女は顔を上げた。
その瞳には、迷いと不安、そしてはっきりとした決意が宿っていた。
「……また」
震えを抑えるように、一度息を吸う。
「また……一緒に歩いても、いいですか……?」
その言葉を聞いた瞬間、トレーナーの胸に溜まっていたものが、音を立ててほどけていくのを感じた。
あの違和感も、物足りなさも、理由の分からない寂しさも――すべて、この一言に行き着いていたのだと。
「……俺も、それを言いに来たところだった」
言葉は自然と口をついて出た。
飾り気も、取り繕いもない。
「一人で歩けるようにはなったけどさ。
どうしても、隣が空いてる気がして」
ダンツフレームの瞳が、わずかに見開かれる。
そして、ゆっくりと、安心したように微笑んだ。
二人で並んで歩いてきた時間は、確かに二人三脚だった。
支え合い、歩幅を合わせ、転ばないように気を配りながら進んできた道。
けれど今、その関係は、そこからもう一歩先へと進もうとしていた。
そっと抱き合った瞬間、トレーナーはダンツフレームの体温をはっきりと感じた。
本人がひそかに気にしていたという、他の娘よりも少しふっくらとした身体つき。
それは触れた腕の中では、ただ温かく、柔らかく、包み込むような心地よさとして伝わってくるだけだった。
――離したくない。
そう思ったのは、どちらからだったのだろう。
ダンツフレームは一瞬だけためらい、それから意を決したように、ほんの少しだけ身体を寄せた。
待つだけではなく、自分から近づく。その小さな勇気に、胸が高鳴る。
トレーナーは、その仕草の意味をすぐに悟った。
逃がさないように、驚かせないように、そっと腰に手を回す。
抱き寄せる力は控えめで、それでも確かな意思がこもっていた。
自然と視線が絡み、言葉は必要なくなる。
二人はほとんど同時に目を閉じて、やさしく、甘いキスを交わした。
深くもなく、激しくもない。
けれど、これまで積み重ねてきた時間が、その一瞬に静かに溶け込んでいた。
――長い時間が過ぎたような気がした。
名残惜しさを抱えたまま、ゆっくりと身体を離す。
それでも、繋いだ手だけは離さずにいた。
ダンツフレームは、少し照れたように視線を落とし、それからそっと顔を上げる。
「……今日は、ちょっとゆっくり歩きませんか?」
その声には、不安よりも、確かな安らぎが滲んでいた。
トレーナーは短く頷き、指先に力を込めて応える。
再び並んで歩き出す、いつものコース。
踏み慣れた道、見慣れた景色。
けれど、不思議と同じものには見えなかった。
空の端から、やわらかな光が差し込み始める。
ゆっくりと昇ってくる朝日が、白く淡い輝きで道を照らしていく。
冷えた空気の中に混じる、ほんのりとした温もり。
ダンツフレームは、繋いだ手の感触を確かめるように、指先に少しだけ力を込めた。
隣にいるのは、変わらないパートナー。
それでも、胸の奥にある想いは、もう以前とは違っている。
トレーナーもまた、同じ道を踏みしめながら思う。
ここまで一緒に歩いてきた時間が、確かに二人をここへ連れてきたのだと。
言葉は交わさなくてもいい。
歩幅を揃え、同じ速度で進むだけで、十分に伝わっている。
朝日に照らされた道は、どこまでも穏やかで、やさしい。
その光の中で、二人の影は寄り添いながら、静かに前へと伸びていく。
これまでと同じコース。
これまでと同じ二人。
けれど、これから歩んでいく道は、確かに新しい。
白くやわらかな朝の光が、
二人のこれからを、そっと祝福するように包み込んでいた。